スラムの子、コツコツ金稼ぎ   作:雨雲ばいう

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30 暗雲

「くそっ!」

 

ガン、とジョッキをカウンターにたたきつける。

 

ジンに酔った一人の男が、管を巻いていた。

 

「なんでわたしばっかりが、こんな目に……」

 

乱れてはいるが、その姿はたしかに鉱石機関の官吏。

 

正しくアスクレイを嫌い、三人のスカベンジャーをけしかけたその人だった。

 

あの一件から、官吏はどんどんと落ちぶれている。

 

命を落とした三人のスカベンジャーの遺族が、それなりの貴族だったのだ。

 

なぜ、己の指導するスカベンジャーがカンオケカタツムリごときに遅れをとったか。

 

そう、責められた。

 

もちろん、正しくはアスクレイに殺されたのだろうと思ってはいる。

 

が、それを証することができない。

 

なにより馬鹿みたいに三人を暗殺に命じたなど言えるはずもなかった。

 

ゆえに、ただただ官吏の指導が未熟であったということになり。

 

今や、官吏は鉱石機関から追いやられるというのがもっぱらの噂だった。

 

給金もごっそりとなくなっている。

 

そのせいで暗黒街のそばのこんな安いバーで飲む羽目になっていた。

 

「くそ、くそ、暗黒街生まれの売女の子などいなければっ!」

 

怒りを誰ともなくぶつける。

 

それとともに、ふと疑問が首をもたげた。

 

そもそも、どうやってアスクレイはハクイムシから逃れたのだろうか。

 

ハクイムシはとても優れた甲殻で己を守っている。

 

たかが素人に毛が生えたようなヒトの魔術や、ナイフなどでは戦えない。

 

それこそ、暗黒街のガキが手に入れてすぐに勝てるようになるものなど……。

 

「まさか、竜の血なんて話じゃないだろうな」

 

酔った頭でそんなふざけた考えをしてみる。

 

そして、すぐさま笑い飛ばした。

 

「わはは、そんな。暗黒街のガキが竜の息吹など……」

 

そうしてケタケタと笑う官吏の後ろで、数人の男が静かに席を後にしていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

暗黒街、南。

 

かつてはどこぞの貴族のものであったのだろう豪勢な館。

 

まわりの治安が下降していくに従って誰も暮らさなくなった館。

 

その果てに、ここは暗黒街を牛耳るギャングの根城となっていた。

 

そのギャングの名は、オーグリー兄弟。

 

路地の奥、そばのテラス、地下水路。

 

オーグリー兄弟の手下たちが目を光らせ、灰の館を守っている。

 

すでに、この館は暗黒街でもっとも恐れられる建築のひとつであった。

 

その館の、鋼鉄の扉で守られた奥。

 

うす暗い一室には頼りないランタンの灯がひとつ、いくつかの人影を照らした。

 

「お久しぶりですな、調子はいかがで?」

 

「このごろ腰が痛くて困ります、これも年というやつですな」

 

それぞれの影はまるで長年の友人のように親しげに言葉をかわす。

 

だが、たがいを目にするその瞳はまるで死人のように冷たかった。

 

ここに集ったのはオーグリー兄弟の領袖たち。

 

この暗黒街でもっとも力をもつ、闇の実力者たちである。

 

その力は、権威は官憲にまでおよんでいるという話だった。

 

「さて、まずは東のモレイラ・ギャングとの抗争から……」

 

「またあそこか。たかが頭と家族をみな殺しにしたぐらいで困った話だ」

 

血の滴る上等なアヴェリコ牛のステーキを口にして。

 

領袖たちは、ギャングの懸案を話している。

 

カチャカチャと皿とフォークのすれる音。

 

「このまま放っておけば後々の禍根となるか」

 

「しかたがない、わたしが潰しておこう」

 

「おお、それはありがたい」

 

息がつまるような、ドロドロとした議案。

 

人の命のかかったそれを、まるで世間話のようにこなしていく。

 

人殺しを、いとも楽々と命じていった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「そういえば、ライネルとかいううちのチンピラが貴族に殺されたらしく……」

 

「なんだ、そのつまらない話は。たかが一人殺されたぐらいどうでもよいだろう」

 

「貴族と揉めるのは金も時もかかる。そんな儲からんことは議題にしなくてよい」

 

次第に挙げられる議題は枝葉末節となっていく。

 

手下の手下が貴族に殺されたとか。

 

そんなどうでもいい話。

 

退屈したのか、領袖の一人があくびをする。

 

あきらかに興味を失った数人は、となりと無駄話をして大笑いしていた。

 

しかし。

 

「さて、最後の議題です」

 

ぼそりと、奥の影が呟く。

 

その一瞬で緩んでいた一室がピシリとはりつめた。

 

これまで一言も口にしてこなかった一人の老女。

 

背後に二人の男、オーグリー兄弟の遺影を背負い、一番の上座に座る者。

 

今のオーグリー兄弟の長が、静かに語る。

 

「竜の血について、ですが」

 

誰かが、ごくりと唾を飲みこんだ。

 

竜の血。

 

それは、オーグリー兄弟の悲願だ。

 

竜の息吹、太古の神秘を手にすることのできる、伝説の品。

 

そして、オーグリー兄弟はそれを手に入れる機会を先日みすみす逃していた。

 

没落したアンドロマギ家。

 

その家長を脅して血を手に入れようとしたのはいいものの、下水に落されたのだ。

 

探そうにも暗黒街の下水は巨大。

 

ガラスビンひとつなどみつかるはずもない。

 

その失態の責をとって、一人の領袖が首をくくったばかりだった。

 

それが、どうしたというのか。

 

「さるお人から、とても有益な情報を頂きました」

 

老女が、扉に目をやる。

 

一人の脅えた男が、一室のうちに蹴りこまれた。

 

「ひ、ひぃ……」

 

それは、鉱石機関の官吏であった。

 

アスクレイの命を狙い、三人のスカベンジャーをけしかけた、あの男である。

 

「それで、話したいことがあるのでしょう」

 

「……」

 

青い顔をして、ブルブルと震えるばかりの官吏。

 

だが、一人の領袖に足蹴にされると、慌てたように口をひらいた。

 

鉱石機関で、アスクレイという暗黒街生まれがスカベンジャーになったこと。

 

みるみるうちに功績を上げていること。

 

ハクイムシのコロニーからすらも生き残ったこと。

 

そして。

 

「も、もしかすると竜の血などを飲んだかも……」

 

言葉がだんだんと尻すぼみになっていく。

 

しかし、老女は嬉しそうに頷いた。

 

「よろしい、実によろしい。これは調べてみるだけのことがあるでしょう」

 

そうして、その冷たい瞳が官吏にむけられる。

 

「で、どのようにすれば竜の息吹を調べられますでしょうか」

 

震え上がるその鉱石機関の官吏はしかし、囁くように口にした。

 

「もっとも優れたスカベンジャーを、この件に適した狩人ををひとり知っています」

 

 

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