スラムの子、コツコツ金稼ぎ 作:雨雲ばいう
「お、アスクレイ! こっちだ!」
「……」
ユーヴェインが、笑顔でぶんぶんと手をふっている。
アスクレイはため息をつきつつも、しかし諦めた。
今晩、アスクレイはユーヴェインたちから夕食を誘われている。
もちろん、できるならば断わりたい、が。
ローレラインから、ユーヴェインとの結びつきは守っておけと言われている。
そうでなくとも、奢ってくれてタダ飯にありつけるというならどうしても断れない。
ただ、今さらになって後悔していた。
なぜか。
どうしてか、アスクレイはユーヴェインのことが苦手だった。
子どもっぽいと思う。
心情に論理が負けるなど、あってはならないと思う。
それでも、アスクレイはユーヴェインが嫌いだった。
いろいろと考えてみたこともある。
ユーヴェインは貴族で、しかもいつも話しかけてくる。
こちらのことを知っているふりをしながら、深いところまでは気づいていない。
だが、そのどれもが嫌いな理由としてはいささか不足していた。
スカベンジャーはほとんどが貴族だ。
馬鹿にして、罵ってくる貴族など山ほどいた。
こちらが暗黒街生まれだと、根も葉もないうわさを流す者もいた。
だというのに、そんな者たちについてアスクレイはなんとも思っていない。
その努力をほかのことに生かせばいいのにと思うし、訳がわからないとも思うが。
だが、それでも怒ったり、苦手だと思ったことはなかった。
それは、ユーヴェインだけだ。
「こんばんは、久しぶりね。オーロックのことはほんとうにありがとう」
エルフィーナに手を握られる。
オーロックについては、アスクレイがエルフィーナをかたっていた記憶だけ食った。
そうすることで暗黒街を迷っていたところを助けただけということにしたのだが。
なぜかそんなことをエルフィーナは恩義に思っているらしい。
ライネルたちを殺してからというもの、ユーヴェインに負けずと話しかけてきた。
エルフィーナに、ポンポンと頭をなでられる。
幼い時に栄養が不足していたアスクレイは、女のエルフィーナよりも背が小さい。
アスクレイはため息をついて、ユーヴェインに問いかけた。
「それで、奢っていただけるとの話でしたが」
「ああ、オレのいきつけの店があるから、そこにしよう」
◆◆◆◆◆
歩くにつれ、どんどんと街が上品になっていく。
いきかう人々もきちんとした正装をしていて、従者などをつれていた。
眉をひそめる。
アスクレイとてスカベンジャーとしてそれなりに稼いでいる。
ユーヴェインに誘われた時は嫌々ながらも金のかかるシャツなどを買ったのだが。
周りの人々が、ちらちらとアスクレイに目をやってくる。
それでも、まだ足りなかったかもしれない。
ここをスカベンジャーの時の獣の脂が染みついたマントで歩いていたらと考える。
すぐさまにでも警官が集まってきそうだった。
この街において、アスクレイは正しく混入したチリのようなものだ。
暗黒街生まれの者がいてはいけない道だ。
だが、そんなことにユーヴェインが気づいた様子はない。
まるでただ道を歩いているだけのような顔をしている。
となりのエルフィーナも、たいして違わなかった。
没落してしばらくは訪れていなかったのだろう、久しぶりだと懐かしんでいる。
だが、この街に己が足を踏み入れていることにはなんら思うところがない。
アスクレイは胸のうちで、やはりと考える。
エルフィーナは没落しても貴族のままなのだろう、と。
「アスクレイは、王都のこっちのほうを歩いたことはあるかい」
「……いえ」
「そうか、いい店がたくさんあるのに。もったいないな」
ユーヴェインが驚いたという風に首を傾げている。
「昔、王都にきた時はお母さんによくつれられてたんだけど」
こんなところを売春婦が歩く?
アスクレイは失笑してしまいそうになった。
まあ、たしかに巨大な虚栄心を抱えていたあの女なら喜んだかもしれない。
思いきりおめかしして、せいぜい貴族のお嬢様を気どろうとしただろう。
もちろん、アスクレイは家に残して。
◆◆◆◆◆
なんだ、これは。
アスクレイは、頭が痛くなった。
つれこまれたレストランはどう考えても貴族や資産家のほかはお断りの店。
豪華な細工で飾りつけられ、頭上にはガラスのシャンデリアが吊るされている。
ここが、ユーヴェインのいきつけの店だと?
たしかに、アスクレイの稼ぎでこのレストランを訪れることはできるだろう。
だが、そこには金よりもはるかに深い溝がある。
こんな店を、まずアスクレイは知らない。
知っていたとして、暗黒街生まれの乞食など入らせてもらえるはずがない。
染みひとつない正装をしたウェイターが上品にたずねてくる。
「これはこれはユーヴェイン様。今晩はいかがなさいましょう」
料理の書かれているのであろう厚手の紙が、すっと渡される。
困ったことに、アスクレイには一文字も読めない。
だが、ユーヴェインやエルフィーナは迷いもせずに言葉を口にしていく。
「それじゃ、スープは貝のコンソメ、魚は鮭のオランデーズソースで」
「わたしは、肉は子羊のカツレツにするわ」
呪文でも口にしているのか、言語は違わないはずなのに訳がわからない。
コンソメ? カツレツ? いったいなんなのか。
しかし、ウェイターは最後にアスクレイに目をやった。
「そちらはいかがなさいますか」
にこやかに笑いかけてくる。
だが、その目はいささかも笑っていない。
アスクレイは、歯ぎしりしながら屈辱の言葉を口にした。
「……ユーヴェインのもので、お願いします」
「へー、アスクレイとオレの好みってあってるのかな」
能天気な口調で、ユーヴェインが宣う。
二人とも、そもそもアスクレイが文字を読めていないことに気づいていない。
ただ、ウェイターは。
恐らくは、気づいた。
「ありがとうございます。それではしばし」
先ほどのように、上品なしぐさでウェイターが下がっていく。
その目は、冷たかった。