スラムの子、コツコツ金稼ぎ 作:雨雲ばいう
カチャカチャとならべられていく数えきれないほどのナイフやフォーク。
まさか、今から豚一匹まるまるバラす訳でもないだろうに。
「改めてだけど、オーロックのことはありがとう。オレからも礼を言うよ」
ユーヴェインの手つきをみるに、一皿につき一つずつ。
わざわざ、つかいわけるらしい。
なぜなのだろう。
洗う手間もかかる、ややこしいことをせずとも一つでこと足りる。
だというのに、なぜこんな謎の風習を貴族はありがたがるのか。
アスクレイは、まったくわからなかった。
「オーロックさんは、お元気ですか」
「ええ、わたしたちの家にいてもらってるわ」
「なるほど」
手にしたこともない、白磁の食器。
ナイフの握りかたも知らず、わしづかみにする。
二人のしぐさをマネするものの、一朝一夕で身につけば世話はない。
ぎこちない手つきに、まわりの客も気がついたようだ。
眉をひそめ、こちらにチラチラと目をやっている。
……そして、ああ。
「こちら、肉料理でございます」
目と鼻先にことりとおかれた皿。
その上に乗る肉を口にしたとたん、わかってしまう。
冷たい。
ユーヴェインの皿の上には、まったく違わない料理が湯気をたてていた。
どこの馬の骨とも知れない者には温める手間も惜しい、と。
「それで、どうかな。美味しいでしょ」
ユーヴェインが、ニコニコとしながら問いかけてくる。
質問のかたちをとりながらも、その目は疑いなどなかった。
だから、アスクレイもその望みを叶えてやる。
「……ええ」
「それはよかった!」
ユーヴェインの顔がパアッとあかるくなる。
「暮らしてるところがところだから、ほんとうに美味しいものを食べて欲しくて」
たしかに、とアスクレイは皿に目を落とす。
暗黒街で口にしていたフウセンネズミのサンド。
それよりははるかに上等なものが食器の上にはある。
香辛料を惜しみもなくふんだんに入れ、一流のシェフが己が技を遠慮なくふるう。
口にしたとたんにホロホロと崩れていく肉は、正しく美食のかぎりなのだろう。
だというのに、なぜか。
――ひどく、まずい。
まるで砂でも食べているようだ。
アスクレイは、この夕食をまったく楽しめないでいた。
口にするたび、怖気が背筋に走って吐きたいぐらいに、美味しくなかった。
正しく、地獄のような夕食。
なのにもかかわらず、二人は楽しそうにアスクレイに話しかけてくる。
アスクレイが、料理を口に運ぶのを嬉しそうにみつめている。
なんなのだろうか、この胸のムカつきは。
二人はアスクレイを嘲っている訳でも、蔑んでいる訳でもない。
ただ優しく笑っているだけ。
それだけでほかの貴族が暗黒街生まれにむける目よりはるかにマシなはずなのに。
二人の、生暖かいその目。
それを目にするたび、胸の奥から異様なまでの怖気がこみ上げてくる。
しばらくして、ユーヴェインがぽつりと呟いた。
「それで、さ。二人でも話したんだけど」
まっすぐな目が、ゆっくりとアスクレイにむけられる。
その瞳にこめられた心情を読んだ時、アスクレイはようやく気づいた。
「アスクレイもオレたちと組んで、巨竜の亡骸に潜らないか」
ユーヴェインは、アスクレイを哀れんでいるのだ。
◆◆◆◆◆
「そこそこの一軒家で暮らしてて、よければアスクレイもきてほしい」
ユーヴェインが、続けて言い募る。
初めから二人のうちでは話がついていたのだろう。
エルフィーナが言葉をひきとる。
「いいじゃない、暗黒街のあなたの家よりもずっときれいで大きいわ!」
どこか話を盛り上げるように、アスクレイを誘うように。
アスクレイをみつめるその目は、まるで可哀そうな野良猫をみるよう。
人をみる目ではない。
その瞳に、アスクレイはユーヴェインに抱くのと等しい苦痛を味わう。
ああ、そうか。
なぜ、アスクレイがユーヴェインを苦手とするのか。
ずっと考えていた訳が、ようやくわかった。
アスクレイのことなどなにも知らないくせに。
暗黒街で生きるということをなにも知らないくせに。
このレストランからそう遠くないところで凍える子どもたちが山ほどいるのに。
それでも、命をかけてアスクレイは生きているというのに。
「……ふふっ」
小さな笑いがこぼれる。
「アスクレイ!」
ユーヴェインが、嬉しそうに目を輝かせる。
まさか、なにを思い違いしているのやら。
アスクレイが、まさか頷くとでも?
その笑みは、怒りの笑みだ。
なんだ、それは。
博覧会に飾られたペルシャ猫でも愛でるような目つきで。
罪人と勝手にライネルたちを裁いて殺したその手をさしのばして。
アスクレイを哀れむのか。
暗黒街に生きる者たちを、こうもコケにできるのか。
ただ日々を暮らそうという者たちを、こうも侮辱できるのか。
「ユーヴェインはモノ好きですね」
ああ、口が勝手に話し始める。
ほんのわずか残った冷静な頭が、そういえば女だと勘違いされたままだなと思う。
「没落した令嬢に飽き足らず、暗黒街の可哀そうな可哀そうなみなし子ですか」
笑おうとするけれども、上手く笑えない。
激情をこめた瞳で、アスクレイはユーヴェインをギロリとにらみつけた。
「妾にはちょうどいいですよね。哀れなペットを飼ってやる、貴族の鏡だ」
「っ、ち、違う! そんなことは言ってない!」
ユーヴェインが、慌てて手をふる。
だが、その目は訳がわからないとばかりに白黒していた。
今の今になって、まだ気づかないのか。
アスクレイは、ゆっくりと椅子からたちあがった。
夕食が、レストランのコースがまだ終わっていないとか。
もうどうでもいい。
哀れみから施された飯だと思えば、今すぐにでも胃からひきずりだしたい。
机の上に、銀貨いくつかをたたきつける。
これで、三人ぶんの夕食の代金にはなるはずだ。
「ここは、奢らせてもらいます」
「ど、どうしたんだアスクレイ。なにか気に入らないことをしてしまったか……?」
ユーヴェインが、困惑したような口調でアスクレイの袖をつかむ。
「オーグリー兄弟のことをお探しなら、暗黒街の東にある灰の館が根城です」
その手をふりはらい、アスクレイは思いっきり嘲笑をこめた目つきをくれた。
「もうあなたとは話すこともないでしょうから、お伝えしておきました」
我ながら、馬鹿なことをしていると思う。
ここで媚びへつらってその慈悲とやらにすがりつくのが正しいのだろう。
ローレラインが言いつけたように、コネを求めて親しくするのが正しいのだろう。
だが、それだけはアスクレイの心が許せなかった。
論理よりも、心のほうがはるかに勝った。
暗黒街に生きる者の誇り、それまでは失いたくなかった。
「哀れまれるなど、まっぴらごめんだ」
――アスクレイは、アスクレイ一人で生きていける。