スラムの子、コツコツ金稼ぎ   作:雨雲ばいう

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06 鼻つまみ者

ユーヴェインが困惑したように呟いた。

 

「その、暗黒街というのは……?」

 

田舎育ちのユーヴェインは王都のことをよく知らないようだ。

 

もちろん、すぐ誰かに教わるだろう。

 

そうなればもう話しかけてはこない。

 

アスクレイは、この世において善人という言葉を信じていなかった。

 

「……もし暗黒街生まれだとして、スカベンジャーにはなれないのですか」

 

アスクレイの問いかけに、鉱石機関の官吏はどこか演技じみて頭をふる。

 

「いえいえ、まさか。そのような規則はありません、がしかし……」

 

その瞳には貧者への純粋な嘲りがあった。

 

「スカベンジャーには機関の者が一人アドバイザーに就くことになっております」

 

「なるほど」

 

「暗黒街の乞食ともなると、機関の者が二の足を踏んでもおかしくないでしょう」

 

「たしかに」

 

窓口の奥。

 

官吏のいうアドバイザーたちは時折こちらに目をやっては顔をしかめている。

 

アスクレイを忌む瞳が、ジロジロとあちこちから飛んできていた。

 

なるほど、暗黒街の者をスカベンジャーにするつもりはないようだった。

 

「っ、そんなひどい話はない! 生まれで弾かれるなんて、そんなの……!」

 

なぜか言葉を荒げたユーヴェインが、官吏につっかかっている。

 

だが、なれないのならば諦めるほかない。

 

「なるほど、それならしかたがないですね」

 

「わかって頂けたのならば、ありがたい」

 

アスクレイの言葉に、官吏は笑った。

 

「なっ、アスクレイ……?」

 

ユーヴェインが慌てたようにふりむく。

 

アスクレイはそんなユーヴェインを気にもとめず、窓口を後にしようとした。

 

「まってくれ。訳がわからない」

 

ボロ布の袖をつかまれる。

 

「その、アスクレイはスカベンジャーになりたいんじゃないのか」

 

困惑した顔のユーヴェインが、まるですがるように問いかけてくる。

 

「べつに、どうしても叶えたいわけではないので」

 

しかし、もうアスクレイはもうここに興味はない。

 

生まれからは逃げられない。

 

不条理を嘆いていても飯は食えない。

 

この竜の目で金を稼ぐ手段など、ほかにいくらでもある。

 

アスクレイは、芽の望めないことに時を費やすのは嫌いだった。

 

「ほんとうに、いいのか」

 

苦虫を噛みつぶしたような顔をして、ユーヴェインはなおも言い募る。

 

「暗黒街というのがなんなのか、オレは知らない。でも一緒に頼みこめば……」

 

「……」

 

アスクレイはただ、閉口した。

 

ありえない楽観に身を委ねられるほど、アスクレイは暇ではない。

 

「そもそもスカベンジャーになって欲しくなかったのではないですか」

 

「それは……」

 

ユーヴェインの袖をつかむ手がゆるんだ、その時だった。

 

「わたしがやろう」

 

どこか冷たい音が大ホールに響いた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

いつのまにか、アスクレイの背後に一人の女がいた。

 

あせたベストにしわくちゃのシャツ、黒いクマのできた目もと。

 

まさにくたびれた労働者というべき女はしかし、その美を隠せてはいなかった。

 

短くそろえた茶髪は日の光で輝いている。

 

鋭い黒の瞳は深く、陰った光をこぼした。

 

「ローレライン=チェンジリングス……」

 

まるで親のカタキに会ったように、官吏が歯ぎしりする。

 

「おいおい、先月も一人スカベンジャーを殺したばかりだろう」

 

「今日は暗黒街の犯罪者に目をつけたというわけか」

 

ヒソヒソと、窓口のむこうのアドバイザーたちから陰口が聞こえてきた。

 

どうやら、このローレラインというアドバイザーはかなり嫌われているようだ。

 

官吏がローレラインにひきつった笑顔をみせた。

 

「そっ、そのですね、この者は暗黒街生まれでして……」

 

「それが?」

 

ローレラインは鼻で笑った。

 

「誰もアドバイザーにならんというから、わたしがもらおうと言っている」

 

「正気ですか。地獄よりもなお恐ろしいあの暗黒街の者ですよ、それを……」

 

「金を稼いでくるなら、わたしは豚のケツにだってキスしてやるとも」

 

懐からタバコを手にとると、ローレラインは火をつけた。

 

禁煙の紙を嘲笑うように、長々と煙をくゆらす。

 

甘ったるい香りが、アスクレイの鼻についた。

 

「乞食風情が栄光あるスカベンジャーになるなど許されることでは……!」

 

「おまえのスカベンジャー、誰一人として巨竜の喉にたどりついてないそうだな」

 

怒鳴りかけた官吏に重ねるように、ローレラインがささやいた。

 

「っ……!」

 

「ろくに実績も上げられんのに、よく栄光だなんだと語れるものだ」

 

官吏はなにも言えず、唇をわなわなと震わす。

 

どうやら勝負あったようだ。

 

もう官吏には興味がないのか、ローレラインが目をそらす。

 

悔しげに歯を食いしばる官吏を背後に、アスクレイの顔をのぞきこんできた。

 

「で、おまえはわたしがアドバイザーになるのは嫌か」

 

「……スカベンジャーになれるのならば、誰でも」

 

「ならばよし」

 

頷くと、腕をつかまれる。

 

アスクレイはそのままローレラインにひきずられていった。

 

「スカベンジャーの申請はこちらで終わらせる。ほら、いくぞ」

 

ふと背後をふりむくと、ユーヴェインとあの官吏の姿が目に入る。

 

あっけにとられたユーヴェインの奥で、官吏がゆっくりと顔を上げた。

 

おぞましいほどの激情。

 

瞳に、そんなものが潜んでいるような気がした。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

ローレラインにつれこまれた一室にて。

 

スカベンジャーになるための手続きは思いのほか簡単だった。

 

「これで晴れておまえもスカベンジャーだ、喜ぶといい」

 

ローレラインが書類の束を手でたたく。

 

アスクレイは文字を書けないので、ほとんど代筆だ。

 

「ありがとうございます」

 

「わたしはおまえが金づるになると考えただけだ。一銭にもならん礼などいらん」

 

鉱石機関のアドバイザーは、抱えるスカベンジャーの稼ぎで給金が上下する。

 

ローレラインはほかの者が眉をひそめるような手口で己の懐を肥やしているそうだ。

 

アドバイザーがつかない訳ありのスカベンジャーばかり好んで集め。

 

頼れるのが己だけなのをいいことに馬車馬のように働かせる。

 

挙句の果てに命を失ってしまうスカベンジャーが後を絶たない。

 

むろん、鉱石機関では毛嫌いされている。

 

金の亡者、命の商人……。

 

そのうちでも、先ほどの官吏には目の敵にされているそうだ。

 

「王家の名がどうのと、ろくな実績もないくせに文句だけはつけてくる」

 

だが、そんな陰口をローレラインは気にしていない。

 

追い求めているものはただひとつ。

 

「わたしは名誉だの栄光だのは気にせん。ただ金が稼げるやつが欲しい」

 

ローレラインは暗く笑った。

 

「暗黒街の生まれなのだろう。それこそ狂ったように稼ぐ、違うか」

 

「……」

 

アスクレイは黙って頷いた。

 

ローレラインが赤裸々に語った思想は、アスクレイにとっても好ましかった。

 

情けもへったくれもない、ただ実益だけの冷たくて乾いたつながり。

 

殺し殺されの暗黒街での暮らしにおいて、それは唯一信頼できるものだった。

 

アスクレイは頭を下げる。

 

「……よろしくお願いします」

 

「ああ、せいぜいわたしのために金を稼げ」

 

 ローレラインは煙を流しながら、つまらなさそうに呟いた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

それからたった一月足らずで、アスクレイは巨竜の喉までたどりつく。

 

それは、ありえない話だった。

 

巨竜の喉にたどりつくこと、それはスカベンジャーの腕を測るひとつの試金石。

 

優れた新人が数年をかけて腕を磨き、知識を集めてやっとたどりつく境地。

 

二人に一人は一生その光景を目にすることなく鉱石機関を去っていく。

 

アスクレイの一月という数字は、鉱石機関における最短記録だった。

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