スラムの子、コツコツ金稼ぎ 作:雨雲ばいう
巨竜の亡骸から鉱石を掘ってくるにあたって、入口は唯一である。
巨竜の亡骸には、口から入るほかないのだ。
スカベンジャーたちは巨大なふたつの牙をくぐりぬけ、亡骸に踏み入る。
そうして初めて目にするのは、なだらかにどこまでも続く山脈。
その名を、竜の舌といった。
シトシトと霧雨の降る樹海。
竜の舌は常に湿気に沈んでいる。
死してなお熱を秘める巨竜の心臓が生んだ暖気がその口に流れこみ。
王国の、巨竜の亡骸のある北海の吹きすさぶ寒風がそれにぶつかる。
かくして常に霧がたちこめているのだ。
冷たい湿気はそれだけでスカベンジャーの命とりとなる。
竜の舌はなだらかだが、その上は谷や小川が入り組んでいる。
谷に落ち、迷い、濡れそぼって凍え死ぬ。
この地にて失われた命のかなりは、魔獣の手にかかったのではなかった。
竜の舌、それそのものがスカベンジャーを殺すのである。
◆◆◆◆◆
竜の舌、霧にけぶる森。
その奥地にて、獣の姿がひとつ。
パキ……ポキ……パキ……。
まるで木の枝を折るような、軽い音。
それは一人の不運な狩人が食われながら奏でる音だった。
虹につやめく巨大な殻、緑まじりの白によどんだ肉。目は細長く飛びでている。
カンオケカタツムリだ。
ズリズリと地をはうその巨躯の下には、かつてスカベンジャーだったもの。
鋭い歯でえぐられていく亡骸はもう人のかたちを残していない。
パキ……ポキ……パキ……。
骨が折られ、砕かれ、食われていく。
カンオケカタツムリは骨も布も、人の痕跡はひとつも残しはしない。
殺されたスカベンジャーは、その虹に輝く殻に永遠に閉じこめられる。
故に、カンオケ。
カンオケカタツムリは己の肌を緑に染め、木々に隠れる。
音もなく忍びよられ、その巨躯でのしかかられればもう助からない。
火も刃も、銃弾すら効かないその肌の下で潰されるか、窒息するかだ。
しかし、いかに腕のよい狩人であっても、永遠に君臨することは許されない。
殺し殺されはいつでも逆転しえて、その節理から逃れられる者は誰もいない。
「……?」
カンオケカタツムリが、ゆっくりと顔を上げた。
目線の先には霧につつまれた暗い緑の森。
己が統べるはずの庭。
だというのに、今のカンオケカタツムリにはなにか違っているように思えた。
カンオケカタツムリは恐怖を抱くことはない。
そもそも心という機能はない。
だが、その時たしかに魂が震えた。
この木々の影、どこかに己の生存を脅かす恐るべき脅威が潜んでいる。
じっと、こちらを狙っている。
カンオケカタツムリはすぐさま逃亡を試みる。
が、森の緑に隠れるのは上手かろうと、悲しいかな足は遅いのだ。
「……」
ズルリ、と音がして己の首に偉大な竜の息吹がかかる。
頭を失って、カンオケカタツムリは静かに崩れ落ちた。
しばらく沈黙があって、緑の茂みがゆれる。
姿を現したのはアスクレイ。
草木を絡ませた緑のマントをかぶり、土や花の汁で己の香りを隠している。
たとえ歩いていてさえ、その存在に気づく者は数えるほどであろう。
革で作られたその靴は、音もなくスカベンジャーの亡骸へと歩みよる。
アスクレイは脇に転がっていた木の枝で、その肉片を漁った。
鈍く輝く鉄のプレート。
人の姿のまま命を落とすほうが幸運なスカベンジャーの、名札である。
首からかけておくことが義務づけられていて、さらに鉱石機関に渡せば金になる。
豊かな家庭の生まれがほとんどなので、遺族や友人から報酬がもらえるのだ。
アスクレイがカンオケカタツムリを殺した理由。
それは亡きスカベンジャーの尊厳を守るためなどではない。
金になるから、単純にそれだけだった。
◆◆◆◆◆
鉱石機関に一歩足を踏み入れると、痛いほどにジロジロと目が集まる。
「なんでまだ売女の子はここを歩くのを許されてるんだ?」
「金だけは稼いでるらしいからな、それもどこまで正しいのやら」
「一月で竜の喉にたどりついたなんて、でっち上げに違いないや」
どうやら、スカベンジャーのうちではアスクレイのあだ名は売女の子らしい。
もちろん、根拠などない。
暗黒街の生まれならそうに違いないというステロタイプである。
ただ、アスクレイの母が娼婦だというのは正しかった。
結果だけを考えればステロタイプというのも馬鹿にできないものである。
しかし、アスクレイはそんな陰口など気にもしていなかった。
暗黒街では陰口よりも先にナイフが飛んでくる。
そんな日常とくらべれば、鉱石機関でのやっかみなど子どもの遊びだ。
あるいは、この鈍さこそがスカベンジャーとしての才能だったのかもしれない。
◆◆◆◆◆
巨竜の亡骸はスカベンジャーの命を狙う捕食者の巣窟である。
いつも周りに目を光らせていれば気が狂ってしまう。
かといって命の危機はすぐに察知しなければ殺されてしまう。
ほどほどに気を休め、いざという時には瞬時にスイッチが入らなければならない。
ほとんどの新人は、その判断に心を病んでしまう。
幼い時から恵まれ、武芸や魔術の腕を磨いたとしても、それだけは鍛えられない。
常に命を狙われているという現実に心が壊れてしまうのだ。
これこそが、新人と熟練のスカベンジャーとの違い。
そして、アスクレイにとってこの稼業が天職である理由でもあった。
アスクレイにとって、暗黒街と巨竜の亡骸には大きな違いなどない。
どちらとも殺し殺されが常であり、油断をつかれた者から命を落としていく。
そんな暗黒街で生き残ってきたアスクレイはある種の野生の勘を手にしていた。
どこまでは気にしなくてよいのか。
どこからは逃げるべきなのか。
アスクレイは心を病みなどしない。
なぜならアスクレイにとってそれこそが日常であり、人生だったのだから。
そんな者が竜の息吹という絶対の力を手にすれば、結果はわかりきっていた。
アスクレイは、スカベンジャーとして才能に愛されていたのだ。