スラムの子、コツコツ金稼ぎ 作:雨雲ばいう
「喜べ、なかなかの額になったぞ」
ローレラインから手渡された金の重みに、アスクレイは目を細めた。
三日ほど巨竜の亡骸に潜って稼ぎは銀貨が九つ。
一日ずっとドブさらいをして稼ぎは銅貨が三つ。
スカベンジャーの一日の稼ぎは、ドブさらいの三月の稼ぎに等しい。
これまでの暮らしが馬鹿らしくなるほど、この稼業は実入りがよかった。
「おまえを手に入れられたのは幸運だった。今や稼ぎで新人のトップを独走だ」
ローレラインが上機嫌に煙草の煙をくゆらす。
今のアスクレイは新人の二番手と三番手を足したよりも稼いでいるらしい。
おかげでローレラインも上長から顕彰されたそうだった。
棚からビンを手にとりながら、ローレラインが暗く笑う。
「これからもその調子でわたしの懐を肥やしてくれ」
「……努力いたします」
時折燃え盛る、火トカゲを漬けたウイスキー。
おおよそ暗黒街では目にすることもできない上等なアルコール。
まだ勤務のうちだというのに、ローレラインはもう飲むつもりらしい。
胸のうちでは呆れながら、アスクレイはローレラインの執務室を後にした。
◆◆◆◆◆
「これはアスクレイさん、今日もドブネズミのようなしみったれた顔をしてますな」
「……こんにちは」
アスクレイは口をへの字に曲げたのを隠す気もなかった。またか。
おおよそ人に会って一番初めにかける言葉とは思えないまっすぐな嘲笑。
それを口にしたのは、いつぞやの官吏だった。
アスクレイを鉱石機関から追いやろうとして、ローレラインに黙らせられた男。
そのアスクレイがローレラインと組んで結果を上げるのが気に食わないのだろう。
ことあるごとに、こうしてアスクレイを馬鹿にしてくる。
「流石は売女の子、小銭稼ぎだけは上手いものです」
「……」
閉口する。
どうしてこの男はこうもベラベラと人を馬鹿にする言葉を口にするのだろうか。
気に食わないだけなら話しかけなければよいのに。
◆◆◆◆◆
「アスクレイ!」
ふと顔を上げると、遠くから厳しい顔をしたユーヴェインが歩いてくる。
それを目にした官吏は舌を鳴らして逃げていった。
つぎはユーヴェインか。
アスクレイはまた静かにため息をついた。
「っ、またあの男。いつもアスクレイの陰口ばかり、なにを考えてるんだ」
ユーヴェインが去っていく官吏の背をにらみつける。
なぜか、この青年はいつもアスクレイが馬鹿にされていると怒るのだ。
べつに貴族の生まれのユーヴェインにはどうでもよい話だろうに。
むしろこうして話しかけられて困るのはアスクレイのほうだった。
「おい、ユーヴェインがまたアスクレイに話しかけられてるぞ」
「どう考えたってズルしてる売女の子のくせに、よくもあんなすました顔できるな」
「きちんと努力して二番手につけてるユーヴェインを馬鹿にしてんだよ、きっと」
いつのまにかアスクレイがユーヴェインに因縁をつけたということになったらしい。
あいかわらず妄想だけはたくましいものである。
鉱石機関において、暗黒街の乞食がよく思われることなどない。
その者が新人の稼ぎで大差をつけて一番ともなれば、なおさらである。
アスクレイはイカサマで新人トップの功績を手にしたことになっている。
暗黒街生まれにしか思いつけない、おぞましき謀略に手を染めているのだと。
そして、ユーヴェインはある種の英雄と目されていた。
ズルをしたアスクレイと違って、貴族として正々堂々と戦っている人格者だと。
馬鹿げた話だ。
たしかにアスクレイは竜の息吹に頼るところはあるが、それも実力のうちである。
ただ一人で稼いでいるだけなのだから、そっとして欲しかった。
「? アスクレイ、どうかしたか」
「……いいえ」
ユーヴェインもユーヴェインだ。
この青年から話しかけられるたび、先ほどの陰口がどんどんと大きくなっている。
貴族の二番手が、暗黒街生まれの一番手に話しかけるという構図。
それそのものが火に油を流すがごとき禁忌であった。
そもそも暗黒街についてもう教わっただろうに、なぜ未だに話しかけてくるのか。
アスクレイは頭を悩ませていた。
「それよりも、アドバイザーが話があるようですが」
「おかしいな、アスクレイと話してるといつもこうだ。とにかく、それじゃ!」
遠くで手をふっているユーヴェインのアドバイザー。
その若い女を指さすとユーヴェインは走り去っていく。
アスクレイと話すとアドバイザーが飛んでくるのは驚くべきことではない。
ユーヴェインに愛想をふりまく女の目にアスクレイが入る。
とたん、その顔がゾッとするほど冷たいものになった。
己の抱えるスカベンジャーが暗黒街生まれと談笑するなど冗談ではない。
そう、顔にはっきりと書いてあった。
◆◆◆◆◆
根も葉もない嘘も、語られ続ければどんどんと信じられていく。
とはいえ、とアスクレイは頭痛がした。
こちらを狙ってくる者が現れるとは思っていなかった。
家への帰路についている背後。
アスクレイは三人ほどの新人スカベンジャーにつけられていた。
「……」
よくて脅迫、だがそれだけで終わりはしないだろう。
いくらアスクレイといえど王都で貴族を殺害したくはなかった。
親族や知人に権力者がいれば、ひとたまりもない。
あちらはともかく、アスクレイには暴力に訴えることは許されていないのだ。
幸いと言うべきか、後ろの三人はこと犯罪については素人のようだ。
足音もうるさいし、あまりにもふるまいが不審である。
これなら、すぐに逃げられる。
アスクレイはすぐさま脇道に飛び入った。
慌てて後ろの三人が走るのが聞こえる。
だが、アスクレイがこの暗黒街の地理で貴族の坊ちゃんに負けるはずがない。
道なき道を走り、時に柵の上に登り、時にドブ川を飛び越え。
あっというまに三人はアスクレイの姿を失ってしまった。
「乞食め、逃げるとは恥知らずにもほどがあるな」
「売女の子とはいえ誇りはあるだろう、正々堂々と勝負したらどうだ」
訳のわからないことを口走る。
だが、三人はここが暗黒街であることを忘れるべきではなかった。
「ん? やけに懐が軽いような……」
一人が己のコートのうちをまさぐる。
そしてどんどんと顔を青くしていった。
「父上から頂いた時計が、ない」
その言葉をきっかけに残りの二人も根こそぎものを盗られたことに気づく。
失ったのはどれもこれも名家の子として欠かせない一品ばかり。
「あれを失くしたと父上がお聞きになったら、どれほどお怒りになるか……!」
「あの乞食を追っているうちにスられたのか、ふざけるな!」
三人は慌ててこれまでの道を走っていく。
その後ろ姿を生ゴミの山の陰から目にしていたアスクレイは呆れるばかりだった。
あんなに金目のものをジャラジャラと吊るしていれば、目をつけられない訳がない。
ここはほかのどこでもない、暗黒街なのだから。