スラムの子、コツコツ金稼ぎ   作:雨雲ばいう

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09 奸計

コン、コン、とツルハシの音が響く。

 

額を伝う汗をぬぐいながら、アスクレイはいったん手を休めた。

 

顔を上げると、目に入るのは天まで続く白亜の竜の牙。

 

アスクレイは今、その下で鉱石を掘っていた。

 

竜の亡骸で手に入る鉱石は、一説にはウロコが砕け散ったものと言われている。

 

かつて矢でも炎でも傷つくことのなかった巨竜のウロコは巨大な力を秘める。

 

王国の魔術機械はみな、その神秘を頼りに働いていた。

 

アスクレイがようやくのことで掘り上げた鉱石。

 

小指の爪ほどの大きさのそれを、つまみ上げた。

 

陽の光にかざすと、白に輝く。

 

「……」

 

アスクレイは小さく頷いた。

 

巨竜のウロコには、時折ほかのものが入りこむことがある。

 

たとえば骨が入って白に輝く鉱石になったり。

 

血が入ってドロリとした赤の鉱石になったり。

 

竜の心臓が欠片でも入っていると、常に燃え盛っている不思議な鉱石になる。

 

そうなると、もともとの青のウロコのままよりも力が大きく、よく売れた。

 

スカベンジャーはただ目についた鉱石を採ってくるだけでは駄目なのだ。

 

きちんと売れる鉱石だけを集めるのもまた、腕のうちである。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

巨竜の亡骸の入口にそびえる二つの牙。

 

魔獣がほとんどおらず、また王都から日帰りで訪れることができる。

 

ゆえに鉱石はあらかた採りつくされていて、新人ですらよりつかない。

 

竜の舌のほうが質のいい鉱石が山ほど残っているのだ。

 

ではなぜアスクレイが牙を訪れたのか。

 

それは、鉱石機関から調査を命じられたからであった。

 

巨竜の亡骸に巣食う魔獣が、日の下に足を踏み入れることはまれである。

 

土のやせた王国の大地よりも巨竜の亡骸のほうがよっぽど豊かなのだ。

 

だが、時折ひょんなことから迷った魔獣が竜の口から現れることがある。

 

それがたかがカンオケカタツムリ一匹なら気にせずともよいだろう。

 

せいぜい農夫が数人食われるだけだ。

 

だが、もしも巨竜の亡骸奥深くから、はるかに恐ろしい魔獣が現れたら。

 

歴史上、そのような災厄はたびたび起こっている。

 

国王が殺されたり、あるいは王都が燃やされたり。

 

魔獣の運ぶ謎の病で国が滅びかけたこともあった。

 

なので、鉱石機関は日々スカベンジャーに竜の口を探るよう命じている。

 

そうすることで、厄災から国を守ろうというのだ。

 

つまり、今日はアスクレイが貧乏くじをひいたという訳である。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

生い茂る草木を踏みしめ、アスクレイは牙にそって歩いていく。

 

時折鉱石が目に入っては掘って、そうしてしばらくした時だった。

 

アスクレイが、ピクリと眉を震わす。

 

その目の先にあるのは、銀に輝く水たまりのようなもの。

 

木の枝ですくってみると、ねばり気があってダラリと垂れていった。

 

「ハクイムシの巣……」

 

ぼそりと呟く。

 

ハクイムシ。

 

それは、竜の亡骸に巣食うとある虫のこと。

 

名が指すように、巨竜の歯の骨を食し、くりぬいた穴で暮らしている。

 

そのフンは細かく砕かれた骨の粉が入っていて、銀に輝くのであった。

 

アスクレイはそばの茂みに隠れ、頭上に目をやった。

 

霧にまぎれ、ぽつぽつと無数の穴が白い牙の上に築かれている。

 

かなり大きいコロニーだ。

 

数は百を越えていてもおかしくない。

 

アスクレイはそっと後退ろうとした。

 

あの数と一人で戦うなど正気ではない。鉱石機関に一報を入れるべきだ。

 

だが、その時アスクレイの目はありえざる姿をとらえた。

 

先日アスクレイをつけていた三人。

 

その三人が、牙のくぼみに隠れ、アスクレイを上からのぞきこんでいたのだ。

 

なぜ、と疑問に思う。

 

アスクレイが今日ここを訪れることは、鉱石機関の官吏のみしか知らないはず。

 

この三人はどうやって先回りしたというのか。

 

だが、それを考えるよりも先にことは始まった。

 

三人はアスクレイのもとへなにかを落としたかと思うと、すぐに隠れてしまった。

 

べちゃりと音を鳴らしたのは、幼虫。

 

巨大な白の、ハクイムシの子どもである。

 

先ほどまで静まっていたコロニーがガサガサと羽音を奏でた。

 

竜の牙の穴から、節くれたやけに細長い巨大な昆虫の群れが姿を現す。

 

ハクイムシだ。

 

その黒い瞳が、大地で血肉をまき散らす幼虫と、そばのアスクレイをとらえた。

 

ワナだ、と気づいた時にはもう遅かった。

 

ハクイムシに集られ、アスクレイの姿は一瞬で失われてしまった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

ハクイムシの羽根のすれる音が落ち着いて、ふたたび沈黙が訪れる。

 

じっと耳を傾けていた三人は、静かにアスクレイのいただろう地点をのぞいた。

 

白いハクイムシの亡骸の山ができていて、ピクリと震えるものもない。

 

三人は木の棒を握りしめて、その山をおっかなびっくり漁る。

 

と、アスクレイの血に濡れた名札が転がり落ちた。

 

三人はたがいの顔を目にする。

 

思っていたよりもあっけない終幕。だが、たしかにアスクレイを殺したのだ。

 

「ざまあみろという話だ、売女の子が」

 

「我ら貴族の怒りをないがしろにした報い、ようやく知ったか」

 

「巨竜の喉にたどりついたなど、やはり嘘をついていたのだろうよ」

 

口々に死人を罵りながら、三人はハクイムシの巣を後にする。

 

手にした名札は、証として一人の男に渡す手はずになっていた。

 

三人にアスクレイが竜の牙を訪れることを密かに教えた鉱石機関の者。

 

この殺人劇を目論み、三人に指図してハクイムシの幼虫を手に入れさせた黒幕。

 

それは、かつてアスクレイを鉱石機関から追いやろうとした一人の官吏。

 

三人の、アドバイザーであった。

 

暗黒街の乞食が、よりにもよってローレラインと手を組んで功績を上げている。

 

そのことへの激怒が、官吏を狂気へと導いたのだった。

 

官吏は、とにかくアスクレイがいなくなって欲しかった。

 

それこそ、命を落とした証を己で目にするまでは、心が休まらないほどに。

 

「まったく、我らのアドバイザーも疑り深いものだ」

 

三人のうち、一番後ろを歩く青年は鉄の名札を陽光にかざす。

 

「ハクイムシに集られて生きていられる新人など、いるものか」

 

……もしも青年がもっと目を凝らしていたのならば、気がつけたかもしれない。

 

鉄の名札。

 

そこに描かれた、ナイフを手に背後から忍びよる影に。

 

ギラリと、刃が光る。

 

深々と、心臓をつらぬかれる。

 

青年は音もなく絶命した。

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