656広場でのフランシュシュのチェキ会も、すっかり見慣れた風景となった、そんなある日。ごった返す客のなかに、メンバーたちの見慣れた姿があった。カジュアルな服装にかわいらしい二つの団子。「怒羅美」のリーダー、天吹万梨阿だ。その後ろでは、取巻きの右川と左山が、万梨阿を見守るように微笑んでいる。
「2号さん!あたし、2号さんに頼みがあるんです!」
サキの列に並んだ万梨阿は、自分の番が来るやいなや、嬉しさと神妙さの混じった面持ちでまくしたてた。
「おう!万梨阿の頼みや、なんでも聞いちゃるけん」
裏表のない笑顔でサキが応えると、万梨阿は後ろを向き、2人と目を合わせた。
「実は……」
万梨阿は目を伏せ、恥ずかしそうに言葉を詰まらせ、吐きだした。
「2号さんに、ぶっ殺すぞって言ってほしいんです!」
場が静まり返った。サキは目を丸くしていたが、やがてため息を吐き、苦々しい顔で言った。
「いや、さすがにそやんかこと言うのは、ちょっと……」
サキの表情に、万梨阿の目が一瞬動揺を見せる。だが、そこで引き下がるような女ではない。
「そこを何とかお願いします!2号さん!」
万梨阿は顔の前で手を合わせ、頭を下げながら言った。
「万梨阿ちゃん今日のためにバイト代貯めてきたんですよ!」
「そうなんですよ!2号さんに会いたすぎて毎日がエブリデイなんですよ!」
右川と左山も加勢し場を賑わす。
「それ言うなって言ったっちゃろ!」
2人に秘密をバラされ慌てふためく万梨阿。サキの頬が緩む。
「わかった。仕方がなか、そこまで言うんなら……」
サキはもう一度ため息を吐くと、万梨阿の華奢な両肩を掴み、言い放った。
「万梨阿……お前ぶっ殺すぞ」
万梨阿の双眸を見据え、ガンを飛ばすサキ。万梨阿の顔が、みるみるうちに紅潮していく。
2人はしばらくそうして見つめ合っていた。たったの数秒だったが、万梨阿には永遠のように感じられた。その後ろでは右川と左山が抱き合って、黄色い声をかけている。
サキが手を離した後も、万梨阿は頬を朱に染めたまま立ち尽くしていた。
「あーお客様、次の方が、お待ちですので……」
幸太郎に冷ややかな声をかけられ、万梨阿は我に返った。
「あ、ありがとうございました!」
威勢よく頭を下げると、万梨阿は右川と左山には目もくれず、すたこらさっさと行ってしまった。
人でごった返す会場のなか、一部始終を、隣のブースにいるさくらはしっかりと目に焼き付けていた。
チェキ会が終わったあと、さくらの心の中にはモヤモヤした気持ちが膨れ上がっていた。原因はわかっている。あの特攻隊長だ。
「サキちゃん」
さくらの手が、サキの裾を優しく掴む。呼び止める声には、どこか悲しみの色が混じっていた。
「どやんしたと?さくら」
サキが屈託のない笑顔を向ける。いつも通りのその輝きは、しかし今のさくらにとっては、目を背けたくなるものだった。
「なんで万梨阿ちゃんにあやんかこと、言ったと?」
訴えかけるような視線を向けるさくら。その青い瞳はどこか潤んでいるように、サキの目には映った。
「いやでも、ああ言われたら……」
「私以外の人にぶっ殺すぞって言うの……やめてほしか」
さくらが、さえぎるように言った。弱々しい口調とは裏腹に、サキの裾を強く掴む。
『ぶっ殺すぞ』
決して他人にかけていい類の言葉ではない。だがサキは、唯一さくらにしかその言葉を使わなかった。
「さくら……?」
いつもは元気なさくらの弱々しい顔に、サキも思わず表情を固くする。
「その言葉は……私だけのためのものやけん……」
さくらの言葉がさらに小さく、弱々しくなる。サキに真直ぐ向いていたはずの視線も、ぼやけて曖昧になっていく。
「いやさくら、お前なんば言いよるとか?」
気づけばサキはいつもの豪放さを取り戻し、さくらに怪訝な視線を向けている。
「なあ、そがんこと言うやつは、ぶっk……」
サキは、流れでいつものセリフを口にしようとするも、つっかえてしまった。
そのままさくらの顔を見つめていたサキは、だんだん平静を装えなくなってきたようで。
「あー、今日は調子狂うけん」
何かを隠すように後ろを向いた。さくらにはその顔が、こころなしか赤く染まっているような気がした。
「こら帰りにドラ鳥やな、グラサンに頼まんと」
そう言ってサキは、速足で去って行ってしまった。
さくらはその背中を、いつまでも眺め続けていた。