もはや国のインフラとして日常の一部に組み込まれたダンジョン。
そこには、無数の鉄道路線も存在していた。
これは、そんなダンジョン鉄道の日常を記したモノである。
『本日も
この列車は
天井のスピーカーから流れる、少しだけ掠れた自動放送。
古いが丁寧に整備された車内に、その落ち着いた女性の声が静かに響く。
『途中停車駅は、
なお当列車、終点の白金で奈良接続部方面の特別急行《
奈良方面ご利用のお客様は、終点の白金までご乗車ください』
ガタン、ガタン、と車輪が線路の継ぎ目を踏む。
窓の外では、灰色のビル群とそこから漏れた人の営みを示す光が流れていた。
早朝だからだろう。多く人が道を行きかっているのが良く見える。
『まもなく、辰砂、辰砂です。お出口は、進行方向左側です。
お降りの際は、ホームと列車の間が広く空いている箇所がございますので、十分ご注意ください。
辰砂を出ますと、次は灰堂に止まります。
途中、
通過駅ご利用のお客様は、次の駅で普通列車にお乗り換えください』
インバーターが独特の音階を響かせながら、列車はゆっくりと減速し、辰砂駅の1番ホームへと滑り込む。
通勤通学時間帯の快速列車だからだろう。多くの乗客が乗り込んでくる。
「ご利用ありがとうございました。辰砂、辰砂です。白金方面の普通列車、白金行きは2番線から8時ちょうどの発車です」
駅員の放送が終わると同時に、発車メロディーが鳴る。
かつて首都圏で使われていたモノを転用した、聞く人が聞けば懐かしいと感じるメロディーだ。
「1番線、ドア閉まります。駆け込み乗車はおやめください。次の列車をご利用ください」
発車メロディーが鳴りやむと、金属製のドアが音を立てて閉まる。
戸締め灯が点灯し、少し遅れて車掌からのブザーが運転士に出発の合図を知らせる。
「時刻良し、ドア閉め良し、出発良し。進行!」
運転士は、出発信号が進行を示す青を現示したことを確認し、ノッチを入れて加速する。
「7時50分52秒、辰砂駅発車。遅延22秒」
乗客の乗降に少し時間がかかったことで、定刻から22秒遅れて八両編成の列車は辰砂駅のプラットホームを滑り出した。
全車両が分岐を通過すると、モーターの音が一段高くなり、つり革が小さく揺れる。
車窓の向こうでは、辰砂の街並みがゆっくりと遠ざかっていく。
遥か先まで広がる住宅群。
東京での経験をもとに秩序だって作られた高架道路。
そこを走る数千台の車とひしめき合う数十万の住人達。
そして、その頭上を縫うように走る配管と送電線。
日本人がダンジョンに定住してから半世紀も経てば、ダンジョン内の日常インフラなど本土とは大した違いを感じない。
今やダンジョンに無数に存在する迷宮都市群は、日本本土の地方都市よりはるかに人口密度が高い。
これに関しては、日本人口が回復傾向にある影響もあるかもしれない。
列車は軽快なジョイント音を立てながら、住宅の合間を走り抜けていく。
途中に一駅を通過し、そこから十分もすれば、前方に巨大な空洞が見えてくる。
名を、樹海空洞という。
正式名称は《第十三号広域地下空洞》と言うが、こんな長ったらしい正式名称で呼ぶヤツなどいない。
いたとしても、きっと政府のお偉いさんか政治家だけだ。
広大な空洞内に、結晶がなる木の樹海が存在するというこの奇妙な地帯を横目に、さらに一駅を通過する。
『まもなく、灰堂。灰堂です。お出口は進行方向右側です』
そんな自動放送の後に、車掌の声が続いて響く。
『次の灰堂では、特急列車の通過待ちを行うため、三分ほど停車いたします』
後続の特急列車の通過待ち。
列車本数が多く、比較的特急列車の優等性が高い黎奈本線ではたびたび見られる光景だ。
快速列車は速度と本数のバランスを取るため、途中駅で通過待ちをすることが多く、通過待ちの回数で言えば普通列車とあまり変わりないかもしれない。
列車は減速しながら、坂を上っていく。
灰堂駅が近づくにつれ、線路脇の設備が増えていく。
張り巡らされた防護柵。
留置線へと延びる線路の分岐器。
そして、防護シャッター。
ここ灰堂は、かつて長くにわたってダンジョン攻略の最前線を支えていた要塞都市だった。
灰堂駅もまた、そんな地獄の最前線に送られてきた物資や攻略者たちのドラマの始発点であり終着点であった。
ホーム端に残る旧式の機銃座跡をしり目に、列車はゆっくりと灰堂駅構内へと進入していく。
到着番線は、二面四線の島式ホームの進行方向左端に位置する1番線だ。
「ご利用ありがとうございました。灰堂、灰堂です。只今の時間帯、ホーム上大変混み合っております。スムーズな通行のため、譲り合いながらのご通行ご協力お願いいたします」
『まもなく、二番線を列車が通過いたします。危ないですから、白線の内側までお下がりください』
「――二番線、列車通過いたします! 白線から離れてください!」
ホームの喧騒をかき消すかのように、列車の接近を知らせる自動放送と駅員の肉声放送が響き渡る。
直後、遠くから微かに低いうなり声のような音が近づいてきた。
パアアァァァン―――!
大音響を響かせる警笛。
ついでとばかりにミュージックホーンも鳴らしている。
ゴオオォォォオ―――。
少し遅れてホーム上を襲う純粋な風圧。
紙袋が空を舞い、コートの袖が大きくはためく。
白銀の車体に濃紺と金の帯を見せつけながら高速で通過していく、先頭の六両。
行先表示には、特別急行《暁》とあった。
磨き上げられた車体側面に、灰堂駅の照明が流れるように反射していく。
僅か数秒後。ガコンッ、と連接幌が視界を横切った直後、赤帯を纏った後部編成が姿を現した。
特別急行《黎光》。
前四両とは雰囲気そのものから違う。
どこか物々しさを感じさせる車体が一両、二両と瞬きほどの時間も経たずに通過していく。
最後尾車両が通過する瞬間、モーター車の床下から甲高いモーター音が響く。
キィィィィィン――――。
魔素コンバーター搭載車特有の甲高い、どこかブレーキ音に似たような音を残し、特急列車は灰堂駅を過ぎ去った。
ホーム上には一瞬の静寂が訪れ、何事もなかったかのように再び喧騒に埋まっていく。
前方の出発信号が青に変わり、進行を現示する。
「一番線、快速列車白金行き。まもなく発車いたします。閉まりますドアにご注意ください」
発車メロディーが鳴りやみ、ドアが閉まる。
車掌ブザーが運転席に響き、列車は再び白金を目指して走り出す。
ここから先は、黎奈本線でも屈指の高速区間だ。
ポイントを通過すると速度制限解除の標識が線路わきに現れ、運転台の速度計の針が右へと倒れていく。
―95。
――110。
―――130。
モーターが床下で唸り、線路の継ぎ目を叩く音が早く、細かくなる。
列車は、この永遠に続くとも思えるような直線を乗客の日常を乗せて駆け抜ける。
そこが、ダンジョンだろうと地上だろうと、鉄道は常に走り続ける。
線路が続くなら、きっとどこまでも。