艦内ラウンジ。
任務終わりの夕方という事もあり、そこそこ賑わっていた。
その一角。
ミラージュ・ファリーナ・ジーナスは、何故か妙な圧を感じていた。
「……」
向かい側にはワルキューレの面々がずらりと並んでいる。
逃げ場がない。
「で?」
最初に口を開いたのは美雲・ギンヌメールだった。
肘をつきながら、じっとミラージュを見る。
「あなた達、どういう関係なの?」
「ぶっ!?」
ミラージュが飲みかけのコーヒーを吹きそうになる。
「な、ななな何を突然……!」
「だって最近ずっと一緒じゃん」
マキナ・中島がニヤニヤしながら身を乗り出す。
「訓練も〜、整備中も〜、食堂でも〜」
「気付いたら隣におるんよ!」
フレイア・ヴィオンまで参戦する。
ミラージュは真っ赤になった。
「そ、それは教官と教え子としての付き合いであって!」
「教官ねぇ〜?」
レイナ・プラウラーが端末を弄りながらぼそっと言う。
「視線追跡データ。ミラージュ、セス見過ぎ」
「!?」
「えっ、何それ怖っ」
マキナが引いている。
ミラージュは椅子から立ち上がりそうになった。
「ど、どういう事ですかレイナさん!?」
「そのまま」
「そのまま言わないでください!」
フレイアがきらきらした目で身を乗り出す。
「でも教官、優しいんよねぇ」
「ま…まぁ、それは」
思わず肯定しかけてミラージュはハッとする。
マキナが逃さなかった。
「はい認めたー!」
「認めてません!!」
「えぇ〜? でも顔違うよ?」
「違いません!」
美雲がじっとミラージュを見る。
その視線は妙に鋭かった。
「…好きなんでしょ」
空気が止まる。
ミラージュの顔が一瞬で真っ赤になった。
「ち、違……!」
否定が続かない。コイバナに飢えた戦乙女達にはその反応だけで十分だった。
「きゃー!」
マキナが机を叩く。
「青春だ〜!」
「甘酸っぱいんよ!」
フレイアまで嬉しそうだ。
ミラージュは頭を抱えた。
「だ〜か〜ら〜違います! あの人は元教官で、その……!」
「その?」
「そ…尊敬していて」
「うんうん」
「頼りになって」
「うんうん」
「優しくて」
「うんうん」
「…放っておけなくて」
そこまで言ってミラージュは固まった。
数秒の沈黙が流れる。ワルキューレ全員が微笑ましいものを見る目になっていた。
「……あ」
自分で言ってしまった。
マキナが満面の笑みを浮かべる。
「はい確定〜!」
「違います!!」
ミラージュが机を叩く。
その時だった。
「何が違うの?」
背後から、のんびりした声。
ミラージュの身体が凍る。ゆっくり振り返ると、そこには缶コーヒー片手のセス。
「……」
「……」
互いに硬直する。
ワルキューレ勢が一斉にニヤける。
ミラージュは顔面蒼白だった。
「きょ、教官これは違……!」
「へぇ〜」
セスは状況を察したらしく、妙に面白そうに笑う。
「僕って人気者なんだ~」
「茶化さないでください!!」
ミラージュの悲鳴がラウンジに響く。
フレイアがけらけら笑う。
マキナは完全に面白がっていた。
レイナは端末を向ける。
「顔赤い。スクショ案件」
「やめてください!!」
唯一、美雲だけが静かにセスを見ていた。
そして不意に言う。
「あなた、ズルいわね」
セスが目を瞬かせる。
「ん?」
「気付いてるくせに」
ミラージュの顔がさらに赤くなる。
セスは少し困ったように笑った。
「いやぁ…」
その反応だけで美雲は確信する。
この男、本当は誰よりミラージュを大事に思っていると。
◇
その夜。惑星ラグナ、ケイオス艦内格納庫にて。
整備灯だけが薄暗く機体を照らしている。
並ぶVF-31 ジークフリード。
その奥に鎮座する異質な灰色“VF-22VG"
鋭い機首に獣みたいなシルエット。近寄り難い空気すらある。
その足元でセスが整備端末を覗き込んでいた。
「…また左翼が機嫌悪い」
ため息が漏れる。
そこへ足音がして振り向くと、美雲・ギンヌメールが立っていた。
紫の髪に静かな目がセスに向けられている。
「お邪魔してごめんなさい。少しあなたと話がしたかったの」
「僕と? ワルキューレの歌姫に興味持たれるなんて光栄だね。なになに?」
突然の訪問に気を悪くした様子もなく、セスは笑顔で返す。
美雲は笑みを深めると22VGを見上げる。
「変わった機体ね」
「変わってるで済ませていいのかなこれ」
美雲が少し首を傾げる。
「嫌い?」
セスは苦笑した。
「いや。好きだよ」
同じ様に22VGを見上げる。
「困るくらいには」
美雲は機体へ近付く。指先で灰色の装甲を軽く撫でる。
「歌いにくそう」
「歌う?」
「機体は歌うわ」
セスが笑う。
「ワルキューレっぽい発想だね」
「貴方も分かるでしょう? この子、かなり気難しい」
22VGを見ながら語られる内容にセスが目を瞬かせる。
「……分かるの?」
「えぇ」
美雲は即答した。
「制御されるのを嫌ってる」
数秒の沈黙後、セスが吹き出す。
「何それ。完全に野良猫じゃん」
「でも懐いた」
「まぁ…たぶん」
美雲はセスを見る。
「貴方も似てる」
「僕が?」
「えぇ」
彼女は真顔で言い切る。
「ちゃんと飛べばいいのに」
セスが苦い顔をする。
「それ皆言うんだよなぁ」
「でも帰ってくる」
静かな声だ。
「だからこの子も、貴方を落とさない」
セスの視線が22VGへ向き、しばらく黙る。
「……そうだといいけど」
美雲はふと、31ジークフリードの方を見る。
「それに比べてジークフリード達は優等生ね」
「そっちは乗りやすい?」
「素直」
彼女は少し考えてから続ける。
「でも綺麗過ぎる」
セスが笑う。
「なんか分かる」
「飛ぶための答えが最初から決まってる感じ。でも、この子は違う」
美雲の目が22VGを射抜く。
「毎回違う歌を返してくる」
セスが思わず吹き出す。
「本当に歌扱いなんだ」
「空も歌よ」
真面目に返されてセスは困る。
「ワルキューレって皆そうなの?」
「私は特に」
少しだけ沈黙が訪れる。
格納庫へ波音みたいな機械音が響く。
やがて美雲がぽつりと言う。
「でも不思議」
「何が?」
「貴方の飛び方は…壊れそうなのに、壊れたくない歌が聞こえる」
彼女は22VGではなく今度はこちらを見る。
セスは何も返さなかった。
構わず美雲は続ける。
「死に急いでる訳じゃない」
「……まぁね」
「誰かを置いていけない歌」
風も無い格納庫でセスは少し視線を逸らした。
「歌って便利だね」
「便利じゃない」
美雲は静かに言う。
「誤魔化せないもの」
その言葉にセスは小さく笑う。
「ワルキューレって怖いな」
「今さら?」
「今さら」
美雲は22VGへ背を預ける。
「でも嫌いじゃない」
「機体?」
「貴方達」
少し驚くセスをよそに美雲は天井を見上げる。まるでその先の向こう側にある"空"を見るかのように。
「風へ消えそうなものを、ちゃんと帰そうとしてる」
セスは言葉に詰まる。やがて照れ隠しみたいに整備端末を叩く。
「帰ってこなかったら?」
美雲は即答した。
「歌ってでも連れ戻す」
その言葉にセスはしばらく何も言えなかった。