惑星エデン。
S.M.S極秘格納区画。
薄暗いブリーフィングルームの中、一人の男が椅子へだらしなく座っていた。
イサム・ダイソン。
年齢を重ねても、目だけは昔のまま獰猛だった。
「で?」
机へ足を乗せたまま言う。
「わざわざ呼び出して何だ」
向かい側ではゼネラルギャラクシー社員達が微妙な顔をしていた。若手技術者がおずおずと端末を差し出す。
「…こちらをご覧ください」
映像再生。
灰色のYVF-22VG。
空戦データだ。
イサムは最初、気の抜けた顔で眺めていた。
だが数秒後ーー
「……は?」
足が机から落ちる。
映像の中でYVF-22VGが急制動からあり得ない角度で滑り込む。
失速寸前。
普通なら終わる。
なのに機体は生きている。
イサムの目が細まる。
再生。
停止。
巻き戻し。
「おい、誰だコイツ」
低い声に社員達が顔を見合わせる。
「セス・バルザック元中尉です」
「知らねぇ名前だな」
「辺境勤務中心だったので」
映像続行する。
今度はYVF-22VGがデブリ帯へ突入。
普通のパイロットなら避けるルート。
しかしセスは違う。
流れへ乗る。
風へ潜る。
機体を“落としながら”加速している。
イサムの顔から笑みが消えた。
「…こいつ」
誰も口を挟めない。
イサムはモニターへ身を乗り出す。
「22を“理解”してやがる」
その言葉に技術者達が息を呑む。
イサムは低く笑った。
「ははっ……!」
楽しそうだった。久々に心底面白い玩具を見つけた子供みたいに。
「いいじゃねぇか」
映像内でYVF-22VGが敵機を撃墜。
鋭く、獰猛に、でもどこか繊細に飛ぶ。それを見たイサムは呟く。
「ガルドの野郎、まだ飛んでやがる」
静かな言葉だった。
VF-19はイサムの翼。
自由そのもの。
だがVF-22は違う。
あれはガルドだ。
重く、不器用で、でも誠実に空へ向き合う翼。
イサムは鼻で笑う。
「19が派手過ぎたせいで、22は随分損したな」
技術主任が慎重に口を開く。
「ですが市場競争では――」
「市場の話してねぇ」
即答だった。
イサムの目が鋭く社員を射抜く。
「飛べる奴が飛ばせば、22は今でも化け物だ」
誰も反論できない。
イサムは映像を止める。
そこに映っていたのはYVF-22VGのノーズアート。
敬礼する鶏。
その滅多に見ない絵に思わず吹き出した。
「なんだこのセンス」
若手社員が恐る恐る言う。
「敵側から“チキン野郎”と呼ばれているそうです」
「最高じゃねぇか」
洒落たネーミングセンスに笑いが止まらない。しばらく笑った後、ふと真顔になる。
「……でもコイツ」
「?」
「長生きしねぇな」
空気が止まる。
イサムはモニターを見たまま言う。
「飛び方が危ねぇ」
「……」
「自分の限界じゃなく、“死線”で飛んでる」
それは同じ怪物だから分かる感覚。イサムは少しだけ目を細めながら言う。
「ガルドより危ういぞ」
誰も喋れない。パイロットではない身では解らない領域だからだ。
やがてイサムは椅子から立ち上がる。
「会わせろ」
社員達がざわつく。
「む…無理です。機密ですので」
「お前らさぁ、機密って言えば済むと思ってね?」
拒絶の言葉に呆れながらイサムが苛立つ。
「済ませないと困るんです!」
「へぇ、面白ぇ。ますます会いたくなったぜ」
獰猛に笑うイサムに社員が怯える。圧力に負けたのか視線を合わせないようにしながらぽつりと言葉を漏らす。
「…あー、そういえば近々合同検証会があるんですよ」
「合同?」
「インダストリー社とです
「ほぅ」
「互いのテストパイロットと軍上層部を集めて、22系と19系の運用データを比較をやる予定でして…」
「面白そうじゃん」
興味深そうにイサムは笑みを深める。
「そ、それが終わってからで良いですか?」
黙り込むイサム。じっと捕食者が獲物を品定めをするかのように社員を見る。
永遠にも感じた数秒後――イサムが笑った。
「じゃ、俺も混ぜろ」
「……は?」
「検証会」
「いやいやいや!」
社員が首を横に振りながら悲鳴を上げる。
「なんでそうなるんですか!?」
「俺が暇だから」
「帰ってください!」
「約束反故されたくないじゃん」
「信じてください!」
「19持ってくぞ? 俺が乗ってきたらお偉いさん、どう思うかな?」
「脅迫ですか!?」
「違う違う、純粋な好奇心」
「話聞いてました? 軍上層部だけじゃなく、インダストリー社も来るんですよ!?」
「楽しそうだな」
「だから駄目なんです!!」
社員の怯える様を楽しみながら、イサムは再びモニターへ視線を戻した。
「22でここまで飛ぶ奴なんざ、放っとく方が失礼だろ。それに…」
「?」
イサムは灰色の22を見ながらぽつりと呟く。
「ガルドの翼がまだ空飛んでるならな」
その瞳は普段の少年のような輝くものではなく、どこか大人の哀愁のようなものを帯びていた。