光陰矢の如しという言葉を考えた人は、よほどのんびりした感覚の持ち主だったのだろう。時間が矢くらいのスピードなら、ウマ娘は誰も現実に追いつかれず、ずっと走っていられる。
私は来月から受験生になる、はずだ。
新潟の芝2000メートル、シニア級1勝クラス。左回りのコーナーから伸びる長い直線は、薄目で見たら映えある天皇賞秋の舞台に見えなくもない。この直線があるから、最後のレースに選んだ。真夏の新潟は今日も快晴だ。パドックを歩く自分の脚が重い。蹄鉄が溶けて地面とくっついたんじゃないかと思うくらいに。府中が無理なら涼しい札幌で、とも思った。しかし、あの芝はぐにゃぐにゃしているのだ。遠征費も高くつく。新潟はマシなほうだ。その気になれば、電車で来てその日のうちに学園まで帰れる。弾丸日程を繰り返すトレーナーには頭が下がる思いだ。結果が伴わない時は特に。デビュー戦の勝利から今日まで、ずっと。
中央トレセンは文句なしに日本トップレベルの才能が集まるレース界の頂点だ。その分、裾野も広い。地元じゃ敵なしとか、ジュニアクラブ始まって以来の天才とか。名ウマ娘の二世、三世。みんな少なからず期待され、何かしらを持っている。なければ、敷居を跨ぐことすらかなわないからだ。
そしてその70%以上が、ただの1度も勝てずに消えていく。1勝するだけでも上積み。それは事実だ。……それで? 12戦1勝。私の成績だ。1年以上も負け続けると、どんなウマ娘でも膿む。
「あなたは天才が集う中央で、上位30%に入る優れた競争能力があります」
で、なに? なんの慰めにもならない。負けは負けだ。私は勝つために走っている。1度だけ勝って、11回負けた。
そもそもこの理論にはスキがある。未勝利戦を突破できる者が3割しかいないのは事実。けど、相手に恵まれた、展開の利があった、そういう要素は無視されている。1勝していることは競争能力の証明ではない。偶然勝っただけかもしれない、運が良かっただけかもしれない。それはどうすれば否定できる? 他の誰でもない、私自身がその可能性を否定できない。疑わざるを得ない。トレーナーは、私の力を信じているらしかった、オープンクラスにも手が届くだろうと。ただし、根気よく続ければという条件がつく。続ければって……どれくらい? 面と向かって訊かない程度には大人のつもりだ。ただ現実として、私は高等部2年生で、生涯に一度しかないクラシックの年も過ぎ去った。私は偶然デビュー戦で勝ったから現役を続けられているだけの、1勝クラスのシニアウマ娘だ。1年前の今頃は、9月を超えられるかどうかでキリキリしている同期がたくさんいた。その大半が、今は学園にいない。どうしているかも知らない。このレースが終わると、私もそういったウマ娘の仲間入りをする。学園には残る、トレセン学園卒の肩書きは使える。しかし進学を本気で目指すなら、ずるずると走っている場合ではないのも事実だ。共通テストにスピード点やスタミナ点はない。
観客の声援を背に、コースへ入る。いつの間にか地下バ道を過ぎていたらしい。嫌になるくらいの快晴だ。足の裏に心地よい反発力を感じながら、コースを流してスタート位置まで向かう。デビュー戦の時はこの何百メートルかが永遠に感じた。一世一代の勝負をするのに、なぜこんな距離を走っていかねばならないのだろうと、憤りを覚えたくらいだ。
今はどうだろう。遠くから私の呼ぶ声を受けて向かう道のりが、こんなに短いものだとは思わなかった。心境の変化か、それとも声の少なさがそう感じさせるのだろうか。今日の私は3番人気だ。十分に推されていることは分かっている。だが、ライバルはそれ以上に強力で人気がある。
1番人気は秋に重賞級の目標があると公言している。出走間隔を考慮すると、ここは勝って当然の場。ステップレースのステップレースという位置づけ。舐めるなよと言いたいが、そう宣言するほどの充実ぶりがある。
2番人気は復帰戦だ。去年のメイクデビューで鮮やかな大差勝ちで能力を示したが、故障で長期離脱していた。キャリアはないが、負けを知らないウマ娘。
3番人気。ようやく私の名前を言える、アローヘッド。矢のように伸びる末脚が自慢の、1年以上勝ちから遠ざかっているウマ娘だ。この人気に推されているのは、ひとえに速い上がりが使えるという点に尽きる。勝てていない理由は、速い上がりしか強みがないから。私を末脚芸人と呼ぶ人もいる。わりとお気に入りの呼び名。誇れる一芸があるのは幸せなことだ。
とにかく、私が勝つためにつく注文は多い。固い芝で、前が空いていないと何もできない。直線に入った時、気持ちよく「よーいドン」をさせてほしい。いっそ受験のほうがフェアだとすら思う。能力は高いのに前が塞がれているから問題が解けませんでした、なんてことは起きないのだから。
さて、問題がある。注文の多い末脚しか取り柄のないウマ娘が1勝クラスを抜けるにはどうしたらいいでしょうか? ただし、運に身を任せ、試行回数で突破することはできないものとする。今日勝てなかったら、私の履歴書には中央1勝と永遠に刻まれる。
0勝よりも残酷な結末だ。10戦、20戦と諦めずに挑み続けたなら、それは敢闘精神の表れだと思う。受験でも就職でも使える武器になる。競技の世界に身を置いたことがない者でも……いや、勝ち負けの世界に身を置いたことがない者ほど想像も共感もしやすい。重賞に出走したことがあれば、テレビや配信で見たことありますという人が一定数いるだろう、どれだけ凡走であっても。
条件戦で善戦するウマ娘は? 誰の記憶にも残らない。知る人ぞ知る末脚芸人で終わる。それは今日勝っても同じだ。1勝クラスが2勝クラスに変わるだけ。
1勝と2勝の差、その重みは私が付けるしかない。今日、私が勝っても、他の誰かが勝っても、プログラムに従って淡々と次のレースが始まる。今日のメインレースが始まる頃には、私たちのレースを覚えている人はほとんどいないだろう。だからこそ、生涯で2度目の勝利が必要なのだ。トレーナーのためでも、観客のためでもない、私のために。
ハトか? ほうほうと、なにかが鳴いている。人の声は聞き取れない。どれだけ熱い声援でも観客席から離れるとこんなものだ。ゲートに身を収める。スタートに備えて身を屈める。太鼓のような音が聞こえる。どん、どん、どん。祭囃子……ではない。自分の鼓動だ。いまさら緊張しているのだ。取るに足らない平場のレースで。
ゲートが開く。矢も楯もたまらず飛び出す。ああ、こういう時に限って……ラチと芝しか見えない。