お爺ちゃんはアメリカで行方不明になったわけでもないし
初恋の従兄弟はアメリカで行方不明になったわけでもない
ただちょっと女の子になっただけ
TS百合です
お爺ちゃんが、アメリカで行方不明になった。
子供の頃、親からそう聞かされていたのだけれども、本当のところは違うということを高校に上がってからようやく知った。
要するにお婆ちゃんを置いて逃げ出したらしい、どういう経緯でそうなったのかはわからないけれども、自分が小学校に上がる前には居なくなり、お婆ちゃんはお婆ちゃん家で一人きりになった。
多分どっかでは生きているのだろう、と母さんは語った。
高校に上がった私に対して、爺にまた会いたいか?と聞かれたけれどもはっきり言っていい思い出は全くなかったし、母さんに任せると舵を任せた。
あまり顔も覚えてない、何かで思い返そうとしても写真も残ってない。
記憶に残るのは首にある大きなイボ。まあそんな苦労して思い出そうとしてる時点で、会ったところで何も感慨は無いのだろうけれども。
結局、その会話の後もまだ一度も会ってないのだから、多分、母さんはあの人のことを許していないのだろう。
そんなクソッタレのひとでなしの爺は母方の方の爺であり、父方の方ではない。
そっちの方は自分が生まれた頃にはもうとっくに亡くなって、親戚の縁も疎遠になっていた。
爺の話はそれまでにして、お婆ちゃんが一人っきりになったことから、お母さんは私と弟を連れて、あの田んぼの真ん中にある家によく遊びに行った。
何にもない、とは言わないけれど娯楽は殆どない家。犬が一匹と、漫画がたくさん。
それなのに、小学生の頃から私はよくお婆ちゃんの家に行きたいと母の背中を叩いた。
そうでもしなければ会えない人がいたから。
もちろん人のいい、いつでもほんわりとした笑みを浮かべているお婆ちゃんに会いたいのはそうだけれども、もう一人本命の人がいた。
年の少し離れた従兄弟である。
旭お兄ちゃん。私の初恋にして、初めての失恋の相手。
少し離れた場所に住んでる私と違って、お婆ちゃん家には自転車で行けるぐらいの距離に彼は住んでいた。
旭お兄ちゃんの背負ったリュックサックには図書館で借りた本が何冊も詰まっていて、それを読むためだけに彼はあの家に訪れていた。
母親の乗った車に乗って田舎道を行く、遠くに見えた家がだんだんと大きくなってくる。今日はいるだろうか、きっと居てくれたらいいのに。
そう願いながら今か今かと答え合わせを待つ。ぎゅっと汗が滲んだ手を握りしめて願っていると、外飼いの犬小屋がある駐車場片隅に、停められた自転車に目が止まる。
つまり、そういうことだ。胸がキュッとして、私はもう居ても立っても居られない。
車が止まるや否やドアを開け放ち、すぐさま走り出す。鍵のかかってない玄関扉を抜けて、家の中は走っちゃいけないという決まりを思い出して、走り出したい気持ちを必死に抑えて襖を開ければ、いつものようにクロスワードパズルを解いてるお婆ちゃんと気だるげに本を眺めている旭お兄ちゃんがちゃぶ台越しに向かい合っている。
「旭お兄ちゃん、遊ぼーっ!」
栞を本に挟んで困ったような笑みをしながら、彼は振り返っていつもの様に言うのだ。
「今日もエミは元気だなぁ」って。
一緒に遊んでくれる旭お兄ちゃんのことが好きだった。
あまりに遊び疲れて弟と二人揃って昼寝して、ふと目を覚ました時、私たちを見守りながら一人で本を捲る姿が、なんとなく眩しかった。
たまに本を捲る気力がないぐらいに旭お兄ちゃんが体調を崩すことがあって、そんなボロボロなコンディションなのにわざわざお婆ちゃん家にやってきて、尚更体力が削られて何もできずに布団に横になっている時もあった。
デコピンしたらそのまま棺桶に突っ込んでしまいそうな体力状況だなと思いながら、お兄ちゃんが持ってきた本を枕元で読んでいた。
弟は、本には一切興味がなかった。
どちらかといえば叔父さんがお婆ちゃん家に置いて行ったドラゴンボールを読んでいた方が楽しい、と当然の理屈を語っていた。
漫画がなくなったら、庭にいる雑種の犬と遊ぶのだろう。もしくは興味のないテレビ番組をお婆ちゃんと一緒に眺めるとか、それぐらい。
お兄ちゃんが持ってきた本は本当の本当に最終手段になるに違いなかった。
全くイケてない、できれば弟と旭お兄ちゃんを入れ替えてくれれば良かったのに。
そんなことを思いながらパラパラと本を捲る。
内容は全然頭に入ってこない、半分お兄ちゃんのモノマネみたいなもん。それでも、お兄ちゃんが見たものを私も見たくて、そうすることをやめなかった。
「旭お兄ちゃんはいつになったら元気になるの?」
「それを僕に言われてもね……喘息って歳を重ねれば大体治るって聞いたんだけど、どうにもまだ時間がかかるみたい」
集中力も途切れて、本を閉じてなんとなく旭お兄ちゃんに話しかける。
本を読む気力もないのか、首元まで布団に埋もれて座布団に腰掛けたこちらを見上げていた。
「ここに居ても暇でしょ、エミも結弦と遊んできなよ」
「や、ダメだよそんなの。そんなことしたら、旭お兄ちゃんが一人きりになっちゃうじゃん」
冷静に考えれば、お兄ちゃんは一人にして欲しかったのだろう。私が空気を読まないで、隣にいたいというエゴを押し付けたから彼は困ったように笑うばかり。
早く元気になりますようにと、お兄ちゃんの頭を撫でると次第に目がトロンとしてきて、気がつけば微かな寝息が聞こえてきた。
きっとそれも長続きしないんだろうな。寝苦しくてまたすぐに起きることを、私はちゃんと知っていた。
枕元にあるコップに水を継ぎ足して、ただひたすらお兄ちゃんの寝顔を眺めていた。
私が小学校を卒業して中学校に上がった頃、旭お兄ちゃんはちょうど20歳だった。
お兄ちゃんは高校から大学進学して、それでもまだ家から大学に通っているようだった。
私もお婆ちゃん家に行く回数はどんどん減っていたし、旭お兄ちゃんも前ほどの頻度で訪れていなかったから、当然顔を合わせる数も激減した。
中学校に上がって、ようやく親からスマホを渡された。今まで縛られていた交友関係も飛躍的に広がって、旭お兄ちゃんで占めていた場所も、代替品の友人で埋め合わせることに成功していた。
そうしたかったわけではないけれども、必然的にそうなった。
旭お兄ちゃんの連絡先も、当然スマホに入っている。というか、スマホをもらって真っ先に聞きに行った相手がお兄ちゃんだった。
「エミも中学校に入学かぁ、時間が経つのは早いもんだなぁ……なんかお祝いに欲しいものはないの?」
「……連絡先をっ! 旭お兄ちゃんの連絡先をくださいっ!!」
何を言ってるのか理解できずにきょとんとしているお兄ちゃんの手からスマホを強奪し、速やかにQRコードで連絡先を交換。
『よろしくお願いします』とだけ打ち込んで送信して、またスマホを元のように手に差し込む。
「私はこれで十分ですから」
「まあ、それでいいならいいけれど……なんか困ったことがあったら、すぐに連絡してくれれば、可能な限り助けてあげるよ」
そう言われるとなんか困ったことがない限り連絡してくんなみたいで嫌な気持ちだなぁと思ったけれど、それをいうことはなかった。
ちなみに、それ以降メッセージのやり取りはなかったりする。中学校の入学祝いは結局、旭お兄ちゃんの連絡先ではなく、「ほら話」という短編が詰まった文庫本があとから手渡しされた。
もらった文庫本は、お小遣いで買ったブックコートフィルムを丁寧に貼り付けて、その上にブックカバー着せて引き出しにしまってある。
もう一冊買って、元のやつは観賞用にしようかという考えもあったが、流石に本は読んでこそ本だろうという考えもあったから、そちらは断念させてもらった。
中学3年生に上がり、受験が差し迫った私はいよいよお婆ちゃん家に行く機会がなくなった。
代わりに行くべきであっただろう弟も中学に上がり、休日は部活で忙しく駆け回っていたから、なんでもない土日に私たちの誰かが行くこともなかった。
旭お兄ちゃんとのメッセージのやり取りは相変わらずなかった。別に受験勉強で困るとか、そういうこともなかったし、日常生活も至って平穏、代わりに話す話題もなく、おすすめの本はなんかある?なんて質問も思い浮かんだけれども、なんとなく言われたらだりー質問のような気がして言い出せなかった。
というか、受験生が今聞くべきことじゃないだろうそんなもん。
まあ高校合格したら、中学校に入学した時と同じように祝ってくれるだろうと思いながらひたすら勉強をしていると、ある日突然、母さんから旭お兄ちゃんはアメリカで行方不明になった、という言葉を聞いた。
旭お兄ちゃんがアメリカで行方不明になった?
全く意味がわからなかった。そもそもそんなアクティビティな人間ではなかったような気がするし、アメリカに留学するなんて話も聞いた記憶がない。
まあ、お兄ちゃんはちょうど大学四年生だったから、早めの卒業旅行としてアメリカに行ったのかもしれないけれど、本当にアメリカで行方不明になるなんてことあるのだろうか?
その時、我が家には弟と私と母さんの三人が長テーブルに腰掛けていた。父親は呑気なことに釣りに出掛けていた、肝心な時にあの人はいないのだから我が家の大黒柱としての自覚が足りない。
「だから、お婆ちゃんの前で旭お兄ちゃんの話をするのは禁止。わかるでしょ?」
無言で、我が脳筋の弟と顔を見合わせる。
この話を信じるべきか否か、長年培ったツーカーのやり取り。あまりにも胡散臭い匂いがしていた。
あのお爺ちゃんがアメリカで失踪した、という話も子供の頃から信じていた鉄板の笑い話みたいなもんだけれども、その頃にはもうわりかし疑問に思うところがあった。
どういう経緯でアメリカに行って、何が起きて行方不明になったのか、どう尋ねても母さんは教えてくれなかった。
ただ、彼女の中では『お爺ちゃんはアメリカで行方不明になった』という事実が純然と煌めいているだけで、それ以上でもそれ以下でもなかった。
だから此処で旭お兄ちゃんがどうなったのかを深掘りしても、彼女はきっと同じ言葉を繰り返すばかりで教えてくれないだろうということだけは分かった。
2階にある私の部屋に駆け込み、体で扉を閉めてそのままずるずるとしゃがみ込む。
スマホ、そうスマホがあるじゃないか。慌ててポケットから文明の利器を取り出す。今こそ旭お兄ちゃんの連絡先を活かすとき。
メッセージアプリを開いて、トーク画面の最上部の入力欄に旭と入力すれば『戸山 旭』とお兄ちゃんのフルネームが出てくる。
それをタップしても残ってるのは昔、私が送った『よろしくお願いします』というメッセージだけ。
グッと一回力強く目を閉じて、パッと目を開く。『お元気ですか?返事、待ってます』、それだけを入れて送信ボタンを押す。
右上にある受話器のボタンに触れる勇気はなかった、その緊急ボタンを押してなんの応答がなかったのであれば、自分の最悪の想定が裏付けされてしまうような気がして、どうしても押せなかった。
しばらく画面を眺めていたけれども、すぐに既読がつくことはなかった。まあ、それでもいい。きっと手元にスマホがないだけかもしれないし。
一日経っても、既読がつくことはなかった。
一週間毎日確認してたのに、いつまで経ってもその言葉は誰にも届かなかった。
確認するのをやめようと思って、しばらくメッセージアプリを開かなかった。
春が終わって夏が来て、受験生の夏休みが始まって、久しぶりに旭お兄ちゃんのトーク画面を開いた。
既読は、まだついていなかった。
現実逃避の先は勉強だった。
その年の私は一生一人で勉強していた。
お盆にも正月にもいつもならお婆ちゃん家にいっていた時期には、私の代わりに弟が向かってくれていた。
本来なら自宅にいると他の誘惑に駆られて幾分勉強のペースも落ちるし、代わりにあの家には誘惑がないから勉強はいつもより捗ったに違いない。
でも、どうしても行けなかった。
私はお婆ちゃん家から逃げていたのではなく、旭お兄ちゃんとの思い出から逃げていた。
一人で二人分の活躍、お墓参りに大掃除に八面六臂の活躍だったと自画自賛し、お婆ちゃんも元気そうだったよと宣っていたから、褒美に文庫本を何冊か買ってきたところ、要らねえよと突き返されて結局私自身への贈り物となった。
やっぱり脳の筋肉を鍛える為にプロテインとかの方が良かったかしらとは思うけれども、消耗品をプレゼントするのはなんとなく味気ない。
文庫本数冊抱え込みながら何を贈るべきだったかと反省していると、じっと弟が私の目を覗き込んでいた。
ってか姉ちゃん、大丈夫かよ。
とは流石に言葉では言われなかったが、目線で何が言いたいのかは分かった。
「大丈夫に決まってるでしょ、私はあんたの姉なのよ」
そう自分に言い聞かせて、弟の視線から逃げだして私は部屋の扉を閉めた。
結果として、現実逃避に勉強にのめり込むしかなかった私は春先に掲げた志望校より、さらに一段上の高校に合格した。
まあ、だから何が変わったかと言われれば、別に何も変わらないのだけれども。
そして、私は高校に上がった。私は15歳、旭お兄ちゃんは生きていれば23歳。
多分、生きてるはず。
その予想を裏付けるかのように、あの衝撃の事実を知ったのだ。あの爺がお婆ちゃんを置いて何処かへ行ってしまったということを。
なんでもないかのように聞きながら、私の頭は急スピードで動き始めていた。
それってつまり、アメリカで行方不明になったって都合のいい言い訳だったってことで、それが適応される旭お兄ちゃんにも何か理由があって居なくなったのではないか、と。
もちろん爺と同じように悪いことをして、居なくなったこと扱いされているのかもしれないけれども、それでもきっとまだ生きているであれば全然良かった。
何より、あの旭お兄ちゃんが何か悪いことをするなんて一ミリも想像できなかった。
まあ悪いことはされているんだけれど、未読スルーをかまされてはいるんだけれども。
ただ私の一筋の希望として残っていた。
従兄弟はアメリカで行方不明になった。
でも、きっとまだ生きている。