初恋の従兄弟がアメリカで行方不明になった 作:かりほのいおり
3
1Lの波だから取れる食塩を生成するとすると、単純計算で0.9%ぐらいの塩分濃度だから、ざっと9グラムぐらいの塩分が取れる。
まあ実際、そんな大量の涙も塩分も出るわけがないのだけれども。
それでも、とにかく私は泣いた。どうしてこうなったのか全く理解出来ずに泣き続けた。
実は前から女だったんだよとか、理屈の通った説明はどうしても思いつかなかったし、性転換手術を受けてないというのなら、その天然物っぽいたわわな胸はどこから来たっていうのか教えて欲しかった。
あわあわと泣き続ける私の前で狼狽えていた旭お兄ちゃんは、今もお兄ちゃんと言うべきなのか微妙なところではあるけれども、あまりに周囲の注目を集めていることに気づいたのか、ええいままよと秤りにダバダバと泣き続ける私を背負って何処かへと歩き始めた。
フラフラとした足取りでたどり着いた先は旭お兄ちゃんの住処、何とも冴えないオートロックのない賃貸マンションだった。
その頃になればもう涙も止まって、旭お兄ちゃんの背中から彼と一緒に上の方をぼんやり見上げていた。
「301号室ね、鍵は渡すから先に入っておいて」
「旭お兄ちゃんは?」
「僕はちょっと買い物に行ってくるから、今あの家には全然何もないんだ」
そう言って私に招き猫のストラップが付いた鍵を手渡して、何処かへと歩き始めた。もう一人で歩けるのだから、一緒に買い物しても良かったのに。
まあ、一人で先に家に入れるのは一応メリットではあるけれど。
よし、と気合を入れて階段を登り始める。
そうと決まればさっさと上がって家探ししよう、どうして旭お兄ちゃんがああなったのかもきっとヒントが転がってるかもしれない。
エレベーターもなかったから、強制的に階段の使用を促されて、苛立ち紛れに一段飛ばしで階段を駆け上がる。そうしてたどり着いた3階の通路の奥の角の部屋が目的地。
渡された鍵を2回差し込み、要するに元から鍵は閉まってなかった様だった、あまりの不用心さに少しだけ腹が立つ。
扉を開けると、微かな冷気とふわっと風が吹いて何となく懐かしい感覚に襲われる。
何だっけこの匂い、どこかで嗅いだような気がする。少し顎に手を当てて考え、ああ、そうだと手を叩いた。
あそこと同じ匂いがするのだ、近所にある、あの腰の曲がったおばあちゃんが一人で経営してる個人商店である古本屋。
あそこのお店と、同じ香りがするのだ。
正直、古本屋という都合上品揃えの入れ替えもあまり無いから、駅の近くにある書店と比べれば全然いく機会は少ないけれども、個人的にはこの匂いは結構好きだった。
あれはきっと、使い古された本特有の匂いだろう。
その香りの根本原因が予想が正解であることを裏付ける様に、リビングに置かれた机には、所狭しと本が平積みにされている。あれは積読というやつだろうか、それとも読み終わった本なのだろうか?
どちらにしてもとりあえず本棚に入れれば良いのにと思いながら、手探りで壁を探り照明をつける。
ぐるりと周りを見渡すと、上から下までみっちり詰まった小さな本棚が一個、入り口の脇に置いてあった。
本棚以外は基本的な家電ばかりで、凝った家具とかもなさそう。
小声で「お邪魔しまーす」と呟きながら、念の為に足元の靴の種類をチェックして、どうやら一人暮らしであることを再確認し上がり込む。
リビングにつながるように襖が二つ並んでるから、おそらく2DK。
適当に選んだ方の襖を開けば、一気に匂いが押し寄せてきた。両サイドに置かれた天井近くまでの高さがある本棚が、こちらを圧迫するように見下ろしてくる。
部屋の奥には窓に接して長テーブルと椅子が一セット、ついでに部屋の中央にはちゃぶ台と座布団が二つ置いてあった。
ちゃぶ台の上に置かれたエアコンのリモコンを手に取って、運転ボタンを押す。
こっち側が書庫兼普段使いっぽい、かな。
そう思いながらふとテーブルの上に写真立てが伏せて置かれていることに気づいた。
何となく手に取って表を見て、そのまま元の位置にきっちりと戻す。
……これは見なかったことにしよう。
とりあえずもう片方の部屋を確認すると、そっち側に一人用のベットが置いてあった。衣服の収納スペースもあるし、ついでに机と椅子とノートパソコンは置いてあるけれども、エアコンはない。
どう考えても書庫と置く方を逆にした方がいいと思うけれども、本を読む場所をあっちと決めているなら合理的な判断かもしれない。
それに、申し訳程度に扇風機も置いてあるし。まあ、これで今年の夏を乗り越えられるかは、わからないけれども。
カーテンは締め切られてるというのに、ここにいるだけで汗がじんわりと滲んでくる。
隣の部屋で待っていた方がいい、試しにベッドに飛び込みたいという衝動を必死に抑え、代わりに書庫の方で座布団を枕にして天井をぼんやりと見上げる。
考えるのはさっき見てしまったあの写真、自分の記憶の中の旭お兄ちゃんと知らない女の子のツーショット。
むむむ、と唸りながら空中に向かってシャドーパンチ。女性の私から見ても、なかなか強敵のように思えた、相手から言い寄られたらころっと靡いてしまってもおかしく無いような、そんな気がする。
やっぱり、私が知らないだけで昔から彼女がいたのかな。もしかしたら恋人の関係ではなくて片恋の相手かもしれないけれど、そんなツーショット写真ならば、きっと引き出しの奥にしまい込むような気がした。
置く場所の違いは、結構大事なのだ。
誰かの目につくような場所に記念品のように置いておくということは、それを大事にしていますよと周りに伝えるためにっていう意味が含まれているものだから。
旭お兄ちゃんに、彼女がいる。
そんなの、当然起こり得たことではあるけれども。心がちくりと少しだけ痛みを発したような気がした。
私が知ってる一番深く知っている旭お兄ちゃんは七年前の、大学に入学する直前の頃の姿でしかない。
あの後、会う回数も次第に減って行ったから、彼がどういう大学生活を送っていたのかあまり知らないし、行方不明扱いされた後の三年間ぐらいに関しては一切連絡が取れなかったからその後に何があったのか、知る機会があるはずも無い。
ただ、行方不明扱いされた前後に旭お兄ちゃんに何があったのかはおそらく予想は付く。
きっとそのタイミングで、お兄ちゃんは今の姿に変わったのだろう。それ以外の大きな変化があるようにはどうにも思えない。
どうしてそうなったのか、私が知らないところでそんな病気があったのだろうか?
変な薬物をきめて、どこぞの少年探偵みたいに身体が変質しまったのかもしれない。
薬湯に身体が浸って、呪いの効果で性別が変わってしまったのかもしれない。
まあ、そこらへんはどうでもいいことだろう。
結局、旭お兄ちゃんが今の文系美人に変わってしまったという結果は変わらないのだから、過程を気にしても仕方がない。
じゃあ、どうして旭お兄ちゃんが行方不明扱いされていたのか。
周りがそれを認めたくなかったから? こんなの息子じゃないと周りが拒絶したから?
多分、そうでは無いだろう。
そうなってしまったのを認めたくなかったのは、私たち親族周りではなく、きっと旭お兄ちゃんに違いない。
根拠は一つしかないけれど、それが一番大事な一石。
自分が何となく残したメッセージは、その後に言葉が繋がることはなかったけれど、北極星のように道標として輝いていた。
あの時、私が何となく送ったメッセージを旭お兄ちゃんが無視する、それはやっぱりほとんどあり得ないことのような気がするのだ。
旭お兄ちゃんの性格上、未読のまま気づかないなんてことはあるかもしれないけれども、気付いてそのまま無視なんてことを本当にするだろうか。
実際そのメッセージは無視されていた。でもそれを無視したということは、私のメッセージにそうするだけの理由が潜んでいたに違いない。
『お元気ですか?返事、待ってます』
私があの日あの時に送ったメッセージはそんな形だった。
きっと旭お兄ちゃんは嘘がつけなかったのだ、お元気ですか?なんて言われても、彼自身が元気なはずがないのだから。もしかしたら身体上は元気だったのかもしれないけれど、精神的には元気ではなかった。
じゃあ『全然元気ではありません』なんて、私に対して送れるかと言われれば、それもまた『いいえ』だったということだろう。
歳下の女の子に向かって心配させるメッセージを馬鹿正直に送れるか、という話。
男としてのプライドの話だ。彼らは格好を付けたがる生き物だということを、私はちゃんと知っている。
もちろん送れる人は送れるのだろうけれども、私はそれを悪いとは言わないけれど、当然プラスの評価にもならないけれども。
とにかく、旭お兄ちゃんは他人に弱みを見せられない人で(ココは加点要素)、その上で嘘で自分を塗り固められない、要するに世の中を生きづらいタイプだったから。
嘘をつかない、弱みを見せない、その折衷案として既読スルーをした。
アバウトな推理ではあるけれども、きっと的を大きく外してはいないだろう。我ながら名推理をしたと思うけれども、気分は一向に上向かず、逆にずーんと落ち込むばかり。
もっと、気の利いたメッセージを送れば良かった。自分ならば問題に触れることなく、さりげない話を続けて寄り添うあり方も出来たんじゃないか?
少しだけ自惚れてた、正直いえば昔の私は何でも出来ると思っていた。
でも今考えると、あの時の旭お兄ちゃんに対して出来ることなんて、何一つない。
答えをカンニングした今でさえ、問題に触れないという現実逃避しか選べないのだから。
エアコンが効いてきてブルリと体を震わせる。汗ばんだシャツも乾いたのも相待って、そこそこ寒かった。
かといって、冷房を弱める選択もない。家主が帰ってきた時に、生ぬるい空間を味合わせるのも良くないだろう。
むくりと起き上がり、寝室のベッドからタオルケットを剥ぎ取って、また寝室へ戻ってくる。
再度座布団を枕に、今度はタオルケットに身を包んで横になる。
いつになったら旭お兄ちゃんは帰ってくるんだろう、ぼんやりと薄れていく思考のなかでそんなことを考える。
たくさん話したいことがあった。
たくさん話さなきゃいけないことがあった。
それらが整理もされず、頭のあちこちに散らばっている。今日、ここに来れることを知っていれば前もって質問回答票をまとめてきたのに。
ああ、そうだ。
他の全部を忘れたとしても、これだけは聞かなくちゃ。
本の香りに囲まれて薄れていく意識の中で、旭お兄ちゃんと小さく呟く。
旭お兄ちゃんは、今もまだ書いてるんだよね。
4
小学校低学年の頃、旭お兄ちゃんは高校に通っていて、その頃は文芸部に所属していたらしい。
といっても、お兄ちゃんが文芸部らしく何か物語を書いているところを直接見たことはない。もっぱら消費者としての姿ばっかり、それだけならばただ読書家としか思ってなかったかもしれない。
お兄ちゃんの姿を見れば一緒に遊ぶことをせかしたし、それがわかっているのか、あのお婆ちゃん家では途中で切り上げられるように本を読むことしかしなかったのかもしれない。
だから、旭お兄ちゃんの書きかけの原稿とかを見たことはなかった。その代わりに、完成物を見たことがある。
どこで見たかといえば文化祭で部活で発行した部誌だ、三年間で三冊分。もしかしたら他のタイミングでも作るタイミングはあったのかもしれないけれど、旭お兄ちゃんの書いたもので知ってる作品は三つしか知らなかった。
たまたま初めにあの家で、お婆ちゃんに見せたであろう部誌を私が見つけてしまったのが運の尽き。
その中に戸山 旭という作者名を見つけて、すぐにそのページを開き読み始めて、すぐさま私はそれにのめり込んだ。
多分、私と旭お兄ちゃんは感覚が似ていた。
旭お兄ちゃんが読んでいた本を覚えておいて、後で勝手に読んで、さりげない会話から彼のお気に入りの作家を知って、それをひたすら読み耽る。
お婆ちゃん家という共通の空間と、同様の読書体験を経て似た感覚を育んだのだから、旭お兄ちゃんが読みたいものを書いたのであれば、それは私が読みたいものと相似するのも無理はないだろう。
でも、私にはこれを超えるものを書けないなと思ったから。
もしかしたらもっと時間が経てば、書けるようになるかもしれないけれど、今の私が見れないものを旭お兄ちゃんはもう見ているんだと気づいてしまったから。
羨ましいな、と私はその時に思ったのだ。
私が知らないものを知っているのが、何となく許せなくて。それでも私とあの人の立場が入れ替わったとしても、これを書けるとは到底思えなくて。
旭お兄ちゃんが特別なんだと、その時、私は気づいた。
この特別が欲しいと、それを独占したいと、子供ながらに願っていた。
私は、その感情こそ恋だと思っている。