初恋の従兄弟がアメリカで行方不明になった   作:かりほのいおり

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あと二話ぐらい
従兄弟視点が続きます


僕と従姉妹と彼女が教えてくれたパスタ

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 やり直したいと思ったことは一度もない。

 過ぎたことは、どう足掻いても変わらない。時間は後ろ向きに進むことはないのだから、選んだ選択を受け入れてただ前へ進んでいくしかない。

 

 それでも、時たま夢を見る。

 

 彼女が僕の家に訪れていた頃の懐かしい思い出の記憶。

 テレビぐらい買おうよ、この部屋は退屈すぎると言いつつも来るのをやめなかった君のことを今でも思い出す。

 

 そんな彼女がここにやって来なくなった理由は何だったのだろうか。

 性別が変わってしまったからとか、それは一つの理由ではあるのかもしれないけれど、多分きっと些事なことなのだろう。

 こんな本しかないつまらない部屋に彼女がやってきたのは、それ以外に何かがあったからだろう。

 

 退屈ではない何かがあったのだ、それはきっと僕のことで。

 

 そう分かっていながら燻んだものを磨こうともしないから、やっぱり彼女にとってはもう治らない、手の施しようのないガラクタにしか見えなかったのだろう。

 

 だから、捨てられた。

 彼女はこの部屋に来ることも無くなった。

 ただ、それだけのお話だ。

 

 そう分かっていながらも、僕はこの部屋を引き払えない。きっと未練があったから、この部屋のあり方を崩して仕舞えば、彼女がここに戻ってくることはないような気がしていたから。

 

 25歳になって、悲しいことに僕はアラサーと呼ばれる部類になった。

 相変わらず3階の角部屋で一人きり、ただひたすら変わり映えのない日々が続いていく。

 

 まあ、変えようともしてなかったから当然のことではあるのだけれども。

 おまじないのように、部屋に手を付けることはなかった。彼女がいつか帰ってきた時のように、せめてこの家の中だけでもずっと時を止めていたかった。

 

 無駄な抵抗だ、さっさと諦めるべきだと分かっている。

 それでも、一縷の希望があるならそれに縋ってしまうのが人間という生き物なんだから仕方ない。

 人は前に進むしかないけれども、そこに停滞しようと僕は必死に踏みとどまっていた。

 

 そういうところが退屈なんだよ、と彼女の声が聞こえた気がした。

 

 1

 

 買い物を終えて家に帰ってくると、蓑虫みたいにタオルケットで包まれた従姉妹がスヤスヤと眠りこけていた。

 こうやってエミの顔を眺めるのも久しぶりだなと思いながら、しばらくぼんやりとしていた。

 大学の頃は正月、お盆ぐらいしか顔を合わせる機会がなかったし、性別が変わってからは親戚の集まりにも顔を出さなかったからとんと会う機会がなかった。

 機会がなかったというか、正確にいえば会わないようにしていたのだけれども。

 

 やっぱり、驚いただろうな。

 事情も説明することもなく、ただ事実だけを突きつけたのだから当然だろう。彼女もダバダバと号泣してたぐらいだし――というか、今更思い返すとそれは流石に僕に対して失礼すぎないか?

 仕返しの意味も込めて無防備なほっぺたをつっつくと、うーんと呻きながらスルスルとタオルケットの中に顔が引き込まれていった。

 

 思わず声を殺して笑う、何だこの可愛い生き物は。

 ちょっとだけ懐かしい感じがした。

 従姉妹たちが子供の頃、こんなたわいのない時間を過ごしてきた。

 ただの従姉妹というには、だいぶ近い付き合いだっだと思う。ただの親戚というより歳の離れた妹、といった方がこの関係性を他人に説明するならば相応しい気がした。

 

 まあ、実際の妹がどんな感じなのか僕にはわからないのだけれど。

 実際のところ、僕は兄弟もいない一人っ子だから、弟や妹は欲しいと思ったことはあったけれども、そんなものない方がいいに決まっていると、その昔、高校にいた頃の友人は語っていた。

 妹が可愛いなんて幻想だ、ただ好き勝手に我儘を押し付けてくるし、自分の部屋を分割してくるお邪魔虫だと憤然としていた。

 

 そう考えると、僕の身内評価を抜きにしても胸を張って他人に自慢できるぐらい可愛いといえて、尚且つ深い付き合いもそれほどないから、従姉妹の良い場所だけを食んで、理想の妹生活を送っていたと言っても過言ではないのかもしれない。

 

 まあ、そこに弟が付随してはいたけれど。

 彼は彼で日頃は姉に虐げられているのか、比較的大人しい性格だったから僕にとってはまあ楽な扱いではあった。

 きっと、友人とも意気投合できるタイプだ。

 

 だから、あの日あの時、友人が僕の生活を垣間見ることがあったのなら、あまりに理想の妹ものギャルゲーみたいな暮らしっぷりに鬼のような表情で襲い掛かられていたのかもしれない。

 

 まあ、そういう分岐ルートには入らなかったんだけれども。大学に入って縁も薄れ、別に彼女が出来て、よくわからなことに性別まで変わってしまったのだから、僕がいる場所は正規ルートというよりDLCの追加パートといった感じだろうか?

 

 まあ、知らんけど。

 この状態で攻略キャラが居るとは思えないし、現実はゲームではないからこのまま終わりの可能性も十分あるし、そっちの方が確率が高い。

 というか、あの頃の僕に彼女が出来たというのが奇跡なのだ。ただ運良く彼女が僕を見初めてくれたからそうなっただけのこと。

 

 人生の幸運の総量が決まっているとしたら、あの時に彼女と出会えたことで僕の人生の幸運は使い果たしてしまったのだ。

 

 あとは残り滓みたいな幸福を必死にかき集めてちびちびと丹念にしゃぶって、退屈な日常を過ごすだけ。

 そう思っていたつもりだったんだけれども、何故か今更になって従姉妹が僕の部屋に入り込んでいる。

 

 何がどうして、こうなったというのか。

 ただ従姉妹から久しぶりに『助けてよ』なんてLINEが来て、いったいどういう状況なのか全く理解できなくて、全くどうすればいいのか夜も眠れないぐらい慌てていて。

 

 気が付けば日も昇っていた。

 どうすればいいのか、既読はとっくに付いているのに返事は一向に返って来なかった。叔母さんに相談するべきだろうか、とまで考えるも一旦の躊躇い。

 

 わざわざしばらく連絡を絶っていた僕を選んでまでメッセージを飛ばしているのだから、選択する相手が僕だったという点を踏まえてまで行動するべきだろう。

 そんな行動しない言い訳を並べて頭を抱えて悩み混んでいると、また通知の音がした。

 

『今、家出をしてるんです。でも何処にも行く場所がなくて』

 

 そんなメッセージを見て、僕はとりあえず最寄駅を指定した。逆に自分があっちの駅に向かえばいいんじゃないかと気がついた時には後の祭り、とっくに行きますという返事が届いていて、訂正する隙もなくなし崩しに駅まで迎えにいくことになって。

 

 このシチュエーションは、従姉妹ルートの延長線上にあるというのだろうか。

 まあ、昔と違って女同士の関係だからそんな事ありえないのだけれど。体が女になったとて、僕は相変わらず女の子が好きだったけれども、相手がそうとは限らない。

 というか、そもそも年齢差がやばすぎでしょ。

 

 世が世なら……というか、僕と彼女が従姉妹同士という関係じゃなかったら普通にお巡りさんの出番だなぁと思いながら、煮えたぎる湯を前に曇ったメガネを雑に服で拭いた。

 何をしているかと言えば、僕はパスタを茹でていた。

 

 最近は外食ばかりで、すっかり宝の持ち腐れになっていたアルミ製のフライパン。

 ゆで卵を除けば僕の唯一、記憶頼りで作れるちょっと凝った直伝のレシピ。

 

 今回作るためだけに、到底使いきれなそうなオリーブオイルとかを買う必要あるかと自問自答したけれど、少しぐらいは年上の従姉妹の威厳は見せたいという見栄。

 だいぶ久しぶりではあるけれどちゃんと手は覚えていた、僕が繰り返し作るぐらい丁度いい難易度レシピだったということでもある。

 卵液とチーズで先にソースだけ作ってしまい、最後に麺に絡めるだけの簡単カルボナーラ。

 

 額に浮かんだ汗を拭って、適当に二つの皿へと盛り付ける。最後に胡椒を振りかければ完成。

 満足してくれればいいけれど、わざわざ素麺より凝ったものを作ったのだから。

 本で囲まれた部屋のちゃぶ台に皿を並べて、ついでに水道水を並べたコップを横に並べ、従姉妹を起こしに掛かる。

 

「ほら、早く起きな。暖かいうちに食べないと勿体無いよ」

「もうちょっとだけ寝かせて……」

 

 タオルケットが巻き付いたまま無理やり体を引き起こし、フォークを右手に握らせる。頭はゆらゆら、目をしょぼしょぼといった感じ。それでも視線をしばらく彷徨わせた挙句、匂いに気がついたのかカルボナーラに視線が落ち着いた。

 とりあえず両手を合わせたのを見て、口火を切る。

 

「それじゃあ、いただきます」

「いただきます……」

 

 一口に口に運んで、やっぱり変わらない味だなぁと思う。美味しい、美味しいけれど初めに食べた時の感動を上回ることもない、想定内の味。

 シンプルな工程だからこそ、そこから逸れないのであれば大幅な味の変動もない。

 

 エミはパスタをフォークに巻き詰めたまんま、動きを止めていた。食欲がないなら置いておいていいよと投げ掛ければ「旭お兄ちゃんが作ったんでしょ、食べるよ」と返してくる。

 本当に大丈夫かと眺めていると、ナマケモノのようにゆっくりとゆっくりとフォークを口に運び、少しの咀嚼の後、パッと目を見開いた。

 

「美味しい! これ本当に美味しいよ、お兄ちゃん!」

「でしょ。気に入ったら作り方を教えてあげるよ、これが結構簡単にできるんだよ」

「後でスマホに送っておいて!」

 

 先ほどの数倍のスピードでフォークを動かし始めるのを見て、作り手冥利に尽きるなぁと思いつつ、自分もパスタを口に運ぶ。

 

「エミちゃん、食べながらで行儀が悪いけどさ、ちょっと話をしよっか」

「いいよ旭お兄ちゃん。でも、こういうのは一問一答方式で行こうよ。私がお兄ちゃんに聞きたいこともたくさんあるし、お兄ちゃんが私に聞きたいこともたくさんあるでしょ?」

「円滑に潤滑に、わかりやすくね。そうしよっか、じゃあ先手はエミちゃんに譲ってあげるよ」

 

 先手、後手ってなんか勝負みたいな流れになってない?という彼女の呟きを無視して、パスタすらほっぽり出して、少し煩わしく感じていた髪を腕に留めていたゴムで纏め始める。

 我ながら長い髪、人より伸びるペースも明らかに早いような気がする。

 

「……まあとりあえずここから始めますか、なんでお兄ちゃんは女の子になってるの?」

「それに関しては僕もわからないからパス、代わりにもう一つ質問重ねていいよ」

「お兄ちゃんもわからないってどういうことなの……? 私が知らないだけで男ってある時急に女の子になるものなの……?」

「まあ、ないこともないらしいって感じかなぁ」

 

 もう女の子になってしまったものは仕方ないと受け入れているから、今更深く調べる気もなかった。

 我ながら他人事のように思っているけれど、泣いたところで、騒いだところで、起こったことは変わらないのだから仕方がない。

 良かったところはまだ可愛い女の子であったこと、映画のレディースデー割りが元男だとしても通用することぐらい。逆に悪かったところはそれ以外のたくさんのこと。

 

 彼女は納得してない様子だったけれども、「まあ、いいや」とパンパンと頬を叩いて背筋をピンと伸ばした。

 

「じゃあ代わりの質問、旭お兄ちゃんって男が好きなの?」

「だいぶ失礼な質問だよそれ、危険球スレスレだって、今は警告で済むけど退場させちゃうよ?」

「いいじゃんいいじゃん、私とお兄ちゃんの関係なんだし」

 

 私に悪気がないってこと、わかってるでしょととびっきりの笑顔をぶつけてくるのだから、ため息一つ吐いて許すしかない。

 水を一口含んで「僕は至ってノーマルだよ」と告げた。

 

「その状態でノーマルって言われると、結構判断に困るよね」

「確かにね、僕の性自認は相変わらず男だよ」

「それはそれは、良かった良かった」

 

 うんうんと満足げに頷きながらパスタを頬張っているけれど、何が良かったのかさっぱりわからない。まあ、なんとなくわからなくもないけれども。

 

「じゃあ僕から質問ね、エミちゃんはなんで家出をしたの?」

「それに関しては、私、本当に旭お兄ちゃんに謝らなきゃいけないの」

 

 フォークを皿に置いて座布団から退き、カーペットの上で頭を床につけ謝罪の構え。要するに土下座だった、そんな事しなくていいからと引き起こそうとするより先に彼女の声が飛んできた。

 

「助けてとか、家出とか、全部嘘ですごめんなさい!!」

「……へ、嘘?」

 

 ポカーンとあっけに取られた僕に対して、彼女は土下座から顔を上げてガッチリと目を合わせてきた。

 思わず目を逸らしそうになって、彼女の目が潤んでいることに気づいて再び動きが止まる。

 

「久しぶりに無性に旭お兄ちゃんに会いたくなって、助けてって送っちゃったの。てっきり読まれると思ってなかったから、もし読まれたとしてもあの時みたいに反応されないと思ってたから」

 

 あの時、つまり彼女が僕を心配してメッセージを送ってきた時のこと。

 何かに気づいて心配してきた彼女に対して、僕は何も返事をしないという選択をした。

 我ながら昔の僕は最低だと思う。けれども返信できなかった理由もわかるし、今更大丈夫だよとも言えなかったから。

 

「じゃあ、あの家出も嘘なんだね」

「家出も嘘です! でも今日行くはずの夏期講習はサボってます! 後で母さんに怒られるの確定だぁ〜……」

「叔母さんには素直に怒られなよ、エミちゃんは今年受験生なんだから勉強が本業なのは確かなんだしね――でも今回の僕に対する嘘は、被害があるのは僕だけだし、それに関しては全部許してあげるから」

 

 へにゃへにゃとへたり込んだ姿を見て、思わずくすりと笑いを漏れた。許してあげるっていう言葉に少し喜ぼうとして、怒られる悲しみにすぐさま挫けたのかまたすぐさま萎れている。

 ほんとにもう相変わらず可愛いし、見ていて飽きないなと思う。

 

 間違いなく怒られることではあったけれども、彼女の行動がなければ、僕が従姉妹と会うことは無かっただろう。

 どちらかの歩み寄りが必要で、その為の行動を彼女にさせてしまったという自覚がちゃんと胸の中にあった。

 僕は彼女に対して悪いことをした、彼女は代わりに僕に嘘をついた。僕は彼女に対して良いことをしなかったけれども、彼女は代わりに僕に良いことをした。

 どちらが褒められるべきかは、どちらが駄目なのかは言うまでもない。その代わりにちゃんと代償は払っていたけれども、それに関しては僕が怒ることではないだろうから。

 

「ほら、へたり込んでないで顔を上げて暖かいうちに食べな。叔母さんには僕が一緒に謝ってあげるから」

 

 とりあえず自分の皿に装ったパスタを巻きつけて、従姉妹の口の前に差し出す。彼女は少したじろいだ様子を見せたものの、すぐに喰らい付いた。

 

「……お兄ちゃんの味がします」

「正確に言えば、これは僕の味じゃないんだけどね」

「……ん?」

「……へ?」

 

 微妙に話が噛み合ってないような気がした。二人揃って首を傾げるも何も分からないまま、微妙な沈黙を破るべく、僕はフォークを操りながら先を促す。

 

「ほら、次はエミちゃんの質問の番だよ」

「……あっ、そうでしたね」

 

 次の一口を放り込みながら質問を待つ。彼女は少し顔を赤らめながら、ええとええとと質問を探しなが人差し指同士を突き合わせていた。

 

「えっと、その、あの……旭お兄ちゃんって彼女とか……いるんですか……?」

「……彼女、彼女ね。いるはずがないよね、普通に考えてね、どうすればいいんだろうね、本当にね、どうしようもないよね」

 

 普通に、社会人になって出会いの機会があるはずもなく、そもそも姿形が女性になってるのだから背負っているデメリットも尋常ではないのだから仕方がない。

 

 と、わかってはいるんだけれども。

 なんだ、そっか、やっぱりそうですよね、安心したー、やっぱりそうだよね、となんだか嬉しそうにしている従姉妹の姿を見て、少しだけイラッとした。

 

 年長者の威厳、というものはもうかけらもないような気がするけれども、プライドがなくなったわけではないのだから、精一杯の虚勢を張る。

 

「でも、最近まで彼女は居たんだよ。このパスタも元カノに教わったものだし……ね……?」

 

 一部嘘、最近どころか大学卒業して以来一度も会ってない。まあ、このパスタを教わったのは事実だけど。

 しかしながら僕の言葉のどの部分が響いたのか、彼女の反応は激烈だった。

 

 ピシャっと落雷を喰らったが如く、先ほどの笑顔は凍りつき、フォークもガシャーンと皿の上に取り落としていた。

 その音にびっくりしたのか、肩がぴくりと揺れて再び動き始める。けれども、やっぱり先ほどより動きがぎこちないし、なんだがどんよりと気分が落ち込んでるように見えた。

 

 何かあったのだろうか?

 全く分からないけれど、とにかくこちらから質問をぶつけても良さそうな気配ではなさそうだった。

 

 うーん、残念。ちょうどいい質問が思い浮かんだんだけれども。

 エミちゃんに彼氏ができたかどうか、聞いてみようと思ったんだけどな。

 

 部屋には外から響く蝉の鳴き声と、エアコンの音と、二人がフォークを手繰る音だけが響いている。

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