初恋の従兄弟がアメリカで行方不明になった 作:かりほのいおり
2
『なになになに、いきなりどうしたのさ旭。こんな突然私に電話して来るなんて、明日は雪でも降るんじゃないのってぐらいだけど、とうとうお姉ちゃんに結婚のお知らせ? あんな小さかった本の虫が……今ではこんなに大きく花開くなんてね。そういえば紙魚って成虫になったらどうなるんだろ』
『ってか、紙魚の話なんてどうでも良いんだった。なんでそんなつまらない話してるの?
旭の結婚の話でしょ、しなきゃいけないのは。そういう連絡ならまずこっちより先に親族一同のグループに突っ込んでおきなさい、あ、でもあんたは甥っ子だからあそこに入ってなかったか。
じゃあ、兄伝に流しなさいよ。母さんが喜ぶわ……って、旭から見たらお婆ちゃんになるんだったか。
まあそこら辺はどうでもいいんだけど、とりあえずアンタは母さんに定期的に連絡してあげなさいよ。で、結婚の相手は女、それとも男?』
『……つまらないねぇ、ほんとに旭ってつまらない。じゃあなんで私に今連絡して来るのさ、もしかしてそんな恋人もできないまま、酔っ払って寂しくなって、誰か人と話したい気分にでもなった? それなら私じゃなくて。エミちゃんの方に電話したほうがいいんじゃない?』
『……シラフね、なるほど、だから旭はつまらないのか。
もっと本当に面白いことをしてよね、お酒を飲んで無理にでもテンションぶち上げてさ、洗いざらい全部を曝け出す気になったらまた電話してよ。そしたら幾らでも付き合ってあげるからさ、それじゃあ電話も切らせてもらうから、ばいなら〜』
『……酔っ払ってるのかって? そりゃお酒飲んでるに決まってるでしょ。やけ酒よ、深酒よ、今日帰る予定だったのに帰れなくなっちゃったんだから、ほんとに全く……
エミちゃん成分が足りなくなって禁断症状で腕の震えが止まらないのよ、ってアルコールの摂りすぎだってーの、あっはっはっ!――っていうか旭。あの子と最後に会ったの何年前?』
『今日? 何ウソついてんの、あんた3年ぐらい実家に帰ってないでしょ。どこで会う機会があるっていうのさ、どこにも接点がないでしょうに』
『……え、ほんと今日あったの? なんで? どうして?』
『勉強の相談〜? ふーん、そういう建前ってことね。まあ納得してあげるわ、それで、それが今日電話した理由ってこと?』
『家に泊めていいかって、そりゃ旭の家なら別に問題ないけどさー、分かってるよね?
エミちゃんに手ー出したら殺すから……って女になっちゃったし出せるわけなかったか、だっはっはっ!』
『……はい、申し訳ございません。酔っ払って失礼なことを言ったことをちゃんと私は自覚しております、酔いが覚めた後にも一人寂しく大反省会を開き謝罪の文を認めて送らせていただこうと思っております……まっ、起きたら全部忘れてるような気がするけど』
『ん、エミちゃんを泊めるのは別に構わないよ。そこら辺にまだいる? どうせ私に、旭から泊めさせてくれるようにお願いするように頼み込まれたんでしょ?』
『……風呂、風呂って私がなんて言おうが居座る気満々じゃない。旭もさー、そこらへんしゃんとしなさいよ、あんたももう大人なんだから、踏み込んでほしくないとこ、あるんでしょ?』
『だから、あんたは私たちから逃げたんでしょ』
『意地悪な言い方したって、流石に気付いた?』
『私もね、久しぶりに旭に会いたいよ。でも私は大人だから心を切り分けることができる、自制することができる、相手が歩み寄ってくれることを待つことを出来てしまう』
『そこらへん、エミちゃんは子供だから踏み越えられる、まだ何も知らないから飛び込むことができる。そういうのが若さってやつなんだろーね、ほんと眩しくて目を逸らしたくなっちゃうよ』
『良くも悪くもね。まあ、そのおかげで旭の声を久しぶりに聞いたから、これはきっと良いことなんだろうね。それにしても旭、だいぶ可愛い声になったんじゃない?』
『今の旭がどんな感じなのか見たいな〜……ね、今度二人っきりでお酒のもっか、可愛い弟分の為に私が仕方なーく奢ってあげるから』
『連れないこと言わないでよ。どれだけ逃げようとしたって強制連行するんだから、首を洗って待っておきなさい。
じゃっ、エミちゃんによろしく伝えておいてね。
明日に帰る予定がずれ込んだことと、暖かくして寝るよーにって、それじゃまた今度!』
3
酒を飲んでたせいか、叔母さんは昔の三倍は喧しかった。ありったけの言葉の弾丸をぶつけられて、叩きのめされて、今はひんやりとしたフローリングの床に這いつくばって息も絶え絶えとしている。
こうやって冷静に考えると、なんか自分の周りに寄って来る人は軒並み自分のことを振り回したり、容赦なく心を掻き乱してくるような奴ばっかりな気がする。
もっとこう、外面だけを舐め合って生きていたいものだけれども、浅瀬でチャプチャプしていたいんだけれども、なんかこう、軽く踏み込んだだけで触れた先から抗いようがなくズブズブと沈んでいく感じ。
目的地を微妙に間違ってるのだろうか?
海に行こうと思っていたのに辿り着いた先はやたら大きい沼だったり、やたら塩分濃度が高い湖だったり、そんな場所で今は一人っきり。
もう、溺れたくないよー。
一人ゴボゴボしていたところで誰かが助けてくれる保証もないのだから。大体他人は勝手だ、沈めるだけ沈めてあとはそのまま投げっぱなし。
まあ本当のところは、僕も知らないところで他人を溺れさせているのかもしれないけれど。
それでも、パッと脳裏に浮かんでいるイメージだと、トコトコ歩いている自分が道端にぽっかりと空いた穴に吸い込まれていく感じだから、やっぱりどちらかと言えば巻き込まれてる側ではあるような気がする。
僕が他人の障害物になるなんて、到底思い浮かばなかった。
そういう他人を好き勝手振り回して来るような人と付き合うのは、楽しいけど酷く疲れることだから、基本的にローテンションな自分なら大体一月に一回くらいでいい。
サボテンみたいなもん、水をあげすぎたら枯れてしまう哀れな植物。
それでも、今日やれることは大体やれたんじゃないかと思う。
今日のうちにやっておかないといけない大目的のうち二つは済んだ、上々の戦果だろうと寝そべったまま窓の外を見上げる。
まあ、あと一つやりたいことはあるのだけれども、正直こっちは間に合うかどうかは微妙なところ。
「旭お兄ちゃん、風呂上がったよー……って何してるの?」
仰向けから慌てて姿勢を正せば、風呂上がりで上気した顔の従姉妹が怪訝な視線でこちらを見つめていた。
「いや、久しぶりに叔母さんと話して大分MPが削られちゃってね」
「ふーん……母さんはなんか言ってた?」
「今日帰る予定だったけど一日ずれることを伝えておいてだって。電話も変わって欲しそうだったけど、まー泊まることは問題なさそう」
そうなると弟も家で一人っきりかー、まるでどうでも良いことのように呟きながらちゃぶ台の向かいに彼女は腰掛けた。
「でさ、もう一回確認なんだけど、私は本当にお兄ちゃんの元カノと明日会うってことで良いんだよね」
「……うん、約束は取り付けることができたから」
もう既に終わった大目的のもう一つ、正確にいえば大目標の前準備。
要するにそれは元カノの千鶴へのコンタクト。
「会うためのきっかけはとっくに出来てたんだ。今日、エミちゃんが最初に読んだ原稿用紙はその為に書いたんだから」
これがあれば、千鶴は現れるという確信はあった。
魔法の杖と言い換えても良いのかもしれない。そう分かっていたのに、おいそれと使うこともできない理由もあったから、こんなに長く時間がかかっていた。
「彼女が僕の前から去った理由に、僕はまだ辿り着いていないから」
間違いなく、彼女と相対する時があれば、その問に対する回答を求められるだろう。
その解を見出せていないからまだ僕にはそこに立つ資格がない。
四択クイズであるならばきっとヤマカンを張っていただろうけれども――いや、択を絞られたとしても確信がなければきっとそれに身を投じることはなかっただろうけれども――とにかく、答えが絞られるなんてことは現実にはなかったから、まだ僕はここで滞留を続けていた。
「だから、僕じゃない代替の人を立てて千鶴にこれを渡して欲しいんだ。僕と彼女の縁が切れてるのか、僕たちが今どういう確認なのか再確認したいんだ」
「契約の更新期限って感じ、ですかね? 保留の留保?」
「まあ、あの人ならとっくに新しい彼氏も出来ててもおかしくないし、出来てない方がおかしいんだけどね……」
「でも急な予定かつ、本人が出てこないっていうのに即座に了承した時点でバリバリ縁があると私は思うんですけどね」
女の勘ってやつ、と誇らしげに胸を張る従姉妹を前にどうだかと思う。絶対口には出さないけれど、エミちゃん、恋愛経験薄すぎじゃん。
0と1の違いだけれども、そこには天と地の差があった。
……あれ、でも恋愛経験はともかく女性の気持ちを分かるのは彼女の方なのか?
「……まあいいや」
「何が良いのかわからないよ、お兄ちゃん」
当然正直なことを言えるはずがないから、適当な笑みでやり過ごすことしかできない。口は災いの元!
「っていうか私が向かったらさ、旭お兄ちゃんが懸念する答えのないまま相対するっていう状況になるんじゃないの? 要するに遠回しなお手上げ宣言になっちゃうんじゃないのかな」
「いや、多分あの人は答えを聞いたところで教えてくれないよ。縁がまだ切れていないというお願いが叶っているのならっていう前提はあるけれどね」
もし、彼女が僕のことなんてもうどうでも良いと思っているのならば、あっさりとエミちゃんに答えを教えてくれるだろう。
僕に届くように、丹念に、入念に説明してくれるだろう。
そういう終わり方なら理想的じゃないにしても、きっと僕は前に進むことができるだろう。でも、僕はそうではありませんようにと願っている。
わざわざ間を介してまで原稿を受け取ろうとしないだろう。
そんな薄い仮定の上でしか、話を進めることしかできないのだけれども。
「きっと彼女は答えを教えてくれない、そして僕まで答えが伝わらないのなら、多分見逃すんじゃないかな。さらに言えば、千鶴はそういう終わり方をきっと許さない」
半分願望、半分信頼。
千鶴ならそういう中途半端な呪いの掛け方をするはずがない。
その上で僕と彼女が従兄弟同士という関係性だということを知っているのなら、よっぽどのことがない限り、答えを教えて欲しいと頼み込んだとしても易々と教えることはないはずだ。
「答えは教えてくれない……けれども私は千鶴さんから見た旭お兄ちゃんの話を聞くことで、元カノが求めていたものを推理することができる」
「……こうならべて結構難題だよなぁ」
「でも、私はいうほど無理ゲーではないと思ってるよ」
私、千鶴さんには共通点がありますから。
そうは言うけれど、出会ったことのない人にどういう共通点を見出したというのか、さっぱり理解できずに首を傾げる。
そんな僕に呆れたようにため息を付いて、「で、旭お兄ちゃんはどこで寝るの?」と話を切り替えられた。
「んー、寝る場所はベッドと寝袋があるんだけど、僕はしばらく寝ないから隣の部屋のベッド使ってて良いよ」
来客用の布団はないけれども、運のいいことに福引で当たった寝袋が一個ある。彼女が泊まりに来てた頃、僕はよくその寝袋で寝ていた。
当たり前のようにベッドを占有されていたからそっちを使わざるを得なかったのだけれども、冷静に考えれば何かがおかしいような気がする。
というか、今日みたいにどっちで寝るかも希望を聞かれたことないよな?
当然の顔でベッドを占拠されていたよな?
まあ寝袋も寝心地は悪くないから別に問題はないけど。念の為言っておくが、これは負け惜しみではない。
どっちで寝ようが寝心地は変わらない、とすれば選ぶのは寝る場所だろう。エアコンがない方のベッドがある方の部屋で寝るか、エアコンがある方の部屋で寝袋で寝るか。
隣の部屋にエアコンはないけれども、隣り合わせの部屋の扉を開けた上で冷房を全開にして扇風機で風向きを変えれば良い感じに冷やすことができる。
涙ぐましい生活の知恵、本がある方を過ごしやすくしたばっかりに睡眠の安らぎを削られている。
「私がベッドかぁ……そうなったら旭お兄ちゃんは寝袋で寝ようとするよね」
「そりゃそうだろ」
二人で同じベッドで寝ようにもあれはシングルだし、そもそもの話、年頃の女子高生と同じ布団で寝るなんて許されて良いはずがないのだから。
「旭お兄ちゃんが寝るまで寝袋に入って隣で待ってて良い?」
「絶対寝れないでしょ、それ」
そんなツッコミを無視して、ちゃぶ台の横に転がっていた寝袋に足を突っ込んでいる。もう何を言っても意味はなさそうだった。
「まあ、横で見てても良いけど、集中するからなんも返事しないからね」
「……まあ、今日だけは許してあげる」
今日だけは?
そんな長くいないだろうと思いながら、再びちゃぶ台の上に置かれたものに目を落とす。
果たして僕は間に合うだろうか?
まあ考えるまでもなく、手を動かすことでしかどこかへ進むこともできないのだけれども。