カースオブレッシング   作:なとり

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みんなでフォールクヴァングしよう!

この時空のオラリオはかなり平和に進行してきていて、ベル君は無事に大人に向かっています。その代わり爆弾が多く残っています。


フォールクヴァング(昼→夜)

 純粋な総戦力で言えば、オラリオは間違いなく世界最強の都市だ。

 そして、多くの英雄譚の舞台(オリジン)となってきた英雄の都でもある。

 古代から人類最強の集団を率いてきた大神ゼウスと女王ヘラ。【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】は黒き隻眼の竜に敗れて表舞台から消えたが、それでもオラリオが強いのは変わらない。

 オラリオが迷宮都市の形を成して以降、下界最強都市はいつだって変わらなかった。なぜなのか。神々の恩恵は何処(どこ)で誰が刻んでも変わらない。それなのにどうしてそんなに差がつくのか。

 

 

 その大きな理由はダンジョンにあった。

 古代以前は謎の大穴として恐れられていた地下迷宮。その中で産まれ落ちるモンスターというのは、地上の怪物達と比べて()()()()()。基本的には。

 例外はもちろんあるが、ほとんどの場合はモンスターの力の源泉──魔石の大きさが全く異なる。

 その証拠に、地上の怪物達から採取できる魔石はとても小さく、その能力(ポテンシャル)は迷宮産に比べて格段に落ちる。

 だから、オラリオとそれ以外では全く違うのだ。

 強くなるために必要不可欠な経験値(エクセリア)。その獲得効率が。天と地の差と言っても過言ではないほどに差がある。

 

 加えて、強い冒険者が沢山いるので対人戦のレパートリーにも事欠(ことか)かない。【フレイヤ・ファミリア】が良い例で、自分より同等──もしくは格上の相手と戦うことは、非常に有効な研鑽(けんさん)方法である。

 冒険者として生きていくには、というか人間である以上は悪人も善人もいる。対人戦の技術は絶対に必要だし、その意味でも冒険者同士で戦う経験は大切だ。

 

 

 

「あんたら、正気か……? 仲間同士でこんな……」

「ほ、本当に殺し合ってる……」

 

 だが、だからといって一年中【ファミリア】内で模擬戦ならぬ()()()()をしているのは、【フレイヤ・ファミリア】くらいのものである。

 噂には聞いたことがあっても、実際に見るとこの世のものとは思えないほど衝撃的。そんな感想を抱いているであろう少年と少女は、超新星(スーパールーキー)としてそこそこ有名な二人であった。

 

 

「「「ウオオオオオオオオッッ!!」」」

「「「グアアアアアアアアアアッッ!?」」」

「邪魔だ死んでいろ目障りな小人がッ」

「獣臭い狼人(ウェアウルフ)め、ここは貴様のような低脳がいるべき場所ではない死ねッッ!」

「くたばれ貧弱な魔導士が!」

「黙れ! ニワトリ程度の脳みそしか持ち合わせていないクソ間抜けの分際でッッ!」

「はいはい回復(ゼオ・グルヴェイグ)ー、みなさん少しうるさいですよー、聞き苦しいっていうかー、罵倒の内容が頭悪すぎてイライラしてくるので、静かに戦ってくださーい」

「「「なんだとヘイズ貴様ァ!」」」

「兎に色目を使っている痴女が恥を知れっ」

「あははー。今誰かなんかいいましたー? なんだかヘルンの声だった気がするんですけど、首を折ってから回復なしでとどめさしちゃおっかなー?」

 

 

 見渡す限り、殺意。そして場違いな明るい声で殺害を仄めかす筆頭治療師(ヒーラー)

 無限ループで迸る血潮(ちしお)。繰り返させる強制復活からの罵声、撲殺、爆殺、惨殺、勇ましい罵詈雑言と断末魔の押収(おうしゅう)

 これが戦いの野(フォールクヴァング)。生と死を延々と行ったり来たりする洗礼である。一般的な感覚では間違いなく常軌を逸している。腕に覚えがある人間だとしても、初体験なら気圧されるのも無理はない。 

 

「これが【フレイヤ・ファミリア】……」

 

 少年は端正な顔に苛立(いらだ)ちの色を灯した。

 彼はルーク・ファウル、Lv.4。これまでの戦歴はほとんど全てオラリオ外。ダンジョンのない地上で計三回もランクアップできる人間は多くない。というか長い歴史の中でもそうそういない。ゆえに注目度は非常に高く、()()()喉から手が出るほど欲しい人材と言っていい。

 

「……」

 

 そして、実際に多くの【ファミリア】から勧誘を受けている。だが、少年はそのほとんどに()()()()()()を送ってきた。 

 自分のところがよければそれでいい。自分達がつよくなれればそれで満足。酷いところだと酒と女のことしか考えていないような奴らばかり。誰がそんな低レベルな集団に加わってなどやるものか。昨年からオラリオで色んな【ファミリア】を見てきたが、そのほとんどがクソみたいに感じられた。ルークは神にも冒険者にも失望させられっぱなしだった。

 

「っ……嘘だろう?」

 

 そして、この【フレイヤ・ファミリア】。

 自分勝手な連中ばかりだと聞いていたから敬遠していたのだが、少し考えさせられる出来事があって入団を検討することに。しかし実際に来てみたら()()()()()。ルークは苛立ちが収まらなかった。灰色の髪を乱雑な手つきで掻きあげ、低い声で吐き捨てる。

 

「嘘だろう……これだけの冒険者がいて、()()()()()()()ことばかりしているっていうのか!‍?」

「!?」

  

 下らない。

 その言葉は侮辱以外の何者でもない。現に殺意の眼差しが殺到した。手を止めて襲いかかってくる者こそいなかったが、印象は最悪である。少女は慌てふためいた。

 

「る、ルーク! ダメだよそんなこと言っちゃ……ごめんなさいごめんなさい違うんです! 殺さないでください謝りますから!」

 

 少女は涙目になって()()した。相手は入団試験を担当してくれるというベルという少年と、レミリアという女性。あとは試験の説明やら案内をしてくれたヘルンという侍女だ。美神の派閥だけあって女性はみんな美しすぎる。ちんちくりんな自分では勝負になりそうもなくて、少女は悲しかった。何の勝負をするのかはわからなかったが、敗北感が凄かった。

 

 

「いやいやいや! 殺したりしませんから土下座はやめてください! えっと……ドラッグフィールドさん」

 

 白髪黒服の少年、ベル・クラネルは優しく言葉をかけてくれた。微笑(スマイル)も優しい。しかし名前を見事に間違っていた。少女はそんな、危ないお薬を連想させるような名前ではない。

 

「クラッドフィールドです……ナタリノーエです……ナノでいいです……」

 

 ふわふわの赤金色(ストロベリーブロンド)の髪を指先で転がしながら、少女は伏し目がちに自己紹介をした。改めて。最初に名乗ったのは五分くらい前だ。

 ナタリノーエ・クラッドフィールド。Lv.3の魔導士で、年齢はルークと同じ十八。身につけているのは白と赤の魔導着(ポンチョ)。形状こそ異なるものの、ルークの服装も同じ配色だ。これは『学区』と呼ばれる学園(アカデミック)系【ファミリア】の制服である。

 

「あっ、すみません……わかりました。ナノさんですね、ナノさん……。それにしても凄いですね、二人とも第二級冒険者相当で、ルークさんはLv.4って」

 

 ベルは賞賛の言葉を述べた。周りから聞こえてくる轟音やら断末魔やら罵声やらは、依然(いぜん)としてめちゃくちゃやかましいままである。

 

「いやー、それほどでも……」

「別に、無理におだてなくていい。ていうかなんで()()()が相手なんだ? まさか、神フレイヤの()()()()か?」

「ルーク何言ってんの!‍?」

 

 そして、ルークの態度の悪さも変わらずである。

 入団試験は模擬戦。その相手をしてくれる人に向かって冷笑を向けて、自分の方が強いと言わんばかりの発言の。あまりに失礼すぎる。殺されなきゃいいなとナノは願った。

 

「だっておかしいだろ。これだけ強い冒険者がいるのに、なんでLv.3のベル・クラネルが相手なんだ。俺はLv.4だ。釣り合いが取れているとは思えない。まあ、こちらは言われた通りやるだけだが」

 

 じゃあ黙ってやれとナノは思った。

 声には出せなかった。さっきからヘルンという黒服の侍女が無言でこっちを見つめていて、よくわからないけど喉も心臓もヒュンとする。人形じみた精巧な美しさのご尊顔がめちゃくちゃ怖い。だって無表情なんだもの。

 

「ははっ……ま、まあ、言いたいことはわかりますけど、ハッキリ言いますね……ハハ」

 

 ベルは微笑を浮かべ続けているが、先程よりも明らかに声が乾いている。内心では『殺そっかなコイツ』とか思っているのかもしれない。

 ナノは知っている。

 見た目は善人面した童顔野郎だったとしても、中身が猟奇殺人犯なこともあるのだ。食人をこよなく愛する異常者の場合もある。

 

「──ヘラヘラとみっともない。ベル、今すぐにそのだらしない笑みを消滅させて。さもなくば私が存在ごと」

「わかりましたやめます! だからそのナイフを元の鞘に戻してくださいヘルンさん」

 

 世界は広いのだから油断してはいけない。とか緊張感を高めていたら、侍女が無表情でナイフを抜いた。スカートの切目(スリット)のガーターベルトから、暗殺者の如く漆黒のナイフを取りだした。

 これはあれだろうか。女神を守るためとか護身用とかのアレだろうか。きっとそうなのだろうとナノは考えたが

 

「ああ、紹介がまだでしたね。貴方のために新調したナイフです」

「わぁ嬉しいなぁコンニチハ! 挨拶はすんだから早くしまってくださいお願いします」

 

 どうやらベルを殺すための装備のようだ。ナノは戦慄した。【フレイヤ・ファミリア】では洗礼だけに限らず、殺し合いが日常的なのだろうか。とんでもねー場所だと思った。

 

「はぁ……冗談はここまでにしておきましょう。さっさと始めてくれますか、入団試験。私は忙しい。こんな()()()()()()()()()()()仕合(しあい)。のんびり観戦している暇はないの」

 

 ヘルンはうんざりとした顔に変わった。死人が出るのは避けたいので、やばそうだと思ったら彼女が止めてくれるらしい。その点についても、ルークはとても不満そうにしていたが。

 

「結果がわかりきってる……ね。それは俺たちの勝ちってことでいいか? Lv.の合計は同じだが、前衛一人と魔導士一人の組み合わせ同士。前衛が強い方が押し切れるのは道理だ」

 

 今も不満そうだ。モウヤメテとナノは心の中で泣き叫んだ。自信があるのは結構なことだが、相手を挑発してもいいことなんて何もない。それもこれから先輩になるかもしれない相手にこんな。

 ちなみに歳はこちらの方は上だが、この場においては何の優位性もない。むしろ歳上のくせに大人気ないように見えるから、ナノはほんとやめてほしい。

 

「あら、そう。ということはつまり、私の詠唱を()()ってことね。別にいいわよ? ()()()()()()()

「ヒエッ」

 

 ナノは震え上がった。先程から黙って成り行きを見守っていたお姉さん、蜂蜜色の髪のレミリアが()()()笑顔を浮かべたからだ。透明感のある声で()をかけてきたからだ。

 

「まあ、()()()()()なんて言ってる時点で……ふふ。なんでもない。ああ、改めて連携の打ち合わせをしてもいいわよ? ()()()()()()()()()()()()()()けどね」

 

 そして深くなる微笑、いや()()

 初対面の時はクールだけど優しそうなお姉さんだと思ったのに、やっぱりこの人も怖い。

 魔導士、レミリア・バレンティア、Lv.4! 

 二つ名は【女神の葬杖(ヴァナ・フィーリア)】! 

 女神に仇なす者をあの世送りにするという、素敵な意味があるらしい。別の【ファミリア】の人が言っていた。

 

「時間はあげるから、作戦会議が必要ならご自由に。ああ、なんだったら最初は()()()()でもいいわよ。そうね、五分くらいは様子を見てあげても」

「……あんたも思い上がってるタイプか」

「なに? よく聞こえないから、もう少し大きな声で喋ったら?」

 

 ナノはぷるぷる震えながら、それでも愛杖を握り締めた。もうさっさと始めてしまおう。始めてもらおう。そうしないと要らぬヘイトは溜まる一方。

 

「ッ、思い上がるなって言ってるんだ! なにが英雄の都だ! 自分達が強くなることばっかりで、どいつもこいつも外のことは他人事! オラリオの冒険者は英雄候補じゃないのかよ!」

 

 しかしルークの絶叫が響く。彼はアホだ。クソボケ童貞野郎であることを、付き合いの長いナノはよーくよーく知っている。こういう頭に血が昇っちゃうとアレなところ。それが最大の欠点だ。

 オラリオから見て外の世界のアレコレは、多くの場合は対岸の火事……にすらならない。そんなことはとっくに分かりきっているのに、何をいまさら熱くなることがあるんだろうか。

 

「ま、まあまあ……ルークさん落ち着いて。とりあえず戦ってみましょう。言いたいことはなんとなくわかりますけど、まずは入団試験を」

 

 見かねた様子でベルが歩み寄ってきた。ルークは憎悪すら感じられる形相で睨みつけた。世間知らずなクソボケ童貞野郎はこれだから。

 

「ッ……ベル・クラネル。【戦乙女の詩(ヴァナ・キューレ)】だったか……たしかに女っぽい顔してるな、アンタ」

「……えーっと」

 

 素敵な二つ名だとナノは思うのだが、このクソボケ童貞野郎はセンスというものがわからないらしい。とにかくさっさと始めよう、そうしよう。ナノは足を振り上げると、ドカッと膝でキックした。

 わりとぷりっとしているルークの臀部を。

 

「なにすんだ!」

「もういいからさっさとしようよ。さっさとするんだよこのクソボケ童貞野郎」

「どうてっ……な、なんだって!‍?」

 

 目をかっ開いて驚かれても困る。

 事実は事実なのだから受け止めろと。

 そして、ほんと早くしよう戦おう。

 ()()()()()()()()()なのだし、嫌なことはさっさと済ませてしまいたかった。そう、ナノは【フレイヤ・ファミリア】に入るのは()である。仮に合格しても逃げたい気持ちでいっぱいだ。

 

 

 

 ◆

 

 

「まあわかるけどね、彼の言いたいことは。っていうかあんなの、()()()()()()()だし」

 

 新入団員候補達から距離を取るため、少し離れた場所に移動した後、ベルは黙ってレミリアの横顔を見た。彼女は淡々としている。

 その蜂蜜色の瞳からは怒りも悲しみも感じない。

 青臭い不満をぶちまけた少年を蔑むことはなく、かといって同情の色は全くなかった。

 

「オラリオの冒険者は自分達のことばかり。ダンジョンを独占して、壁の中に引きこもって、外の危機は対岸の火事のごとく知らんぷり。よく言われることよね」

 

 ベルは(うなず)いた。以前フレイヤに連れられて立ち寄った砂漠の街で、同じようなことを言っていた住人がいた。その時は、道中で何度もそういった話を耳にした。

 正直、オラリオの外の状況は芳しくない。戦力に乏しい小さな村や辺境の街など、無事に明日が来る保証はどこにもない。地上のモンスターは迷宮産よりも弱いのはたしかだが、それでも脅威には違いない。それに訪竜(ほうりゅう)問題──黒竜が眠る竜の園から逃げ出してくる古代種達の襲撃──という危険度大の現象もあるから、大きな国とて絶対安泰ではないという現実がある。

 

「みんな自分のことばかり。でも、そんなのは当たり前のことなの。無償の助けが(あふ)れているような、そんな優しい世界じゃない。自分を正当化しているみたいでちょっとバツが悪いけど、正義の味方にならないことは罪じゃないと思うのよ……って何を真面目に考えてるんだろ。ごめん、忘れて」

 

 ベルは忘れないだろう。ほとんど会話にならない人が多い中で、こうやってああだこうだと話してくれる人は貴重だ。こういう時間は大切なものだ。

 

「レミリアさんはよく言ってますよね、弱いままなら滅びるだけだって」

「うん。だってそれがこの下界でしょう。助けを待ち続けても大抵の場合はバッドエンド。でも、手に余るような力は悲劇の呼び水だったりもする。力があれば全て解決ってわけでもないから、難しいものよね」

 

 レミリアは蜂蜜色の髪を軽く耳にかけ、銀の杖でトントンと、硬い原野を二度()いた。

 振り向いた先では新人候補達が臨戦態勢である。ルークは前衛、得物は長剣。ナノは後衛、得物は茶色の長い杖だ。彼女の身長ほどある。

 

「あー、なんか変な話しちゃったなー。冷たい女だとか思われてそう」

「え……なに言ってるんですか。レミリアさんは優しさランキングのトップを争ってるのに……」

「それ、誰が決めたランキングよ……」

 

 前衛が後衛を守りながら戦う形の、オーソドックスな位置取り。手っ取り早く撃破するには前衛を潰せば良い。同じ形で戦ったことは何度かあるが、全て前衛を()()()()にして試合終了。

 もちろん他派閥相手の話である。

 

「僕です!」

「うん、知ってたけど……まあいいわ、とりあえず集中集中。二人でタコ殴りにしようと思ってたけど、まずはあなたが一人で相手をしてくれる?」

 

 レミリアは軽く体を伸ばしながらそう言った。蜂蜜色の髪がふわふわと甘い香りを飛ばしてくる。思わず、しなやかなウェーブに目がいってしまい、ベルは天を仰いだ。くびれている中での肉感は意味不明。女体の神秘のひとつである。

 

「タコ殴り……ええと、わかりました。最初は拮抗すると思うんですけど」

「いいわ。間延びしそうになったら後衛から()()()()()。あなたはうっかり抜かれないように、ちゃんと私を守ること。深い意味はないわよ? たまにはそういう役もいいなって思って。ほら、ベルってヘイズが独占してるみたいなところあるから」

 

 そんなことは()()と思うベルだったが、無闇に否定すると白い目で見られる。大体いつもそうなるので、ここはわかっているフリをする。

 ちなみに、レミリアと共闘する時はヘイズ同様に()()()()()()()()()()。余程のことでなければ勝手に何とかするし、勝手にどうにかしてくれる。

 血が混ざり合うまで殺し合った副産物。

 共闘すると息が合うようになる。まあ、うっかり魔法をぶちこんでくるような人も少なくないが、彼女に関しては心配は無用だった。

 

 

「それでは──どちらかの()()。あるいは私の判断で仕合終了とします。始めッ!」

 

 さあ、ヘルンの号令で戦闘開始。

 なぜか彼女もナイフを握っていたが、怖いからやめて欲しいとベルは思った。

 

 

 ◆

 

 

 この世界におけるLv.の差は非常に大きい。

 いかに対人戦闘の経験で勝っていたとしても、Lv.3がLv.4に()()()()()ぶつかったりしたら──それも馬鹿正直な突進で突っ込めば──身体能力差で返り討ちに()う可能性が大。

 そうならなくとも押され気味になる。単純な数値勝負をしたりすれば。

 

 

「──ッ、くそっ! あんた、Lv.3じゃないのかよ!‍?」

 

 戦闘開始から十分ほど。この時点で押されまくっているのは、ルークだった。

 防いでも防いでも襲ってくるのは赤銅色の長い刀身。これまで共に修羅場をくぐり抜けてきた長刀『ファラス』が金属音を鳴らし続ける。

 少し前まではルークが攻め続けていた。果敢に連撃を放ってベルを後退させていた。都合()()を食らわせるなど一方的に削っていたはずだったのだが、一撃を返された刹那に僅かに仰け反ってしまい、そこから怒涛の連撃を受け続けている。

 

「そうですよ。Lv.3です」

 

 右袈裟(みぎけさ)からの痛烈な一撃が、なめらかに刀身を()()()()()。ルークの視界いっぱいに閃光がひらめき、灰色の髪が宙を舞う。

 ベルの頬からは吹き出していた赤い液体が跳ねて、空に向かって飛んだ。黒服の右半分はびっちゃりと染みを作っていた。斬撃を受けたことによる出血だ。

 

「──ッ!?」

 

 速い。そして重い。()()()()

 どう考えてもLv.3のステイタスではない。支援魔法でも受けているのか。いやでも、後衛(レミリア)()()()()()()()()()()()。だとしたら始まる前か。何らかの加速系の支援魔法か、あるいは全能力を高めるような破格な性能の魔法を──それくらいしか考えられなかった。

 

「ルークさんは()()()()()()のLv.4ですよね。これなら()()()()()()()()()()

「なっ!‍?」

 

 太古の竜に止めを刺した時と同じ出力。苦しみながらも放った反撃がいとも簡単に躱される。

 ルークの頬から大粒の汗が飛んだ。おかしい。おかしい。おかしい。ただでさえLv.3とは思えない身体能力なのに、()()()()()()()()()()()。加速する。鋭くなる。一撃一撃が重くなる。

 

(くそっ、少しでも気を抜いたら押し切られるっ)

 

 それもそのはず。ベル・クラネルの【ステイタス】はスキルを抜きにしても()()()()

 全アビリティほぼオールS。普通はそこまで数値は伸びない。その前にランクアップしている。また、耐久と敏捷は()()()()()()()()してSS。

 さらには、発展アビリティはいずれも()()()()()()()。ベルはたしかにLv.3で間違いないが、身体能力はLv.4以上なのだ。そうでなければ二人でダンジョンの下層で暴れ回る──それもイカれた状態で──なんて荒技はできない。下層の適正レベルは3とギルドが定めているが、それはあくまで準備をちゃんと整えた上で、なおかつ()()()()()()パーティを組んでのことである。

 

 

 

「【(いかづち)よ、天の称号よっ。血の血統に背信すべく、何時の声を】──」

 

 

 加勢を試みるのはナノだ。開戦直後は相手の魔導士と睨み合いが続いていたが、ルークが押され出したあたりから必死に支援しようとしている。

 今のところ、()()()()()()()()

 

「【滅臨(めつりん)せよ常夜(とこよ)の清風】──【ヘヴンズゲイル】」

「っ」

 

 どっっ! と。

 ナノが()()した。詠唱を潰されたことで魔力が行き場をなくし、暴発したのだ。

 原因は超短文で発動した風の刃。それはルークを通り過ぎてナノを切り裂き、()()()()()()()()()

 膝から上が無惨に離れる瞬間を、ルークは横目で見てしまった。

 

 

 

「っ、やりすぎだ! 入団試験だろう、これは!」

 

 血走った瞳でベルを睨み、ぶつかり合っている刃を渾身の力で押し返す。しかしベルは謝ることも心配の色を見せることもなく、レミリアを咎めるような素振りなど一切なかった。

 

「レミリアさんの【ヘヴンズゲイル】は()()()()。基本、()()です。痛みはないはずですよ」

 

 それどころか痛くないから大丈夫だと言ってのけ、「どうしますか?」と尋ねてきた。

 

「負けたら即不合格、なんて言うつもりはないです。だからここまでにしませんか。僕はともかく、あの人はまだまだ様子見の段階。()()()()みたいなものですよ」

 

 感情を押し殺した声で、更に言った。

 彼女に本気でやらせたら地獄を見る。ルークではなくナノの方が、と。 

 

「あの人は苦痛を与えることもできます。【ヘヴンズゲイル】は()()()()ができる。威力は変わらない。でも、強制回復付与。そして無痛と苦痛も切り替え可能。わかりますか」

 

 深紅(ルベライト)の瞳が鈍い光を放っていた。

 ルークは背筋が冷たくなる。こんなに体は火照っているのに、ひんやりとした感触が広がる。それはいつ以来か、久しぶりの戦慄という感情だった。

 攻撃魔法に強制回復を付与し、無痛の特性を取り除く。天の風(ヘヴンズゲイル)の名前に相応しくない、趣味が悪いと言わざるを得ない。そんなのまるで拷問じゃないか──。

 

「……ッ、悪魔かよ、あの女っ」 

 

 ルークは吐き捨てた。ナノは満身創痍。しかし、倒れ伏しながらも詠唱を再開しようとしたが、

 

「【ヘヴンズゲイル】」

「っっ、っっ……?」

 

 少女はおろおろと辺りを見渡し、自分の口に、次は首に両手で触れた。小さな風穴が空いていた。正確に、しかし死なない程度に喉を貫通。声帯が機能しなくなったようで、声を出そうとしても気味の悪い風音が鳴るだけだ。

 

「お前ら、悪魔だ!」

 

 ルークの絶叫をじっと見つめて、ベルは言った。

 

「いや、レミリアさんは天使ですよ。少なくとも僕にとっては!」

 

 ベルは腕を振り上げた。その瞬間、ルークの体が大きく仰け反る。

 一瞬、握力が()()()。感覚が消えている間に飛んでいった獲物が、ガッッ! と。

 鈍い音を立てて原野に突き刺さった。

 

 

「本当の殺し合いならこれで終わり。すみません、魔法を使う暇もなかったですね」

 

 しばし、静寂が生まれる。  

 あれだけうるさかった戦いの野(フォールクヴァング)は静まり返っていた。血みどろの勇姿達が、支える側の乙女達がじっと結末を見つめている。

 健闘をたたえる、ような雰囲気ではない。

 無関心。あるいは失望を多分に含んだ冷たい視線。

 そんな中でベルだけは沈痛な面持ちに変わると、固まっているルークにこう告げた。

 

 

「こういう場所ですよ、ここは。でも、確実に強くはなれる。でも安心してください。支えてくれる人達が沢山いるから、どれだけ傷ついても()()()()()。それでもいいなら、これで不合格にはしません。()()()()()()?」

 

 

 

 

 その後のことを、ルークはよく覚えていない。

 治療を受けてあっさり回復したナノと一緒に原野を出て、気付いたら宿屋に戻ってきていた。

 そういえば、どうして【フレイヤ・ファミリア】に行ったんだったか。ぼんやりそんな事を考えて、ああそうだったと呆けた顔で思い出した。  

 

 

 ──あの女神なら何かを変えてくれるかもしれない。いや、変えてくれる。女神フレイヤは特別な神で、彼女がその気になればなんでもできる。世界を救うことだって。

 

 

 そんな馬鹿な考えに取り憑かれて、こちらから売り込みに行ったのだ。なんでそんなアホな思考になっていたのか、冷静になってみると笑えた。まあ、ぐうの音も出ないほどボコボコにされたのは悔しくて、それについては泣いた。泣けた。

 

 

 ◆

 

 

 

「ねーいいでしょ。私は天使らしいから、週の半分でいいからベルを貸して」

「ダメです。私がダンジョンできなくなるじゃないですか。絶対にダメです。ところでベルはどこに行ったんですかー? 怒らないから出てきていいですよー、ベルー、隠れてないで出てきなさーい」

 

 

 超有望な少年少女に深いトラウマを植え付け、失意のどん底に叩き落とした入団試験後。

 ベルは床下の保管庫に隠れていた。非常食が放り込まれている冷たく狭い暗室に。頭上ではヘイズがベルを呼んでいる。ドンドンガンッ、と音がする。杖で床をぶっ叩いているようだ。

 

(な、なんでこんなことに……)

 

 ルーク達がトボトボと帰路についた後。

 ベルはフレイヤに報告しようとしたが、それは全てヘルンがしてくれるということで、任せて。さあ自分も洗礼だ! と気を取り直して血湧き肉躍る戦いを繰り広げ、半小人族のヴァンと日が暮れるまで殴り合って、夕食も済ませて。後は寝るだけとなった段階で、なぜかベルは寂しい場所に隠れている。

 出ていったら酷い目に遭う。その確信があるので、最悪は朝までコースも覚悟している。

 原因はレミリアである。彼女は暴露してしまったのだ。夕食の大晩餐の席で『ベルがレミリアさんは僕の天使! って言ってた』と、皆の前で。

 

 

「みなさーん、ベルを探すのを手伝ってくださーい! この辺にいるはずなのでー」

「ベルー、なんで隠れるのよー? 恥ずかしがる必要はないから出てきてよー」

「あの歩行機能付きの破廉恥(ハレンチ)を何としてでも見つけてください。人海戦術。隅から隅まで探しますよ」

「「「はいヘルン様」」」

 

 

 結果、恐怖の時間が始まった。

 目を見開いて近づいてきたヘイズから、ベルは逃げた。首に手をかけようとしてきたからだ。

 食堂からの逃亡は成功。慌てて床の下に潜り込んだのだが、いつの間にか追跡者が増えている。レミリアはともかく侍女頭(ヘルン)が怖い。侍女部隊を動員してまで捜索しようとしている。彼女はベルにナニをするつもりなのだろうか。

 

 

「騒々しい豚共め……なんの騒ぎだ」

 

 と、ここで男性の声が聞こえてきた。

 落ち着いていて、冷ややかな声音。白妖精(ホワイト・エルフ)のヘディン・セルランドだ。

 Lv.6。【フレイヤ・ファミリア】の幹部であり、二つ名は【白妖の魔杖(ヒルド・スレイヴ)】。蔑称は鬼畜エルフ。

 

「ハィ私は豚です!」

「ロナ! 落ち着いてください……ヘディン様ー、ロナに何を言ったんですかー。完全にトラウマになってるみたいなんですが」

「無能な豚にかける言葉などない。よって私の記憶にはない。以上だ」

「なにが『よって』なんですかー……意味わかんないですし、やめてくれませんかねー、意味なく人の心を破壊するのはー」

 

 ベルを呼んでいたヘイズの声が、しばしヘディンへの苦言と変わる。そこでほっとしたベルだったが、次の瞬間、ドゴオッッ!! と。

 大地震もかくやといった轟音が響いた。

 ガタンガタンと上下する空間、保管されていたヒマワリの種が樽から飛び出し、ベルの頭に降り注いだ。

 

 

「──うおあっ!‍?」

 

 

 なんだ今のは。世界の終わりか。 

 黒竜が遂に目覚めてしまったのか。そんな不安が過ぎるほど凄まじい揺れだったが、原因は一体。

 やはり地震か、だとしたら地殻変動ものだと戦慄していると、女の絶叫が聞こえてきた。

 

 

 

「あーーーーーーーーーっ! 何してるんですか団長!‍? なんで床をぶち抜いて上から降ってくるんですかっ、どーするんですかあの穴っ! なにかんがえてるんですかー勘弁してくださいよーどーせ修理の手続きとか私ですよねー、ってどこいくんですか待ちなさい!」

 

 

 どうやらオッタルが二階から床をぶち破って落ちてきたようだ。なんでそんなことになったのか全くもって不明なベルだったが、これは好機だ。

 窮地(ピンチ)好機(チャンス)に変える。

 それは冒険者としてとても大切なことである。

 

(……そーっと、そーっと) 

 

 この混乱に乗じて外に逃げる。ゆっくりと床下収納の蓋を押し上げ、こっそり状況を確認する。オッタルが落ちてきた場所は10(メドル)程度離れており、皆はそちらに集まっていた。

 よしいける。なんだったらこのままダンジョンにでも……そう思って決意を固めた瞬間、ぬっと。

 

「みつけた」

「えっ」

 

 蓋の上側。死角から、灰色の長髪の美女が現れた。

 真顔で覗き込んできた。それは侍女達の長だった。

 禍々しい黒のナイフを装備したヘルンだった。

 ベルの時は一瞬止まり、次の瞬間。

 

「いい場所ね。そうだ。ここに()()すれば……」

「えっ」

 

 バキッ! と。

 ヘルンは蓋を持っていた手に力を込めて、思い切り床に叩きつけてきた。突然のことにベルは咄嗟に手を離した。結果、落ちた。

 別に大して痛くはなかった。しかし、目を白黒させていると、上から声が聞こえてきて

 

 

『しばらくここで生活しなさい。大丈夫よ心配ないわ。夜は真っ暗だけど、私が灯りを持ってきてあげる。鎖と手錠も用意するから、大人しく待っていなさい……ふふ、ふふふふふ』

「い、いやアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 それはトンデモナイ内容だった。

 ベルは戦慄した。怖すぎたので絶叫してしまった結果、みんなゾロゾロと集まってきて、あえなく発見されることに。 

 その後は、未曾有の混沌(カオス)が待っていた。

 

 

「ベルがいました! さあみなさん、日頃の鬱憤を晴らすのです!」

「「うっさぎおーいし、ほうじょ、うー!」」

 

 謎の歌を合唱しながら、満たす煤者達(アンド・フリームニル)の乙女達が襲いかかってきて

 

「この淫魔がっ、フレイヤ様と同じ屋根の下でなんて不敬! もはや生かしてはおけない! これは誰かがやらねばならぬこと、貴様は地の果てに連れていく!」

 

 わけのわからんことを叫びながら、ヘルンが飛びかかってきて

 

「なんだこれは愚兎(ぐさぎ)! 貴様の節操のなさにはほとほと呆れ果てた! 【カウルス・ヒルド】!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」

 

 理不尽な罵倒と共にヘディンに焼かれた。

 全身を雷に貫かれる中でベルが見たのは、ゆっくりと去っていく【猛者(おうじゃ)】オッタルの背中であった。

 

「──ヘディン様! ベルになにをするんですか! みなさん、あの鬼畜エルフを討ちます! 私に続きなさい!」

「ふん……徒党を組んだところで無意味極まる。豚は何匹集まってただの豚だ。恐るるに足らん」

 

 そして大乱闘が始まり、どさくさに紛れて馬乗り接吻をされたところで主神登場。

 みんな大好きフレイヤ様である。

 女神は大広間に入ってくるなり、まつ毛をピクピクと上下させた。さらには何度か憂いに満ちたため息を吐くと、いじけた声でこう言った。

 

 

「今後、公共の場での接吻は禁止。舌をねじこむやつなんてもってのほか。そういうわけだからレミリア、後で私の部屋に来なさい。それと、オッタルに伝えておいて。屋敷を壊さないでって」

 

 こころなしか女神は悲しそうだった。

 仲間に入りたそうに遠くからこちらを見ている、小さな子供のようであった。

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