カースオブレッシング 作:なとり
悪意なきクソボケ、純粋な悪意と出会う
『ゴゴゴゴ……』
『ゴブ……』
『ゴブ……ッ!』
『ゴブ……!』
『ゴブリャ……』
『ゴブゴブ、ゴブッ!』
それらは異形の小人だった。尖った耳が影のように
生理的嫌悪を誘発させる緑色の皮膚は、ダンジョンの燐光を受けて鈍い光を放っている。
岩陰から獲物を狙いを定めている、六匹の怪物達の名は、ゴブリン。人間達からは
『ゴブ……』
『……ゴブッ』
『……!』
『ゴブリャア……』
ゴブリン達は人間達が歩いていくのをじっと見ていた。何も反応せずに自分達の前を通過し、背中を見せて去っていく冒険者達。
ゴブリン達はゆっくりと通路に這い出した。
その汚らしい瞳に映るのは、ゴブリン比で隙だらけに見える獲物達。さあ宴の始まりだ──とでも言わんばかりの凶悪な笑みを浮かべ、小鬼達が駆け出した。
『ゴブ──!』
『ゴブリャ!』
『ゴブゴブッ!!』
ダンジョンを駆け抜け獲物に飛びかかるゴブリン達。その不潔
「いや流石に無理があるでしょ……」
ベルはため息まじりに振り返った。
瞬時に得物を引き抜くと、空中でギョッとしている
「頭のいいゴブリンなら逃げる奴もいるけど、こいつらは全自動突撃機だったかぁ……」
何もすごくないし、これを真面目にやっていたとしたら、最弱相手に格好つけてる痛いヤツ、とか嘲笑されてしまうかもしれない。
「うんうん。そうですね。キレーな女の子と相対した時のベルと一緒ですね」
ヘイズは白けた顔で言った。たまーにベルは英雄ごっこを始めることがある。はじめはカワイソウだから「すごーい」とか「グーですグーです」とか褒めてあげていたのだが、最近は飽きた。ゆえに過剰反応したりはしない。
「えっ、僕は女の子に突撃したりはしませんよ……そんなことするわけないじゃないですか。見ただけで突進して攻撃するとかないですって……何言ってるんですかヘイズさん」
「それはそうでしょう。物理的に突進したら、ただの不審者で危険人物じゃないですか」
ヘイズはまたも白けた顔で言った。ベルは結構すっとぼけている。前に比べると幾分かマシにはなったが、それでもハッキリ言って天然だ。
ヘイズの言っている全自動突撃とは、物理的に襲いかかるヤバい奴という意味ではない。面倒だから説明はナシで。そんな下らない話をしている暇があったら、今はメルーナの話を聞くべきだ。
「メルーナ、話の続きを」
「ベルがいると楽でいいな。ゴブリンなんぞ倒したところで意味がない。私は無意味に動くのは好きではないから、そうやって勝手に盛り上がっていてくれると有り難い」
「はい! 任せてください!」
「……まあ、私は何も言いませんけどね。フレイヤ様に怒られる前にやめておいた方がいいと思いますけどね、そういうの。ほんとそーゆーの」
「え、どういうのですか?」
「はー……もういいでーす」
ヘイズは長嘆した。
ベルのことは嫌いではないが、むしろフレイヤ様の次には優先度が高いくらいに良い関係を築けてはいるが、こういうところはどーにかならないものか。
具体的には、異性の前でカッコつけようとするところ──ならまだいいのだが、ベルの場合はナチュラルに動いた結果なことが多い。今のは流石に遊び心もあったようだが、純粋に『オンナノコタスケナキャ』の一心で死にかけるほど頑張っちゃこともシバシバ。しかも『オトコモオンナモカンケイナイヨ』という節もあるので、ヘイズ的にはただの良い奴が限界突破しすぎてもはや異常者。知らず知らずに色んな人間の脳を焼いているという情報もあるので、できることならもう少し自重してほしいところだ。
『ゴブッ』
「はいはいゴブリャー! ってベルー、なんで私の時はスルーするんですかー?」
ゴブリンが飛びかかってきたので、ヘイズは素手で叩き潰した。ベルは何もしなかった。おかしい。ヘイズはいぶかしんだ。
「いや……だってヘイズさんはほら、いつも一緒にダンジョンしてるじゃないですか」
「あははー、おちんちんもいじゃいますよー」
「!?」
ヘイズは不穏なことを口走った。
ベルもいぶかしんでいるよーな変な顔をしているが、今のは実にいただけない発言だった。普段から一緒にダンジョンしてる相手と、そうでない相手で差をつける。つまりあれだ。釣った魚に餌はやらない的なヤツ。微妙に違う気もするが、まあ遠からずだろうとヘイズは思った。
ベルはそういう節もある。やられると実にイラッとするのでやめてほしいのだが、指摘しても本人はヘラヘラして『アハハそんなことないですよー』とかほざきやがる。ベル・クラネルとは正真正銘の良い奴ではあるが、クソボケに間違いはないのである。
「ええい話を戻しますよ! メルーナ、ギルドで色々と話を聞いてきたんですよね? 私達は【
さて本題。
ヘイズは天井から落ちてきたゴブリンを『へい!』と杖で抹殺しながら、隣を歩くメルーナに目線を送った。上から落ちてこないで欲しい。黒いアイツがポトッと落下してくるのを連想するから。
「あの豚さん、変わったことは何もないとか言ってましたよー」
豚さんとはギルド長をつとめるエルフの男性、ロイマンのことである。ぶくぶくと肥えた肉体と何かとがめつい──醜い性格から、周りからは太った豚と揶揄されている。
「ああ。私はギルド長を
そんな話、フレイヤ様は私には教えてくれなかったのにー、という愚痴はともかく本題だ。今はそっちが大事。ベルのクソボケについても今はそこまで大切じゃあない。
「四つ……さすがメルーナさん。凄いですね、重要な情報をそんなに」
「いちいちおだてるな、ベル。私は大したことはしていない」
メルーナは眉ひとつ動かさない。ともすれば高圧的に感じられる無感動な横顔。なにかと頭が固く、取っ付きづらさに定評のあるエルフ族の印象まんまだ。まあ、彼女はこれでも話がわかる方で、表情はわかりにくいものの比較的良心的なエルフだ。
「まずは最も関係がありそうなものからいくか。ことが起こったのは半月前。お前達が戦ったという『三相女神』。それが25階層に出現していたそうで、複数の派閥が
ヘイズが「うわ……」と嫌そうな声を漏らす中、ベルはギョッとした顔で振り返った。ベルは恐らくだが、エンカウントしたという冒険者の心配とか、まあ瞬時に色々と考えたのだろう。
ヘイズは嫌な予感がマシマシのマシになったので、単純に『うわぁ』ってなった。ただでさえ不穏なのにやめてほしい。本当に。
「その冒険者の人達は……ええと、情報が制限されてるってことは」
「うん。まず、死傷者は多数出た。最も被害が大きかったのは【イシュタル・ファミリア】。戦闘
ヘイズは『イヤぁぁぁぁぁ〜』と叫びたい衝動に駆られた。ギルドが隠すということは十中八九で
ちなみにその心臓が入った水槽は超頑丈なやつで、今はベルが
「そうですか……【イシュタル・ファミリア】が」
ベルは目線と共に声を落とした。【イシュタル・ファミリア】とは歓楽街を仕切っている女神イシュタルの派閥で、エロいお店をたくさん運営する傍ら、ダンジョン探索系としても活動している。
ギルドが定めている派閥の
「ちなみにー、調査にあたったのは? 【ロキ・ファミリア】あたりですかー?」
「いや、【アストレア・ファミリア】だ。【ヘルメス・ファミリア】からは【詭術師】……団長と副団長が同行したようだが、張り込んだところでモンスターは出てこないし、手がかりになりそうなものは何もなし。お手上げ状態だと言っていたぞ」
なるほど。
ヘイズは把握して、思いっきり顔をしかめた。ということはつまり、自分達が持ち歩いている『心臓』は今まさにギルドが欲しがっている情報で、なんかややこしーことになりそーな気がする。
とゆーか、それならそうと
ヘイズはそう思った。あのモンスター、三相女神をぶち殺した後、自分達は
「【アストレア・ファミリア】ってことは、アリーゼさん達が? それなら地上に戻ったら話を聞きにいくのもありかも……」
「そうだな。私はあの女は苦手だから任せる」
アリーゼ・ローヴェル、Lv.6。
ベルはそこそこ面識がある女性だ。オラリオの秩序を守っている正義の派閥の団長で、かなり適当な性格をしていてやたらと押しが強い。エルフに対してもグイグイというかベタベタくるので、メルーナはあまり関わりたくとのこと。
「私もあの人は嫌ですねー、近いんですよー。プライベートゾーンを消滅させる勢いで。あと、脳筋ですし暑苦しいんですよねー」
散々な言われようだが、アリーゼ・ローヴェルは見た目は素敵な美女である。元々は元気いっぱいな美少女という感じだったのだが、ポニーテールをやめてからはファンが激増しているとか。だからみんなから嫌われているとかは全くない。ただちょっと頭がアレで性格が大雑把すぎるだけだ。
「まあ、地上に帰ったら
ヘイズは遠い目でゴブリンを撲殺した。白装束の死体が捨ててあったって、そんなの私達にはなんの関係もないですぅー。ないことを祈りますぅー。
「し、死体遺棄事件!? それに白装束って……」
「うん。
三人分の足音がダンジョンに響き、モンスターが次々と爆散していく。一瞬で息の根を止められているのはゴブリンだけではなく、影のモンスター『ウォーシャドウ』や殺人蟻こと『キラーアント』。出てくるモンスターは全て瞬殺であった。
まだ8階層。上層と呼ばれるエリアで、Lv.3とLv.4のパーティにとっては安全地帯も同然だ。
「次。神アポロンは知っているな?」
「あ、はい。あの
ここでまさかのアポロン。
中堅派閥【アポロン・ファミリア】の主神で、ベルの言う通りたしかに顔は綺麗だ。神々は整った容姿であることがほとんどなので、何も不思議なことはない。なお
「……お前の神アポロン評はともかく」
「えっ、なんで顔をしかめるんですか、メルーナさん?」
「神アポロンは公衆浴場で奇妙な踊りを披露していたそうだ。これは豚ではなく街の人間から聞いた。次、最後の話にいくぞ」
「えぇー……今のはなし必要ありましたー?」
メルーナは「こほん」とわざとらしく咳払いを打った。もしかした冗談みたいなものだったのかも。もしそうなのだとしたら、真顔で言わないで欲しい。
「なんでも、豚に脅迫状が届いたそうだ。内容は『醜い豚は抹殺するわ! 神様に代わってばらばらの挽き肉にしてあげる! もちろんあなたのことよ!』。という書面が自宅に届いたそうで、あの豚は酷く怯えていた。できれば犯人を突き止めて欲しいとの事だ」
メルーナは、やはり眉ひとつ動かさずに話し終えた。「以上」とのことなので、彼女が得てきた情報は今ので全てということだろう。
ヘイズは素早く精査する。何が必要で何が要らないか。なんでもかんでも気にとめておいたら疲れてしまう。だから忘れることにした。変態男神ことアポロンの話と脅迫状の件は
「ろ、ロイマンさんが……大変だ! 一体誰がそんなことを!?」
「ベル、落ち着け。仮に奴が暗殺されたとして、それは我々には何の関係もない。むしろオラリオが綺麗になって良いのではないか」
「そんなっ、酷いですよメルーナさん! たしかにメルーナさんとは違って太ってるし綺麗でもないですけど、それでもロイマンさんもエルフです!」
ウンウン、メルーナそのとおりですよー、とうなずいていると、ベルがなんか言い出した。
悲痛な表情で無表情のメルーナに訴えかけている。
「ロイマンさんだって生きているんですよ!?」
「それはそうだろう。だから空気が汚れると言っているんだ。呼吸で」
「そ、それは息だってしますよ……匂いはわからないですけど」
「うん。わかりたくもないな」
「く、臭くはないと……思うんですけど……」
「……おい、やめろ。臭いとか言うな」
メルーナはぷいっと顔を背けた。
アレッ、私達は何の話をしていたんだっけー。いつの間にか豚の吐く息の話になっているけど、ほんとベルってワケワカメー。ヘイズは杖を振りかぶると、赤い巨大蟻を撲殺した。
『グワギョェッ』
「お友達を呼んでもいいですよー。ドッコンバッコンパコパコパコって潰してあげますからー」
とりあえず、いくつかの勢力があっちこっちで動いているのは確定。【イシュタル・ファミリア】を筆頭に新種と戦った派閥はもちろん、ギルドから依頼されている【アストレア・ファミリア】に【ヘルメス・ファミリア】。どこかのタイミングでバッタリ鉢合わせる可能性は普通にある。冒険者らしく戦いとかにならなきゃいいなー、とヘイズは思った。
◆
現在のパーティ【表】。
ベル・クラネル
Lv.3
所属→【フレイヤ・ファミリア】。
年齢→十六歳
即死を無効化する能力を持つ、色んな意味でイイ性格をしている少年。感謝とか賞賛とかの言葉が極端に少ない環境で育ったので、自分はそこら辺ちゃんとしようと決めている。ありがとうとお礼の行動はセットで、褒めることのできるポイントはどんどん褒める。
そうしていけば少しでも誰かの支えとか力になれるのでは、と思って全力で続けているが、やりすぎていることに本人は気付いていない。
ヘイズ・ベルベット
Lv.3
年齢→二十歳
所属→【フレイヤ・ファミリア】。
暗黒な労働環境で強い精神と埒外の魔力を手に入れたが、好きでこうなったわけではない。本当は治療師じゃなくて勇士になりたかった。今でも諦めていない。本当は治療師の道で女神に貢献していくことを決めていたが、ベルのおかげで諦めずにすんだ。
ベルが一定範囲内にいれば即死を無効化できる。そして、即死しなければどうにかなる。だから無茶苦茶な戦い方をしても大丈夫。ベルがいれば限りなく理想に近づくことができるが、至ることはできないことも理解している。
メルーナ・スレア
Lv.4
年齢→尋ねたら半殺しにされた。
所属→【フレイヤ・ファミリア】。
知識の森と呼ばれるイェニテ出身の冒険者。
小柄で魔女のような格好をしているが、斧を振り回して敵を解体したりと結構な武闘派。『力』というものに大して並々ならぬ執着心があり、それは強くなりたいという意味だけではない。『力』の本質とは何なのか。彼女はそれが知りたい。
ベルのことは珍獣の類だと思っている。【フレイヤ・ファミリア】の殺伐した環境に何年もいて、あの善性を維持できるのはもはや怪物だとも。
《GUEST》
なし。
◎パーティの所有物(重要アイテム)
【漆黒の心臓】
三相女神(フレイヤ命名)の死骸の液体から生まれた心臓にしか見えない物体。サイズは拳大。いつの間にか闇よりも深い漆黒に変色していた。現在は超頑丈な容器に保存し、ベルが背負って運んでいる。
◆
多くの叫び声が重なり合っていた。
灰色の岩石がいたるところに転がる迷宮内。天井は高く岩窟形状の通路は複雑。あちこちで大きく口を開けているのは下へと繋がる竪穴だ。
ダンジョン『15階層』。
「クソッ、
「刺し違える覚悟で追っていた我らを邪魔するなどど、死して償え冒険者!」
階層の途中途中に広がっている『ルーム』と呼ばれる空間内。苛立った声を飛ばすのは怪しげな装束に身を包んだ男達だった。その数は六。白い
「──なんだってんだテメェら!? 冗談じゃねえぞなんでこんなっ」
「カヌゥ駄目だ囲まれてる! こいつらもそうだが、この数の
「おい! なんとかしろよテメェら! Lv.2なんだろうがぁ!」
「はぁ!? テメェもレベル2だろうがモルド・ラトローッ!」
慌てふためいている冒険者の数は十三。そのほとんどがLv.2以上の【ステイタス】ではあるが、しかし彼らは絶体絶命であった。
右を向けば『ミノタウロス』。左に逃げようとしても『ミノタウロス』。前も後ろも巨大な虎型モンスターやら漆黒の狂犬の大群やら、どこを見渡してもモンスター。ほんの十分ほど前までは酒と女の話をしながら18階層を目指していたのに、あっという間に昇天の危機だ。ちなみに十三人は二つのパーティが合流せざるを得なかった結果。近くにいたパーティ同士がまとめて巻き込まれたのだ。
『──ヴォオオオオオオオオオッ!』
「ぐああああっ!?」
「くそっ、カヌゥがやられた!? チクショウなんてこったっ!」
「勝手に殺すんじゃねえええっ!」
原因は白装束の男たちによる
白装束達はカヌゥ達には見向きもしていなかったのだが、売られた喧嘩は買うとばかりにモンスターごと向かってきた。当初は肩がぶつかっただけで、白装束達は走り去ろうとしていたし、モンスター達もカヌゥ達のことはほとんどスルーしていたのに。
「──死んどけやゴラァ! こりゃあテメェのせいなんだぞ死んで詫びろクソ野郎!?」
「黙りやがれモルド・ラトロー! オッサンがいきがってんじゃねえよ!」
「俺まだ二十代だふざけんじゃねえええええっ!」
髭面かつ悪人面の男性冒険者、モルドがカヌゥに向かってキレ散らかす。彼の叫びは至極真っ当なものであった。やり過ごせる危機をちんけなプライドで呼び寄せ、挙げ句に他パーティも巻き込んでこの有り様。
少しでも足を止めれば、手を動かすのを休めてしまえば死あるのみ。そして脅威は上からも来る。天井から一斉に降ってくる漆黒の群れは、蝙蝠型モンスター『バットパット』である。
『ァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!』
「ッ!? う、うわあああああっ助けてモルドおああのあああアアアアアアアアアアアっ!?」
悲痛な大絶叫が響き渡り、モルドの奥歯が砕けた。パーティの一人が漆黒に呑まれた。痛々しい咀嚼音とともに紅の液体が何度も飛び散る。
モルドは目をかっ開いて剣を振る。
ミノタウロスの蹄が背中を掠めた。ミノタウロスの牙が肩を抉った。頭に噛み付いてきたバットパットを左腕で薙ぎ払い、そこに白装束の一人が短剣を片手に突っ込んでくる。
「──あの食人花を捕捉することはもうできん! 任務は失敗! もはやこれまで、我々と共に死ね、冒険者ァ!」
「なにをわけのわかんねえことを言ってやがる!? チクショウ──グオオオオオオッ!?」
後方のミノタウロスが右肩に齧り付いた。正面のミノタウロスは白装束が惨殺したが、その勢いでモルドの胸を短剣が穿った。
肉が裂け、骨が軋む。モルドは吐血した。
「グハッ!?」
「グギャアアアアアアアアアアアアッ!? だれがっ、だすげでっあアアアアアアアアアアア」
ミノタウロスに嬲られているカヌゥもまた絶叫し、その傍ら。白装束が別の冒険者を切り倒し、大虎のモンスター『ライガー・ファング』が『バットパット』ごと冒険者に噛み付いた。
「──うああああああああああああああああああああああああああっ!?」
『オオオオオオオオオオオオオオンッ!』
怪物と人が入り乱れて殺し合う、悪夢の光景。
全滅待ったなし。誰かに発見される頃には、自分達は骨すら残っていないかもしれない。モルドは霞む瞳で白装束の男を睨み、己の最後を悟った。
「【故に喰らえ雷の大顎】──当たっちゃったらごめんなさい! 【ザルガ・アマルタ】!」
その時だった。
ライガーファングが跡形もなく消し飛び、ミノタウロスの上半身が燃え上がる。一斉に飛び立つバットパットから解放された冒険者がバタリと倒れた。
駆け抜けたのは都合十五の雷条。目を見張るモルドの横をすり抜けて、剣を装備した少年が飛び込んできた。
「退避ルートが開いた! 早く下がれあんたら! 早くッ死にたいのか!」
どこかで見たような顔をモルドは凝視し、思い出すよりも早く声を飛ばす。
「全員こっちだ! 走れねえ奴もいる! 応戦しながら後退すんぞ!」
とにかく九死に一生。そして援軍が来てくれたなら
一瞬で実に冒険者らしい結論に至った彼は、自分のパーティメンバーだけに呼びかけ後退を始めた。灰色の髪の少年は決死の戦いに挑んでいるが、ここはダンジョンだ自己責任だ! ほんの少しの良心をモルドは奥歯で噛み砕いた。
「モルド、すまんっ、足をやられたっ……」
「しゃーねぇ肩を貸せ! おいガイル! どうにかして上り階段まで行くぞ! とにかくこっから離れねぇとやべえ!」
「ほいきた!」
「ほかの野郎共も行くぞぉ! リヴィラに戻るのはまた今度だァ!」
「「「「よっしゃあ!」」」」
ドタバタと逃げ出すモルド一行。そんな彼らに続こうとしてできなかったのは、より傷が深かったカヌゥであった。足の骨が砕けてしまったのか、芋虫のように這い蹲ることしかできない。
そんな彼に迫る手負いのミノタウロス。そしてなぜか発狂して暴れ続ける白装束達。血で赤く染まるカヌゥの視界に、ミノタウロスの蹄が振り下ろされた。
「やあっ!」
『ブモォッ!?』
次の瞬間、両者の間に白い影が割って入る。杖を手にしたエルフ耳の少女が、ミノタウロスの太腕を弾き返した。ふわりとたゆたうのは翡翠の長髪。
「まだまだ!」
『ヴヴオッッッ!?』
その瞬発力、身のこなしはLv.2以上か。カヌゥがそう感じたのも当然で、彼女の【ステイタス】はLv.3。
所属は【ヘスティア・ファミリア】。団員数はなんと
「ニイナ、そいつを連れて一旦下がれ! ナノはとにかく撃ちまくればいい! 射線は
「了解! ルーク先輩!」
灰色の髪の少年──ルークはミノタウロスを切り伏せ、バットパットを切り落とし、そして白装束達を睨んだ。そうしている間にも砲撃が続き、モンスター共が次々と消し飛んでいく。
最後方から魔法を放ち続けている少女、ナノことナタリノーエである。ルークとナノは旧友のニイナに誘われてパーティを組み、本日はダンジョン探索と洒落んでいたのだ。そんな中で異常事態に直面し、しかもまさかの
「お前ら、外でも好き勝手やってくれた
「ぐああっ!?」
ルークは白装束の一人を叩き斬ると、喉を震わせた。裏返った眼球を天井に向ける、青白い肌の男。
この薄気味悪い白の装束はまちがいない。悪質な企てをあちこちで実行していた悪の集団、
近頃はめっきり姿を見ていなかったが、一時期は街を焼いたり森を魔法で伐採したり、何の罪もない一般人を攫って売り飛ばしたり、怪しげな儀式の実験台にしたり、とにかく悪事ばかり働いていた。そんな彼らの目的は『オラリオの破壊』。ひいては『地上に混沌をもたらすこと』だったと聞いている。
「同志ザルドルがやられるとは……チッ……あの強さ、第二級クラスか!」
「おのれ! 神聖な血の儀式を邪魔だてするとは!」
「だが構うものか! もはや一人たりとも逃がしはせぬ! 黄泉への道、
白装束が三人、
不気味に明滅する小さな箱。
爆弾。自爆特攻。そんな単語が立て続けに頭に浮かんだ刹那、ルークは目を見開いた。
◆
え、死んだ。
ニイナ・チュールはそう思った。
瀕死の冒険者に肩を貸して後退して、後はルークに任せれば何とかなる。自分もナノもLv.3だから大丈夫。命の危機ではない。
そう考えてナノの位置まで下がろうと足を動かしていたら、
「カヌゥ! 行くぞ!」
「モンスター共はあのガキに気を取られてる! 今のうちだ!」
「おい、ゼクト! カヌゥを背負え! その方が早え!」
そして、左右からはミノタウロスが走ってくる。砲撃で即死しなかった個体が、最後の力を振り絞るようにして襲ってくる。
それだけなら良かった。
問題は白装束の男達も向かってきたこと。どう見ても爆弾とわかる物体を握り締め、道連れにしようと驀進してくる。
「死ね! 小娘!」
「均衡の神よ! 我らは先に捧げます!」
「悪しき神々の眷族を道連れに、捧げます! 全てが成就された暁には! どうか新世界にぃ!」
同じ人間とは思えない、意味がまるで理解できない魂の絶叫。これが狂気というやつか。ニイナは妙に冷静に彼らを見つめ、そして悲しんだ。
これまで見てきた世界は必ずしも優しくはなかったけど、それでも良い人は沢山いた。でも、悪意の方が圧倒的に多かった。このオラリオに来た後もそう。
(あんまりいい子でいるとバカを見るって、そういえばヘスティア様が言ってたなぁ……)
ニイナは願った。
こんなわけのわからない最期は嫌だ。でも恐怖からなのか絶望によるものなのか、折れた膝に力は入らず
「ニイナ! 逃げろ!」
「ごめ、間に合わアアアアアアアアアアア!」
ルークの叫びと同時に杖が飛んできて、白装束の一人に直撃。足を取られた男は転んでくれたが、残る二人は止まらない。
ああ、ダメだ終わった。
(助けてお姉ちゃん──ヘスティアさま)
姉と神に祈りを捧げた、その時だった。
短剣が風を切り裂いた。後方から飛んできた刃が男の胸に突き刺さって血が吹いた。
「──かはっ」
「同志ドゥベルク!? おのれっ、次から次へとなんだというのだ!」
怒りを露わにする男はフードを脱ぎ捨て、細い瞳を吊り上げた。血に濡れた金の髪が赤く光る。
ニイナは目を見開いた。姉でも神でもなかったけど、祈りはたしかに通じたからだ。
呆気に取られるナノをあっという間に追い越し、白髪の冒険者が大きく跳躍──高く振り上げた拳で右の胸を撃ち抜いた。
「──ガッッ!?」
「こっちは大して強くない! メルーナさん!」
まさに
答えたのは冷たい眼差しのエルフだった。
少年──ベルと共に飛び出していたメルーナである。
「こちらもだ。爆弾も回収済み。詰みだな。ならば投降しろ
ルークもまた呆気に取られていた。淡々と語りかけるエルフの目の前。敵は既に戦闘不能。一瞬で片足をもがれて倒れ伏していた。しかも鮮やかな手際で爆弾を回収すると、壁に向かって放り投げて破壊。誰も殺さぬ大爆発が巻き起こった。
「しばらくぶりだな
男はメルーナの声に答えず、じっと床を見ていた。
ギリギリと歯を鳴らし、右手を口に押し当てる。眼球を濡らすのは血の涙。体がビクンビクンと震え始めた。
「……はぁ」
メルーナは紫がかった瞳を細め、溜め息を落とす。
「まあ素直に従うわけがないな。ベル。そちらもダメだろう」
「はい。
だろうな、と冷たく答えるエルフの声。
白装束達は事切れていた。恐らくは手に塗りたくっていたであろう、毒を摂取することで。拷問されるくらいならさっさと死ぬ。驚くほどあっさりと命を捨てる。そういう連中なのだ、
「ベル、とりあえず残っているモンスター共を片付ける。話はそれからだ。ヘイズは
「え、嫌です。治療なんてしませーん」
と、言いつつもヘイズは「
カヌゥ達は
横穴から出てきたミノタウロス達にボッコボコにされて、ひそかに死にかけていたのだ。
「ちっ……血の匂いにつられて更に集まってきたか。おい、ルーク・ファウル。貴様も働け。命を助けてやったんだから、働いて返せ」
「……ああ、すまない。俺はともかく……助かった」
ルークはちらりとベルを見やった。軽く頭を下げる仕草をする。
ルームの反対側。薄暗い通路の先から、沢山の瞳がギョロギロと冒険者達を見ている。これだけ騒いで血の匂いをばらまけば、怪物達が反応するのも当然だった。放っておくと二次被害に繋がりかねないし、ここは回避せずに徹底的に潰しておく。
ベルはメルーナ達に向かって頷いた。ルークには軽く手を上げて答える。
「君、大丈夫? どこかで見たこと……あ! ちょっと噂になってたニイナさんだよね!? ほら、即戦力の
そして、エルフ──ハーフエルフの少女を引っ張り起こし、さあVSモンスター。わかりやすい戦いの始まりだ! と気合を入れたのだが。
「あの、大丈夫じゃないです」
「えっ、どこか痛めた!? って、そりゃ痛いよね、だって殺されかけたわけだし……ごめん休んでていいから」
ニイナは大丈夫ではないらしいので、後方で休ませることにした。心配なので肩や足とか腰とかをペタペタして反応を見たが、そこまでの痛みはないようだ。
とりあえずひと安心。そして今からの戦闘に関しては何の問題もない。この戦力なら中層のモンスターに遅れを取る道理はない。
「あの、大丈夫じゃないんです……大丈夫だけど大丈夫じゃないんですけど……」
「うん、休んでていいよ?」
少しニイナの言動が怪しいが、まあ死にかけたわけだし動揺があって当たり前だ。
とにかく今はモンスター。
さあバトルスタート! やってやるぜと自慢の愛刀を握り締め、ベルは勢い良く駆け出した。
「──ごふっ!?」
「ベルー、あとでせいざ。せいざ!」
すると、なぜか後ろから岩石が飛んできて、後頭部に直撃。ブン投げたのはヘイズ。
目を白黒させて困惑するベルに向かって、ヘイズは同じ言葉を繰り返した。
「せ い ざ」
「なんでですか! わけがわかりません!」
「やらないなら、ヘルンに告げ口しますね。レミリアにも詳しくお話しておきますー」
「よくわかんないですけど、怖いから正座します!」
なお、メルーナには白い目で見られた。
ベルは本当に、