カースオブレッシング   作:なとり

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妖精難地獄②

 ベルはふと顎を上げた。

 目の前にそびえ立っているのは『中央樹(ちゅうおうじゅ)』である。青々しい原野の中央に生えている巨大樹だ。それは無様な自分(ベル)を見下ろし、嘲笑している……ような気がした。

 

「不審者だと思ったから、飛びついてでも確保しようと思った。間違いはありませんね‍?」

「はい……」

 

 ベルは視線を下げてヘイズを見た。なぜか彼女は正座している。ベルも同じ姿勢をとっている。

 草原の上、巨大樹の下で仲良く正座。

 行われているのは()()である。

 

「しかし、抵抗されたため、押し倒してしまった」

「はい……」

「すると、運悪く絡み合ってしまい、服の中どころか下着の中まで手が滑り込んでしまった」

「はい……あるんですね、そんなことが……」

「あははー……ふぅ」

 

 ベルは聞かれたことに対して真摯(しんし)に回答していった。ヘイズは最終的に優しい女神のような慈悲深い笑みを(たた)えた。

 そんな二人を見守っているのは真顔のメルーナ。

 そして空前絶後の破廉恥行為(セクハラ)の被害者、【ディオニュソス・ファミリア】所属のエルフ、フィルヴィス・シャリアである。

 

「ふふー、人生は何があるかわかりませんねー。ベルったらおっちょこちょいなんですからー、もー」

「あ、あはは……すみません。僕、信じられないことが起こることがあるんです……あはは」

「あははー」

「あはは……」

 

 ヘイズは朗らかな表情で笑っていた。薄紅色の瞳は死んでいるが、顔はちゃんと笑っている。彼女は美しくも可愛らしくもあれる部類(タイプ)だが、この時は後者であった。

 

「いや、ないでしょ」

 

 しかし、貼りつけていた笑顔は突如として消え去る。

 ざぁっ、と心地良い風が青い草原を駆け抜けた。

 ヘイズは光の消えた瞳でベルを映すと、抑揚のない声を発する。

 

「どうやったらこんなことになるんですか。別行動になったほんの少しのタイミングで、他派閥のエルフを押し倒して生乳をまさぐる。いやいやないですって。神々もびっくりのとんでもない奇跡ですよこれはー」

 

 ド正論であった。

 ベルは正座のまま固まることしかできない。

 最近は当たりが優しくなったメルーナも、この時はとっても視線が冷たかった。フィルヴィスは言わずもがな。ゴミクズを見る顔だ。

 

「大変でしたねー、で流そうかなと思いましたが、無理です。いくらなんでも破廉恥(ハッスル)しすぎです。事故だったという主張は理解しますが、人間には心象というものがありますからね。はいそうですかー大変でしたねー私達は何も気にしませんからー、とはならないわけですよ」

「はい……」

「私はベルのお嫁さんでも恋人でもありませんが、決して浅い仲ではありませんからね。あまり破廉恥(ハレンチ)されると複雑な気分になるわけですよ。私は心が広い方ではありますが、なんでもオッケーってわけじゃないんですよ。そこのところ今一度(いまいちど)認識して欲しいです。いや、してください。そうでないと困ります」

「はい……」

 

 ヘイズは続けて述べた。  

 パーティというのは信頼関係が大切で、高頻度で生と死を行ったり来たりしている自分達は尚更(なおさら)である。些細なすれ違いが大変な事故を引き起こすということもあるから、ちょっとは相手の気持ちを想像できるようになりましょう。以上、と。

 ベルは深く深く(うなず)いた。

 二度と同じことがないよう気をつけることを、深く強く心に誓った。

 

「……気をつけ、ます!」

「よろしい。では先に進みましょうか。ああ、そちらのお方はもう帰っていいですよー。お疲れ様でしたー」

 

 ヘイズはウンウンと首を縦に振ると、「よいしょ」と杖を使って立ち上がった。わざとらしく腰をポコポコ叩きながら、被害者エルフに対して優しい声で帰宅を促す。

 

「ああ、さらばだ……って帰るわけがないだろう! 巫山戯(ふざけ)るな!」

 

 フィルヴィスはくるりと背を向けた後、硬直。

 勢い良く振り返るなり、絶叫。濡れ羽色の髪を振り乱して【フレイヤ・ファミリア】を睨みつけた。

 

「帰れるわけがない! 私の問題は何も解決していない! これでは無意味に辱められただけ! 冗談ではないぞ貴様ら!‍?」

 

 赤緋(せきひ)色の瞳は吊り上がっていた。血走ってもいた。めちゃくちゃ怒っている。

 

「落ち着け同胞。今のはヘイズの冗談だ」

「ああそうなのか……だったら今後はやめろ! 笑えない冗談は不愉快だ! 全く……これだから【フレイヤ・ファミリア】は……これだから……はぁ」

 

 メルーナが小さな声でフォローを入れると、フィルヴィスはぎゅっと拳を握り締めた。巫女を思わせる白い戦闘衣(バトル・クロス)が小刻みに震える。

 

「まあ、ベルの件については心から謝罪しますねー。ごめんなさいでしたー」

「気の抜けた声での謝罪など、要らん! それにお前に謝られても意味がない!」

「うーんエルフはやっぱり石頭ー」

「貴様は私を煽っているのか!‍?」

 

 フィルヴィスの声が盛大に裏返った。

 完全に遊ばれている。メルーナは気の毒そうな視線を同胞に送った。

 

「すみませんすみません。ですが貴方にも問題はあると思いますよ? 不用心すぎます」

「……それは、その」

  

 ヘイズの指摘に白いエルフは言い淀んだ。

 不用心、というのはベルに痴漢される前のフィルヴィス・シャリアの行動である。

 そもそも、なぜ逃げたりしたのか。

 その理由は彼女の脇の甘さにあった。

 

「大金につられて怪しい依頼を引き受けた挙げ句、()()()()()()()()()なんて。ちょっとお粗末すぎますねー」

「……」

 

 フィルヴィスの口から歯軋りの音が鳴った。

 ベルに痴漢される前まで、彼女は冒険者依頼(クエスト)を進めていたらしい。

 内容は『物資の運搬』。24階層でブツを受け取り、19階層の指定位置(ポイント)まで運ぶだけの簡単なお仕事。報酬は五〇〇万ヴァリス。どう考えても闇の案件なのだが、彼女は身構えながらも受注した。

 理由は金が必要だったからだ。なんでもダンジョン内でモンスターの群れから逃げ回っていたら、複数の派閥のパーティを巻き込んで大損害を与えてしまった。その賠償金として【ファミリア】の金庫から一〇〇〇万ヴァリスが消し飛んだらしい。

 

「まあ、お金が必要だったのは理解します。仲間達から()()()()で責められたら、どうにかしないとと必死にもなるでしょうね。ですが、その内容で五〇〇万ヴァリスはやばいでしょー。達成できていたとして、本当に貰えるかも怪しいものです」

 

 仲間達に囲まれてなじられまくり、必死になったそうだ。本来、ダンジョン内の出来事は自己責任で賠償を求める方が非常識──という考え方もあるが、主神ディオニュソスは支払った。派閥間の関係悪化を危惧したとのことだ。

 

「……わかってはいたんだが、つい焦ってしまって」

「まあ、起こってしまったことは仕方がない。それで‍? その箱の中身はなんだ。どうせロクなものではないのだろうが、確認だけはしておくべきだと思うが」

 

 メルーナは淡々と言った。

 原野の上に置かれている木箱に目をやり、ゆっくりと膝をつく。見た目は変哲もないただの箱だ。これをフィルヴィスは運ぶよう指示され、指定場所まで移動したが、そこで()()()()()()。 

 いきなり複数のヒューマンが襲いかかってきたらしい。しかも第二級冒険者程度の手練が。即座に逃走に転じて事なきを得たものの、それで終わりとは考えづらい。追跡を最大限に警戒しながらリヴィラまで戻ってきて、その時機(タイミング)でベルに()()されたから、敵だと思って逃げたとのこと。

 

 

「その男が、私をまじまじと見つめてきたから、何かあるのかと……」

「ベル。ですって。女の子をジロジロ見るのはやめましょーね。こうして良からぬ結果を生みます」

「はい……わかりました……はい」

 

 ベルに小言を吐きつつ、ヘイズも小箱の前で腰を下げた。ベルも同じ姿勢になる。

 さて、何が入っているのか。

 一応、全員で周りを警戒してから、ヘイズは両手で箱を左右に開いた。

 

「……うあちゃー」

 

 そしてご対面。

 ()()を確認するなり、ヘイズは天を仰いだ。

 ベルが嫌な汗を流す中、ほとほと面倒そうにメルーナは顔をしかめた。

 

「こちらも()()か……我々が所持しているものより少し小さいが……」

 

 箱の中で脈打っていた。

 どす黒い肉の塊が、ドクンドクンと。

 形状は明らかに心臓。サイズは少し小さいものの、ベルとヘイズが回収してきたものと同じだ。

 

「ヘイズ、ベル。どうする? 一度(もど)って、フレイヤ様に指示を仰ぐか?」

 

 メルーナはヘイズの手に自分の手を添えると、そっと箱を閉じさせた。薄紫の瞳を細め、今後の動きについて言及する。

 

「……そうですねー。どんどん状況が混沌としてきましたし、それがいいでしょう。ベルはどうしたいですか?」

「僕も戻った方がいいと思います。フィルヴィスさんの身の危険のこともありますし、あまり無理はしたくないです」

 

 あっさりと満場一致。

 15階層で発生した闇派閥との戦闘のこともあるし、たしかに混沌としすぎている。フィルヴィスの方は闇派閥だと断定はできなかったとのことだが、そうでないとするとそれはそれでややこしい。仮に闇派閥でないとしたら、良からぬ企てをしている連中が他にいる。そういうことになってしまうからだ。

 

「では決定ということでー。本当はこの心臓を持った状態で、現地確認を先に済ませておきたかったんですけどねー。何か起こるかもしれないですし。まあ仕方ありません。状況が変わったということで、フレイヤ様に先に見てもらうということで」

「はい。それじゃ行きましょう。襲撃があるかもしれないですから、気を抜かずに」

 

 歩いてきた道を戻り始める。 

 ここ最近は怪物以外の脅威はほとんどなかったが、ここに来て一気にゴチャゴチャとしてきた。こうなってくると些細なことでも気になってしまう。

 たとえば、たまに発生するダンジョン内での()()()とか。

 

「また地震……最近多いですね」

「ですねー。まあ、ちょびっと揺れるだけなので、皆さんはあんまり気にしてないみたいですけど」

 

 ほんの数秒、小さな振動を感じるだけ。

 ダンジョンは騒がしいので揺れたり爆発したりは普通にある。しかし、最近の揺れ方はちょっと今までとは違うような。ベル達はそんな気がしていた。

 

 

 ◆

 

 

『あの二人は恋人同士なのか?』

 

 地上に戻っている最中。

 同胞から質問を受けたメルーナは、知らんと答えた。仲間の秘密を守るとかそういう意図はなかった。

 純粋に知らないし、興味もない。メルーナが知っているのは実際に見てきたものだけだ。

 今の()()()()に落ち着くまでの流れ。ベルはともかくヘイズが今、実際にはどういう気持ちなのか、それはメルーナにはわからない。

 

(かつては()()していたはずだが、今はどうなのか……まあ、どうでもいい。私の知ったことではない)

 

 ヘイズは今でこそ平和的で理性的に振舞っているが、昔は全く違っていた。

 ひたすら叩き潰されるだけの日々の中で限界を超えて磨耗し、常に極限状態。そんな中での救いは()()()()()()()、あるいは()()()()()()()()()の存在だった。他人から指摘されたところで彼女は決して認めないだろうが、聡い者は気付いている。

 

(懐かしいものだ)

 

 最初の頃のベルは弱かった。飛び抜けて。

 ヘイズは死ぬ寸前までベルを壊していたが、その一方で洗礼以外の時は優しくしていた。接し方は別人かと思うほどの落差で。憎しみが感じられるほど叩き壊しておいて、傷が残ってはいけないと薬を用意したり。傍から見ると気持ちが悪かったが、誰も何も言わなかった。興味がなかったからだ。

 

(今日は疲れた。集団行動は好かん)

 

 また、ヘルンという少女は哀れだった。

 みすぼらしかった。目は虚ろ、肌はボロボロ、色素の抜け落ちたような小汚い髪。美神の眷族として相応しいと思う者など、誰もいなかった。

 そんな彼女にヘイズは世話を焼いていた。ヘルンは勇士ではなかったから、壊すようなことはせず、あれやこれやと面倒を見るだけ。

 メルーナから見ると、どちらも気色が悪かった。歪だと感じていた。そして哀れでもあった。

 

(1階層……何事も無かったな。拍子抜けだ)

 

 自分より下の人間がいる。

 その事実をもってなけなしの尊厳を守る。ヘイズがしていたのはそういうことだ。みんな知っている。あれは純粋な慈悲などではなかったことを。だが、子供の人間関係に口を出すような暇人はいないし、そんな義理もない。誰も何も言わなかった。恐らくは女神さえも。

 

(……)

 

 ベルにしろヘルンにしろ、ヘイズからすれば溜飲を下げるための相手だった。それが全てではなかっただろうが、利用していたのは事実だろう。

 だから、ヘルンに才覚があるとわかった時、ヘイズは発狂したし()()()()()。一度目はベルが来たばかりの頃。二度目はヘイズが勇士を諦め、治療師に転向した後。

 

 

『もう吹っ切れたの?』

『今、なんて言いました?』

 

 ヘルンから何気なく言われた言葉に発狂して、本気の殺意を向けた。ベルが止めに入って事なきを得たが、ベルは半殺しになった。というちょっとした事件があった。【フレイヤ・ファミリア】では半殺しは日常茶飯事。ベルはあまり心配されなかった。

 

 

(あの騒動の後か。ベルにスキルが発現して、ようやくランクアップを果たした)

 

 メルーナがベルとまともな会話をするようになったのは、更に後。女神の護衛として同行した短い旅の中で、必要だったからコミュニケーションを取った。その時は一時的なものだと考えていたが、なんだかんだ今も続いている。

 それから、ヘイズはしばらく()()()()()、ベルは二つ目のスキルを発現させた。立て続けに【魔法】も手に入れて、それを知ったヘイズは職務をほっぽり出してベルにベッタリとなった。今の状態だ。

 

 

「【ファミリア】まで送ってあげるなんて、ベルは優しいですねー。エルフ好きですもんねー」

「いや、下心とかないですから……」

「ほうほう。完全になかったと言いきれますか? 生で胸を揉んだ相手ですよ? しかも美人のエルフですよ?」

「……」

 

 ヘイズが何を考えているのか、メルーナにはわからん。哀れんでいた相手が自分よりも才覚があって、しかも欲しいものも持っている。

 まあ、今ではヘイズも唯一無二の力を持っているから、嫉妬で暴走したりはしないだろうが。それでも昔を知っているだけに、今の感じはメルーナからすれば歪に見える。綺麗な信頼関係だけで成り立つような二人ではない。

 

「ダンマリですかー。ヘルンに告げ口しますねー。呪殺してもらいましょー」

「やめてくださいお願いします。ヘルンさんの藁人形は心にくるんです嫌なんです」

「ああ、藁人形ラビットですね……アルミラージの体毛が編み込んであるとかいう……」

「……聞きたくなかった」

 

 ずっと前に抱いた感想は今も変わらず。

 何も言わないのも変わらずだ。必要のないことはしない。時間の無駄だからだ。

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