対怪異特殊作戦部隊
総員12名中4名が作戦行動より
──今、その半数が命を落とそうとしていた。
雑音混じりの無線からしきりに呼びかける声が聞こえる。鼓膜が揺さぶられて、かろうじて意識のある隊長が無線に応じた。
「──こちらクロックナイン」
FF2プロトコル部隊長であるクロックナイン──コードネームだが──は軋む全身の痛みを吐き気とともにこらえながら伏せていた身体を起こす。
《隊長、状況は!?》
「……最悪だ」
端的に、かつ、明確に説明した。
フルフェイスヘルメットの内部、風防ガラス内面に表示されるバイタルサインはレッドゾーンを示している。
「そちらで何名の生存が確認できる、トゥエルブ」
《……7名、いや──今、6名になりました》
後方から指揮車で全員のモニタリングを請け負うファットトゥエルブの言葉に、クロックナインは奥歯を噛みしめた。ぎしり、と音を立てて鉄の味が広がる。
ぐらりと揺れる視界に喪失する平衡感覚。
地面に手をついたまま見据えるのは任務目標である小箱を睨む。
6センチ四方の立方体は浮遊し、周囲に黒い霧を放っていた。──より正確には、留めていた、というべきか。
回収任務を受けたFF2プロトコル部隊が触れた直後に『箱』は起動した。
危険指数「青」からここ数年間変位無し、安全性が確認されたはずだったが──現実はコレだ。
現在『箱』の危険指数は「黒」に跳ね上がり、もはや万事休す。
その時だった。ファットトゥエルブから驚愕の声が投げられたのは。
「あーあーまったくこれだから「財団」の連中は」
《──! 隊長、後方より接近する生体反応! 数、3!》
「……見えてる」
落としたアサルトライフルを拾い上げ、振り向きながら構える。だが相手はそれを意に介さず歩いていた。
三人とも顔を仮面で覆っている。だがクロックナインは彼らを知っていた。これまで何度も、幾度となく辛酸を舐めさせられてきた相手だからだ。
人類救済を掲げて活動する財団のように。
人類支配を掲げて暗躍する組織があった。
それは単に「秘密結社」と。或いは「組織」とも呼ばれた。
世界各地に散らばる怪異を求めて、両組織は争うようにいたちごっこを繰り返している。
「君たちか──【銀の脚】、【魔弾使い】、【蒼魔】……!」
「えぇと……大丈夫ですか?」
「いやどー見たって大丈夫じゃないでしょアレ」
呑気な口ぶりはまるでピクニック気分だ。彼らにとって怪異の巻き起こす超常災害などその程度の認識でしかない。
【銀の脚】──異名通り、鈍く輝く銀色のグリーブを履いた燕尾服の女性は倒れたFF2プロトコル部隊を見下ろしている。
【魔弾使い】──ハードレザー調のスーツケースを担いだペストマスクの男性はハーネスに提げた銃器を揺らしていた。
ただひとり【蒼魔】だけは何も言わずにクロックナインの横を素通りして『箱』に近づく。
激しく回転しながら黒い霧を放出するのを見つめて、肩をすくめていた。
億劫そうに手を挙げて──
それを合図に、影の中から無数の異形が這い出す。
無数の眼があった。無数の口があった。牙があった。極彩色の醜悪な塊が蠢く様は、生理的嫌悪感を覚える。クロックナインはこみ上げてくる吐き気を必死に堪えた。
それは『箱』を包みこみ、呑みこんだ。ごくりと音を立てて。
周囲に撒き散らされていた瘴気はぱたりと止み、【蒼魔】は踵を返した。
「帰るぞ」
短く、端的に告げるとクロックナインを無視して帰ろうとする。──その足を、掴んだ。
「……なんだよ」
「──なぜ君たちが此処にいる」
対怪異特殊作戦部隊FF2プロトコル部隊に与えられる任務は極秘のはずだ。
まるで自分たちが狙っていた獲物を知っていたかのように現れた相手にクロックナインは疑問を隠せなかった。
屈み込んだ【蒼魔】は狼の仮面の下で明らかに呆れている。嘆息していた。
「──財団諜報部に情報流したのは俺だ。「こっちで回収するから手を出すな」って言ったはずなんだが、現場に来てみたらこれだ。
だから言ったんだ。
衝撃で言葉を失う。前提がそもそも間違っていた。
認識を誤っていたことを上層部は認めなかったのだ。
「上層部は焦ったんだろうな。「先を越される」って。俺はそんなつもりで言ったんじゃないんだが、アンタもアンタの部下も。馬鹿の下で働くのは大変だな、お互い」
くっくっ、と喉を鳴らして小馬鹿にしたような笑みを浮かべる相手に、なんと返すべきか。クロックナインは朦朧とする視界に、起こしていた身体の重みに耐えかねて再び地に伏せた。
その肩を掴み【蒼魔】は口に指を当てる。
「俺の
──人類最強の男によろしく伝えておいてくれ」
◆
──魔術協会総本山元老院はその日、地上から姿を消した。
文字通りの“消滅”である。
たった一人の怪物の手によって。
それは満天の星空の下、月明かりを浴びていた。
だが、その瞳に宿しているのは感動や関心ではなく、殺意、狂気、或いは敵意。
垂れる髪は黄金色。鋭く、冷たく、無感情な瞳もまた黄金色。
荒涼とした大地にただ立っているだけで、それは周囲の総てを圧倒していた。
存在するだけで気圧される。生物としての
事実、その男は二千年続いた魔術開祖の時代より前人未到の領域に辿り着いた。だからこそか。
──彼は、生まれながらに怪物と呼ばれ、自らの名前すら捨てて魔術の探究に費やした。
いつしかその偉業を称えられ、自身の名を捨てた男は代わりにそう名乗った。
──偉大なる
この大地において唯一抜きん出て並ぶもののいない絶対強者。
非凡な探求者。
金色の怪物。歩く超常災害。超自然の体現者──。
──“
「……神か。くだらん存在だ」
不遜なる物言い。それすらも許されよう。それほどまでに彼はこの世の理から外れた。
自ら望んで智慧の獣道を選んだ。故に、人の崇め奉る神に挑む権利を有する。
なぜなら獣は神を戴かない。
やがて、男は歩き出す。その眼で飽きるほど見据えた大地を。
しかしその足はすぐに止まった。不意に、空を見上げる。
真っ直ぐに。愚直なほどに一直線に軌跡を描いて自身めがけて落ちてくる流星を見た。
赤い流星。血のように赤い隕石。殺意を煮詰めた赤い瞳。不吉な凶星は咆哮と共に落ちてきた。
荒涼とした大地を捲き上げ、土煙が晴れるとそこは戦場となった。
この広い世界で。
この広い宇宙で。
この長い人生で。
唯一無二──この退屈を忘れさせてくれる。
無聊の慰みでしかないが、この殺意の応酬だけが。
吠える。吼える。咆える。腹の底から。地の底から、天を衝かんばかりの怒りに燃える咆哮。
震える大気の震動は恐怖を覚えたかのように。
この男の源動力は尽きぬ怒りだ。底知れぬ憤怒の炎を自らを灼き尽くす。だがそれすらも厭わぬほどに、いつだって新鮮な殺意と怒りを叩きつけてくる。──嗚呼、不満があるとすればそれが未だこの命に届かぬことくらいか。
「励めよ、お前のその怒りが──神を灼き尽くすその日まで」