アウトサイダーズ狂想曲   作:アメリカ兎

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第十一話 真祖討伐依頼

 

 

 便利屋ウルフェンリートの厨房ではファングが忙しなく動いていた。元は廃ホテルだったのを買い上げ、内装を張り替えただけ。そのため持て余し気味の業務用厨房設備をフル稼働させていた。

 料理洗濯掃除買い出しその他諸々の雑務は所長の仕事。仕事持ってくるのは大体セキ。宣伝広告一切なし。そのうえ看板もない。名前ばかりの便利屋稼業の儲けがどこから出てくるのか。

 資金源はどこかと聞けば「俺の懐」とファングの一言。いったい幾らの蓄えがあるのか、恐ろしくて聞けなかった。

 

 食堂を開放し、テーブルに料理を並べていく。しかしルナリアもスロウドもそこまで食い意地を張るわけではない。そのため自然とファングの作る量も抑えられる。──のだが。

 便利屋ウルフェンリート新入社員歓迎会、とクソダサい横断幕が掲げられていた。

 

 ──ユウコの身体測定から一週間が経過した。

 一時的に保護という名目で財団に滞在し、その間に精密検査と並行して身辺整理を済ませていた。両親への説明。職場からの解雇通知。様々な変化はあったが、それでもユウコは持ち前の立ち直りの早さで乗り切っていた。

 本人曰く「人間辞めたのに比べたらこの程度へーきへーき!」とのこと。

 

 極東新政府もユウコの身柄について財団からの申請を受領。

 条件は簡素なものだった。

 付喪神達と同じくサーベイランスブレスレットによる監視体制の徹底。それのみ。

 ホーウェンはそれを管理局長として了承。本人の理解を得た上で監視装置ならびに計測機の装着を義務付けた。

 

 ユウコの首に巻かれたチョーカー、そして左手首のブレスレット。どちらも黒く無機質な形状をしており、淡く明滅を繰り返していた。着用している限り極東での自由を財団が保証してくれる。

 それどころか財団管轄地域では一種の通行証のようなものだ。フリーパス同然である。

 

「──というわけでー、全員コップ持ったなー。新入社員を祝して、はいカンパーイ」

「軽いなぁ」

 コップを持ち上げて軽く鳴らす。

 それから一息で飲み干すファングとスロウド。

 

「プハーッ、もう一杯」

「ジュースだこれ!」

 中身は全員オレンジジュース。ルナリアもストローで吸っていた。

 エヌラスもユウコもほどほどに飲んでから、無くなる前に料理に手を出す。

 今日は歓迎会ということもありファングが腕によりをかけて無制限に作った。半日厨房にこもって作りに作った料理は百人前はありそうな量。なんだその寸胴鍋は。中を覗けばカレーだった。

 

「っつーわけで作るだけ作ったから後は勝手に食ってくれ」

「お前は頭がおかしいのか?」

「いらねぇの?」

「食うよありがたくいただきます!」

 腹が立つことに美味い。純粋に素材も料理の腕も三つ星だ。

 

「おいひー」

 ユウコも頬張る料理に舌鼓。スロウドも気ままに食べていた。ルナリアだけは黙々とフライドポテトを頬張っている。

 ファングは食べるよりも作る専門なのか、食事よりも飲み物の方が多かった。

 

「さぁて、食いながらでいいから聞いてくれ。今後についての話だ」

「もがふご?」

「今、うちはフリーの民間企業としてだけでなく、財団から業務委託を受ける形で怪異討伐の依頼を引き受ける、財団お抱えの便利屋ウルフェンリートだ。極東では初の試みだな」

「それがどうかしたのか?」

「国内の怪異は五光挺身隊が当たるとして、俺の予想が正しければホーウェンからこっちにぶん投げられる怪異退治の依頼は海外の物が主になる」

 椅子に腰を落ち着かせながらファングはコップを掲げる。

 

「だが、当然向こうも馬鹿じゃない。こっちに依頼をする以上、間違いなく特殊部隊を同行させてくる。こいつはただの勘だが、対怪異特殊作戦部隊「FF2プロトコル」部隊数名ってところか。その一個上の「FGプロトコル」部隊は財団内部で温存したいだろうしな」

「えふじープロトコル部隊ってなにさ?」

「正式名称「フェイタルグリム」部隊。怪異ぶっ殺し専門のグリム武装部隊。怪異由来の装備を身に着けた精鋭部隊のこと。こいつが出てきたらいよいよ持って財団も本気ってことだ」

 戦場で出会わないことを祈るばかりだ。しかし、そうなるとユウコは首を傾げる。

 

「ホーウェン局長ってその「FGプロトコル」部隊の隊長さんだったってこと? 人類最強なんて呼ばれてるくらいだし、財団で一番強い人なんじゃないの?」

「一番強いのはそうなんだけど。ちょっと違う。話を戻すと、だ。財団側はまさに願ってもない戦力増強が叶った状態。ましてや自分たちの権力に左右されない自由に動かせる協力者、それも怪異を含めて。「FGプロトコル」部隊に匹敵する戦力に任せる仕事ってなーんだ。

 はい、そこで馬鹿みてーにサラダ食ってるクソボケゴミカスアホマヌケスロウド。言ってみろ」

「もぎょふぉぐ!?」

「青くせーわ馬鹿がよ!!! ドレッシングでも飲んでろ!」

「もごごごごご!」

 口いっぱいにサラダを詰め込んで何も言い返せないのをいいことにファングは青じそドレッシングを流し込んでいた(よい子は真似しないで下さい)。

 

「ぶはーっ、もう一杯!」

「死んでろ」

「グッバイ今生! ──で、なんだっけ? 「FGプロトコル」部隊に任せられる仕事? そりゃもうバチクソ危険な明日は我が身の怪異退治ですよ。え、じゃあ何すか。俺達「ブラックスポット」に突入させられるんすか」

「財団がどうして放置しているか知ってるか? 人手不足かつ対処法の検討だ。そこに民間の遊撃部隊なんて入ってみろオメー、地獄だぞ」

 決して明るい話題ではない。そのはずなのに、何故かファングはそれを楽しそうに話していた。

 ユウコはよくわかっていないのか、皿に取り分けた料理を食べながら首をかしげる。

 

「ブラックスポットってなに?」

「お前本当に何も知らないんだな……」

「しょうがないじゃん、海外の事情なんか興味ないんだもん。あ、食べる? 美味しいよ、ロブスター」

「おいこれどっから仕入れたお前!? 食って大丈夫なやつなんだよな!?」

「ったりめーでしょうがよ、原産地米大陸東海岸メイン州から仕入れた本場物だぞ」

 本当にどっからその金が出てくるのか怖くて聞けない。

 

「ブラックスポットって言うのは、財団が指定した「禁域指定区域」のこと。主に対処法が見つかっていない怪異が居座ってる場所だと思ってくれ」

「そんな危ない場所あるんだね。でもさ、私とか新米怪異なんだしそんな危険な場所に向かわされる理由なさそうなんだけど」

「あるんだな、それが」

「え」

「ほら、いつか話した吸血鬼の「真祖」。あれの居場所がブラックスポット扱い」

 

 ──血に沈んだルーマニア、ワラキア領。財団指定のブラックスポットのひとつである。

 危険指数「黒」として最初に認定された怪異。吸血鬼の真祖。原点にして頂点。夜の王。真の月の支配者。ツェペシュの赤き城。何人足りともその領地に踏み入ることは罷りならぬ鮮血紅城。

 

 “血の夜の追跡者(ブラッドムーンストーカー)”──ドラキュラ伯爵。

 かの伯爵を呼ぶ名は多い。ドラクレア公。ヴラド・ツェペシュ。或いは、カズィクル・ベイ。

 残虐にして冷徹な串刺し公は財団の討伐部隊をこれまで幾度となく退けている。

 

 その犠牲者は数千にも及んでいるとされていた。

 

「でもそいつ、領地から出ないんだろ?」

「だから使徒増やしてるってんでしょうが」

「あー。それで領地増やしてるのか。ワラキア領地はあくまで本拠地ってことね」

「そういうこと。本人がどこにいるのかは吸血鬼にしかわからない」

 そこで視線がユウコに集まる。

 

「むんっ」

 ベキョッ。ロブスターの硬い殻を軽くへし折って中身をかじりつく。幸せそうにしていた。

 

「んむ? なに?」

「話聞いとけよ」

「なんか専門的なことはそっちの領分でしょ」

「はぁ……真祖退治にお前の力が必要になるってことだけ覚えとけ」

「おっけー。あ、私が殻剥こうか?」

 ユウコがわきわきと握る仕草を見せるが、エヌラスは殻ごとロブスターに噛みつくとバキゴキと鈍い音を立ててそのまま噛み砕く。

 

「ん、なんか言ったか? いや美味いなコイツ……海産物そんな好きじゃねぇんだけどな」

「俺の腕がいいから」

「はいはいそうね、俺が食ってきた中で2番目くらいには美味いよお前の手料理は」

「……野蛮人」

「野生の怪獣、野獣兄貴」

 スロウドはロブスターでぶん殴られた。食べ物で遊ぶなとファングからさらに飛び蹴りで怒られて床に這いつくばる。

 

 便利屋ウルフェンリート新人歓迎会は大量の料理を一つ残らずエヌラスが綺麗に平らげてお開きとなった。

 

 

 ──ファングが想定していたよりも財団の動きは早かった。

 

 新人歓迎会から翌日の昼下がり、ロビーで暇を持て余していたファングが来客のベルに扉を押し開ける。

 そこには、財団極東支部管理局長ホーウェン。並びに「FF2プロトコル」部隊のアンダーシックスが随伴していた。駐車場には特殊作戦装甲車両が駐車されている。そこにはフォックステイルの姿もあった。

 

「これはこれは、管理局長様。うちになにか用でも?」

「君たちに初任務を持ってきた」

「それはまたありがたいことで。どうぞ、お客様」

 

 財団極東支部からの初任務の概要に目を通したファングは、ホーウェンの顔を一瞥する。

 背筋を伸ばし、毅然とした佇まいだ。姿勢を正したまま微動だにしない様は彫像のように思える。しかし、その眼だけは一挙動を見逃さまいとこちらを捉えて離さなかった。

 

「……とても正気の沙汰とは思えない文面なんだけどな? 確認するが、俺の見間違いか?」

「残念ながら、こちらとしても正気の沙汰とは思えない指令だ」

 ホーウェンの口から出てきた言葉に、ファングは財団本部に悪態をつく。

 財団は、手詰まりだ。行き詰まっていると言ってもいい。

 怪異に奪われた人類の領土奪還。目指す世界平和の足は膠着状態だ。

 

 だからこそ、一刻も早く想定外(イレギュラー)による介入を待ち望んでいた。

 それは、今だ。

 

「私個人としては、五光挺身隊の協力下で君たちに経験と実績を積んでもらってからの投入予定だった」

「ところが本部は問題の解決しか見えていない、と。そんなんだから怪異相手に二の足踏むんだぜ、お偉いさんは」

「……こちらから出せる戦力は「FF2プロトコル」部隊4名が限界だ」

「俺がここ空けるわけにはいかねぇしなぁ……うちからは3人だ。おいマジかよ、たった7人でこれやらされんの? クソウケるんだけど」

 

 財団本部からの指令は、まさに予感的中。

 

 

 対象怪異──“血の夜の追跡者(ブラッドムーンストーカー)”。

 

 呼称──ドラキュラ伯爵。ヴラド・ツェペシュ。ドラクレア公。カズィクル・ベイ。

 

 内容──対象の怪異討伐を民間企業、便利屋ウルフェンリートへ委託。

 

 備考──本依頼において財団極東支部は援助活動を惜しまぬものとする。

 

 ──本依頼はワラキア領よりブラックスポットの消失を確認した場合に達成とする。

 

「一応聞くんだけど。これ、辞退したらどうなる?」

「財団の決定に反旗を翻したものとして拘束されるだろうな」

「はー、マジでクソ。これだから慈善団体は信用ならねぇんだ、俺財団嫌い」

「延期も出来ない」

「国境を無視した超法規的組織だからって何やってもいいわけじゃねぇんだぞ」

 ファングも理解している。この場でホーウェンを糾弾したところで何一つこの男に非はない。

 叩いたところで埃ひとつ出てこないことくらい知っている。だが文句のひとつ許してほしい。

 

「わかった。便利屋所長、ファング・ブラッディはこの討伐依頼を受理。期間は」

「可能なら無期限にしたかったんだがな──提示されたのは1月以内だそうだ」

「1月あったら俺が財団本部を地図から消せるっつーの。喧嘩売ってんなら買うぞ畜生」

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