アウトサイダーズ狂想曲   作:アメリカ兎

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第十六話 開戦。真祖ドラキュラ伯爵

 

 ドラキュラ伯爵の待ち構えるポエナリ城は観光名所として世界的に有名らしく、その門は常に開かれていた。怪異となり復活を果たした伝説の吸血鬼ドラキュラ。そのモデルとなった人物、ヴラド三世。それは時代と共に姿形だけでなく生き方そのものを柔軟に変えて対応していた。

 

 スロウドは街の観光パンフレットを読み上げながら石段を登る。

 半世紀前の怪異事変からいつの間にか再建されていたポエナリ城は真っ赤なレンガで建てられており、まさに伝承通りのドラキュラ城のような趣があった。ドラキュラ伯爵は吸血鬼である自分が人間依存の怪異であることを踏まえて取引を持ちかけた──血を渡せば、他の怪異達よりこの地を守ることを約束しよう、と。

 

 自らが吸血行為に及べば眷属が増える。だが人間が減る。食糧が減る。それは困るとして、献血を呼びかけた。

 人々はそれに絆されたのだろう。冷酷苛烈にして残虐な吸血鬼は、今やワラキアの守護者だ。

 

「──いやー、これで俺らドラキュラ伯爵討ち取ったらルーマニアの人たちにめちゃくちゃ恨まれるんじゃないっすかね」

「なんで……テメェは、そんなに……元気なんだよ……! 今何段登った!?」

「俺が数えてた限りじゃ784段! 折り返し! はいはいほらほら頑張って! がーんばれ♡がーんばれ♡」

「テメェのツラぶん殴る気力と殺意が湧いた」

 ぶん殴った。エヌラスはメソメソ泣くスロウドの首根っこ掴んで引きずるように石段を登る。しかし、そこでクロックナインから休息の提案。

 これから自分たちが乗り込むのは真祖の居城。消耗した体力の回復と温存に努める。

 

「なんか時期によっては熊とか出るから観光ガイドさんが必要みたいですよ」

「知っとるわハゲェ! さっき見たわ熊出没注意の看板!」

 夜闇に響く怒声。伯爵の結界の中だというなら何をしたところで無駄だ。開き直ったエヌラスはバチギレである。

 「FF2プロトコル」部隊は流石特殊部隊というだけあり、疲労感を見せていない。

 ユウコも吸血鬼だからか体力は余裕そうだが、相変わらず調子は悪そうにしている。伯爵の居城に近づけば近づくほどに頭痛が酷いらしく、おそらく吸血鬼としての波長にあてられているのだろう。

 

「しかしブラックスポットって話だったが、なんか肩透かし食らった気分だな。財団が対応困難な怪異って聞いたからもう少しキツイ仕事だと思ってたんだが」

 この調子であればドラキュラ伯爵の居城まで辿り着けそうだ。そうなればあとは直接対決するだけとなる。

 

「以前のドラキュラ伯爵であればブラックスポットに立ち入った時点で問答無用でこちらを処刑していただろうな」

「今は違うのか?」

「東欧支部から聞いていた話と街の実情がやや異なる。調査不足だな、改善するよう掛け合っておこう」

 生真面目なクロックナインの横、副隊長であるフォックステイルはスロウドと一緒に木を観察していた。

 

「何してんだお前ら」

「見てくださいよエヌラス兄貴、この木」

「……普通の木だろ」

「熊の爪痕が」

「先に言えボケがよぉ!!!」

「あれ熊じゃない?」

「んだカスゥ!!! やんのか熊ぁ!!! がおーーーっ!!!!」

 アンダーシックスが暗視装置を起動させて森を見れば、確かに熊が一頭。しかし咆哮しながら迫るエヌラスを見て恐れをなしたのか腰が引けている。一目散に逃げ出す熊を見て半ギレのエヌラスが追いかけていった。

 遠くから熊の悲鳴らしき鳴き声が聞こえてきたかと思うと戻ってくる。

 

「ぶん殴ってきた」

「熊より怖いことしないでもらえないか?」

 

 

 残る石段を登り、ようやく森を抜けた一行の前を待ち受けていたのはポエナリ城。怪異事変の折、再建を果たした鮮血のドラキュラ城は真っ赤な満月に照らされていた。尖塔が串刺しを彷彿とさせる。

 大正門は重く閉ざされ、エヌラス達を拒んでいた。

 

「さーて到着したわけだがどうする? この門ぶち抜いていいのか?」

「爆破しましょうよ爆破!」

「テメェの脳髄を撒き散らかすぞ」

「やだこわぁい」

 エヌラスが拳骨の準備をしていると、門が軋んだ音を挙げて開かれていく。

 クロックナイン達はすでに銃を向けて臨戦態勢。だが、門の向こうに立っていたのは──。

 

 まさしく、血の夜の追跡者──ドラキュラ伯爵その人だった。

 大仰に両手を広げ、恭しく頭を垂れる。客人を迎え入れる城の主として、自ら玉座から降り立った。遥か遠き異国の地より馳せ参じた勇気に敬意を払い、彼は黒いマントを翻らせる。

 

「まずは、よく来てくれた。と褒めておこう」

「それはどうも」

「過去、伝承になぞらえた行いであれば君たちを問答無用で串刺し刑に処していたところであろうが……生憎と私は違う。ヴラド・ツェペシュ、ドラクレア公。カズィクル・ベイ。様々な通り名を君たちは私に与えた。だが私は、ただの真祖。真なる夜の貴き者である、名も無き吸血鬼だ。だが名前が無いのは不便であろう? 故に、借りた。借りた名に恥じぬ振る舞いと行いをしているだけにすぎない」

 つまり、彼は「ドラキュラ伯爵」を名乗っているだけの真祖の吸血鬼。名前を借りているからにはそれに相応しい振る舞いをしているだけに過ぎない。だからルーマニアを守っている。

 かつてオスマン帝国より守り抜いたヴラド三世のように。

 

 あらためて手を広げ、城の中へ入るように促す。

 

「入り給え。此処に辿り着くまでの道程、さぞ疲れたことだろう。ささやかながら食事の席を用意させてもらった。運動前の腹ごしらえと思ってくれたまえ」

「……てっきりこの場で戦うものだと思っていた」

「よしたまえ。そのような野蛮な真似、私はしないさ」

 全員から突き刺さる視線にエヌラスがなにか言いたげにしていた。

 

「なんだ? 俺が野蛮人だって言いてぇのかお前ら」

「あえて言おう。そうです」

 みんなを代表してスロウドがぶん殴られて事なきを得る。

 

 

 中庭の見事な噴水と薔薇園を横目に、城の中へ案内された。ドラキュラ伯爵の言葉では、許可なく再建した際は人類社会に対する理解が浅かったと過去の失態を恥ずかしそうにしていた。

 

「あの、伯爵。吸血鬼ネットワークの中で見たカーミラさん? とはどういうご関係で?」

「あの者は私と同じ真祖の吸血鬼。我が妻と言ってもいい。食の嗜好は私とは異なり、若い女性のものを好むようだ」

 城内の窓から差し込む月明かりはやはり赤い。壁掛け燭台の蝋燭の炎が揺れる。床に敷かれた赤絨毯、内装も赤。赤、赤。どこもかしこも赤一色。だが鮮やかな色ではなく落ち着いた色調のもので統一感があった。

 

 案内された先は食堂。長いテーブルには軽い食事と飲み物が用意されていた。

 

「さぁ、掛けたまえ。私を討ち取ろうという挑戦者は久しい。ならば私からは君たちを丁重にもてなす義務があるだろう? この城の、今の主として」

「……ひとつ疑問なんだがな、伯爵。この城、アンタの他にカーミラってのがいるようだが。メイドのひとり見当たらないのはどういう理由だ?」

「君たちと私が戦うというのであれば、従者を引き払うのは当然のことと思うが不服かな?」

 なるほど、とエヌラスは納得する。

 

 伯爵の口振では、自分が負けるとは微塵も思っていないらしい。

 

「ああ、安心したまえ。食事に毒など盛っていない」

「毒味役いきまーす! もぐむしゃぺろぉ! ──美味!」

 コイツには警戒心とかないのか? 真っ先に食事と飲み物に手をつけたスロウドがサムズアップ。見たところサンドウィッチと天然水のようだが。

 

「特にこの野菜の味が濃い! サニーレタスとトマト、ドレッシングがなくても素材だけで濃厚な味わい! それでいて卵のまろやかな甘み。鶏はさぞ栄養価の高いもの食ってんでしょうね!」

「ほう、理解する舌の持ち主と見た。それは私の部下達が育てあげたものだ」

「うまうま……、自動車メーカーの社長って話も聞いたんですけどほんとです?」

「中々に興味深い乗り物だ。だが環境面には優しくない。そこさえ直せれば非の打ち所がないのだがな。現場に立つことが最も近道だと判断した」

 スロウドの物怖じしない性格が幸いしてか、ドラキュラ伯爵は気をよくして次々と質問に答えていた。──多分スロウド本人はなんも考えてないだろうけど。

 街の人々からの“献血”で自らの食事を賄う反面、その血の味わいで健康状態も管理。食事や生活習慣の改善点を医者を通じて伝えていた。近年ではそうした「吸血療法」を医者が取り入れてさえいる。余計な機材も道具もいらない優れた検査方法として。

 

 クロックナインも流石に疲労感を覚えていたのか、戦闘服を緩めて水に手を伸ばす。

 スロウドは伯爵と何やら車の話で盛り上がっていた。

 新時代の万能エネルギー資源であるヘテロニクスを用いた車両運用方法論について。一度は事業が頓挫した後悔を聞き、スロウドは現在の技術的観点から有効性を説く。

 

 エヌラスはそれを横で聞いていた。どうやらスロウドは本当に技術屋らしくそちらの話題には明るい。

 計画書にも目を通していたのか、その方面からアプローチ。ヘテロニクスは確かに万能ではあるが、大型車両の運用には向いていない旨。長時間の稼働も不得手、安定化に必要な冷却機構その他諸々。様々な問題があった。そしてそれは今も技術職達が日々挑戦し続けている。

 それに耳を傾け、ドラキュラ伯爵は深く頷いていた。同意を示している。

 

「──次世代型モデル、その開発に君のような頭脳があれば多少は進展があるか?」

「いやぁ、俺はちょっと堅苦しいのは苦手なのでぇ。あ、お水おかわりいただいても? これも地元の湧き水とか」

「そう、その通りだ。実に惜しい人材だ。手元に置いておきたい」

 グラスに注いだ水で喉を潤したスロウドが再び口を開いた。

 

「それは残念。明日から社長不在で会社は運営しなきゃならないみたいなので」

「────、クッ、ハハ。ハハハハハハハハ! そうか、うむ、そうか! その通りだ。ああ、いかんな。悪い癖だ。私の。いや実に! ……君も、私を倒すために此処にいるのだったな」

「ああでも草案くらいであればいくらでも会社の方に持って行っちゃってください」

「そうしよう」

 ささやかな宴もたけなわ。ドラキュラ伯爵は一度だけ、吸血鬼ネットワークで会社に今しがた得た情報を共有する。それは真祖である伯爵であるからこそ可能なことだった。

 そしてその視線はスロウドを外れて、ユウコへ向けられる。

 

「さて──では、本題に移ろう。極東の娘、ユウコ」

「は、はい」

「君は人間に戻りたいと言っていた。だが不可能なことだ、今となっては。見たところ君は実に優れた吸血鬼のようだが」

「…………そうなんですか?」

「新たな真祖と成り得ると私はみている。これは他の使徒には出来ぬ所業だ」

 まさかそれほどまでとは。しかしユウコはそれが微妙に嬉しくないのか、なんとも言えない顔をしている。

 

「こればかりはな、素質、というのだ。年長者としてアドバイスするのならば──夜の闇を受け入れよ。我らはこの月の下で永遠となるのだ。恐れることはない。陽の光も、死をもたらすものではない。恐れるな。怪異となってしまった哀れな娘よ。人であった心を忘れるな」

「……が、がんばります。あの、戦わずに私が真祖になることってできますか?」

「不可能ではない、が。なにぶん、吸血鬼を束ねる王がこう何人も出てこられると問題でな」

 

「出る杭は打たれるってことだろう。最初からこっちはその気で来てんだ。飯、ごちそうさま。ありがとうよ」

 エヌラスが立ち上がり、銃を突きつけた。

 

「礼と言っちゃなんだが鉛玉で失礼」

 

 ──そして、血の夜に砲声が鳴り響く。

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