アウトサイダーズ狂想曲   作:アメリカ兎

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第十七話 鮮血と熱量

 

 ──吸血鬼は万能な怪異だ。しかしそれと同じくらいに弱点が多い。

 エヌラスはその中でも、弱点である銀の調達をした。()()()スロウドの地下工房にはそうした材料が多く眠っていたため、製造は容易だった。

 50口径のストッピングパワーだけで真祖に通用するとは思っていない。

 

 ある種の“魔弾”だ。魔術による加護を付与させた器物は、それだけで魔術足り得る。

 

 弾丸を、ドラキュラ伯爵は片腕で防いだ。だが衝撃までは止め切れず、椅子から落ちている。エヌラスは有効打になることを確かめてからクロックナインに目配せした。

 食事の席で銃を撃つ無作法に怒りで肩を震わせている。

 

 ドラキュラ伯爵の身体が無数のコウモリとなって散らばる。群れは城内の扉を開け放ちながら食堂より飛び去っていった。

 

“──いいだろう。先の一撃をもって開戦の狼煙としよう”

 城の中に反響する伯爵の声。先んじて部屋を出ようとするエヌラスをスロウドが呼び止める。

 スーツケースから取り出したのは、リボルバーのスピードローダー。その弾頭は全て鈍い銀色に塗装されていた。

 

「こいつは?」

「ありきたりな水銀弾。余計に持って損はないでしょ」

「……助かる」

 エヌラスが懐に弾丸をしまいこんでから、クロックナインが近づいてくる足音に銃を向ける。

 室内に入り込んできたのは──グールの群れ。その頭部を撃ち抜くと、瞬く間に血の霧となって霧散する。動きそのものはやはり緩慢だが、物量で攻めてきていた。

 

「伯爵は俺が追う! そっちは自分の身を守ること最優先に動いてくれ!」

「了解! こちらが落ち着いたらそちらの援護に向かう!」

 壁を蹴り、グールの頭を足場にしてエヌラスが部屋を飛び出す。

 包囲網を狭めてくる相手に対して、クロックナイン達は食堂を出て安全の確保を優先した。

 

 

 ──廊下を埋めるグールの群れに舌打ちをこぼしながら、ライフルの掃射で道を開ける。

 

「どこから湧いて出てくるんだコイツら!」

「伯爵は人払いしたって言ってたのに!」

 フォックステイルは近接兵装のロックを外し、撃ち漏らしたグールの首を刎ねる。

 通常、怪異と白兵戦を行うのは無謀だ。だが財団が特殊加工した金属であれば怪異に対して有効性が認められる。フォックステイルはむしろそうした接近戦の方を好む。──本人曰く「楽しい」だそうだ。それはそれで正気とは思えないのだが。

 

 ショートスピアでグールを押し退け、空いた廊下を小走りで抜ける。階段を登り、中庭を見下ろすとそこはグールで埋め尽くされていた。それを見たスロウドが楽しそうにしている。

 

「俺あれ見たことある! 夏と冬のイベント会場で!」

「詳細は聞かないからな! 今はとにかく退路の確保だ!」

 街の時と同じように相手の進路を一方向にまとめて撃退する。一番厄介なのは多方向から攻められることだ。

 先を急ぐクロックナイン達の耳に、激しい戦闘音が届く。エヌラスはドラキュラ伯爵との交戦を開始したらしい。

 

 不意に横から飛び出してきたグールに掴まれたクロックナインが体勢を崩す。噛みつこうとしてくる相手の頭を銃で押し返していると、重い風切り音と共にその頭が横殴りに吹っ飛ぶ。

 ファットトゥエルブの手にはハンマーが握られていた。バリスティックシールドを背負う姿はまるで重装騎士である。本来なら装甲車両より後方支援が仕事だが、前線に出る際は重装歩兵として立ち回る。もちろん彼自身の筋力があってのことだが。

 

「隊長、怪我は?」

「大丈夫だ、助かった。しかしどこから湧いて出てきたんだ、グール達は」

「……地下からのようです」

 窓から外の様子を見ていたアンダーシックスが指した方向。そこは地下に通ずる扉があった。

 城砦ならば地下通路くらいはある。そこに通じる通路も必ず。

 

「それと、彼らの服装ですが。少し古めかしいというか、現代的には見えません」

「となると、かつてここで活躍していた兵士達か?」

「そう思われます」

 どうやって、などとは考えない。相手は危険指数「黒」の怪異だ。この星における黒点であり、存在するだけで社会を脅かす脅威。

 死体を操るくらいしてもおかしくない。

 

「リロード入りまーす!」

 スロウドが軍用ライフルのマガジンを淀みのない動作で交換すると、クリアリングで周囲の安全を確認する。足音はまだ近づいてきていた。

 クロックナインはこの場で疑問をぶつけようかと思ったが、首を振る。

 

「はい提案! ナイスアイデア俺! やっぱ爆破しましょうよ爆破! 階段とか吹っ飛ばして足止めしません?」

「スロウドくん頼りになるねぇ、うち来ない?」

「堅苦しいのはちょっと苦手。俺はおもしろおかしく楽しく生きたい! でもフォックステイル副隊長個人のお家なら行きたい!」

「その前にこっから生きて帰ろうねー。どーしますー、隊長」

「……間取り図がない手前、無差別に破壊するのは気が進まない」

「はいこれ城の間取り図」

 手渡されるパンフレットにはご丁寧にもポエナリ城の間取りが記載されていた。さすがは観光名所、案内図も完璧だ。

 

「個人的にちょっと試したいこともあるので」

「何を試すつもりだ?」

 グールの群れが階段を登り、先頭集団が廊下を埋める。それを見たスロウドが早速グレネードのピンを抜いてアンダースローで転がすように投げた。

 やや、間を置いてから爆発する。だが熱波と衝撃と破片ではなく、その中から飛び出したのは銀片の吹雪だった。

 銀の欠片に触れたグールが呻き声を漏らしながら崩れていく。焼け焦げた肉体が維持できず次々と倒れていた。

 

「……チャフか。しかしグレネードに採用するとは」

「曰く付きの聖水で浄化済みの薄片は沁みるでしょうねぇ。効果覿面っすね」

「それも対吸血鬼用か?」

「仕込んどいてよかったー。よーしジャンジャン使うぞー、ウヒョー!!」

 陽気なノリでチャフをばら撒こうとしたスロウドが「あっ」と思い出したように固まる。

 

「吸血鬼に効果ばつぐんみたいですけど、ユウコさん大丈夫?」

「なんかちょっとピリッとするけど全然大丈夫、耐えられる! じゃんじゃんやっちゃってスロウド君!」

「ドヒョー! 言質取ったぁ!! ヒャッハー、ボンバァァァアアアッ!!!」

 次から次にとスーツケースから手榴弾を取り出してはピンを外して投げ込むスロウドに、やはり尽きない疑問が湧いて出てきた。明らかに質量保存法則を無視した物量がスーツケースから出てきている。

 

「スロウド君、まさかとは思うが君のそれは……」

「はい? なんです?」

 満面の笑みでピンを抜いてぶん投げていた。またチャフか、と横目で見送りそうになった違和感──クロックナインはグレネードのラベルの色を視認する。

 赤いラベルの巻かれたそれは、先程まで投げていたチャフの黄色のラベルとは異なっていた。

 嫌な予感がする。間もなく的中した。

 

 グレネードが爆発する。しかしそれは液体燃料を周囲に振りまき、同時に着火。本来であれば条約で禁止されているはずの白リン手榴弾はグールを火達磨にした。

 

「アッハッハッハッハ、燃えろ燃えろー! 燃えるがいいさ! どうだい警察に知らせるのだけは勘弁願います。アッハッハッハッハ!!!」

「……今だけは味方でよかったと心底思う」

 グレネードだけでなく火炎瓶まで取り出して廊下を火の海にするとスロウドは満足したようにスーツケースを担ぐ。

 

「むふーっ! こんくらいで勘弁しといてやる! 先を急ぎましょう!」

「そうだな」

 クロックナインはもう深く突っ込まないことにした。

 

 

 ──ドラキュラ伯爵を追ったエヌラスは間もなく接敵する。大広間で待ち構えていた相手に容赦なく鉄拳を叩き込んだ。それを難なく受け止められ、手を掴まれると投げ飛ばされる。受け身を取りつつ銃口を向けた。

 

「魔術師なのだろう? 魔術を使ったらどうかね。そのような、合理性の塊を振り回すのが君の魔術だとでも?」

「あいにく、うちは武闘派でな」

 冗談とでも思ったのか、伯爵が笑う。口角をつり上げて、長い牙を見せながら。

 

「ハッ、ハッハッハッハッハ! そのような流派、聞いたことなどない」

「だろうな。弟子は俺ひとりだけだ」

「その師の名を聞かせてもらおうか」

 エヌラスが一瞬、迷った。その隙を見逃さずドラキュラ伯爵は血液を凝固させた刺剣を作り上げると懐へ潜り込む。その切先は喉元を狙っていたが、反応は早かった。

 銃──「マンハンター」のバヨネットで防ぐと前蹴りで相手の体勢を崩しながら反撃に出る。しかし、射線からマントを使って身を翻したドラキュラ伯爵には一発も当たらなかった。

 

「どうした? 師の名前を知らないわけではあるまい」

「──知らねぇんだよ、俺も。誰も」

「……なに?」

 静かな怒りに満ちた声。それはまるで、内側から吹き荒れる溶岩のような熱を抑え込む火山のようでもあった。ボルテージが上がるのをひしひしと感じ、ドラキュラ伯爵はエヌラスから視線を外さなかった。外せなかった。

 左胸を押さえ、だがそれでも溢れ出る魔力の奔流が四肢を流れる。

 

「面を思い出すだけでも怒りで我を忘れそうになる──今でもだ。未だに、俺はあの日から一歩も進んじゃいない」

 熱。

 その殺意は薄暗く、確かな重量を伴って熱意が籠っていた。

 

(この男──まさか)

「名前を聞いたな。伯爵。なら教えてやるよ、その男がなんと呼ばれているのか」

 

 

 ──偉大なる大賢者(トリスメギストス)

 

 この大地において唯一抜きん出て並ぶもののいない絶対強者。

 非凡な探求者。

 金色の怪物。歩く超常災害。超自然の体現者──。

 

 

「俺の師匠の名は──“大魔導師(グランドマスター)”だ」

 

 ドラキュラ伯爵は言葉を失った。絶句した。その名を聞いた瞬間、茫然自失とした。

 知っている。

 識っていた。

 その男が、どれほどの怪物であるのかを。

 星に溢れる怪異の総てが、その怪物を知っている。理解している。決して触れてはならぬ化物であることを。

 

「弟子? 弟子だと──貴様が、あの男の」

 ドラキュラ伯爵のその言葉がエヌラスにとって“起爆剤”となった。

 踏み込み、石畳を粉砕して跳躍した拳が頬に突き刺さる。伯爵は石柱を破壊し、壁に激突して床を転がってようやく止まった。

 

 目を見た。その瞳を見た。血のように赤い瞳。その奥底に宿る暗い炎を見た。

 殺意と呼ぶ激情の炎は魔力となってエヌラスの四肢を芯から突き動かす。

 

「知ってんなら話は早い──あの腐れド外道はどこにいる」

 寒気すら覚える殺意を叩きつけられた伯爵が固唾を呑む。

 尽きぬ怒りの源動力は、果たしてなにか。

 もしこの男が止まる、その時は──運命という神を灼き尽くしたその日だ。

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