伯爵の刺剣をマンハンターのバヨネットで捌き、肉弾戦に持ち込む。
怪異、ましてや吸血鬼。それも真祖と殴り合いをする発想の持ち主など自殺志願者以外の何者でもないが、エヌラスの拳は伯爵の肉体に深く打ち込まれていた。
(身体強化か──!)
魔力による身体能力の向上、補完、補強。それらは基となる肉体を魔力で支える形で行われる。エヌラスの拳は石柱を打ち砕き、壁を粉砕し、跳躍した伯爵に追随するだけの出力を維持していた。
「大魔導師の居場所など知らんよ。顔を合わせたのもただ一度きり──」
「何を話した」
「さてな。他愛ない世間話だっ──」
伯爵の言葉を遮るように、拳が鼻柱に叩き込まれる。
振り抜いた勢いで床を転がる伯爵の頭目掛けてエヌラスがさらに脚を打ち込むが間一髪で避けられた。
「生身で勝つつもりかね」
「試してやろうか?」
真祖に肉薄する身体機能は明らかに魔術師として逸脱している。
聞いたことも見たこともない。生身の肉体で怪異に差し迫る魔術師など。
伯爵も同様に血流を操作して肉弾戦に応じるが、その経験の浅さが勝敗を決した。
互角だったのは三手まで。四手目からはエヌラスの掌打を鳩尾に打ち込まれて、虎拳が顎を打ち、発勁で壁に叩きつけられた。
眩む意識を振りかぶり、伯爵が立ち上がる。
違和感があった。ただ魔力による身体機能の向上だけではなく、他にある。
通常、魔力による強化は対象を膜のように覆う。バリアで殴るようなイメージだが、伯爵は今一度エヌラスの拳を受け止める。そしてやはり、通常より手応えが重かった。
違和感を拭えぬまま、鉄山靠によって再度吹き飛ばされる。
「──くっ、おのれぇええっ!!」
ならば相手の土俵で戦う理由などない。ドラキュラ伯爵の意思に応じ、城から滲み出る血液が螺旋を描き、円錐形を形作ると空中から射出される。
機関銃のように放たれるそれを、エヌラスは駆けて避けていた。
「貴様! 本当に魔術師か!?」
「正真正銘、魔術師だよ。クトゥグア!」
マンハンターの銃身を奔る緋色の魔術文字。放たれる弾丸が火球となって広間の空間を膨張させ、炸裂した。
窓ガラスは余さず吹き飛び、衝撃で壁の一部が崩れる。
「効くだろ。テメェみてぇな陰気物に炎熱の神性エネルギーは」
「ぐっ……!」
内臓の焼ける不快な感覚にドラキュラ伯爵が膝をつく。血液も蒸発して乾燥した空気だけが漂っていた。
「──クトゥグア、クトゥグアだと? 貴様それは、
「そうだが。なんか文句あんのか」
「そんなものを使うとは正気か?」
「使えるもんは使え、と教わってるんでね」
ガンスピンから伯爵に向けた銃口は不気味な沈黙を突きつける。
ドラキュラ伯爵の知識にある魔術師とはあまりに乖離した存在に、認識を改めた。
「認めよう。君は私と互角に張り合える存在だ」
「そりゃどうも」
「だがこの城にはもうひとり真祖がいることを忘れていないかね? そして君の仲間は果たして無事でいられるとでも?」
「テメェをぶちのめす。その後でもうひとりを片付ける。簡単な話じゃねぇか。それがなんか問題か? テメェの命の心配しやがれ」
「──残念だが。君に私は殺せない。殺しきれない」
伯爵が高く手を掲げ、指を指すのは夜空に輝く赤い満月。
「もし君たちが夜明けを待つというのであれば、それは無駄な足掻きだ。血の夜は明けることがない永遠に夜の世界。血の満ちた月の下で私は不死となる! 真祖たる
「──なるほど。魔術的な観点で言えば、理解はできるし理屈もわかる」
つまり、結界内では不老不死。その維持のために血液を必要とする。その理屈で稼働しているのなら、確かに不死身と言えるだろう。そして満月の下であれば吸血鬼はスペックを十二分に発揮できる。
元々吸血鬼は朔望によって実力が安定しない怪異だ。振れ幅が大きいとも言える。それを克服した存在となれば、確かに怪異の中でも上位に食い込む。
だがつまりそれを擬似的に再現することで頂点に君臨したということは。
同様に──
(こっちはどうとでもなるが、向こうは……まぁ大丈夫か)
伯爵の結界を壊す。その後で夜明けを待たずに真祖を2人まとめて片付ける。そうと決まれば、エヌラスの動きは速かった。
結界の基点を探す。魔術の核を見つけて破壊すれば瓦解する。問題はそれを見つけるための目が使えないことだ。となれば鼻を効かすしかない。
自分の影を踏んで足を鳴らし、合図を出す。
「──ハンティングホラー、出番だ」
影の中で動く気配が主の命を受けて飛び出した。
漆黒の、鋼鉄の猟犬。顔のない獣がジッとエヌラスの顔を見つめる。
「結界の基点を探してくれ」
短く一声鳴くと、すかさず影の中へ姿を消す。
「さぁて。そんじゃ続きといこうか伯爵──」
◆
──エヌラスとドラキュラ伯爵が衝突している一方「FF2プロトコル」部隊はグールの物量に四苦八苦していた。弾薬にも限りがあるため、クロックナイン達は白兵戦を主体に、最低限の相手だけを排除して先を急ぐ。だが相手の数は増える一方で減っている様子がない。
「クソ、このままじゃジリ貧だぞ!」
いくら城砦広しと言えど限界はある。右に左にと通路を埋め尽くされようとしていた時、スロウドが手榴弾のピンを外した。
鋭い投球から壁にバウンドして曲がり角で炸裂する破片手榴弾によってグールの群れが蹴散らされる。
「うーん地下壕の入り口塞いだ方がいいですかね」
「どうやって」
「爆撃!」
「きみ本当に爆破することしか考えてないな!」
「だって楽じゃないですか」
「やれるなら頼むぞ!」
「頼まれた! よいせっ」
ずるりと取り出される無反動ロケット砲でガラスを叩き割ると、地下壕の入り口目掛けて発射。
見事に命中し、天井から崩れ落ちる瓦礫によって地下壕からの増援が止んだ。目視で確認したスロウドが他の入り口を見渡す。
「ひとまず打ち止めっす!」
「よくやったがその旅行カバンどうなってるんだ!?」
「ヒ・ミ・ツ⭐︎」
「グーでいいか?」
「暴力反対!」
「というか君、「結社」の【魔弾使い】じゃないのか」
さりげなくクロックナインが言及するとスロウドが小首を傾げた。
「仮にそうだったとしてなんかあります?」
「……君と私達は敵同士だったわけだが」
「俺の意思で敵対してたわけじゃないんで水に流しときません?」
ノールックでグールの頭を撃ち抜きながら、あっけらかんと言い放つ。
クロックナインの肩に頭を乗せてフォックステイルがヘルメットを叩く。
「たーいちょー。そんなの後回しでいーじゃないですか。今は心強い味方なんですから」
「そーだそーだとラムネも言ってます。ま、種明かしするとこいつは「怪異武装」こと「グリム」兵装の一種。名前は「トイボックス」くんです。なんでも収納できてなんでも取り出せる便利なやつです」
もちろん「武器」ではないのでオシリス認証システムの抜け穴を突いた仕様だ。
ユウコはスロウド達からやや距離を置き、顔をしかめる。ポエナリ城に着いてからというもの、頭痛が酷い。それは吸血鬼ネットワークから響くグール達の呪詛、怨嗟の声による物だった。
──いい加減、鬱陶しくなってきてユウコは堪忍袋の尾が切れかかっていた。
「──だぁぁぁぁ、もぉぉぉ!!! うるせぇぇぇえええっ!!! 人の頭の中でごちゃごちゃとぉぉぉ!!!」
急に怒鳴り声を張り上げるユウコに何事かと振り向く。ズンズンとグールの群れに向かっていくと指を突きつけ拳を振り上げ、怒り心頭。
「なんなんだよさっきっからウジウジと文句ばっか言いやがってぇ!!!
やかましゃあっっっ!!!」
歩く腐乱死体であるはずのグール達の顔に困惑の色が広がる。イタズラの見つかった子供が母親の怒鳴り声に身体を縮こまらせるような、有無を言わさぬ弾圧と糾弾を前にグール達がおぼつかない足取りで後退していく。
「考えてもみりゃユウコさん吸血鬼なんだしグールの守備範囲外か」
「モーゼみたいなことになってるぞ」
「邪魔ぁ!! さっさと退けなさいよそこ!!」
「……しかしなぜ? グールは伯爵の号令で動いているはずでは?」
「有線と無線の違いみたいなもんですよそりゃ」
目と鼻の先から発せられる波長の優先度が高い。一時的に伯爵からグールの指揮系統を乗っ取ったユウコの後に続く。行き場のないグール達の足取りもどこか落ち込んでるように見えた。
「こっちは多分ユウコさんがバチギレしてれば大丈夫だと思うんで、グールは俺が片付けときます。エヌラス兄貴の援護にレッツゴーしてくださいな。退路もなんとかしとくんで」
「任せていいんだな」
「もちろん。俺帰ったら副隊長の手料理食べるんだ」
「フラグ折るのとぶん殴られるの、好きな方選んでくれていいぞ」
「副隊長、パーでお願いします!」
スロウドはフォックステイルに平手打ちされてご満悦気味。
「んふふふ、ありがとうございます」
「うーん、ちょっとキモい。じゃあそっちよろしくね」
「任されましょう、俺!!! よーし張り切っちゃうぞー!」
そう言って「トイボックス」から取り出すのは、ハートの個包。バレンタインデーに店売りされていそうなピンクと紫のツートンカラー。手のひら大ほどのお手頃なサイズだ。
「なにそれ、チョコレート?」
「え? お手製爆弾」
中心部のギザギザ模様は失恋を意味しているのか、左右に開いた瞬間タイマーが動き出す。五秒。スロウドが投げる。四秒。
「結社時代にしこたま量産した対怪異専用爆薬──名づけて「グッバイ・マイ・ラブ」! 通称ラブちゃんでーす、よろしくゥ!」
両手でハートマークを作ると同時にヘテロニクスのケミカルな炎色反応が周囲のグールを残らず焼き尽くした。
「条約違反とか知らないのか彼は?」
「多分知ってて無視してますよ」
頭のネジがさらに一段階外れたのか、スロウドは凄まじい勢いで棒立ちのグールの頭を撃ち抜いていく。
地下壕からの増援が止んだことで明確に数が減っているのがわかる。クロックナインを先頭にエヌラスのもとへ急いだ足が血の壁で阻まれた。
それは明らかにグール達の仕業などではない。──もうひとりの真祖の存在が脳裏をよぎる。
「【死妖姫】カーミラ、確か財団の調査では女性のみを狙う吸血鬼だったか。ユウコくんとフォックステイルを狙っているとしたら相当厳しいぞ」
「なに言ってるんですか。楽な仕事なんて今まで一度も無かったじゃないですか」
「……ふ、それもそうだ」
後方からは相変わらず銃声と爆音が響いていた。その一方では激しい衝撃が壁越しに伝わってきている。どうやらこの場において自分たちは足手まといらしい。だが任務は任務。
クロックナインはこれまで任務を一度も投げ出したことはない。例えそれが本部からの温情である無条件の作戦放棄を認められていたとしても。
ポエナリ城の外郭から本城へ辿り着いたクロックナイン達を待ち構えていたのは、綺麗な藍色のドレスに身を包んだ令嬢。絵に描いた美女を前に、しかし冷静に銃を向ける。
「──カーミラだな?」
「こんばんは。ええ、その通り。私はカーミラ。貴方達財団からは【死妖姫】なんて呼ばれてもいるわ。安心なさい。私は男の血に興味がないの。そこの2人をおとなしく差し出してくれるのなら見逃してあげる」
「断ったらどうする?」
「そうね。男の奴隷はいらないわ、ええ。興味がないの。刻んで、殺して、そこらにばら撒いてあげる。きっと綺麗な薔薇の肥料になるでしょうね」
窓から差し込む真っ赤な月明かりを浴びて、カーミラが妖艶な笑みを浮かべていた。自分たちが狙われているという明確な敵意を感じ取り、ユウコとフォックステイルは一層警戒する。
しかし──。
「ふふ、残念。ここは彼の城でもあるけど、私の城でもあるの。貴方達人間がどれほど涙ぐましい努力と鍛錬をしたところで私の力には敵わないでしょうね。──こんな風に」
カーミラが艶めかしい手つきで誘う。次の瞬間、ユウコとフォックステイルの足元から鮮血が溢れ出し、呑み込んだ。
水風船を割るような音と共に2人の姿が忽然と消える。
一瞬の隙。それだけでこちらを絶命足らしめることなど余りにも容易が過ぎる。だがカーミラがそれ以上の動きを見せなかったのは、クロックナインだけがピタリと銃口を向けていたからだ。
「私が彼女たちの命を奪うのが先か。その前に貴方達が辿り着けるか。楽しみね」
「──待て!」
「待たないわ。女の子は準備に時間がかかるものだもの」
カーミラを覆い隠す鮮血の膜。それが弾けると、やはりそこに姿はなかった。