アウトサイダーズ狂想曲   作:アメリカ兎

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第一話 感染拡大ゾンビパラダイス

 

 

 極東再興新都市、通称「新都」筐ヶ原(かたみがはら)の片隅にその店はあった。

 一見すれば廃ホテル。事実その通り。外装は老朽化のまま手つかず、客室に灯りはなく、しかし異様に小綺麗に整えられたガラスは何者かの手が入っていた。

 

「……いやぁ暇だなぁ」

 そんな廃ホテルのロビーで青年がソファーにだらしなく寝そべりながら独りごちていた。

 シャツにスラックス。安物のフォーマルスタイルでシワになっても知ったことではない。どうせアイロンかけるのは自分なのだから。

 正確には独り言ではなく話しかけたつもりだったのだが、相手はゲーミングパソコンの画面にかじりついてゲームをやっている。

 ご丁寧にバカでかい高性能ヘッドホンできっちり両耳を塞いで。

 

 格子窓から外を見やれば、とっぷりと夜も更けている。壁掛け時計を見れば日付を跨ぐまで秒読みだった。

 針の動きをぼんやり眺めていると、ロビーの扉が開け放たれた。

 

 そこに立っていたのは偉丈夫と呼んで差し支えのない大男。肩にかけたファーコートは赤く、その背中には太極図を背景にした見事な龍の刺繍。白のビジネスウェアは広い肩幅もあってより大柄な印象を受ける。

 短く赤い髪を後ろへ流し、大きな肩と手を広げていた。

 

晩上好(ワンシャンハオ)! どうだ、兄弟! 景気の方は!」

「閑古鳥。扉は静かに開けてくれませんかー、セキの旦那」

「カカカ! 水臭い事を言うな! 仕事を持ってきた、急ぎのな!」

 セキと呼ばれた大男は小言を気にした風もなく歯を見せて快活な笑みを向けていた。しかし、急に大きな音を出されて驚いたのはパソコンにかじりついていた方だった。

 猫のように目を丸くしてヘッドホンを外している。しかし、相手の顔を見るなり肩を落としてゲーミングチェアに座り直していた。

 

「急ぎの仕事? なんすか急に」

「外の警報が聞こえないか?」

「きこえませーん」

 嘘だ。しっかり聞こえている。──聞き慣れた怪異発生の警報だ。

 

「うちのシマで怪事件が発生した。ついでだ、お前に仕事を頼もうと思ってな。手伝え」

「別にいいですけど。誰の手伝いを?」

「俺だ」

 アンタか。

 

「わざわざ当主様が直々に出向くほどの怪異?」

「いいや。だがたまには身体を動かさないとな」

「報酬は」

「明日の昼飯でどうだ?」

「……たまには中華も悪くねーかぁ。ルナリア、ちょっと出かけてくる。クソバカにも言っておいてくれ」

 後手に軽く振ると、小さく手を振り返された。

 

 

 夜の新都を走る警察車両を眼下に、ファングとセキはビル群の屋上を飛び移っていた。避難誘導の指示に従って流れている雑踏とは逆、渦中に向かう。

 

「場所は」

「繁華街」

「危険指数は」

「今のところ「黄色」ってとこか。だが数が多い、今も感染拡大中だ」

「バイオテロじゃん」

「そうともいうな」

「感染って言った?」

「ああそうだ。キョンシーにでも噛まれたかと思ったが、おそらく吸血鬼の仕業だろう」

 セキが屋上の縁に足をかけて立ち止まる。その隣に並んでファングは新都を見渡した。

 繁華街を囲う形でホログラムドローンが展開されている。黄色の光学カーテンは出現した怪異の危険指数を表しているが、数まではわからない。

 怪異の発生が確認された区画を丸ごと隔離する形で人払いをしていた。

 

 目を凝らす。繁華街のネオン看板に照らされて千鳥足でふらつく人影が無数にあった。

 青ざめた顔で生気のない肌、首に噛み跡。いずれも血の跡がある。

 逃げ惑う人の姿もあったが、幽鬼のような足取りの人間に包囲されて逃げ場を失い、首を噛まれていた。生き血を求めて彷徨い歩く姿はゾンビにも似ている。

 準備体操をしながら、さてどうするかと考えるファングに、セキは鼻で笑っていた。

 

「これ、俺必要ですか? 見たところ木偶の坊ばかり。人命救助なんて柄じゃないんすけどー?」

「いいや、お前が必要だ」

 不本意なファングの言葉に、きっぱりとセキは応じる。

 

「こうでもしないとお前は俺たちと関わろうとしないからな」

「だーれが好き好んで黒社会の首魁と関わるってんですか。こっちはとっくに「結社」と縁切ったってのに」

「カカカ! それはそれとして。俺個人としては今後も良い関係でいたいからな! そうだ今度のお中元は何がいい? やはり若いと肉が嬉しいか!」

「毎年贈ってくんなって言ってんでしょーが。さっさと片しますよー」

 ビルから飛び降りる姿に、肩をすくめた。仕方なく後を追う。

 

 

 いつもはネオン管のギラついた看板の下で賑わう喧騒も、今夜だけは毛色の異なる賑やかさを見せていた。

 まさに感染災害(バイオハザード)の様相を呈している。この区画はセキが新都から買い上げた土地であり、いずれも同業者。表沙汰にできない裏稼業の住民の隠れ蓑だ。

 それが今。怪異張本人の手を下すことなく地獄絵図となっていた。

 

 ファングの蹴りが。セキの拳が。動く屍体となった人間を吹き飛ばしていく。

 吸血鬼によって“感染”させられた人間は、生命活動を停止すると死体すら残らない。血霧となって霧散する。

 

「死体掃除の手間が省けるってのはいいんだけど数がなぁ」

 そうぼやくファングの背後から迫る男のゾンビ。手を振り払うと、セキがデコピンで頭を吹き飛ばしていた。肉片と骨片を撒き散らして首から上の無くなった相手は崩れ落ちて霧散する。

 

「業者を呼ばなくて済むのはこちらも助かる」

 仮にも身内だろうに。それを躊躇なく血煙にしていくセキは凄まじい速度で掃除を進めていた。

 

「そうだ。ファング、最近世間を賑わせている怪異を知っているか?」

「どれのことです?」

「世界中飛び回って怪異をせん滅して回っているという奴だ」

「なんすかその怪獣みたいなの。小耳に挟んだことはありますけど」

「なんでも「財団」と「結社」と、さらには「協会」まで敵に回しているそうだ」

「世界の敵じゃん」

 時計を確認する。怪異発生からすでに十五分──財団からの動きはない。危険指数「黄色」であれば警察でも対応出来るだろうが、それにしても行動が遅い。

 衛士府「五光挺身隊」に出動要請があればすでに制圧されていてもおかしくないが、ファングはセキと雑談を交わしながら思考を巡らせていた。

 可能性があるとすれば。龍紋会当主の姿を確認して動きを鈍らせているか。

 

「で。その怪獣さんの特徴は?」

「ああ、聞いて驚け。頭から爪先まで真っ黒だ」

 

 ──その時だった。空から流星が落ちてきたのは。

 繁華街を駆け抜ける暴力的な風圧。点滅するネオンサイン、明滅するストロボに照らされてクレーターから覗く人影は頭から爪先まで真っ黒だった。

 黒髪、黒服、黒い靴。外見的特徴の一致。

 

「……他に特徴は?」

「そうだな。目が赤いらしい」

 歩み寄ってくるゾンビを互いに裏拳で殴り飛ばしながら乱入者を見つめる。

 沸騰した血液のように赤い瞳をしていた。怒りで煮えたぎっている目だ。

 

「それと銃を使う」

 正常な判断能力を失っているゾンビは最も近い相手に歩み寄る。

 その胸元に押し当てられる鉄塊。ファングの目には銃に見えた。

 人類の発明品において最も効率的に命を奪う合理的なフォルム。

 ガンメタルグレーの銃は修羅場を駆け抜けてきたのか傷ついて色褪せていた。だがその内側からにじみ出る凶暴性を秘めることはできず、見るものに威圧感を抱かせる。

 回転式弾倉。ずんぐりとした銃身は異様に思えた。

 ガチリと音を立てて装填された弾丸が発射される。

 

 ガゴォンッ──!!!

 

 ……もはや()()だった。

 穿たれたゾンビは胸から上が吹っ飛んでいる。少なくともファングの知る限り、それを銃とは言わない。

 

「銃、使ってますね」

「そうだな」

「あと他になんか特徴は?」

 

「──()()()、だそうだ」

 

 耳を疑ったし、目を疑った。ついでにちょっと正気も疑った。冤罪である。

 様々な疑問がファングの脳内を巡る。

 まず第一に魔術師が銃器を使うこと自体おかしいし、その次に体術でゾンビの頭蹴り飛ばしてるのもおかしいし、なんなら武術を使ってるのもなんか変だ。

 さらに言えば、魔術協会から追われている身だということも変な話である。

 

「いや、でも、ワンチャン人違いの可能性も!」

 

 無造作に掲げた銃器に刻まれる魔術文字。その銃口に展開される魔法円。何を意味するのか魔術に疎いファングにはわからないが、それが膨大な熱量を孕んでいることだけは熱気で察した。セキも同様に無事では済まないと思ったのか、互いに横っ飛びで開いている飲食店のガラスを破って退避する。

 

「──()()()()()

 短い口訣。

 そして、夜が白んだ。

 

 爆発的な熱風が、殺人的な魔力が繁華街の通りを吹き飛ばす。その魔力反応を検知したホログラムドローンは危険指数を「黄色」から「黒」まで引き上げた。

 警報。大規模な避難勧告。及び「五光挺身隊」の緊急出動要請ならびに「FGプロトコル」出動要請。

 総力をもって怪異を制圧するために。

 

 ──この瞬間、黒い魔術師は極東新政府を敵に回した。

 

 溶接された扉の蝶番を蹴り壊してファングが身体のガラス片を払い落とす。向かいの店からはセキが同じような仕草をしながら出てきていた。

 

「で? もしかしてとは思うけどアレなわけ?」

「他にいるか? 財団からは「ブラックヒューマノイド」通称「ブラッド」と呼ばれている怪獣だそうだ」

 役満跳んで跳満。親が泣く程度の不運に見舞われたらしい。ファングは天を仰いで深く息を吐き出す。後のことを考えれば逃げの一択。しかし、セキはそれを許さないだろう。

 仮にとはいえ、自分達の縄張りを綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれた相手だ。拳のひとつ交わさずに逃げ帰れば沽券に関わる。

 

「いや、しかし──目の当たりにすると凄まじいな、腕が鳴る」

 まさか、と思いつつファングは横目でセキを見た。

 嗤っている。開いた瞳孔は獲物を凝視していた。

 拝手。首を鳴らし、肩を鳴らし、骨を鳴らし、全身の筋肉を滾らせていた。

 セキは人類が好きだ。それに嘘偽りはない。──より正確には()()が好きだ。

 

「貴様「ブラッド」に相違ないか!」

 張り上げた声の問いかけに、魔術師──ブラッドは気だるそうに首を回している。顔の左半分を隠すような重い前髪の隙間から殺人的な敵意を向けて。

 答えを待たずにセキは笑みを携えて大股で歩み寄っている。相手から投げられる訝しげな表情を気にも留めていない。

 

「言葉は通じるか?」

「…………」

 沈黙による返答を、セキは果たしてどう受け取ったのか。

 カカカ、と喉を鳴らして笑うと、そこでようやく構えた。

 ゾンビに包囲されていた時でさえ構えはなかった。

 準備運動ですらなかった。一挙手一投足で他者の命を奪うに事足りる。

 その傑物が、今。

 今宵初めての殺意を型にした。

 

「俺は「龍紋会」当主、セキ。真名を「赤龍(ホンロン)」。強者と知れば挑まずにいられん性格でな! 魔術師とはどれほどの相手か試させてもらおうか!」

「ちょーい、セキの旦那ー。五光挺身隊が来るから3分以内で切り上げてくださーい」

 静観していた極東新政府も財団もこの危険指数では黙っているわけにはいかない。となればファングとしては面倒に巻き込まれる前にさっさと撤退したかった。しかし、セキは既にブラッドしか眼中にない。

 

「ファング! 生存者でも探しておけ! 巻き込まない自信がないからな」

「んじゃ戦うなよ……」

 っていうか人をここまで巻き込んでおいて言うことがそれか。──とはいえ暇を持て余していたのは違いない。

 巻き添えを食らうのはこっちもごめんだ。適当に探して適当なところで様子見て適当に逃げ帰るくらいでいいだろう。

 助走をつけてネオンの切れた看板を足場に、閑散とした繁華街から離れる。

 

 ──キシッ、と。魔術の衝撃で歪んだ看板が小さく悲鳴をあげた。

 

 そして。

 地面に落ちたそれが、開戦の合図となった。

 

 

「うーん、まさに怪獣大決戦。よそでやってくんねーかな、あーいうの」

 ファングは避難の終わった飲食街を適当にぶらつく。

 繁華街の近くはオフィス街が近く、自然と飲食店は集中してしまう。客の争奪戦に必死な業界だから致し方ないことだが。

 ちらほらとゾンビの姿が見える。繁華街からあぶれたのだろう。片手で数えられる程度の姿しかなかったが、放っておくのも面倒なのでこれまた適当に蹴り飛ばしておいた。滅。

 

「邪魔だクソボケ」

 深夜まで営業しているのは大衆酒場くらいのものか。ちらと覗き見ても人の気配はない。

 生存者なら既に避難しているはずだ。怪異がどれほどの脅威かは極東の人間が最も身近に感じている。

 人類最後の楽園、などと大々的に公表されていたが実態はこれだ。

 

「こんなんだったら鎖国令撤廃しなきゃよかったろうに」

 地面の揺れに、繁華街の方角を振り返る。倒壊する雑居ビルに肩を落とした。

 自分で買った土地だろうが、限度というものを知らないのか?

 

(こりゃ俺もさっさと逃げた方が良さそうだな)

 逃げる算段をつけていたファングの足が、不意に止まる。

 倒れている人間を見つけたからだ。死体ならそのまま無視するが、ゾンビが見向きもしない。

 となれば感染者ということになるが動く気配がない。

 

 言うなれば好奇心だった。

 視界に入ったゾンビの首をへし折り、殴り飛ばして血煙にして安全を確保。

 それから倒れている相手の状態を確かめる。

 性別女性。豊満な胸に一瞬目がいきそうになるが、露出の少ない私服から察するに活動的な性格なのだろう。栗色の長い髪、外見年齢二十代前半。首飾りの類は無し。

 ポケットも探ってみると分厚い財布が出てきたので戻しておく。

 脈は浅いが、正常。呼吸も安定している。

 首に咬傷有り。外傷は脚の擦り傷くらいか。しかし、となると妙だ。

 

(噛まれた跡はあるが、発症してない……?)

 他の感染者、ゾンビ達が見向きもしていないのはそういうことになる。

 となると考えられる可能性としては──。

 

 思案に耽るファングを阻むように、特殊車両のエンジン音が近づいてきた。

 

「やっべ。見つかるとくそ面倒だな」

 生存者を担ぎ、店舗の壁を蹴って屋上まで退避してから繁華街の様子を見に戻る。

 ──戻らなきゃよかったと即座に後悔した。

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