◆
新都繁華街はすでにその面影を失いつつあった。
たった二人。その攻防によって。
3分。それがファングから提示された制限時間。
極東新政府の有する最高戦力「五光挺身隊」の到着。
そして財団支部から派遣される「FGプロトコル」部隊の到着まで。
その両者を相手にするのは流石のセキも骨が折れる。
人間は好きだ。特に強いのは好きだ。
腕が鳴る。血が騒ぐ。骨肉が滾る。この世界にまだ見ぬ強者がいることが堪らなく嬉しい。
魔術師と戦うのは初めてのことだ。
「──ほう!」
だから関心があった。
魔術とは、どのような技なのか。
どんな戦い方をするのか。どれほどの威力なのか確かめたかった。どんな手応えなのか味見もしてみたかった。
セキは唸る。
「ブラッド」の持つ銃。ただの銃ではないと踏んでいたが、弾丸を弾いた腕の痺れに思わず笑いがこぼれる。
並の弾丸であれば痛くも痒くもない。しかしその口径は人を殺すにはあまりに過剰過ぎる。
50口径。装弾数6発。再装填の手並みも鮮やかだ。異様に長い弾倉と銃身。
魔術師は道具作成もお手の物とは噂に聞く。
それは銃器であっても例外ではないようだ。アンダーバレルが刃そのものになっている。これではマチェーテだ。
あまりに手慣れている動作は、それだけ「ブラッド」がこの銃器を愛用してきた証拠であり、これまで数多くの相手を弾丸で吹き飛ばしてきた証拠でもある。
「……どういう身体してんだテメェ」
「なんだ、口がきけるのか。なら最初からそうしてくれればいいものを」
「お喋りするような仲でもねぇんでな」
そっけない態度に、ぶっきらぼうな物言い。
それがどこか懐かしく感じるのは、ファングと似ているからか。
「先の一撃。あれは、魔術か? もしそうであるなら今一度撃ってくれないか」
「あぁ? 正気かテメェは」
「
左を前に、右手を引く。拳を作らず、ゆるく開く。
掌打を放つ構えに、「ブラッド」は面倒そうに頭を掻いていた。
「テメェが死ぬのは勝手だが、恨むんじゃねぇぞ」
銃口を突きつける。銃身に魔術文字が奔る。
魔法円が描かれ、再び灼熱の魔弾が放たれた。
今一度繁華街を舐める熱風が触れるもの全てを溶かしながら迫る。
セキは動かない。ただ一度、引いた腕に紫電が走っていた。赤雷。
「──“
破裂音。炸裂音。空気が爆ぜる音。灼熱の魔弾と衝突する赤い稲妻が衝撃となって繁華街を吹き抜けていく。
白い爆炎が晴れると、クレーターの中心にセキは変わらず立っていた。しかし無事ではない。
魔弾を正面から
「カ、カカッ──カカカカカ! そうか、うむ、そうか! これが魔術とやらか! カカカ、面白いな! 殴れば消し飛ぶ、その道理が通じるならば恐るるに足らん!」
「……マジでどういう身体してんだ」
呆れにも似た呟き。
「いやなに、少しばかり他より長生きしてるだけに過ぎんよ。さて──続けようか」
「ブラッド」は舌打ちした。再装填の動作を見せた瞬間、セキは跳躍する。肉食獣が跳ねるように獲物へ飛び掛かっていた。両者間の距離にして十数メートル、それを一息に詰める。
並の膂力ではない。
空の弾倉から排莢し、スピードローダーでリロードするまでの間は無防備となる。それでも一秒足らずで再装填を済ませると「ブラッド」は銃を向けた。
徒手空拳。龍の一族にとってそれは無防備とは言わない。無謀とも呼ばない。何故なら肉体そのものが人の域を超越した存在だ。
掌底に触れた鉄筋コンクリートが抉られる。撃ち出される無数の破片が散弾となって迫るのを左手の防護魔術円で防いでいた。
セキは距離を詰めながら腕でビルの壁を削り落としていく。自重によって傾いていき、頭上に覆い被さる超質量の影。
規格外の銃弾を放ち、牽制すると「ブラッド」はのしかかるビルを一瞥して即座に窓ガラスを破って中へ飛び込んだ。
その勢いのままに垂直に等しい足場を駆け上がり、滑り落ちてきた皿を手にすると向かいのガラス戸に投げつける。
パリンと音を立てて、そこへ飛び込んできた人影に向けて発砲した。
抜けてきたところを狙っていたセキは読みが外れる。咄嗟に弾丸を腕で払うが、立て続けの銃撃に防御を崩された。
壁を蹴り上がる「ブラッド」は倒壊するビルを抜けると、空中でセキを横殴りに蹴り飛ばす。
流石は極東の職人技というべきか。ドミノ倒しのように崩れることはなく、隣へもたれかかる形でずり落ちていくと地響きが重く、低く、鈍い音と共に夜の新都を揺らした。
横倒しになったビルに降り立つ二人は睨み合うが、互いに決定打を欠いている。当然それが打ち止めとなることはなく、まだ秘めたる技があることは明白だった。
セキは笑みを崩さず、また「ブラッド」は眉をずっとひそめている。
「魔術師とやらは貴様のように武芸達者な者が多いのか?」
「いいや。むしろ俺が
拳を交わし、言葉を交わす内に奇妙な友情のようなものが芽生えつつあった。言葉少なに殺意をぶつけ合うだけだった「ブラッド」も言葉に応じる。
願わくば今少し拳を交わしたいところ──しかし、セキの思いとは裏腹に、女性を肩に担いだファングが戻ってきた。顔がすでにげんなりとしている。
「戻ったか」
「戻んなきゃよかったと今後悔してるとこ。サイレンが近づいてるからそろそろ潮時」
「なに、もうか? 仕事が早過ぎるだろう、これだから極東は!」
「アンタが遊んでるからでしょーが。そっちの怪獣さんはどうすんの?」
「誰が怪獣だテメェこの野郎……」
「ん」と、顎で指し示すのは見る影もない繁華街。
この惨状を見た上で、自分がどれだけ被害をもたらしているのか鑑みてほしい。──目で訴えられて「ブラッド」は天を仰いだ。
「とっ捕まるとクソ面倒だから俺は一足先に帰る。怪獣さんも行く当て無いならうち来る?」
ファングの提案に顔を明るくしたのはセキ。
「それはいいな! お前とは是非今後とも手合わせ願いたい!」
「アンタは本土に帰りなさいよ。仕事あんでしょ」
「むぅ」
唸る大男。図星を指摘されて不満顔だ。
「ブラッド」は突然の提案に困惑している。
「ま、アンタの勝手にしてくれ」
言うなり、ファングは一目散にその場を後にした。セキも続き、さてどうするかと「ブラッド」も考え──誘いに乗ることにした。
◆
「五光挺身隊」が現場に到着した時にはすでに無人の廃墟が広がるばかりだった。
「御用改めである! ──なんて言っても、もういねぇか」
黒い陣羽織を着た男は肩を落とす。腰に佩いた太刀を揺らし、現場を見て回る。生存者なし。
遅れて停まる特殊任務装甲車両から降りてきた財団の特殊部隊と顔を見合わせる。首を振り、収穫なしとだけジェスチャーで伝えた。
「下手人は遁走して姿形も証拠もなし。見事な引き際だと惚れ惚れするね」
「……捜索の方は?」
「やるだけ無駄だわな。ま、そう遠くには行っていないとは思うが……やぶ蛇つついて噛まれたくはないさ。せっかく持ち直した極東の情勢をわざわざ悪くするのも、なんというかまぁなんだ。──
◆
──ファングの住処へ一度戻ることになった面々は、ロビーに集まっていた。
セキはと言うと、ブランド品のスーツが台無しになってもニコニコ上機嫌。
怪獣……もとい世界を敵に回している「ブラックヒューマノイド」こと「ブラッド」は警戒心を露わにしながらも来客用のソファーに腰を落ち着かせていた。
そしてもう一人。気を失っていた女性も寝かせている。
応急処置を済ませてあとは目を覚ますのを待つばかりだった。
「さぁて、と……とりあえずなんか飲む? あったかいのと冷たいのどっちがいい」
「さてなぁ。俺は緑茶だ。ブラッド、お前は」
「……ホットコーヒー。砂糖はいらん」
「あいよ」
素早くロビーの裏に姿を消すが、すぐに戻ってきた。
電気ポットを持って。
目の前でインスタントコーヒーを淹れて、セキにも緑茶を渡す。
「お前さぁ……」
「なんで怪異潰してんの?」
話題の切り込み方は有無を言わせなかった。ファングは単刀直入にブラッドへ尋ねる。
応えるべきか言い淀む相手に、思い出したように手を叩いた。
「あぁ、そういや自己紹介してなかったっけ。俺はファング・ブラッディ。一応、便利屋の所長ってことになってる」
「便利屋? んじゃここ事務所か?」
「事務所兼応接室兼自宅」
兼ね過ぎだろう。
「俺は名乗った。セキの旦那も名乗った。アンタの名前は? このままブラッドで通すつもり?」
「……だったらなんか困るのかよ」
「俺と名前被るからややこしい」
「コイツ……」
どの視点で物言ってるのかわからないが、なんというか腹立たしい物言いだ。
コーヒーを口に含んでからしばしの沈黙が流れる。
──腹をくくったのか、顔を挙げた。
「……エヌラスだ。怪異潰して回ってるのは単なる人探しのついでだ」
「人探し? そんで世界中飛び回って怪異潰して回って世界を敵に回してんの? クソ迷惑なことしてんなー」
「テメェは喧嘩売ってんのか?」
「いや率直な感想を述べただけ。で、エヌラスさんは誰探してんの?」
「……テメェには関係ねぇだろ」
「仮にも便利屋なんでぇ。人探しのお手伝いでもしてやろーかなと思って?」
前髪の隙間から覗く左目。刀傷が覗く。しかし、鋭利な視線を気に留めずファングは考える素振りを見せた。
「無許可の怪異退治、こいつは財団と秘密結社の双方にとって不利益な話。なんせ目的は違えど世界各地の怪異を探して回ってるのは同じだから。で、魔術師なんだっけ。それがどうして協会に追われる身となっているのかと考えると、なんかやらかしたと考えられる。一度協会は滅んでるから今の新体制にそぐわぬ研究なり何なりやったんでしょ。
──あるいは、旧体制を破壊した張本人。それに縁のある人物、ってとこ?」
エヌラスは言葉を失う。正真正銘、ファングとは初対面だ。自分の素性を語ってもいない。
「……テメェ、何者だ?」
「御覧の通り、ただの便利屋さんでーす」
ヘラヘラとしまりのない顔をしているが、それは嘘だ。コイツは顔を取り繕っている。だがその本性がわからない。定まらない。掴みどころのない凶器をちらつかされている感覚は居心地の悪さを覚える。
「──ん、んー…………ぅ……」
もぞりと動く女性の姿に、小さなうめき声。そちらへ注意が向いたファングが腰を上げると、小さく頬を叩いた。
やがてそれに気がついたのか、強く目を閉じてからゆっくりと目蓋を開けた女性は目の焦点が定まらないのか目を細めている。
「おはようございまーす。今深夜二時です」
「嘘こけ、まだ一時じゃねぇか」
「すげぇ。そっこー横槍飛んできた」
天井を見て、それから自分が寝かされている事に気づいて。身体を起こして頭を押さえる。
「……んー……ここ、どこぉ……?」
「便利屋の事務所でーす」
「……なんか、首痛いんだけど」
「リウマチ」
「ちげぇだろうが息をするように嘘こくなテメェ」
ファングの冗談を即座に訂正するエヌラスに、セキが腕を組んでいた。
「……もしかして貴様、面白い奴か?」
「おーなんだその面白いって言葉の意味はバカにしてんのか?」
「なんでそんな喧嘩腰なんすか野良猫っすか」
「喧嘩売ってんだなテメェは!!」
「……あのさぁキミら。仮にも具合悪い女の子放置して男同士で盛り上がるのどうなのさ?」
眉を寄せて不機嫌MAX。
人の心配をしろと言いたげに睨む女性に、ファングが素早く水を差し出した。
それから軽く自分たちを紹介する。──もちろんセキはただのオッサンということにして。
「いや失礼、拾い物が賑やかですいません」
(あの野郎あとでぶん殴ってやる……)
エヌラスは密かに決めた。
「とりあえず順を追って話聞いていきますね。お姉さんのお名前は」
「……ユウコ」
「なるほど。ユウコさんは飲食街の前で倒れてたんですけど、心当たりは?」
「心当たり……警報が鳴って……騒ぎが起きて……それでみんなと逃げて……私逃げ遅れて……」
「吸血鬼の仕業だ。繁華街はすでにゾンビだらけだった」
セキの言葉にユウコは驚いている。それもそのはずだ。自分が怪異に襲われたなどと一般人にとっては命に関わる事態だ。
見る見る青ざめていく。
「え、じゃあ……私、吸血鬼に噛まれたってこと!?」
「ユウコさんは吸血鬼についてどれくらい知ってます?」
「吸血鬼ってアレでしょ、噛まれたら吸血鬼になっちゃうってやつ!」
「うーんざっくばらん。まぁそうなんだけど。んじゃちょっとばかり詳しく授業」
ファングは指を二本立てた。
「吸血鬼にも二種類。ひとつ、生まれつき吸血鬼の「真祖」。ふたつ、真祖の眷属である「使徒」。ユウコさんが噛まれたのは後者。本来なら使徒に噛まれた人間も吸血鬼のウイルスに感染して使徒となるんだけど──なんかユウコさん、ピンピンしてるし」
「え? うん。なんか最初は頭ぼーっとしてたんだけど、今は普通かな」
「となると、ユウコさんは吸血鬼の適性試験に合格したってことになる」
「なにそれ全然嬉しくないんだけど……」
でしょうよ。エヌラスは同意しながらコーヒーを啜る。
「使徒に成り損なった人間ってのはゾンビみたいに動く死体になる。まぁ面倒だからゾンビでいいんだけど、曲がりなりにも使徒だからゾンビに噛まれても増える。これが
「……ん、オーケー。ばっちり理解できる! それで?」
(立ち直りはえーな、この女)
感心しつつもファングの知識に耳を傾けた。
「それで、便宜上“吸血鬼ウイルス”って呼称するけど実際は怪異の「色」に感染──まぁこれはいいや面倒な話になるし長くなる。ユウコさん。ちょっと「いーっ」てしてみて」
「え? い~~」
綺麗な歯並び。瑞々しい唇から覗く白い歯。
長く伸びた犬歯が鋭い輝きを見せた。
「あー吸血鬼だわこれ」
「綺麗に吸血鬼っすねー」
「歯が綺麗だな」
三者三様の感想だが、信じられないという顔をするユウコにファングが手鏡を渡す。自分の歯並びを見て顔を覆って落ち込んでいた。
ちょっと現実を受け止めきれないらしい。
「マジかぁ……マジでぇ……? 私吸血鬼になっちゃったわけぇ!? ねぇこれなんとか治せないの!? この先の人生ずっと吸血鬼とか考えられないんだけど!」
「そっすねぇ。治療方法がないわけじゃないんですけど」
「教えて!」
「感染源をぶちのめす。以上」
「よーしわかった! 引っ叩けばいいのね私のこと吸血鬼にした元凶!」
ふんす、と気合をいれてソファーから立ち上がろうとしたユウコが貧血で身体を揺らす。それを優しく支えながらファングが再び座らせた。
「やー、そのへん詳しく話すとちょっとややこしいっつーかなんつーか。とりあえず夜も遅いんで明日の朝話しましょ? 部屋案内するんで。立てます?」
「うー、クラクラする……ごめんねぇ、助けてもらったのに泊めてもらっちゃって……」
手を引いて寝室まで案内する後ろ姿を見送ってから、セキはぬるくなった緑茶を飲み干した。
「さて。ひとまず話は終わったな。俺も仕事があるのでここらで帰らせてもらう」
「……なぁ。なんであの女助けたんだ? 放置しといたら病院に連れていかれるだろ」
「怪異に感染した場合。財団に身元を引き取られて一生飼い殺されるだろうな」
「────そうなのか?」
「なんだ、知らんかったのか。だから、というわけではないがファングはそれを知ってて彼女を連れて帰ってきたんだろう。貴様には俺の連絡先を渡しておく、なにかあれば電話してくれ」
渡された名刺を一瞥もせずにポケットに入れて、エヌラスは手を振って見送る。
それと入れ違いになる形でファングが戻ってきた。
「あれ、セキの旦那帰ったの? 仕事あるって言ってたし、いいけどさ」
「…………」
「なんすか」
「……いや、別に」
案外いい奴なんだな、と言おうと思ったが。なんか癪なのでエヌラスは口を閉じた。
「あーそうだ。一応アンタの部屋も準備しといたから、はい部屋の鍵」
「……いいのか?」
「タダじゃないからそこんところよろしく」
──かわいくねぇ奴だなコイツ……! とはいえ部屋の用意をしてくれただけ感謝はしておく。
「ありがとうよ……!」
「どういたしましてぇ」
嫌味と皮肉たっぷりな言葉に銃を取り出しかけるが、自分が大人であることを踏まえてエヌラスは我慢することにした。
階段を上がっていく足音が遠ざかってから、ファングはソファーに腰を落ち着かせる。
身体を横にして、足を投げ出して力を抜いて天井を見つめて──。
「……いやぁ暇だなぁ」
しみじみと呟いた。