アウトサイダーズ狂想曲   作:アメリカ兎

4 / 8
第三話 賑やかな朝食一部大惨事

 

 ──翌朝。

 客室で目を覚ましたユウコはまだ倦怠感の残る頭と身体を跳ね起こし、自分を覆うシーツを三つ折りにした。

 格子窓から差す朝陽がいつもより眩しく感じた。モヤのかかる頭で昨晩の出来事を思い出す。

 

 同窓会に出席して、無事に終わって二次会。古き良き友人達と恋バナなんかで盛り上がったり男達と仕事の話をしてた矢先に鳴り響く怪異発生の警報。店員の避難誘導に従って外に出て、人混みの中で友達とはぐれて、それから──誰かに、後ろから掴まれて。

 

 首の違和感に包帯を指先で触れると、まだ痛みが滲んだ。

 客室の鏡で自分の顔を確かめる。

 赤い瞳。栗色の長い髪、お手入れ完璧。昨夜はお風呂キャンセルしたけど不可抗力。

 珠のお肌は少し汚れていたが、後でお風呂借りれば万事解決。

 シャツにジャケット、ジーンズ、それとハーフブーツと女の子らしからぬストリートスタイルの私服だが絶対これは幼馴染の影響に違いない。私悪くない。解決。財布よし、携帯よし。所持品完備。

 

「……いーっ」

 念のため確認。

 鏡に向かって歯を向ける。犬歯はばっちり伸びて吸血鬼。ちょい落ち込む。

 吸血鬼。その言葉をより明確に意識する。

 

(吸血鬼ーってことは、あれだよね。にんにくとか食べない方がいいのかな? あと十字架とかダメなんだっけ? よく知らないけど)

 極東において怪異というのは討伐対象となる。五光挺身隊に目をつけられる=死だ。例外なくほぼ全ての怪異を斬り伏せてきた極東新政府の守護神。

 関東首都圏が壊滅する最中、皇帝の血筋を救い出しただけでなく自ら極東奪還計画を提案。実行してわずか十年足らずで極東の内政を安定化させた。

 それが怪異だというのだから驚きである。下手な人間より愛国心に溢れていた。それがまま行き過ぎている気もするが、誰も文句は言わないし言えない。

 

 しかし、ユウコにとって大事なのはこれからのこと。本日は日曜日。明日からお仕事の日。楽しくないがお金の為なら背に腹はかえられない大事なこと。

 

「うーん……吸血鬼になっても普通に仕事ってやってもいいのかな。やっぱ食事とか輸血パックとかで済ませないとダメな感じ? どこに売ってんのさそんなもん」

 それはそれ。これはこれ。お金は大事。命の次か、命より大事。なので同じように仕事も大事。

 あれこれ悩んでいると、扉が軽くノックされた。

 

「ユウコさーん、起きてるー? 朝飯ー」

「はいはーい、起きてるよー」

 ダークウッドの落ち着いた雰囲気のある扉を開けると、そこにはファング。確かこの便利屋の所長、という話だが話半分怪しさ半分。

 なんせ若い。自分も二十代の階段を登り始めたばかりだが、同じか下くらい見える。

 

「よく寝れた?」

「うん、そりゃもうぐっすり」

「それは良かった。顔洗ったら下行って先食べてていいんで」

 洗面所と浴場とトイレと場所をサクッと説明するなり、向かいの扉を蹴っていた。どすんと重い音を響かせて。

 

「怪獣、メシ」

「俺の時だけ態度違くねぇかテメェ!」

 即行出てきたのは人相の悪い黒づくめ。寝起きだというのに血圧MAX。しかしそんな相手でも臆さず同じような説明をするとそのまま別な部屋へ向かっていった。

 残された二人の間に流れる気まずい沈黙。それを真っ先に破ったのはユウコ。

 

「……とりあえず、おはよう」

「…………おはよう」

 無愛想というかぶっきらぼうというか。

 なんともとっつきにくい相手だ。髪もなんか野暮ったい。

 

「名前なんだっけ?」

「……エヌラス。別に覚えなくてもいいぞ」

「あっそ。じゃあ君のことは今後怪獣って呼ぶね」

「やっぱ覚えろ」

「だって黒くて目が赤くて暴れん坊って、なんか昔いたじゃんそんな特撮怪獣」

「知らん、そんなん」

 

 顔を洗い、ふわふわのタオルで眠気をスッキリさせるとロビーに降りる。それからその奥にあるリビングに入ると、用意されていた朝食にありつく。

 白米味噌汁焼き魚。漬物。完全和食。

 その献立の中に明らかな異物が皿に盛られていた。──レバニラ炒めである。なんだコイツは。

 

「……なんでレバニラ? いや嫌いじゃないんだけどね。ていうか美味しいんですけど。君はなんか苦手なのある?」

「強いて挙げれば蒸しパンと海鮮」

「海鮮はわかるけどなんで蒸しパン……」

「極めて個人的な事情だ」

 朝食の箸を進めていると、ファングが顔を覗かせる。

 

「お味はいかがー?」

「んー、美味しい! 味噌汁もちょい辛めだけど全然いける。で、このレバニラ炒めはなに?」

「なにって。ユウコさん血を吸われてたわけだし鉄分補給?」

 ほうれん草のおひたしもそのためか。気遣いはありがたいがもうちょっとなかったのかと思いつつ、出された手前文句は言えない。

 エヌラスは無言で箸を動かしている。

 その箸捌きを見てユウコが感心していた。

 

「箸の使い方上手だね」

「そりゃどうも」

「おかわりならあるんで遠慮なく」

「おかわり」

「はいよー」

 早速白米を要求されたファングが厨房から戻ってくると炊飯器をテーブルに置く。しゃもじとお椀スタンバイ。

 

「よしと言うまで盛るぜ」

「おかわりそういうサービスじゃなくない!?」

「盛り過ぎなんだよ山になってるじゃねぇかいいよもうよし!」

「残すなよー」

「テメェわざとか!?」

 山盛りご飯八合目を崩しながら必死にかき込むエヌラスに追加の味噌汁やらレバニラやらが添えられる。大食いキャンペーン開催中の横で、ユウコは便利屋のリビングを見渡す。ひとりで暮らすにしては持て余すスペースだ。米大陸のように土地を余して家のスケールがデカいならともかく此処は極東である。

 

「ここって君の他に従業員いないの?」

「いるけど、ひとりは外に飯買いに行った。もうひとりは地下にこもって出てこない。まぁ多分そろそろ這い出てくると思うんだけどうるせぇのよそいつ」

「こんなに美味しいご飯なのにわざわざ外食〜? なんて贅沢な! おかわり!」

 白米よそいつつ、ファングは相槌を打った。

 

「俺はあんま気にしてないんで、まぁまぁまぁ」

 来客を知らせる鈴が鳴ると、相手はリビングまで迷いのない足取りでやってくる。

 見知らぬ二人の姿を見てやや固まるが、会釈してテーブルに着いた。

 

「言ったそばから戻ってきたコイツはルナリア、うちの会計事務担当。確定申告とか経費の計算とか任してる」

「……男の子?」

「いや女だろ」

 キャスケット帽子を脱ぐと、その中にまとめて隠していた綺麗な青い髪が垂れる。前髪をヘアピンで留めると紙袋の中からハンバーガーを取り出した。

 メンズストリートファッションでスタイルを隠されて判断がつかなかったがエヌラスは即座に見抜いていたことに、ユウコが訝しむ。

 

「なんでわかったのさ」

「勘」

「きっしょ」

「やけ食いだチクショウ! おかわり!」

「もう食ったのかよはえーな」

 今度は適度に盛って渡す。

 ルナリアは気にせず包み紙を開いてハンバーガーを小さな口で頬張っていた。あまり周囲のことを気にしないタイプなのだろうか。我関せずといった具合だ。

 

「ところでユウコさん。味覚になんか違和感とか特にない?」

「むぐっ。言われてみれば普通に食べちゃってたけどもさ。全然美味しいよ?」

 むしろ朝から箸が止まらない。こんなに真心こもった朝ごはんを食べずにチェーン店のハンバーガーで済ませようというルナリアの気が知れない。

 

「なんで?」

「いや吸血鬼相手に飯作るのなんて俺も初めてのことだから、大丈夫かなーと思って。ちょっとにんにく入れたりしたんだけど問題なさそう」

「アレルギー反応出たらどうすんのさ!」

「ごめーんね♪」

 謝る気ゼロ。

 

「ご飯食べながらだけどもさ、もぐもぐ、吸血鬼って治せるの? なんかそんな話昨日の夜した気がするんだけどもぐもぐ」

「少なくとも感染源に支配されるってことはない。吸血鬼と言えば美男美女が定番、んじゃ自分の恋人選びどうすんの、ときたらそりゃ血を吸って奴隷ですよ」

「昨夜の騒ぎでゾンビはほぼ始末したんだから解決してると思うが?」

 エヌラスが口を挟む。繁華街に溢れていたゾンビをまとめて始末した張本人は手応えから結論を出すが、ファングは「いいやぁ?」と肩をすくめていた。

 

「セキの旦那と繁華街に到着した時には既にゾンビの巣窟だった。時間も経ってたしな。だがユウコさんが倒れてた飲食街の方にはほとんどいなかった。んじゃゾンビに噛まれたかと言うと、答えは「ノー」だ」

「なんでそう言い切れる。おかわり」

 味噌汁のおかわりを用意しつつ、ファングは話を続ける。ルナリアはハンバーガーを食べ終えて2個目を開けていた。

 

「正常な思考ができないゾンビは噛みついた相手を食いちぎるから。腹減ってるからな。だがユウコさんの首の咬傷は綺麗な歯形だった。だから犯人は、繁華街で騒ぎを起こした後、避難誘導に従って逃げる人間を狙って犯行に及んだ。その後自分は逃げ遅れたことを装って現場から離れればいい」

 手慣れた手口。かつ合理的な犯行から、相手は吸血鬼の使徒になってから長いと見ていい。

 ひとつ誤算があるとすれば、極東新政府のお膝元。財団極東支部の目が光る新都で犯行に及んだことか。

 

「……それじゃつまり、犯人はまだ近くにいるってこと?」

「少なくとも筺ヶ原にいると踏んでる」

「で、どうやって探すんだ」

 ずぞー。ハンバーガーを食べ終えたルナリアがストローでジュースを飲み始めていた。

 

「そこはほら。ユウコさんの吸血鬼センス次第。そうでなくても、今夜にも向こうからやってくるとは思うけどさ」

「吸血鬼センスって何」

「才能」

「やなんだけど」

 そんなことで才能発揮なんかしたくない。ユウコが手を合わせて食事を終える。腹八分目、実に満足度の高い朝食だった。

 

「まぁその辺は後で話そう。ユウコさん朝風呂入る? 昨夜は慌ただしかったしシャワー浴びるくらいはしたいでしょ」

「むぅ……」

 実はちょっと気にしていたことだったが、細かいとこにも気の利くファングにユウコは小さく頷く。便利屋の所長というより執事のようだ。

 ずぞーずここここ。ルナリアの飲んでいたジュースがなくなると、ストローが底をついた曲を奏でる。視線が投げかけられて、いそいそと片付けを始めていた。

 

 朝食の時間も終わりに差し掛かる、その時である──エヌラスはエレベーターの上がってくる音に気づいた。

 地下にこもっているというもうひとりが出てきたらしい。

 

「クソネミの国から俺参上! 進捗大惨状! 40時間と8時間超えた辺りからなんも思い浮かばなくて白紙のノープランで無計画に着手してたらなんかできちゃった! 認知してください! ところで今何時?」

 朝からテンションMAX。多分寝不足とかの類。

 跳ねた金髪に、人懐こい笑顔。ヘラヘラ笑いながら手を振っている。

 ファングがテーブルを叩いて跳躍すると──問答無用のドロップキックが炸裂した。

 

「大惨事だバカ野郎グッドモーニング!」

「バッドモーニングッ!」

 床に倒れて動かなくなったかと思うと何事もなかったかのように立ち上がり、ファングの肩に顎をのせて唖然とするユウコとエヌラスにゆるく手を振る。

 

「あれ、お客さんじゃん。朝から珍しーに。おはおはー」

「こいつはスロウド・マクウェル。うちのエンジニアとかメカニックとか、なんかその辺の裏方作業の諸々担当してる頭のネジどっかに忘れた青天井バカ」

「はらへったー」

「おめーの飯ならねぇぞ」

「まぁじでぇ!? あ、マジで無いじゃん! アゼルバイジャン! なんかない!?」

「ねぇよボケカス。飯食う時間に起きてこねぇお前が悪い。風呂入って寝ろ、洗ってない犬みてぇな臭いするから」

「うっふ~ん、子犬よ~ん。優しくしてぇ~ん、わを~ん」

「死ね」

「膝裏小僧が致命傷を負い申したッ!!!」

 すぱぁんっ! 小気味よい音を立ててスロウドの膝裏に鋭いローキックが直撃した。その場に崩れ落ちるが、すんすん鼻を鳴らしながら足を引きずっていく。

 

「……のぞいちゃ嫌よ?」

「死の淵覗きてぇならそう言えよバカ死ね炊飯器でも食ってろ」

「──炊飯ジャーのジャーって漏らしてるみたいで興奮しない?」

 

 それはそれは見事なボディブローだった。

 よろめきながらスロウドが階段を上がっていく。寝不足がたたって足を踏み外したのかスネを強打して悶絶する声が聞こえてきた。

 

「……お前、一番まともだったんだな」

「は? なにがよ?」

「賑やかでいいね、君の職場……」

 ルナリアは朝食を終えるなりロビーでパソコンの電源を入れてゲーミングスタイル。

 ファングはこの自由過ぎる職場で唯一まともに仕事をしているように思えてならなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。