アウトサイダーズ狂想曲   作:アメリカ兎

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第四話 吸血鬼探しのためのエコーロケーション

 

 案内された浴室は2種類。シャワールームか大浴場。ユウコは迷わずシャワールームを選んだ。

 服の洗濯諸々はゲーム中のルナリアが渋々やってくれたが、問題は替の服。ルナリアの服を借りようという話もあったが。「胸がなぁ」──というド直球のセクハラ発言がファングの口から出てきた。当然怒られた、ルナリアに。

 

 それでもなにか代わりの服はないかとユウコが尋ねると、部屋から持ってきたのは黒猫の着ぐるみパジャマ。モコモコのモフモフだ。

 

 ……そんなわけで現在。

 服が乾くまでの間、モコモコモフモフのユウコがリビングに座っていた。

 

「さて、朝飯も済んだところでこれからの予定について話をさせてもらっても?」

「はーい」

 エヌラスは少し離れた位置で銃器のメンテナンスを始めている。手慣れた動きで分解して細かな汚れを落とし、油を差していた。

 

「まず。第一にユウコさんを吸血鬼にした犯人をとっちめる。これについてはオーケー?」

「うん、オッケー」

「そのためにはここ、ニュータウン「筺ヶ原」に潜む相手を探さなければならない。だけど手がかり全くなし、お手上げ状態──と言いたいところだけど、そこでユウコさんの出番」

 例の吸血鬼センス、とやらの話らしい。まだいまいち納得も要領も得ていないがとりあえず頷く。

 

「いきなり言われてもわからないと思うから、仕組みについて解説。吸血鬼ってのは基本的に縦型社会。てっぺんに「真祖」がいて、その下にずらっと「使徒」がいる感じ。そんで使徒の中にも序列があって、今ユウコさんは一番下っ端の新入社員ってわけ」

「うーん、なんとなくわかる」

「転勤初日で業務内容、右も左もわかりませんって状態ね。そうなると先輩の力が必要になるわけ。んじゃどの人に聞けばいいのってなったら、そりゃ自分のこと吸血鬼にした先輩ですよ。で、こっから本題」

 それをどうやって見つけるのか。

 

「コウモリが超音波出して周囲の状況を把握できるって知ってると思うんだけど、あんな感じ」

「えー、っとなんだっけ。ソナー?」

「正確にはエコーロケーション、でもそんな感じの認識でオーケー。アレと一緒で、吸血鬼特有の「波長」ってのが出せるし、それを感じることもできる。はずなんだけど。ここまで大丈夫?」

「ん〜、ちょいびみょい。そもそもどうやって出すのとかも全然わかんない」

 急に言われても実感が湧かない。なんなら昨夜まで人間だったのだから、吸血鬼人生始めてまだ半日も経っていない。無理がある。

 

「ま、その辺の説明に関しては俺よりそっちの魔術師さんのが上手いんじゃない?」

「急に俺に話を振るな」

「銃のメンテナンス、スロウドいる時にやるとうるさいからしまっておくことを推奨」

「……そうする。アレにあんま絡まれたくねぇしな。で、吸血鬼の怪音波の話か?」

 てっきり話を聞いていないものだと思っていたが、どうやら聞き耳を立てていたようだ。

 

「魔術師? 君が? そんなどっからどう見てもマフィアみたいなのに?」

「悪かったなマフィアみてーで。俺だってそこまで詳しく教えられるわけじゃねぇんだけど」

「アンタ“魔術学院(カレッジ)”出てねーの?」

「俺は旧体制派だ」

「……考えてもみりゃそりゃそーか。スタンダードスタイルじゃなそうだし」

「はい質問! カレッジって何さ!?」

「魔術師の学校、以上」

「わかったありがとう! ……じゃあ君は不良魔術師ってこと?」

 苦虫を噛み潰したような顔をしているが否定材料がない。

 

「吸血鬼の怪音波っつーのは、同胞探しだったり攻撃手段だったり多岐に渡る汎用性の高さが特徴だ。この周波数は人間の耳に聞き取れない高音、超音波とされるがコウモリと違って怪異だから怪音波って呼ぶ。その周波数も通常のものではないから吸血鬼にしかわからん。その音は耳で聴くって言うよりも頭の中に響くものだとされてる。ま、ようは念話みたいなもんだ」

「……じゃ、どうしたらいいの?」

「習うより慣れろ。ファング、水持ってきてくれ」

「はいよー」

 言われるままに持ってきたのは水をなみなみ注いだコップ。

 

「で、これどうするの?」

「両手で持って」

「はい」

「手を使わずに波立たせる」

「……どうやって?」

「なんつうか、こう……空気を震わせる感じで」

「……できなくない?」

 普通、と言おうとして自分がもう普通ではないことにちょっぴり凹む。だが言われたままに挑戦してみる。

 

「あ、できた」

「……すげぇなお前」

「えーなにこれすごーい」

「んじゃ次のステップ。手で触れずにそれやってみろ」

 そろそろと指を離してみると、微弱な揺れを見せていた水面が徐々に弱まった。

 再びコップを掴むと勢いが戻る。そこからまた離してみると、再び弱まった。

 

「むむむむむ……、これ難しいんだけど!」

「んじゃ無理しなくていい。次。目を閉じて、なんとなくでいい。さっきの要領で「なんかいる」って感覚を掴んでくれ」

「なんかって、なにさ」

「あー……そうだなぁ……頭から音波出すイメージをして、それが反響してくる方角に吸血鬼がいるはずなんだ」

「……やってみるけどさぁ」

 なんとなく、それっぽいポーズをとってみる。こめかみに人差し指を当てて、眉間にしわを寄せて電波を発するイメージで。

 

「ん~……!」

 自分を中心にして、周囲の状況がぼんやりと脳裏に浮かぶ。どこに何があるか、誰がいるのか。便利屋の間取りまで。

 うっすらとだが、違和感を覚える方角があった。ユウコが発する音波をかき消すように波立つ周波数の方角に身体を向ける。

 

「なんか……あっちっぽい? 多分だけど。自信ない」

 ユウコが指し示した方角に何があるのかファングが思い出す。

 

「旧都方面だとまだ新規開発途中の現場が沢山あった気がするんだけど。となると考えられる線としては、現場仕事で派遣されてきた大陸人か。それでいて繁華街に足を運んでいた人物となるとこっちで調べられる」

「本当に?」

「電話一本で十分。お、どうしたルナリア。あぁ、ユウコさんの服乾いたってさ」

「…………」

「んじゃ私着替えてくるね。ルナリアちゃん、パジャマありがとうね。着心地いいねーこれ」

 女の子二人で仲睦まじく離れていくのを見送ってから、ファングは頬杖をついてテーブルを指で叩いていた。

 ととととん、ととととん。規則的な音を鳴らして、まるでリズムに合わせて自分の思考を整理するように。横目で見ていたエヌラスからの視線は明らかに警戒していた。

 

「なにか?」

「──テメェ、何者だ?」

「なにが?」

「ただの便利屋、にしちゃ知りすぎなんじゃねぇのかってことだ。魔術協会の旧体制が崩壊した話なんて早々知られてないはずだぞ」

「んー? まぁほら。結構危ない橋を渡ることもある職種なんでねー。その過程で知っちゃいけないことも知っちゃうわけよ。色々と。情報が命綱だからさ」

「そんな奴が。どうして極東で暮らしてるんだよ。それこそおかしいだろうが」

 体の良い便利屋、というだけならば近隣住民のささやかな悩みを解決するだけで間に合う。だがファングの言う便利屋とは、あまりに異分子(アウトサイダー)と裏社会に精通している。共に行動していたのが龍紋会当主であることを鑑みても、明らかにおかしい。

 

「一言で説明するなら。休暇」

「はぁ?」

「人生に必要なものってなんだと思う?」

「……急に哲学的な問答だな」

「色々あると思うけど、個人的には「余裕」だと思ってる。隙間だと思ってくれていい。心の余裕、時間の余裕、金銭面での余裕。なんでもいい。人生の義務ってのを果たす合間の時間、暇とか退屈とか余暇とか色んな言い方はあるだろうけどさ。ま、とにかく俺はこれまでの人生でそういう余裕のない生活を送ってきた。だからいー加減飽きてきてさ」

「……それで、休暇がてら極東で便利屋稼業か?」

「そういうこと」

 よくわからない。だが、確かに歳不相応に思える達観した姿勢に納得もいく。同居人にして同業者である二人もファングに誘われて極東ライフを満喫しているのだろう。

 

「あぁ、ユウコさんの護衛はそっちに任せるから。よろしく」

「……なんで俺に」

「寝床と飯食わした恩を返すくらいの義理は果たしてほしいんだけど?」

「……………………」

 何も言い返せなかった。そこまで見越して自分を引き入れたのかとさえ勘ぐってしまうが、エヌラスは考えるのを辞める。

 着替え終わったユウコが戻ってきた。

 

「ファングくん、とりあえずなんか色々ありがとうね! お風呂とかご飯とかベッドまで借りちゃって」

「いえいえ別に気にせんでええですよー、あっはっは。ところでユウコさん、今日はなんか予定あります?」

「あ~……無かったんだけど、さっき友達から鬼のようにメッセージ連打されててさ……これから会いに行かなきゃいけないんだよね。大丈夫かな」

「んじゃエヌラスさん護衛に連れていけばいいじゃん」

「ハァ!? 俺が!? なんでだよ!」

「いーじゃん暇でしょ」

「……! ──、! ────、ッ!!!」

 エヌラスは何も言い返せずに天井を仰ぎ見て、振り上げた拳を下ろした。

 

「暇だけどよぉ! 言い方ってもんがねぇのかテメェ!」

「キレんなよー、余裕のない人生送ってんなー。心の狭い大人ですこと」

「ッッッッ!!!!!」

 銃を抜きそうになったし、なんなら撃つ寸前までいったがどうにかこうにか自分自身の理性が駆けつけて間に合ってくれたらしく事なきをギリギリ得る。落ち着け、俺は大人だ。少なくとも目の前のこのクソガキよりかは精神的にも肉体的にも成熟している至極真っ当ではないかもしれないがそれでも大人ぁ!

 ──エヌラスは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出して顔を手で覆う。

 

「今日明日で世界が滅ぶわけでもないんだし、ゆっくりしてけばいーじゃん。遊ぶ金渡しておくからさ」

「え、いいよいいよそんなの! お世話になったんだし、そこまでしてもらわなくても!」

「んじゃそっちの怪獣の餌代だと思って」

「それならまぁ……」

「口から熱線吐くぞテメェら……!」

「知ってんじゃん、特撮怪獣」

 絶対餌代使い切ってやる──そう心に決めた。

 

 

 ユウコとエヌラスの二人が出ていってから、事務所が静寂に包まれる。そこへスロウドが階段から降りてきた。

 

「寝ようかと思ったんだけど、なんでアイディアって人が寝る直前に突然出てくるんだろうね」

「寝ろよお前はマジで」

「で。()()()()? ユウコさんのあれこれ世話焼いているのは暇つぶしの一環?」

「たまにはトラブルに首突っ込んでおかねえと退屈で死にそうだ。平和過ぎんだろ極東」

「言えてる。そういやリョウカさんとかいつ頃戻ってくるん?」

「今日中にでも連絡くると思うんだけどなー。でもアイツ、空港通れっかなー」

 極東の鎖国令が解除されたとはいえ、それでも入国管理局の目は厳しい。違法入国など言語道断、五光挺身隊の粛清対象待ったなしだ。とはいえ、正式な手続きさえ踏んでいれば問題ない。

 

 それが例え怪異だとしても。

 

「──スロウド。俺のこと、人前でそっちの名前で絶対に呼ぶなよ」

「もちもちのモチ。一応俺達“休暇”ってことで来てるからねぇ。そんじゃ地下こもりまーす! 忘れない内に形にしとかないと明日の俺が困るから!」

「それはそれとしてお前はマジで寝ろよ」

 敬礼しながら地下へのエレベーターに乗り込んだスロウドを見送ってから、ファングは電話をかける。

 

「──もしもし、セキの旦那ですか。おはようございます。ちょっとお尋ねしたいことがあってですね。今お時間大丈夫ですか」

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