アウトサイダーズ狂想曲   作:アメリカ兎

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第五話 友達親友マブのダチ、持つべきは生涯最高の友

 

 

 新都「筺ヶ原」の郊外、雑木林に覆われた立地にファングの便利屋はポツンと建っていた。都市の喧騒は遠く、これでは顧客が足を運ぶのも一苦労だろうに。採算度外視、事務所というよりもこれでは別荘のような佇まいだ。

 外に出て、真っ先にユウコは目の痛みを訴えた。次に肌をちくちく刺すような痛み。

 

「うー、目がいたい……肌もなんかピリピリする……」

「吸血鬼は日光に弱いからな」

「陽射し浴びても平気なものなの?」

「そもそも吸血鬼が日光で灰になる、なんて伝承は後付けだ。昼間出歩かないのは日光が弱点というよりも単に寝てるだけだって話だしな」

「ロマンの欠片もない話だぁ」

「ほれ」

 エヌラスが懐から差し出したのはサングラス。スクエアフレームに黒のレンズ。

 

「気休め程度に掛けとけ」

「ありがと。でもなんでサングラスなんか持ち歩いてるの? もしかして君も日光弱い感じ?」

「……人相が悪いっつーのもあるが、似たような理由」

「もうちょっと身だしなみ整えた方がいいんじゃない? 怪しーし。黒一色は。私より吸血鬼みたいじゃんその格好」

「悪かったな、そんな暇無くて──」

 

 口走り、先ほどファングに言われたことを思い出して自己嫌悪。

 

『余裕のない生活してんなー(笑)』

 

「どしたの、そんなとこに屈み込んで?」

「改めて自分の生活を見直して激しく自己嫌悪してるとこだ……!」

 それとファングに対する怒りを燃やしている。

 

 雑木林は緩やかな曲線を描いて町に続いており、ジョギングコースにうってつけだ。川を越えて、都市の喧騒が聞こえてくる。

 繁華街方面は朝からフル稼働。財団の調査部隊と瓦礫の撤去に新政府から派遣された業者が重機を動かしていた。

 今は財団のホログラムドローンによる警戒区域指定も解除されている。

 

「ホログラムドローンとか、初めて稼働してるとこ見たけどすごいね」

「ニュータウンの信号塔はドローンの充電スポットらしいしな」

「え。あの電柱のこと?」

「そうだよ。俺も詳しくは知らん」

 高さ12メートル、等間隔に建てられた白く無機質な信号塔は周囲の異象濃度を計測していた。

 怪異が発生、観測された場合には直ちに起動し、ホログラムによる遮断幕が下ろされて避難誘導が開始。ただし、あくまでも安全圏までの誘導であり、近隣のシェルターまで避難すること推奨。

 

「これから会いに行く友達ってのは、仲良いのか?」

「うん、めっちゃ仲良し。マブのダチ! 小学校から高校卒業までの10年間ずっと一緒だったの、すごくない!?」

「そりゃすげーな、人生の半分くれーその友達じゃん」

「君は仲良い友達とか誰かいないの?」

「いねぇな。作ろうとも考えなかったし」

 どういう人生を送ってきたら人となりを作らずに生きていけるのか。ユウコには想像もできなかった。

 普通の女の子としてこの国に生まれて、気心のしれた友達に囲まれて、社会の荒波に揉まれて。これから先の人生で幸せになれたらいいな。目指せ大富豪──という夢は儚く崩れ落ちたけど。

 それでもまだなんとか持ち直せると信じている。

 

「魔術師って陰キャっぽいよね」

「読書家、あるいは勤勉家。それか狂信者。どれでもないならただの奇人変人の巣窟だよ。魔術師なんて職種は」

「……んじゃ君は?」

「ただのバカ」

「彼女とかいないの?」

「女の子って他人の恋バナ好きだよな……」

 自分のことを「女の子」扱いしてくれることに、ちょっと心が浮き足立つ。ちょっぴり嬉しい。だがエヌラスは恋人の有無に返答することなく歩いていた。

 

「で。結局いるの、いないの?」

「今はいない」

「じゃあ。昔は、いたんだ」

「そういうお前はどうなんだ」

「え」

 思わぬカウンターにギクリと身体を硬直させる。

 

「人のことからかうくらいなんだからいるんだろ?」

「あー……うー……えー、と……大変申し訳ありませんがー……」

「なんだ。いたことすらないのか、残念だな」

「ちげーし! いや違くはないんだけどちげーから! ちゃんと理由があんの、それには!」

「どんな理由だよ」

「……これから会う友達」

 

 

 待ち合わせ場所は駅前広場の公園。都市景観の向上を名目に植えられた街路樹の木陰に設置されたベンチに腰を下ろし、人々は憩いの場として利用していた。

 広場の中央には御神木とされるクスノキがそびえ立っている。幹のしめ縄は「五光挺身隊」創立者である五人の手で巻かれたという話だ。厳かな雰囲気にも納得がいく。人によっては威圧的で恐怖感を覚える場合もあるという。

 

 その、荘厳なクスノキの下。

 腕を組んで仁王立ちしている女がいた。

 

 目立つ。そりゃもう目立つ。なまじ気丈な顔立ちをしているからなおさらに。

 綺麗な艶のある黒髪を高く結い上げたポニーテールにして、ふんぞり返っている。

 剣呑な空気をまとっている姿は今から決闘か果たし合いにでも望む武士のようだ。実際はただの待ち合わせで待っているだけなのだが。

 

 遠巻きに眺める人々の視線も意に介さず、ただ街の時計を見ていた。これをナンパしようという男は命知らずと評価されるだろう。

 上着から靴に至るまで色気無し。露出なし。男装の令嬢、というよりも軍の女という空気だ。

 

「……ユウコ、あれか? 待ち合わせしてる相手」

「うん、あれなんだけど……」

 近づきたくねぇ。エヌラスは素直な感想を抱いた。

 しかしユウコは腕を掴んで無理やり引っ張ってずんずんと近づいていく。すると相手も待ち人来たれりと顔を向けて剣呑な空気が柔らかくなった。

 

「やっほー御姫ー」

「やっほー、ではない! おれがどれだけお前のこと心配してたかわかるか! 昨夜の事件を聞いてから不安で眠れないなんてことはなかったが!」

「ぐっすりじゃねぇか……」

 しまったつい癖で。思わず口をついて出るツッコミに、耳聡く目を向けてくる。

 

「おいユウコ、こいつはなんだ」

「えーと。とりあえず目立つからどっか喫茶店入ろっか御姫!」

「おう、そうするか!」

 

 

 逃げるように近場の喫茶店に入り、奥のテーブル席に着く。何も頼まないのも悪い、茶飲み話ついでにそれぞれ飲み物と菓子を注文する。

 あらためて。

 咳払いを挟んで、ユウコはエヌラスに相手を紹介した。

 

「こちらの方は御門(みかど)剣姫(つるぎ)。剣の姫と書いて、剣姫。通称、御姫」

「おう、よろしく頼む!」

「で、御姫。こっちはエヌラス」

「よろしく」

「うむ」

 返事がなんとも男らしい。ユウコが言っていた意味がわかった。

 こんなんが身近にいたら下手な男で満足できるはずがない。さぞ同じ学校の男子達は苦労したことだろう。

 

「さて、ユウコ。まず順を追って説明してもらおうか。あれから何があって、なんでこの男と一緒にいるのか。──まさか彼氏とかではないだろう」

「「いや、それはない」」

 二人が声を揃えて、即座に互いを睨む。

 

「あー、御姫さん?」

「剣姫でかまわん。御姫でもいい。つーちゃんとかひめちゃんとか呼んでくれてもいいぞ、ふふん。なんせおれは心が広いからな。というか男から親しげに呼ばれたことなどないからそう呼んでくれ、親しみを込めて」

「……御姫でいいか?」

「よきにはからえ! して、なんだ」

「昨夜の事件が起きた時、どこで何してたんだ?」

「おれか? おれは同窓会の一次会が終わり次第帰宅した」

 繁華街で起きた事件は深夜。ユウコは同窓会の二次会として繁華街に友人たちと向かったと言っていた。となれば、剣姫は現場にいなかったということになる。

 

「家でぐっすり寝ていたところだ。それで今朝起きたらこの極東で怪事件発生の報道があってな。真っ先にユウコに鬼スタンプ連打した」

「スタンプ爆撃されました」

「だが無事なようで何よりだ。……全員、というわけではないが。なんだ、ニュース見ていないのか?」

「あ、……うん……そう、なんだ……ごめん」

 見るからに落ち込む姿を見て、しかし剣姫は話の矛先をエヌラスに向けた。

 

「で、次はお前のことだ。何者で、どうしてユウコと行動を共にしている」

「怪異退治のエキスパート、っつうか職業っつうか」

「ほう、オカルトハンターか。奇特な仕事をしているのだな」

「……まぁそれでいいよ。怪事件の現場でコイツが倒れてて、知り合いのとこ連れてって保護したんだ。怪異に目をつけられている可能性があるからボディガード代わりに同行してる」

「ふむ、そうだったか。確かに見たところ真っ当な人間のように思えんしな。財団側のエージェントだというわけだな」

 ちょっと違うが、訂正するのも怪しまれる。そういうことにしてくれるのなら御の字だ。

 

「それで。今のところ危険はないのか?」

「今のうちはな。ただ、夜に仕掛けてくる可能性がある」

「そうか。なら頼む。おれの大事な親友だ」

「頼まれなくたって護衛はするから、そこまでかしこまるな。調子狂う。というか、そっちこそいいのか? こんなどこの馬の骨かもわからん男に任せて」

 ふむ、と剣姫は一度腕を組んで顎に手を当てて考え込む素振りを見せる。

 凛とした瞳で真っ直ぐに、それこそもう剣を突きつけるかの勢いで真っ直ぐにエヌラスを見据えていた。

 

「悪人面だが、お前は悪い男に見えん。だから大丈夫だと判断した」

「どこにそんな判断基準があるんだ?」

「おれの勘だ」

「すげぇ自己肯定感だな……」

「さて、ユウコ。しょげているところ悪いがひとつ聞くぞ」

「なぁに御姫……」

「おまえ、おれになにか隠し事をしていないか?」

「──えぅ?」

 新手のオットセイみたいな鳴き声を挙げてユウコが硬直する。

 

「いつもの元気がない。覇気がない。勢いがない。愚痴のひとつも飛んでこない。という時は大体なにかおれに言いにくいことを隠している時だ、違うか?」

「えー、あー、そのー、なんで?」

「付き合いが長いんだ。それくらいわかる。おまえが後ろめたさを覚える必要性などない、おれに任せて前だけ見ていろ」

 目を泳がせていたが、助け舟を求める視線がエヌラスに止まった。どうしたらいい?とでも聞きたそうにしている。

 友達というものがどんな関係なのかはよくわからない。だが、長い付き合いの間柄で隠し事を通すなんてそれこそ無理な話だ。

 

「話していいんじゃないか。本人もああ言ってるんだし。それとも信用ならないか、10年来の親友が」

「そんなわけ──ないじゃん……」

「ならいいだろ。荷物持ってもらっても」

「……ん。あのね、御姫。実は──」

 

 意を決して、自分が吸血鬼になってしまったという話を打ち明ける。

 それを真剣な表情で聞き入れて、剣姫は頷いていた。

 

「なんだ、そんなことか」

 

 思いのほか、あっさり受け入れた。しかも「そんなこと」扱いである。

 これには流石のユウコも面食らっていた。エヌラスも拍子抜けする。

 

「そ、そ、そ──そんなことぉ!? 私の一大事が、そんなこと扱い!?」

「落ち着けユウコ、店の中だぞ」

「あ。すいません……」

 店中から集まる視線に頭を下げて、声のボリュームを落とした。

 

「ん? なにかおかしな話か?」

「アンタそりゃ普通に考えたら一大事でしょうが! 自分の身の危険とか覚えないわけ?」

「いやまったく。仮にそうだとして、お前が死にそうだったら遠慮なくくれてやる。おれの血などいくらでも持っていけ」

「いや、だから」

「おまえこそなんだ、ユウコ。おれを誰だと思っている。無礼千万極まりない」

 自分の胸に手を当ててふんぞり返る。ふんす、と鼻まで鳴らして。

 

「安心しろ。吸血鬼になった程度でお前との親愛は揺らぐことなど決してない。墓まで持っていくつもりだ。だから気にするな」

「……御姫ぇ~~~、ありがとぉ~~……!」

「はっはっは、泣くな泣くな。お前は笑って怒って忙しいくらいがちょうどいい。そんなお前を見てておれも気分がいいしな!」

 ずっと不安だったのだろう。緊張の糸が不意に途切れたせいで感情が溢れ出るユウコは泣き出していた。

 つけいる隙のない二人の関係を横で見ていたエヌラスは注文していたブラックコーヒーを口に運ぶ。

 

「……なるほど、確かにこりゃ彼氏作ろうとか思わねーわ」

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