アウトサイダーズ狂想曲   作:アメリカ兎

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第六話 便利屋「ウルフェンリート」

 

 

 機嫌を直したユウコの気晴らしも兼ねて、剣姫と連れてこられたのは大型ショッピングモール。その紳士服売り場を前に、エヌラスは眉を寄せた。

 

「──と、いうわけで」

「君の服を買いに来ました」

「なんでよ」

 素朴な疑問。素直な反応。

 エヌラスの問いに、ユウコが鼻先に指を突きつける。

 

「ったりめーでしょーがよ! そんな頭のてっぺんから靴の先まで黒一色の怪しさ満点の服装で町中歩いてたら目立つに決まってんでしょーが! ヒットマンか!」

「そうだそうだ。もう少しそれなりに小洒落た格好をするがいい! 金なら出す!」

 つまり、二人の着せ替え人形になれ、ということだった。

 別に着る服に困ってはいないが、隣に立つ相手のことも考えたファッションに身を包めという苦言を呈されて何とも言えない顔をするしかない。

 言うや否や、服のサイズであーでもないこーでもないとユウコと剣姫が言い合う。

 

 そんな盛り上がる二人をよそに、エヌラスは魔術で自らの知覚を強化する。外部に魔力を発すれば財団の信号塔に検知される可能性があるが、内面の強化に留めれば問題はない。

 視覚の強化。視神経が捉えられる情報の拡大。当然その全てを受け止めれば情報を処理する脳がパンクする。

 情報の取捨選択によってダメージを最小限に、即座に必要なものだけ選び取ることがコツだ。

 

 エヌラスが建造物の中をぐるりと見渡して、怪異に類する波形が無いかを確かめる。──いないことを願ったが、運悪くそちらと目が合ってしまった。

 仲間を連れておらず、単独行動。しかしその足取りはどこか落ち着きがない。周囲に気を配りながら歩く姿はむしろ何かから隠れているようにも思えた。

 

 相手を注視する。

 黒い羽織に袴。浅葱色の腕章には「一」とだけ黒丸の中に白く描かれていた。腰に帯びた打刀、次いで顔を見やる。気怠げな、どこか眠気さえ帯びたような青い瞳。長い白髪はまるで老体に思えるが若い。歳の頃にして二十半ばほどだろう。

 すらりとした長身を猫背にして、締まりのない笑みを携えていた。

 

「どうもー、こんにちは」

「……」

 優男の挨拶に、エヌラスは小さく片手を振って答える。自分が警戒されていると踏んだのか小さく頷いてから自己紹介を挟んだ。

 

「五光挺身隊一番隊隊長の菊一文字則宗です。あー、まぁ、気楽にしてください。ゆるくでいいんで、ゆる〜くで」

「……五光挺身隊、ってのは。極東新政府直轄の部隊だったか?」

「おや。貴方この辺の人じゃないみたいですね。鎖国令を解除してからというもの人の流れも動きも増えましたし、知らない人が出るのも無理ありませんか」

「悪いな、極東の事情は詳しく知らないんだ」

 その挺身隊の一番隊隊長がなぜショッピングモールの中を歩いているのか。そんな疑問が口をついて出そうになったが、先手を打たれた。

 

「あ、私ただのサボりなんで。そこはお気になさらず」

 仕事しろ、と他人には言えない口なのでエヌラスは言わない。

 

「五光挺身隊の“はしり”は五人の付喪神──天下五剣の皆様が始めたことなんです。国内の怪異を掃討するために結成して、その道中で同じような生まれのものたちが集って今に至りますね」

「天下五剣ってのは、なんだ?」

「極東最強の五人と思っていただければ。まぁ治安維持名目で結成されたもんでして、(まつりごと)にはからっきし──と言いたかったんですが、時の政府の腐敗ぶりが目に余るものでして。そこは私らの前身である「新撰組」ゆかりの付喪神の出番。天誅くだして綺麗さっぱり、人の姿形してますが怪異なもんでして。人の法に縛られないってのは便利なもんですね」

 あっはっは、とあっけらかんと笑ってみせる菊一文字則宗。

 

「まぁそんなわけで、極東新政府の誕生ってわけです。そのお膝元、治安組織としての「五光挺身隊」が生まれました」

 仕事の内容はほとんど警察機構と変わらない。要請があれば災害派遣にも対応する。怪異相手の場合に限り、挺身隊の出動が要請される。

 極東における対怪異特殊部隊、といった具合だ。

 菊一文字則宗が腕を持ち上げると、左手に機械的な黒いブレスレットが巻かれている。和風の中にあってそれは異彩を放っていた。

 

「それでも私らでは限界があったので、かねてより要請のあった財団の受け入れを容認したってんで。コレは協力者の証明証みたいなもんですね」

 怪異観測用のサーベイランスブレスレットは機能的には簡素なもので、監視装置として機能している。

 

「大変だな」

「あっはっは。でも私らの総大将が財団に圧力かけてるんで、別に外してても問題ないんですけどね。念のためですよ、念のため」

「その総大将はどんな奴?」

「鬼のような人ですね。うちの副長も鬼と称されますが、いやぁ、アレには敵いません。──童子切安綱、という方なんですが。まぁ滅茶苦茶やる方なんですよ」

 

 曰く、旧警察機構をひとりで叩きのめした。素手で。

 曰く、外来人を打首に処した。問答無用で。

 曰く、財団の外務部に喧嘩売って刀抜きかけた。

 等々──やることなすこと全部滅茶苦茶だが、非難すら憚られるほど恐ろしい総大将らしい。

 

「ですんで、鬼のいぬ間になんとやら。早急に事態解決を望んでるんです、私らは。これは新都挺身隊の総意です」

「それで不審者の俺に声かけた、と」

「あ、バレましたぁ? あっはっは、いやぁ気を悪くしないでください。簡単な聞き込みなんで」

「別にいーよ。アンタ悪い人じゃなさそうだし。それで俺に何を聞きたいんだ?」

 今更職質のひとつふたつで機嫌を損ねるものか。

 

「昨夜の怪事件のことはご存知ですか」

「まぁな」

「うちの副長が駆けつけた頃には下手人は行方をくらませていたってんで、今は新都を中心に捜索中なんですがなにぶん事件発生直前まで感知できなかったんですよ。だから相手は人間に化けることができる怪異と踏んでるんですね? ただまぁ、そっちはいいんですが、私が追ってるのはもうひとつ」

「? 怪異が引き起こした事件なら怪異だけ追ってればいいんじゃないのか?」

 こちらの独自調査ですでに主犯が吸血鬼であることは特定できている。あとはその吸血鬼個人を特定できれば今回の事件は解決ということだが、どうやら菊一文字則宗は別な犯人を追跡しているらしい。

 

「怪異だけならまだしも、財団の調査では「グリモワ反応」が検知されたってんで──まぁようするに魔術協会の手のものがいるらしくて。ちょっとばかり厄介なんですよ」

 心当たりがある。というか本人だ。犯人ここにいる。

 エヌラスは顔色一つ変えずに受け答えしていた。

 

「なんか問題なのか? その……魔術協会が絡んでくると」

「え? いやぁ、そんなまさか。ただね、ほら。“まじしゃん”なる手のもの相手だと、いやぁ……ねぇ? どう斬ったらいいものやらと思いまして」

 五光挺身隊結成の意は、あくまでも「日ノ本脅かす一切の怪異、断つべし」という旗印。

 異能、異象、異形を纏おうと人は人。これを斬ることは容易ならざる壁がある。

 しかしそれらを抜きにして菊一文字則宗の悩みとはそれひとつだけ。

 

 ──間合いの相手を如何に斬るべきか。その一点。

 

「なにせ海の外には皆、とんと興味がないものでして。あぁ、陸奥守(むつのかみ)さんは例外ですけども。それで……えーと」

「……ん? あぁ、名乗ってなかったな。エヌラスだ」

「はい、記憶しときますよ。エヌラスさんは“まじしゃん”になにか心当たりありませんか?」

「いいや、悪いが。特には」

「そうでしたか。いや失礼しました、ご協力に感謝します」

 笑いながら菊一文字は軽く手を振った。終始どこか落ち着かない様子なのはサボりでショッピングモールの中を歩いているからだろう。しかし、紳士服売り場から戻ってきた剣姫を見て顔を引きつらせている。

 

「──おい、菊一文字。貴様ここで何をしている」

「…………あー……いえ、その、御嬢はここでなにを?」

「おれの質問に答えろ」

「……職務怠慢ですね」

「正直によく答えた。あとで兼定に伝えておくぞ」

 この世の終わりのような顔をしていたので、エヌラスは一応助け舟を出してあげた。

 

「いや、一応仕事してるぞこいつ。俺に聞き込み調査してたとこだ」

「む、なんだ真面目に仕事しているではないか。訂正しておく」

「エヌラスさん、ありがとうございます。顔に似合わず親切ですね」

「でもサボりってさっき自分で言ってたからそう報告しといてくれ、御姫」

「応、そうしておこう」

 口は災いの元、余計な一言さえ出さなければ黙っていたものを。再び落ち込む菊一文字則宗を横目に、剣姫はエヌラスの腕を掴んで売り場の中に連れ込む。

 そこには両手をハンガーにしたユウコが着替えの候補をぶら下げていた。

 

「なに突っ立ってたのさ、ほら沢山選んだから早く試着してみて!」

「なんでテメェはそんな乗り気で服選んでんだよ! なんだこの量!」

「だって選びきれないんだもん、ほら早く早く!」

 急かされて試着室に押し込まれたエヌラスは仕方なく次から次にと中に放り込まれる衣装に袖を通してみる。

 あーでもないこーでもない。やっぱこっちのほうがいい。など盛り上がるユウコを微笑ましく眺めながら剣姫は菊一文字の耳打ちに意識を傾けた。

 

「──御嬢、財団からの調査依頼ですが。どうしますか」

「適当に流しておけ。そんなものは知らん、とな」

「いやしかし、いくら総大将の圧力があるとはいえあんまり無茶は言えませんよ」

「ふむ。ならば「鋭意捜査中」としておけ」

「……はぁ。そうしときますか」

 

 

 結局、ショッピングモールでエヌラスの私服を買い、昼食に菊一文字則宗も交えて焼肉を食べたり、食後のスイーツ店を探し歩いたりと豪遊三昧。気づけばとっくに日は傾いていた。

 

「あっはっは、これ絶対私怒られますね! 御嬢、帰りますよ!」

「むっ、もうそんな時間か! すまんなユウコ! お前の無事で元気な姿が見れてよかった! それではまたな!」

「ばいばーい御姫ー! また遊ぼうねー! 菊さんもー!」

 すっかり打ち解けてしまったのか、ユウコも手を振って見送る。

 エヌラスは両手に紙袋。頭を下げるだけに留めておいた。

 思い出したように菊一文字則宗は足を止めて小走りで駆け寄ってくる。

 

「あ、そうだ。エヌラスさん、この新都でなにか困り事があったら郊外の便利屋さんを尋ねるといいですよ。なにかと融通を利かせてくれる事情通な方なので」

「考えとく。なんて名前だ?」

「「ウルフェンリート」、狼の歌曲だそうです。変わった名前ですよね」

 ファングは「便利屋」としか言わなかった。何故そんな立派な名前があるのにちゃんと言わなかったのかエヌラスは首を傾げる。

 

「それではまた」

「ああ、それじゃあな」

 

 あらためて二人と別れてからユウコと二人で便利屋へ戻る道のりを歩く。身体を伸ばして、深く息を吐き出していた。

 茜色に染まる新都。青い山々に囲まれた極東の新たな一歩。

 夕焼けを浴びながらユウコが振り返る。

 

「エヌラス、ありがと」

「なんだ急に」

「えー、いやさぁ。ほら、なんか結局今日一日私のワガママに付き合わせたみたいじゃん?」

「むしろ俺は昨夜の事件があっても通常運転の極東がコワイ」

「何言ってんの、天変地異が起きても次の日には仕事行く人種だようちら」

「こえーよおまえら。仕事すんな」

 なにがそこまでして仕事に駆り立てるのかわからない。

 

 雑木林を越えて。なだらかな坂を上がり、再びこの便利屋「ウルフェンリート」へ戻ってきてしまった。

 外装を見ても森の中の別荘にしか思えないが、しっかりとした造りの木造住宅。三階建。地下含めたら四階か。

 外観デザインはアンティーク調だが、内装はヴィンテージ調でまとめている。新築だが景観を崩さないどころか一体化している。

 一応駐車場もあるが、ここまで車で来る酔狂な人間が本当にいるのか疑わしい。

 

「やいこら、戻ったぞー」

 ドアを開けると、そこでは所長であるファングがソファーに寝そべっていた。特になにかやるでもなく。

 ルナリアは相変わらずカウンターでゲームをやっていた。

 

「はーいおかえりー、なんか収穫あった?」

「なんか知らんが俺の私服が増えた」

「よかったじゃん」

「テメェの金だぞ」

「よかったじゃん」

 ……どういう意味だ?

 

「その「よかったじゃん」はどういう意味だテメェ」

「…………昼間にセキの旦那と飯食いに行ったんだけどさ!」

「あ、この野郎! 気になるだろうが教えろよ! おい! なんだよ! こえーよなんだよどういう意味で言ったんだよ気になるだろうがよ!!!」

 ファングはソファーから起き上がるなり、ユウコに指を突きつける。

 

「こっちで犯人突き止めといたから、あとはそいつを煮るなり焼くなり」

「テメェがそういうことするとこっちはマジで今日一日遊んでただけになるんだが!?」

「事実じゃん」

「俺お前のこと嫌いだわ!!!」

「よかったじゃん」

 

 エヌラスはキレそうになった。この野郎やっぱぶん殴っといた方がいいかもしんない。

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