アウトサイダーズ狂想曲   作:アメリカ兎

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第七話 月に代わってグーパン鉄拳制裁!

 

 

 日没後、夕飯を終えてからファングが話を切り出した。

 相手は龍紋会に所属する人物。名前は「チャン・チュンレイ」らしい。派閥は「青」。

 

「龍紋会の派閥ってなんだ?」

「説明の前に、ユウコさんは龍紋会の名前知ってる?」

「ふわっと知ってる。チャイニーズマフィアの総本山」

「そゆこと」

「……え、んじゃマフィアに喧嘩売るってこと!?」

「そゆことー、でもその辺はこっちに任しといてもらえればいいんで気にしないでください」

 

 龍紋会──名の通り龍の紋様、すなわち刺青を入れたものによって構成される黒社会の総本山。いくつかの派閥が存在し、その集合体を指す。

 それらをまとめているのが創立者である“黒”の宗主。半ば隠居状態で滅多なことでは人前に出ることはない。

 

 その中で一番勢力が大きいものが「赤の派閥」──セキを首領とする組織だ。

 次いで「青の派閥」が勢力拡大を虎視眈々と狙っている。こちらはセキの双子の兄弟であるセイが首領である。龍紋会全体を通せば副首領ということだ。他にもいるが、いまは割愛。

 

 判別方法は刺青の色。龍の色、玉の色、瞳の有無。その完成度によって内部での立場が把握できるが、最も龍に近い実力者は「画龍」と呼ばれる役職に就く。

 派閥の代表者の片腕として数えられる程度の人数しか存在しない。

 

 チャン・チュンレイは画龍には届かない実力者だが、それでも野心家であることは間違いない。極東鎖国令が解除された時にもいの一番に名乗りを上げたとも言われている。

 元々龍紋会の青の派閥──「青幣」はセイの方針もあってそうした輩が多い。

 向上心がある、といえばそれまでだが、よもや怪異の力に手を染める程とは。だがそれはセイ自身の思惑から外れた行いだろう。

 

 セイはセキと違い、人間を見下している。

 下等生物、劣等種と。龍の一族こそが至高の存在と。そのせいか、青幣内部はだいぶ不穏な空気が流れている。

 差別主義、排他的、高慢。当たりの強い連中はおおむね青幣に属するものだ。

 ファングも嫌っている。理由は至極単純だ。気に食わないから。

 

「そんで、一応セキの旦那と昼飯食いながら許可貰ったんで。もし犯人だったらぶっ飛ばしていいよって話でまとまってる」

「……そいつは、相手を殺してもいいってことか?」

「解釈はご自由に」

 物騒な単語が飛び交う中、ユウコだけは視線を右往左往させていた。

 

「えー、あのー、そのー、なんでそんな話平気でしてんの? というかセキさんはただの格闘技好きなオッサンじゃなかったの?」

「それはそれ、これはこれ。ユウコさんが気にすることじゃないんで。そんでどうします? 日も暮れてきたし、こっちからちょっかい出せばすぐ見つかると思いますけども」

 どうするもこうするも、ユウコはそのために此処に来ている。人の生き死にに自分が関わることになるとは思いもしなかったが、背に腹はかえられない。

 他の方法で治せるならそれに越したことはないが。

 深く頷く。それを合意と見たファングが肩をすくめた。

 

 

 旧都──それは、極東を襲った「怪異事変」によって多大な損害を被った。全国各地で起きたそれを早急に収めたのが「付喪神」である。

 土地に縁ある物、あるいは歴史ある物に宿る怪異は国の大事に顕現し、人を助けた。

 ここ、極東においては刀剣類のみそれが確認されている。

 しかし、旧都は到底人が住める状況下になかった。魑魅魍魎蔓延る魔の都。それを付喪神が奪還し、今や財団預かりによって再建中となっている。

 

 ──もちろん下手を打てば付喪神総大将・童子切安綱が飛んできて何をしでかすかわからないため戦々恐々。

 

 そんな中でかつての景観を保ちつつ新規開発に着手する建設現場にファングとユウコ、そしてエヌラスは足を運んでいた。

 

「ほんとにこの辺でいいのか?」

「まーそこはユウコさんの吸血鬼センスを信じて」

「その言い方なんかやだ」

 こめかみに指を当てて難しい顔をするユウコはちょっぴり間抜けなポーズだが、それが一番安定するらしい。

 

「お前のそのお間抜けポーズ、なんとかならないか?」

「形から入るの大事じゃん」

 ファングが灯りの乏しい殺風景な街並みを見渡して、石ころを蹴飛ばした。

 今のところ相手を探知する方法はユウコ頼り。それ以外はエヌラスの担当。ファングは後詰めだ。万が一の備えである。

 

「ん〜……! あ、近い。かも!」

 いまいち頼りない言葉だが、エヌラスも魔術で知覚強化。確かに近づいてくる人の気配があった。

 ──しかし。

 

「……ちょっと待て。なんか人数多くねぇか」

「そりゃそーだわな」

「あん? なにか、ファング。お前まさかわかってて来たのか!?」

「そりゃそーでしょ、何言ってんの」

 数にして数十名。正確な数は確かめている暇などない。

 三人は包囲されていた。だがファングは想定済みだったのか、顔ぶれを眺めて見知った相手を見つけると声をかける。

 

「こんばんは、チャン・チュンレイのオッサン。セイの旦那は元気?」

 角刈りの細身の男性は、シャツにジーンズとなんの変哲もない服装をしていた。龍紋会「青幣」に属するマフィアといえど、人は人。安物の服を着ているが、その手には大小様々な刃物をギラつかせている。

 チャン・チュンレイも例に漏れず、朴刀を手にしていた。

 

「基本集団行動でしょ、マフィアなんて。一人で歩いてたら闇討ちされて終わり。で、チャン・チュンレイ。アンタ吸血鬼ってマジな話?」

「お前に関係ない話だ。女を置いて帰れ」

「死体で祖国に帰るか、死体も残らないか選ぶのはアンタ次第。人の話聞く耳ついてるか?」

 喧嘩腰に対する返答は喧嘩腰以外知らないファングは嘲笑しながら話を続ける。

 

「アンタ今いくつだっけ? 40だっけ、50なったばっかだっけ? にしちゃ若いねー、ツラが。それも吸血鬼になったおかげか? 青幣の連中は自分たちがのし上がるためなら組織内でもお構いなしって聞いてたが、人間辞めてまで権力が欲しいもんかね。もっと身の丈にあった生き方あるでしょうに」

「二度は言わない」

「──蒼い髪の、口の悪いガキに気をつけろって。セイの旦那から聞いてねぇの?」

 チャン・チュンレイは眉間に皺を寄せてファングを睨んでいた。

 緩やかに手を挙げて、掌を合わせている。拍手の合図。

 

 パン! と乾いた音が旧都の夜に響く。閑散とした工事現場、灯りのない夜の中で闇が蠢く気配に気付いたのはチャン・チュンレイだけだった。

 知覚強化していたエヌラスが振り返る。身体を縮こまらせていたユウコをそばに寄せながら、懐の銃を握りしめていた。

 

 青幣の構成員がどよめく。仲間のひとりが忽然と消えたからだ。

 

「人がわざわざこうしてわかりやすく警告してやってんだから。もーちょっと気を利かすとか、頭回すとかしてくれねーかなー。でないと、ほら」

 ──手を叩く。またひとり消えた。何が起きているのかわからない構成員が狼狽えている。

 

「なんで手を叩くのかって、そりゃだって。わかりやすいだろ、アンタらみてぇなバカでも理屈が嫌でもわかる。俺が手を叩けば誰か消えるんだから。チャン・チュンレイ、隣に注目」

 三度、ファングが手を叩いた。その場から二人が消える。忽然と、まるで見えない落とし穴にでも落ちたかのように。

 

「銃声と一緒さ。“パン”と聞こえたら人が死ぬ。それと同じように、手を叩けばアンタらを消すことなんて造作もないんだ。理解できたか? なら、話をしようか」

「…………、」

 肩をすくめて、一度だけ強く手を叩く。それを合図にしてチャン・チュンレイを除く全員が武器を残して消えた。

 これにはさしもの相手も驚きを隠せない。

 

「ファング、お前なにをした?」

「んー? なにって。見ての通り。俺は手を叩いてただけなんだけど? いや不思議なことが起きるもんだねー」

 話すつもりがないことは明白。言及しても無駄だとエヌラスは理解した。なんとなくだが、付き合い方がわかってきた。

 

「ひとつコツを教えると。アイツらピラニアみたいなもんだから。群れると凶暴だけど一匹になると臆病になる。話をする時は周りを消しとくとスムーズ」

「だからお前他のやつ消したのか」

「そゆこと。さーて、そんじゃ本格的に話を始めようかチャン・チュンレイ。悪い癖だぜ、取引に無駄な頭数揃えるのは。順番に質問していくぞ? アンタ吸血鬼ってマジな話か」

 すでに拍手の装填済み。それは無言の脅迫。

 「次はお前が消える番だ」と。チャン・チュンレイは固唾を呑み、しかし気丈に振る舞う。

 

「そうだ、と言ったら。どうするつもりだ?」

「いや別に? こっちは確認させてもらいたかっただけだ。次。聞くだけ無駄だろうが、なんでこの人狙った?」

 無駄ってなにさ。ちょっとユウコがカチンときた。

 

「誰でもよかった。繁華街の騒ぎに乗じて、極東の女だったら」

「──はぁ!? なんだとこんにゃろぅ! 誰でもよかったで人の人生設計ぶち壊しにしてくれやがったのか!」

 流石に頭に来る。誰でもよかった、とかいう口が。

 怒声と罵声を浴びせてくるユウコに驚いたのも束の間、チャン・チュンレイの目が赤く変貌すると妖しい輝きを見せた。魔に魅入られた瞳を見て、エヌラスは懐の銃を抜く。

 

「頭の弱い女め! 誰がお前を吸血鬼にしたと思っている! 吸血鬼の力など一朝一夕で使いこなせるものか!」

 

 ──勝算があった。チャン・チュンレイの脳裏には策がある。一計を案じることなど常だ。陰謀渦巻く黒社会で出世するには相応の知恵がいる。処世術がある。吸血鬼の力を得たのもそのひとつだ。

 誰でもよかった。女であるなら。

 それがたまたま歩み寄ってくる胸のデカい女だっただけのこと。顔も体つきも好みだった。だから姿を見た時に繁華街で騒ぎを起こして狙っていた。

 本来なら意のままに動くだけの操り人形になるはずの女が、なぜだ。どういうわけか。

 なにひとつ思いのままに動かない。

 

「な、……と、止まれ! おい! 俺の声が聞こえないのか!?」

「聞 こ え て る よぉ!!」

 怒りで肩を震わせながらずんずん歩み寄る姿を見て、ファングは肩をすくめていた。

 

「アホか。気づけよ。その人、お前より吸血鬼の才能があるって」

 

 ──チャン・チュンレイに誤算があったとすれば、狙った相手が吸血鬼という天賦の才を持って生まれたということだけだ。

 こればかりは彼の人生最大の失敗と言わざるを得ない。

 

「お父さんお母さんごめんなさい! あなた達のかわいい娘は今日、生まれて初めて全力で他人をぶん殴ります! 歯ぁ食いしばれアホンダラァ!!!」

 相手は朴刀を持っている。しかしそれが何だと言うのか。

 怒りに燃えるユウコの瞳が紅く輝く。吸血鬼としての天賦の才が序列を逸脱した強制力を発揮してチャン・チュンレイの身動きを封じていた。

 

「そこ動くんじゃねぇぞぉ!! どぉりゃああっ!!!」

 ──“動くな”という強制的な号令。その波長を受信した相手は無防備に固まる。

 

 固く握りしめたユウコの拳が痩せぎすの頬っ面に突き刺さった。

 それはそれは綺麗な右ストレートでぶん殴られたチャン・チュンレイが冗談のように飛んでいく。地面と水平に。着地したと思えばバウンドしてきりもみ回転し、重機に身体をぶつけてようやく止まった。首が変な方向に曲がってる気がするが、仮にも吸血鬼なのだからこの程度で死んだりはしないだろう。

 鼻息荒く、ユウコがふんすと腕を組んで胸を持ち上げる。

 

「フゥ────スカッとしたー!」

 それはもう満面の笑みで、スッキリした顔をしていた。気分爽快、といった具合に。

 ユウコ自身、その力に気づいていないが──吸血鬼としての才能は言うまでもない。

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