アウトサイダーズ狂想曲   作:アメリカ兎

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第八話 新都挺身隊

 

 全力でぶん殴られたチャン・チュンレイの頬は膨れ上がり、首の座りが悪いのか頭をふらつかせていた。

 ファング、ユウコ、そしてエヌラスの三人に囲まれて地べたに正座させられている。

 

「で、どうすんだよコイツ。吸血鬼治すためにしばいたんだろ?」

「そのつもりだったんだけどなー」

 想定していたことだが、いざ目の当たりにするとちょっと困った。

 

「どゆこと?」

「コイツよりユウコさんのが強いことが判明したから、コイツ始末しても意味なくなっちゃったなーって」

「…………えぇ!? じゃあどうすんのさ!? 私やだよ吸血鬼のままなんて!」

「でしょうねー」

 まるっきり他人事のようにファングは呟く。そもそもにして、他人のトラブルを見世物程度にしか思っていない。今の状況を楽しんでいるように思えてならなかった。

 

「となると、もうちょい上の連中に喧嘩売ることになるな。チュンレイのオッサンを吸血鬼にした奴を倒せば自由の身にはなれるんだけど」

「けど……?」

「まぁいいか、はっきり言うけど。ユウコさん。ごめん吸血鬼治すの無理くせぇわ」

 

 ──間。

 

 ……マ?

 

「マジで言ってる?」

「理由がいくつかある。説明するんで振り上げた拳はゆっくり下ろしてもらえると助かりますぅ」

 言われるがままに釈然としない気持ちを落ち着かせて、ユウコはファングの話に耳を傾ける。

 元の予定としては。吸血鬼チャン・チュンレイを始末して、ユウコの中にある吸血鬼ウイルスの効力を喪失させることで治療するつもりだった。

 だが。しかし。ここで想定していた予定外の現象が起きた。

 

 もしやとファング自身思っていたが、あろうことかユウコは吸血鬼ウイルスに“適応”してしまった。そしてそれはチュンレイよりも遥かに強力な吸血鬼としての覚醒を意味する。

 こうなってしまうと治らない。治せない。死ぬ他にない。

 だがもちろんメリットもある。デメリットも多いが。

 

「まぁ別に日常生活に支障きたすような覚醒じゃないんで、そこは慣れてもらえば問題ないんすけど。嫌です?」

「やだよ」

 即答された。それにはファングも困り顔。

 

「うーん、とはいえ他にどうしたらいいもんか」

「吸血鬼ってそもそも治せるもんなのかよ」

「発症から2日以内に宿主倒せば治せるらしいんですけどね。昔それで治療したことあるんで」

「お前の?」

「まさか」

 吸血鬼程度に俺が?というようなおどけた調子に、チャン・チュンレイが噛みつこうとするが顔にブーツを押しつけられて止まった。

 

「吸血鬼になるプロセスは三段階。感染、発症、適応又は罹患。ユウコさんは適応までが段違いだったから、まさかとは思ったけども、いやぁ……史上最速なんじゃねぇかな覚醒までの時間」

「だって私普通の女の子だよ!? 人間の父親と母親の間に生まれた普通の人間の女の子!」

「まぁそういうこともあるでしょ」

「それで流されたら私どうすりゃいいのさぁ!」

「人生山あり谷ありってことで」

「今がどん底だよぉどうしてくれんのさぁもー!」

「んじゃあ後は駆け上がるだけじゃん、得だしアドですよ先行投資」

 多分コイツに口で勝つのは無理だろうなとエヌラスは盗み聞きしてて考える。ユウコのご機嫌取りはファンに任せて、チャン・チュンレイから話を聞くことにした。

 

「こっちは真面目に聞くぞ。なんで吸血鬼になんかなった?」

「……力が欲しかった。強くなりたかった。のしあがりたかった。それで満足か」

「人間のままじゃ限界がある。お前はそこで()()()んだな。そこで満足せずに、足りないと」

「青幣は他の道楽共と違う! 我々だけが真に龍紋会の未来を案じ、力を蓄えている!」

「それでお前は人を辞めて、組織のために尽力している、と」

 いきすぎた組織への信奉。逸脱した行い。それを自らの大義のためだと言って憚らない。この手の輩は話し合いでは無類の厄介さを見せる。その手の処方箋は「黙らせる」だ。無論武力で。

 しかしエヌラスはこれを聞き流して次の質問に切り替える。

 

「吸血鬼って、結構そこら辺にいるもんなのか? チュンレイが接触できるくらいだし」

「龍紋会に不可能などない。我らの龍の名を見せればたちまちひれ伏す。あの吸血鬼もそうだった」

「その吸血鬼の連絡先は」

「知るわけがない。こちらから利用するだけの相手だ。命あるだけマシだ」

 手がかり無し。となれば残すところ──この男の処遇だ。

 昨夜の怪事件の主犯となれば警察に突き出すところだが、財団に連行したほうが適切か、いまいち判断がつかない。なにせこうした事態に遭遇することなど滅多になかったからだ。

 

「おいファング、こいつだが──」

 どうする、と声をかけようとして、記憶に新しい顔が音もなく歩いてくるのが見えたエヌラスが言葉を引っ込める。

 

 新都挺身隊一番隊隊長、菊一文字則宗の存在は明らかな違和感を覚えた。だが相手はにこやかに、あくまでも穏やかな笑みを浮かべて手を振っている。

 

「こんばんは。いやぁ奇遇ですね。旧都で顔を合わせるなんて」

 奇遇なものか。小さく舌打ちしながらエヌラスは警戒する。ここで矛を交えることになってもおかしくない状況だ。

 高まる緊張感に、しかし、気づいていないはずのファングは──。

 

「──とまぁそういう感じで吸血鬼という特性利用するとこんな商売出来るんすよ」

「……なるほど、なんかそう考えると悪くないのかも……?」

 何故かユウコの説得に成功していた。しかも金絡みだ。

 

「おや、便利屋さん。どうもどうもこんばんは〜」

「誰かと思えば菊さんじゃん。こんばー」

「え、知り合いなの?」

「「飯トモ」」

 がっちり仲良く肩を組むファングと菊一文字則宗。何故ここに、という野暮な話は尋ねない辺り、どうやら互いの立場を理解しているようだ。

 

「この前の蕎麦屋めっちゃ美味くてさぁ、菊さんの紹介って言ったら天ぷらオマケしてくれた」

「いやぁ私もね、食事の必要ないのですが彼の紹介で色々食べ歩きしてるんですよ。それで? 君たちはどうしてここに?」

 軽く説明すると、すぐに納得したように頷いて正座させられているチャン・チュンレイを見下ろす。

 

「──なるほど。昨夜の下手人がこちら、と。わかりました、彼の身柄はこちらで預かりましょう。その方が万事丸く収まるでしょうし。ね?」

「ということは」

「ん〜……、まぁ。そういうことになってしまいますかねぇ」

「ですよねぇ」

 ファングと菊一文字則宗の言葉少ななやりとりで通じ合う会話に、ユウコとエヌラスはついていけていない。疑問符を浮かべるばかりだが、それに納得していないのが1名──チャン・チュンレイだ。

 極東新政府の衛士府「五光挺身隊」に身柄を拘束されたとあれば龍紋会の恥も良いところ。その場から逃げ出そうと腰を浮かせるが──。

 

「“動くな”!」

「ッ〜〜!」

 それは淡い夢だった。吸血鬼として覚醒を果たした今、ユウコの言葉ひとつでチャン・チュンレイは傀儡同然となる。

 菊一文字則宗はその様子を見て「ははぁ」と頷いた。

 

「なるほど。たしかにこれはうちで預かった方が良さそうだ」

 

 

 3人が案内されたのは新都挺身隊の詰所。まるっきり時代劇に出てくる奉行所のような佇まいだが、それは付喪神達の要望によって用意された場所だった。和洋折衷の風情のある極東の景観だが新都の中にあってそれは彼らにとって清涼剤に等しい憩いの場。良くも悪くも時代錯誤だ。

 

 縁側に腰を下ろしていた2人が立ち上がる。

 片方は黒羽織を肩に掛けており、袖を通していなかった。それどころか半裸にサラシを撒いている。肩を黒塗りの鞘で叩いていたが菊一文字則宗の顔を見るなり立ち上がった。

 その背は高く、セキと同じかやや低いくらいか。2メートル近い男は拘束されていたチャン・チュンレイが突き出されると見下ろしていた。

 もう1人。なにか思案に耽っていたのか、やや遅れて下手人を見る。こちらは挺身隊制服を着こなしているが、鉢金を巻いていた。

 

「一番隊隊長、菊一文字則宗。戻りましたー」

「おう、戻ったか菊! で、コイツは何だ」

「昨夜の怪事件の犯人だそうです。便利屋さんが捕らえてくれました」

「おっす、虎さん。ヤマさんも」

 片手を挙げて気さくに挨拶を交わすと、その頭をワシャワシャと乱雑に撫でくり回されている。どうやら挺身隊の付喪神とは交流があるらしい。

 

「なんだオメェか! よくやった! で、そっちの2人はなんだ」

「少々事情がありまして。うち預かりにすると色々厄介なことになります」

「ど、どうも~……」

 ユウコが会釈するとエヌラスも続いた。

 間を取り持つ菊一文字則宗が紹介すると、羽織を肩に掛けた相手が刀を地面に立てて柄頭に両手を置く。

 

「菊の紹介だってなら名乗っておくか! 俺は新都挺身隊総長、長曽祢虎徹だ! こっちは補佐の大和守安定」

「よろしく。総長補佐、という肩書だがやっていることは主に事務作業だ」

「あれ。副長はどちらに?」

「兼定なら夜間巡回に出た。間の悪ィ奴だ」

 新都挺身隊総長の長曽祢虎徹。その補佐、大和守安定。そして副長の和泉守兼定。

 主にこの3名が新都の防衛を担う役職に就いている。

 

 その配下として、一番隊隊長の菊一文字則宗が筆頭──のはずなのだがサボりがちだ。夜間巡回に駆り出されたのも昼間のサボりが原因である。

 いつもその尻拭いをするのは一番隊副長の(余計な)仕事だ。

 

 ──総長たちには自分から話すので、合わせて下さい。と菊一文字則宗に言われていたユウコとエヌラスは調子に合わせる。ファングだけはいつもと変わらない。

 

「なるほど。あいわかった。つまりそこのそいつが、ユウコお嬢ちゃん狙って事件を起こしたってわけか。そんでそこの黒いのが財団側のエージェントで護衛してた、と。そういうことか」

「はい。()()()()()()()()()()()()()()()

「別に俺ぁ構わねぇけどよ」

 長曽根虎徹の視線の先は、大和守安定。腰に帯びた柄に手を乗せて、指で柄頭を叩いている。

 

「……菊。嘘はいかんな」

「いやぁですがねぇ、ヤマさん。下手すると財団とやり合うことになっちゃうので。そうなってしまったら、いやぁ、ほら。私としては願ったり叶ったりですけども……ね?」

「……なら、どうする」

「そうですね。丸く収めるのであれば、手っ取り早く彼らも財団に連れて事情を話すべきかと」

 ユウコが吸血鬼になってしまったという旨を話すと、長曽根虎徹も大和守安定も難色を示した。それほどまでに厄介な状態らしい。今の状況は。

 

「つうかよぉ、そこの黒いの。なんつったっけ? エヌラスだったか?」

「俺がなにか?」

 

「お前さん、何者だ? 財団のエージェントでもなけりゃ怪異でもねぇし、人間とも思えねぇ。

 ──その点はっきりさせてくれねぇとな」

 

 挺身隊も馬鹿ではない。エヌラスのことを正直に財団側の人間だとは考えていない。あくまでも書面上で片付ける仮の身分。だが虎徹は白黒はっきりさせておく性分だ。

 話が難航しそうな気配を悟ったのか、ファングが両手をあげる。

 

「はいはいわかったわかったそうねそうですね、こういうときのための「便利屋」ですね。はっきり言っちまえばこの人「魔術師」だ」

「──! おい!」

「財団側から怪異認定された「ブラッド」の正体は、ただの怪獣魔術師でした。昨夜の事件で繁華街消失したのコレのせい」

 魔術師。その一言を聞いた瞬間、2人の目の色が変わった。鞘に収めていた剣呑な空気を抜き身で突きつけるのを、ファングはさらりと流す。

 

「そんでそれを俺が面白がって身元預かったついでに、ユウコさんの治療の手伝いをして今に至る。これでいい? 手っ取り早く解決するなら俺含めて全員財団に移送すれば話がまとまると思うけど、あそこの代表誰だっけ」

 実際、この中で一番口が回るのはファングだ。それについては異論はない。長曽祢虎徹も大和守安定も財団と積極的に接触はしたがらない。あくまで極東の治安維持の名目で共生関係にある、というだけだ。

 

 しかし、誰しも弱点はある。

 「余裕」を信条に悠々自適な生活を送る若き便利屋所長であるファングは一見何事もそつなくこなす天才に思われがちだが、それは誤りだ。彼は弱点を徹底して潰す。先んじて修正しておく。今後の障害となるであろうものを調べ上げ、対策を練り、策を講じる。一時が万事、大惨事に繋がりかねない危険性を孕む。

 もちろんそれは必ずしも除去できるものではない。

 だから極力避けて通るものだ。君子危うきに近寄らず。

 

「財団極東支部の現在の局長はホーウェン・ロックバルトだ」

 

 だが人生最大の不幸というものは、必ずやってくる。それは不可避で致命的で、唐突に。

 

「──────────マジかよ」

 

 ファング・ブラッディの「余裕」が、そこで初めて崩れた。

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