私は正直なところ1日12時間の睡眠を保証してくれるなら何でもよかった。
ハンターとして活動し始めたのも仕事さえ選べば省エネで食い扶持を稼げるからだし、スピカのチームで働き始めたのも報酬が高かったのとしっかりと休みを保証してくれたから。雇い主としては最良。敬語を使わなくても怒らないし昼寝をしていても怒らない。とにかく眠ることが大好きな私にとっては最高の職場だった。
『ゴーヤーちゃんいい感じじゃ~ん! 錬めっちゃ上手じゃんね!』
『ん……ふわぁ……これめっちゃ体力使うね。超眠くなんだけど』
『修行終わったらたくさん寝ていいから。ってかゴーヤーちゃんもある程度は覚えたいっしょ?』
『まーねー。でも眠いもんは眠いんだよなぁ』
ただそれが少し変わったのはスピカの故郷が滅ぼされて研究が始まってから。
一応友達として、これでも心配はしていた。スピカは緋の眼を使わないし使ったところも見たことがない。
だけど故郷が滅んでからはたまに緋の眼を発現させる。そして私らに緋の眼を集めさせたり死刑囚を受け取りに行かせたり色々と頼み事をしてきた。
そして極めつけがスピカの新たな能力──『緋色の再誕』だ。
その能力によってスピカの血を受け取った私らはスピカの眷属になった。
眷属になったことで私らは擬似的な緋の眼になる。感情が昂ると緋の眼となり身体能力やオーラの総量が上がるのだ。
それに際して念能力を覚えていない仲間は念を覚えることになった。私もそう。今まではただのウエイトレスだったのに今では念能力者でスピカの眷属。30日に1度血を受け取ることで眷属状態を維持できる。
そして眷属状態が1年状態続くと更に状態が変化するらしいけど今はまだそこまで至ってない。
でもそうなった時にどんなことが起こるのか。気にはなっても不安になったりはしない。
『おーゴーヤーちゃんは強化系かぁ』
『強化系ってなんだっけ。何ができんの?』
『肉体や物の働きを強化出来るってカンジかな~。戦うだけなら一番安定してるから人気の系統なんよね~』
『別に戦いたくないけどなー』
『なら睡眠力でも強化したら? ゴーヤーちゃん眠るの好きじゃん』
『あ、それいいじゃん。採用~』
『決めるの早い上に軽っ! それでいいの?』
『こういうのってインスピレーションが大事なんでしょ? 私的にはそれがピンと来たからこれでいいよ』
『おー……ゴーヤーちゃんらしいじゃん。ってか強化系っぽい決め方でウケんだけど』
『強化系っぽいとかあんの?』
『一応系統によってそれっぽいみたいなのはあるんよ。例えば──』
私に念のことを教えながら喋るスピカの眼は活き活きとしてる。
緋の眼を増やすという目的の目処が立ったからか、当てのない人体実験を続けている時に比べればスピカらしさは戻ってる。
いや、研究をしてる時からもずっとスピカはスピカらしかった。
だから目的が何であれ不安にはならない。眷属って言ってもちょっと強くなってスピカの能力の一部として使われることがあるだけ。そんなこと別にどうだっていい。
『このまま1年続けて……あーでも上限を解放するために緋の眼をもっと集めなきゃ。──ゴーヤーちゃんこの後どうする? あーしはちょっと用事あるから出てくけどもう休む?』
『んー……ま、付いてこっかな。軽く試してみたいし』
『おおっ、ゴーヤーちゃんにしては珍しくヤル気じゃん! ならあーしとノってこうぜ~! うぇーい!』
『はいはい。うぇーい』
アゲアゲで肩を組んでくるスピカにテンション低めに応じる。私はよくダウナーって言われるし自覚してるけどスピカとはウマが合うから気分は悪くない。
ってか正直なところ、この念を覚えて私は私で目的は出来た。前までは力がなかったから諦めてたけど今はスピカの同胞を殺した奴をこの手で殺してやろうと思ってる。
ダチが傷つけられたのに呑気に眠ってられないからね。
──だからこそその時が来たなら
それまではちょっと牙を研ぎながらおやすみかな。
「わー! あなた達2人可愛いわね~! 双子で髪真っ白!」
「双子だよボスのお姉さん♡ ちなみにアメが姉で~」
「モチが妹。よろしくボス」
「かわいい~~~~!! ね、ね、この2人新しい護衛の人なんでしょ? しばらく私のお付きにしていい?」
「は、はぁ。しかし2人はまだ新入りですが……」
「え~~~~? 護衛なのに駄目なの~?」
「……(新入りにボスの護衛を任せるのは不安があるが……ボスの機嫌が取れるのはありがたい。それを思えば……)……わかりました」
「ほんと!? えへへ、じゃアメちゃんとモチちゃんだっけ? お話ししよお。2人ってもしかしなくてもヒューエペトイコ族だよね!? 雨乞いで人間捧げるので有名な!」
「詳しいねボスのお姉さん♡ そう、アメこそヒューエペトイコ族の巫女のアメ様!」
「同じく巫女のモチ様。ひかえおろ~」
「うわ~~~~!! やっぱそうなんだ!! その真っ白い綺麗な髪とか腕の紋様とか絶対そうだと思った! ねえねえちょっとだけ髪とか肌触ってもいい? それともし髪を切るならちょっとだけ欲しいかも! ちょっとでいいから!」
「しょうがないにゃあ~特別だよ! (噂通り人体収集家の危ない奴だ!)」
(スピカの言う通りモチたちに興味津々で上手いこと懐に潜り込めた)
(後は監視と報告。それとクラピカが危ない目にあった時に連れて逃げるだけね!)
(それと追加の仕事として緋の眼も出来れば回収だよお姉ちゃん)
(わかってるわよ。能力の発動にも必要だし、そうでなくても回収しといた方がいいに決まってるじゃない! いざとなったらここにいる奴ら全員あたし1人でボッコボコにしてやるわ!)
(その意気だよお姉ちゃん。じゃあ私は後でこっそりスピカに連絡入れるからお姉ちゃんは人体収集家のご機嫌取りをよろしく)
(なっ!? あたし1人に押し付けないでよ! 後で交代だからね!)
──少し前。ノストラードファミリーで新しい護衛の人員がネオン・ノストラードに紹介されてから少し。
人でごった返すヨークシンシティの中心街。そこからそう遠く離れていないその場所に、1人のハンターが降り立った。
「──はっ、こりゃ随分とクソ喧しい場所にアジトを立てやがったな」
「外からは入れないからへーきへーきぃ。──それはそうとおひさ~サイユウ」
「仕事じゃなきゃ別に会いたくもねぇがな」
鼻をほじりながら我が物顔でそのアジトに足を踏み入れるのはハンター協会十二支んの1人であり賞金首ハンターであるサイユウ。
そしてそのサイユウを案内するのは今回幻影旅団を狩るにあたって手を組むことを提案した張本人。美食ハンターのスピカ。
互いに星持ちのハンターである2人。そして初めてアジトに足を踏み入れたサイユウはその異様な内装を見ても動じない。まるで二ヶ月先のイベントを控えたかのような。あるいはテーマパークのお化け屋敷かのようなその内装に鼻白む。──明らかに念の気配を感じたがゆえに。
「で、この趣味の悪い内装は全部能力の発動条件ってか?」
「その通り~。サイユウもちゃんと名前を彫っておいたから問題ないけど許可がない人が入って攻撃なんか仕掛けちゃうと途端に憑かれちゃうから気をつけてね~」
「迎撃型の操作系能力か。ま、それならアジトとしちゃ及第点だな。この内装だけはクソほども理解できねーが」
「む……趣味の悪い猿のコスプレしてるくせに……あの猿ムカつく。呪っていいかな?」
「やめとくアル。一応あれでも十二支んで結構やり手アルよ」
「仲間だからやめるとかじゃないんすね……」
サイユウのアジトの内装を貶める発言に遠くで見ていたパンプがその背を睨みつけるが仲間のパオパオやドレシーに窘められてオーラを僅かに強めるに留める。
その間にスピカはサイユウを伴ってアジトの奥に向かう。幾つもの部屋を経由して階段を昇り降りした先にあるその広間はスピカの仲間たちが既に待機していた。
「おーおー雁首揃えてご苦労なことだな。おいスピカ。お前のチームってのはこれで全部か?」
「今はここにいない人も含めて13人。あーしとサイユウを加えて15人。これで幻影旅団を狩るカンジかな~。一応向こうは13人──いや、裏切り者を除いて12人だから数の上ではかなり有利っしょ?」
「はっ。数だけ揃えても雑魚じゃ意味ねーがな。一応お前の仲間だってんなら信用しといてやるよ。足引っ張ったらマジ覚悟しろよお前ら」
「フン。それはこちらの台詞だ。足を引っ張ったら叩き斬るぞ猿野郎」
「いけません。いきなり喧嘩腰になるものじゃありませんよムスビさん。──サイユウさん。わたくし共も精一杯サポートを務めさせて頂きますのでどうかその辺りでご容赦を」
「……面倒な仕事になりそうだね」
更なる口撃に鎧武者姿のムスビが一歩前に進み出てオーラでサイユウを威圧するが、そこにスピカに続くまとめ役のティラミスが貴族の令嬢らしい丁寧な礼で場を収める。近くの柱に棺桶を立てかけてもたれ掛かり、タバコを吸っていたシュクシュカが誰にも聞こえない声量でぼやいた。
「そうかよ。まァ期待はしねぇがなァ~~(つっても確かに何人かはマシな奴もいやがんな)」
だがそれを受けたサイユウはいつもの調子で耳をかっぽじりながらもスピカのチームメンバーの力量をある程度見当を付けていた。
(胡散臭いエセ貴族女。あいつはかなりやる。次いで突っかかってきやがった猪女武者。そんでずっと寝てるサボりウェイトレスに棺桶背負った陰気臭い奴。こいつらが戦闘メンバーか? それ以外の奴も何だかんだオーラは悪くねえ。さっきの女もそうだがサポートとしちゃ協専やそこらの雑魚ハンターに比べりゃ全然マシだな)
そして表の態度とは裏腹に内心ではスピカのチームメンバーに高評価を与える。サイユウは十二支んとして並のハンターのレベルを理解している。プロハンターは600人近くいるが、その大半以上はサイユウの足手まといにしかならないレベルだと。
だからこそ足を引っ張りかねない奴がいるなら適当な理由を付けて──特に戦闘要員のメンバーは──下がらせようと思ってたがその必要はないとサイユウは判断する。少なくとも自分の身は自分で守れる連中。プロハンターを名乗るなら最低限それくらい出来てなきゃ困る。
といっても自分やスピカと比べれば劣るがな──とサイユウはこの場にいる面々の評価に区切りを付けて適当なところで立ち止まった。そしてスピカに声をかける。
「で、標的はどうなってんだ。そもそもここに来てねーなんてオチだったら間抜けすぎて笑えるが」
「内通者から旅団メンバーは全員ヨークシン入りしたって連絡は来てるよ。アジトの場所までは勿体付けられててまだ分かんないけど~。ただ見つけるのも時間の問題じゃんね」
「探知能力でもあんのか?」
「あーしも物理的な探索は出来るけどそれよりもっと頼りになる能力持ちがいんだよね~。ヴルスト~」
「──はい。こちらをご覧ください」
アジトに置かれた机には複数のPCとケーブルが取り付けられ、更にそのケーブルはプロジェクターに接続されており、そこから大型のスクリーンに映像が映し出される。
その端末を操作しているのは頭に紙袋を被った研究者ヴルスト。オーラを纏うその端末の前に立った彼はスピカに促されて説明を行う。
「ヨークシンシティ全域の地図に私の管理タグの付いた対象の動きを連動させリアルタイムで監視を続けております。管理タグは昨日の時点で約500人。今日もまた180人ほどにタグを付けましたので現在は687人が私の管理下にあります」
「! ……特定の印を付けた相手を監視し続ける能力か?」
「はい。私の“
スピカのチームの後方支援班の中核を為す元研究者ヴルスト=カニバルの“
管理タグを付けられるのは生物のみ。付けられた生物はそのバイタルデータと位置情報を常にヴルストの専用端末に送り続け、更にはあらかじめヴルストが定めた一定範囲内からの脱出。及び管理タグの取り外しについての認識を操作してしまう!
管理タグは一度取り付けられると自分の意思で外すことは出来ず、また外そうとも思わないし、誰かに外してほしいとも思わない。人に聞かれても「気にしないでいい」などと誤魔化してしまう。思考が誘導されていることを、操作されていることを自覚できない操作系能力!
普段は多くの動植物を飼っている箱庭で使用するこの能力は特定の標的を追うことにも極めて有用だった。その有用性を初めて能力の詳細を知ったサイユウもすぐに気づく。
「なら旅団の誰かに付けりゃ街から逃げられねーしあわよくば一網打尽も狙えるってか」
「その通りです。しかし卓越した使い手である標的に管理タグを付ける条件をクリアしなければならない以上、それは非常に困難であると言わざるを得ません」
「そりゃそうだな。タグを悠長に付けられる状況ならそこでぶっ殺しちまえばいい」
「はい。なので私の能力は標的の索敵に使います」
言いながら端末を操作。拡大して街の一角に近づける。そこには管理タグが付けられた100人近い人間が集まっていた。
「管理タグの多くは主に今回のオークションの関係者や警備員。そしてマフィアの方々に取り付けています」
「それが何だってんだ?」
「いやいやサイユウわかんないの? 連中がこの時期にこんなとこに観光しに来ると思う? 狙いはおそらく盗みだよ。内通者の情報提供の早さから考えても計画的な行動。そうなるとやっぱり大掛かりな盗みを行うはず。そしてその盗みには関係者を殺害する可能性が高いし、もっと言うと念能力を使わない筈がない。そうなると絶対に関係者に異常が出るんだから」
スピカの読みではヒソカが事前にかなり早く、今年始めのハンター試験の時からスピカに声をかけていたことから旅団はかなり早い段階でヨークシンシティに来ることを計画していた。
そしてその中でも旅団ほどの犯罪集団が集まるほどの狙い……1番可能性が高いのは。
「オークションにも色々あるけど私の読みだと狙いは世界各地のマフィアが取り仕切る地下競売の可能性が高い」
「じゃあマフィアが死ぬ可能性が高いってか? でもマフィアなら血を流すことなんざ日常茶飯事だろ。そんなんで連中の兆候を探れんのかよ」
「いやいや話聞いてた? 世界中の、マフィアが取り仕切るオークションだよ? 幾らマフィアが血の気が多いからといって揉め事やましてや血が流れるようなことをするはずないじゃん? つまり~血が流れたり、大量に死人が出るような事態がもし起きたら──それは
「!」
そう。スピカが口にしたように、今ヨークシンシティは特殊な環境にある。
世界最大のオークションが開催されるこの数日間。十老頭を始めとする世界中のマフィアが集まる闇市場。地下競売も行われる。そこでの揉め事はご法度。誰よりもマフィア達がオークションにケチが付くような事態が起こらないよう徹底的に警備を行い、下の者達に厳命している。
ゆえに世界中のマフィアが集まりながらも血が流れるような事態にはならない。それどころかこの期間中は犯罪率すら低下する。
もっともそれはヨークシンシティの警察すらマフィアと繋がっているため、小さい犯罪は見逃されるというのも関係しているが……それでもマフィアがオークションを問題なく成立させたいことに違いはない。
彼らにとってもこれは莫大なシノギなのだ。この数日間だけでとてつもない額の金が動く。
それをおしゃかにしてしまえば指詰めだけでは済まない。一族郎党ケジメを付けられてしまう。下部構成員にとっても緊張感を持って臨んで然るべき祭りなのだ。
「幻影旅団がヨークシンに来た理由は十中八九オークションに出品されるお宝。もしそれが地下競売ならマフィアを敵に回すのは不可避。そんで連中がマフィアを殺さないよう気を使うわけないよね~~。だからあーしらがマフィアを監視しとけば、向こうが大暴れ。パーティを始めた時にそのパーティ会場がどこかすぐにわかるってワケ。わかったかな~ぼっちのサイユウちゃ~ん?」
「ぐっ……てめー地味に仲間をけなされて怒ってんのか?」
「どうかな~。そう思うんなら次からは気をつけな~。そして狙いが地下競売以外でもオークショニアや警備員を殺さず、念能力を使わずに盗みを行うなんてことは難しい。操作系の能力が使われたらこっちにも伝わるし、もっと言うなら代表的なオークションの金庫には事前にオーラに反応するトラップも仕掛けてあるから読みが外れてもやることは同じ──ってことであーしらは旅団が動き始めるのを待って、それから動く。地下競売なら都合がいいかな。構成員が大勢殺されて品物も奪われたってなればマフィアンコミュニティも黙ってないだろうし、そこに紛れられるしね~。理想は最初に2、3人狩っておきたいかも。あーしらの存在に気づいてない内にね」
マフィアを探知機として使う。そのためにヴルストの“箱庭の管理者”。管理タグを付けられた人員が何らかの理由で死亡すればその情報はすぐにヴルストの端末に送られる。管理タグが破損しても同じ。いずれにせよ取り付けられたマフィアに異常があればすぐにこちらに伝わる。
そしてスピカはあえて言わなかったが、クラピカを守るためにチームメンバーであるアメとモチを付けている。クラピカやアメとモチがノストラードファミリーに雇われたことは当然チームに共有されており、そちらの動きも何かあれば連絡する手筈になっていた。ゆえにそちらも情報源として期待できる。わざわざスピカのチームだけでこの広いヨークシンシティ全体を捜索する必要はない。マフィアンコミュニティという強大な組織の情報網を間借りさせてもらう。
そしてそれが目眩ましにもなる。幻影旅団にとって多くのマフィアは物の数ではない雑魚だろうが、雑魚でも数が多ければそれを潰す手間はどうしたってかかる。
たった13人の組織だ。スピカたちがマフィアに紛れて旅団を狩れば、彼らはそれを探すだけでも相当な手間がかかる。
そもそも探れるかどうか。スピカの情報はハンターサイトを用いても調べられない。チームメンバーやサイユウも同様。この街を訪れたという情報はなく、街に来てからも目立たないように行動している。
「まーだからこそ早めに多く狩っときたいよねってはなし~」
「──ひたすら闇討ちか。前に話してた通りだな」
「だって向こうが頭ぱっぱらぱーじゃなきゃ逃げられるかもしんないしね」
スピカはプロジェクターに映し出された地図をその瞳でじっと捉えながら思う。いずれにせよまずは情報──獲物の力量を見極めつつ可能なら狩る。
そこに焦りや気負いは一切存在しない。二つ星ハンターとして冷静に獲物を狩ろうとする姿だけがあった。
──そして……その時は唐突に訪れた。
「皆様ようこそお集まりいただきました。それでは堅苦しいあいさつはぬきにして──くたばるといいね」
9月1日。その日の夜。とあるビルの地下で行われる競売でオークショニアに扮した幻影旅団は、その場にいた500人近い人間を皆殺しにし、そこにあった死体や血の跡。身に着けていたものを全て消し去った。
「品物がない?」
「ああ。金庫の中には何一つ入ってなかった。唯一事情を知ってた競売の進行役によると一度金庫に入れた品を数時間前にまたどこかへ移したらしい」
だが彼らは競売品を奪うことは出来ず、そのまま気球に乗って一時逃走。訝しみながらも団長のクロロ=ルシルフルは競売品を持ち出したのは十老頭直下の実行部隊“陰獣”であるという情報を元に、マフィアの追手相手に暴れることで陰獣を誘き出す作戦をメンバーに指示した。
そうして荒野に降り立った幻影旅団のメンバー……ウヴォーギン。ノブナガ。フェイタン。フランクリン。シャルナーク。マチ。シズクの中からウヴォーギンがたった1人で大勢のマフィアと陰獣を相手に大立ち回りを始めた。
「敵も……念の使い手だ。しかも桁外れに強い……!!」
競売品を盗んだと思われる相手にケジメを付けさせるためにほぼ全てのマフィアにその情報は共有されている──ゆえにノストラードファミリーの護衛チーム。クラピカたちもまたその荒野に辿り着き、遠巻きにその戦いを見ていた。
(あれすっごい強いよお姉ちゃん。勝てるかな?)
(あれと戦うなら200%状態かつ雨も呼ばないとね! まあ私たちの任務はクラピカを守ることだから戦う必要はないけどもし戦うならね!)
(それはそう。スピカたちにも連絡入れてるし、もうどっかで見てると思う。そっちに任せよ)
(そうね! 後はクラピカが変なことしなければ問題ないわ!)
同じく現場でそれを見ていたスピカのチームメンバーである双子もまた互いにだけ聞こえる心の声で会話し、この状況を座視することに決める──このあとクラピカが旅団の1人を拘束してしまうとは知らずに。
そう。現時点では多くの者達がその状況を見守ることを選んだ。
ウヴォーギン1人に陰獣との戦いを任せていた他の旅団のメンバー。
クラピカを始めとするノストラードファミリーの護衛チーム。
(うっわ。あれあーしが何年か前に戦ったゴリラじゃん。相変わらず強化系中の強化系ってカンジ~。他のメンバーも確認完了。ん~……他のメンバーは戦わないかぁ。他の陰獣だっけ。何してんの? もうちょっと頑張ってくんないかな~。それか誰かが単独になってくれれば……)
そして荒野の真ん中で狙撃兵よりも更に遠くからその戦闘を覗き見ていたスピカやそのチームのメンバーも、その時はまだ動かなかった。
動き始めたのは、ウヴォーギンが毒とヒルを植え付けられながらも陰獣の4人を倒した後。
「うおお!?」
──クラピカの鎖がウヴォーギンを捕らえる。
幻影旅団のメンバーはそれを新手の陰獣の仕業だと推測して追跡を開始。シャルナーク。マチ。ノブナガ。フェイタン。シズクの5人が車に乗り込み。
「あ、オレはビール盗りに行ってくるわ」
と、フランクリンは1人。ウヴォーギンの身体に植え付けられたヒルをどうにかするために必要な大量のビールを調達するため、別の車を走らせ街へと向かう。
「あいつらは街から反対方向に行っちまったな。後でどこで合流するか連絡しねーと」
車内でのフランクリンの独り言。車道にはフランクリン以外の他の車の影はない。
だから幸いにも気づけた。視界の端。一瞬だけオーラの塊が高速でこちらに飛来してくるところを。
「!?」
フランクリンは咄嗟に車のドアを開いて外に脱出──直後に車が爆散する。
僅かにでも遅れていれば念でガードしていたとしてもフランクリンは少なからず傷を負っていただろう。それを防げたのはフランクリンが紛れもなく念能力者として達人であることの証明。
(念弾……! また新手の陰獣か?)
素早く戦闘態勢を取って周囲を警戒するフランクリンは飛来してきたそれが念弾であることにすぐに気づく。フランクリン自身も放出系に属し、念弾を使用するためその威力の高さもわかった。まだただの念弾を見ただけだが、相手は相当に鍛えていると。
(──“キカザル”……!!)
「……!」
──直後、フランクリンの背後からサルの念獣が襲いかかる。
その攻撃はあらかじめ車道の脇に絶で隠れていたサイユウとその念獣。相手は単独ではない──相手が陰獣であると推測していたフランクリンだが、その攻撃を食らって少し。やや吹き飛びながらその攻撃の結果と自分を取り巻く状況に驚きと理解を得る。
「……!? (何も聞こえねえ……!? 耳が、聴覚が奪われたのか……!?)」
「さーて。まずは耳だ。後は目と口を奪ってゴミ盗賊をフルボッコ……と行きてーがありがたく思えよ。お前らのレベルを見るために少しだけ生かしといてやる。──ま、どうせ聞こえやしねーだろうがな」
己の耳が聞こえなくなったことを理解しながら、視覚と気配では敵が何人でどんな見た目をしているかをそこでフランクリンは初めて認識した。
1人は先程の攻撃を行ったサルのような見た目の男。長い棒を持ち、周囲に三体のサルの念獣が控えている。
「いざ尋常に狩る……!! 逃れられると思うなよ」
もう1人……いや、1人ではないかもしれないその相手は鎧武者。
全身を覆う兜。甲冑、籠手。具足。手には大太刀──声が聞こえないため女性とは気づかないフランクリンはその10体の鎧武者に囲まれていることを更に認識。
「壊れた車のパーツ、回収完了。後はそいつの死体だけさね」
その背後に長身の女。灰色の髪で背中に棺桶を背負っている。そいつが炎に包まれ爆散した車のパーツを棺桶に収納するところを見たフランクリンは次に何をするつもりかを理解する。自分たちがやったのと同じことをするつもりだと。
そして更にその奥に2人──
「包囲完了~。おーいゴーヤちゃんそろそろ起きな~時間だよ~」
「ん……ふわぁ……」
1人は金髪のギャル。その背中に黄緑色の髪のウェイトレスが直前まで寝ていたのかゆっくりとあくびをしながら目覚める。オーラを増大させながら。
「“
「はい。おはよーゴーヤちゃん。でも今は夜だし。てか相変わらずぐっすり眠った後のキャラ変えぐない?」
「スピカちゃん!!! 今日も一緒に勤務頑張りましょう!!! 私も頑張りますね!!! 話は聞いてます!!! あちらのお客様を一緒に殺せばいいんですよね!!? 旅団は最低ですからきっちり仕留めましょう!!!」
「それな~。──そんじゃまずは1人、お試しで始めるよ」
声は全く聞こえないが、それでも大きな声でうざったいほどに目をキラキラさせて明るく元気良く挨拶してるであろうウエイトレスの強大なオーラ。
そしてそれ以上に底知れないオーラと存在感を持つギャルに、フランクリンは冷静に自らの現状を理解した。
(なるほど。誰かが1人になるのを待ってやがったか。
先程までウヴォーギンと戦ってた陰獣と比べて明らかにオーラが強い。そこでフランクリンは自分たちを狙っているのが陰獣だけじゃないことに気づくが、それが誰かまでは分からない。しかし凄腕の念能力者が自分を囲んでいる。仮に相手が誰だか分かってもそれを伝える手段がないことまで気づく。
(さてどうするか。逃げたくても車は破壊されちまったし、電話する隙なんて与えてくれるわけもねえ。仮に連絡できたとしてもこっちに来るまで時間がかかるだろうしな)
無論、フランクリンも負けるつもりはないがそれでも実力を冷静に見極めれば勝算が極めて低く、逃走できる可能性も絶望的であることは悟る。
おまけに聴覚は効かない。冷静でなくなればよりオーラが乱れ、敵に付け入る隙を与えてしまうことからどっしり構えているが、そうであっても状況が悪すぎることには変わりはない。
(だったら──)
ゆえにフランクリンに出来るのは──開き直ることだけであった。
「──誰だか知らねーが……やるしかねェんだろ? なら殺し合うとしようぜ。会話もできねェしな」
「さすがA級首~肝据わってんじゃん。でも残念。これはガチンコの戦闘じゃなくて一方的な狩りだから」
「何言ってるかまるで聞こえねェが何となくなんて返せばいいかわかるな。多分こうだろ──狩れるもんなら狩ってみな。
両手の指10本が切り離され、フランクリンの能力“
スピカの豆知識:スピカは仲間をけなされるのが嫌い。
『箱庭の管理者(マネージゲットー)』
操作系能力。リストバンドに似た管理タグを付けた対象を一定圏内から出られなくし、バイタルデータや現在位置を記録し続ける。記録したデータはヴルストの端末に送られる。管理タグは一度付けられると自分の意思で外すことが出来ないし外そうとも思わない。また誰かに外してほしいとも思わなくなり、人に聞かれても「気にしないでいい」や「最近買ったんだ」などと操作された認識で答える。思考を縛るためタグを付けられた対象はこの能力にかけられたことを自覚できない。
タグに予め念を込めることで数メートルから半径100キロまで好きに距離を調整できる。
『寝る子は育つ(パワースリープ)』
強化系能力。睡眠による治癒力を強化し、寝れば寝るだけ起きている時間の身体能力とオーラ、成長速度を強化する。短い睡眠で十分な睡眠を取る能力と寝溜めすることで睡眠時間に比例して短い時間だが強くなる能力の2つがある。
今回はここまで。旅団との仁義なき戦いのはじまりはじまり。クラピカとかレオリオとかメインの4人も混ざってきてカオスかもしれない。お楽しみに。
感想、評価、よければよろしくお願いします。