アイの瞳は、君だけを映さない   作:can'tPayPay

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第2章:愛の仮面と、剥き出しの執心 第1話:甘い共依存の足音

B小町のシングルがオリコンチャートを駆け上がり、星野アイの名前が街の至る所に溢れ始めた頃。世間が彼女の「嘘」に熱狂すればするほど、事務所内でのアイの行動は、ある一人の事務員に対してのみ、より露骨で、より執拗なものへと変貌していった。

「しーおりくん。見て見て、今月の雑誌の表紙、私だよ」

苺プロの昼休み。栞がデスクで手早く弁当を食べていると、アイが当然のように彼の膝の隙間に潜り込んできた。

彼女は自分の顔が大きく写ったファッション誌を広げ、栞の顔のすぐ近くまで突きつける。

「ああ、コンビニで見かけた。いい写真じゃないか」

「感想それだけ? もっとあるでしょ! この唇のツヤが最高にエロ可愛いとか、この目に見つめられたら心臓止まるとかさ!」

アイは栞の腕を自分の首に回させ、セルフバックハグのような体勢を強制的に作る。栞の箸が止まり、彼は困ったように視線を落とした。

「仕事中だ、アイ。みんな見てる」

「いいじゃん、休憩中なんだし。それに、栞くんの反応が一番元気出るんだもん。他のスタッフさんに褒められても、右から左へ受け流しちゃうけど、栞くんの言葉だけは、ここに……ぎゅって、溜まっていくんだよ」

アイは自分の胸元を指差し、甘えるように栞の胸板に背中を預けた。

彼女の放つ「構って欲しいオーラ」は、もはや事務所の風物詩となっていた。斉藤社長は「アイのモチベーション管理」として半ば諦めていたが、それは管理という言葉で片付けられるほど生易しいものではない。

アイにとって、栞はもはや「安心できるスタッフ」の枠を超えていた。

多忙を極めるスケジュールの中で、彼女は常に栞の所在を確認していた。現場に彼がいないと、彼女の瞳からはスッと星が消え、完璧な笑顔の裏に冷酷なまでの無関心が宿る。

そして彼が現場に現れた途端、アイはまるで充電されたかのように輝き出し、隙あらば彼に触れ、自分の存在を誇示するのだ。

(……ねぇ、栞くん。君、今、私のこと『可愛い』って思ったでしょ?)

アイは、栞の脈拍がわずかに早まったのを見逃さない。

彼女は知っている。自分が栞に、自分という「毒」を少しずつ、丁寧に注ぎ込んでいることを。

自分がいなければ、この静かな事務員の日常はもっと平穏だったはずだ。けれど、もう遅い。自分という太陽に近づきすぎた彼は、もう他の光では満足できない身体になっているはずだと、アイは確信したかった。

「……アイ、顔が近い」

「近くなきゃ、私の本気、伝わらないでしょ?」

アイは栞の耳元で囁く。

だが、その唇は微かに震えていた。

(……怖い。もっと、もっと私に溺れてよ。私を特別だって証明して。私、君がいないと、明日どうやって笑えばいいか分からなくなっちゃうんだから)

自分を自分たらしめているのは、ファンからの声援でも、煌びやかなステージでもない。

この地味な事務員が向ける、呆れたような、けれど温かい視線だけだ。

それに気づいているからこそ、アイの執着は「可愛げ」の仮面を被りながら、その裏側で鋭い牙を研いでいた。

その日の午後、事態は少しだけ動き出す。

栞が外回りの仕事で、数時間ほど事務所を空けることになったのだ。

「え、栞くん、どこ行くの?」

「資料の届け物と、スタジオの下見だ。夕方には戻る」

「……私も行く」

「君はこれからボイトレだろう。仕事をしなさい」

栞がカバンを手に取ると、アイの顔から表情が消えた。

彼女は無言で栞のジャケットの袖を掴み、指が白くなるほど強く握りしめる。

「アイ?」

「……すぐ、戻る?」

「ああ、約束する」

栞がアイの頭を軽く撫でると、彼女はようやく指の力を緩めた。

だが、彼が事務所のドアを閉めた瞬間、アイはレッスン室に向かうフリをして、その場にへたり込んだ。

(一時間。たった一時間なのに、心臓が痛い)

アイは自分の両腕を抱きしめる。

溺れさせているつもりで、溺れているのは自分。

彼のいない空気に耐えられないほど、星野アイという「偶像」は、一人の男に全てを委ね始めていた。

この依存が、いつか自分たちを壊すかもしれない。

そんな予感を抱きながらも、アイは次の瞬間には、栞に送るための「自撮り写真」を選び始めていた。

「『早く帰ってこないと、浮気しちゃうぞ!』……なんてね。嘘だよ。私、君以外、誰もいらないんだもん」

送信ボタンを押すアイの瞳には、愛ゆえの狂気と、孤独ゆえの執念が、かつてないほど濃く混ざり合っていた。

 

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