余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:はつぼし たろう
翌日、月村さんの動向について賀陽さんと詳しい話をするために、いつも通り活動拠点で第三回終活会議を開催していた。
「――というわけで、これでひとまず月村さんが想定外の暴走をすることはなくなったと思っていいのかな、と」
「……そう簡単にアレの手綱を握れるとは思えないけれど……まぁさすがに野放しよりはマシ? いやでも……」
何やら賀陽さんが悲観的なことを言っているが、新人だろうとプロデューサーがいた方がいいに決まっているだろう。おれたちにとっても、月村さん自身にとってもだ。
賀陽さんの周囲をうろつくわんこに首輪が付いて、思考のリソースを割く必要がぐっと減ったのは改めてありがたいことである。
そんな感じで話がひと段落したところで、また予定の微調整を――と、おれが次の議題に移ろうとしたまさにその時だった。
「――失礼します」
ノックと共に、ドアが開かれる――また月村手毬か!? さっそくリードが外れて脱走か!? と勢いよく振り向いたが、そこにいたのはまったく想定外の人物だった。
「――え、な、星南さん……!?」
「久しぶりね……
☆ ☆ ☆
十王星南。
初星学園生徒会執行部の会長にして、学園長十王邦夫氏の孫娘であり、初星学園の頂点――前回のH.I.F優勝者たる〝
……そして、おれにとっては、途中で道を違えてしまった人だ。
「……え、何この湿っぽい空気? ……プロデューサーの元カノ?」
「も、ももも!? な、ちっ違うわよ!!!」
「賀陽さん、違います……え、まさかご存じないですか? この人のこと」
「さすがにわかるわよ。
よかった、すっかりアイドルに興味がなくなって星南さんのことすら知らない、なんてことはなかったようだ。
「え、ええそうよ、私は十王星南。そういう貴方は、賀陽燐羽さんね」
「あら、天下の一番星に知ってもらえてるなんて光栄。あなたのお父様にもお世話になったしね」
「それは皮肉かしら?」
「ええ、少しね」
星南さんのお父さん――言わずもがな、十王社長だ。
彼にはおそらく、まだお世話になる。もちろん多少の皮肉込みだ。
「……それで? あなたたち、いったいどういう関係なわけ?」
「そうですね、ざっくり言えば……昨年、一時的にプロデュース紛いのことをしていた、という感じでしょうか。正式な契約を結んでいたわけではないのですが」
「へぇ……じゃあもしかして、去年の冬のH.I.Fを取れたのもあなたの功績だったりするわけ?」
「いいえ、おれはむしろ足を引っ張ったくらいで」
「先輩! だからそれは違うと……!」
「……あーはいはい、なんとなく、本当になんとなくだけどわかったわ。冬だものね」
はぁ~、と、賀陽さんはめちゃくちゃ面倒くさそうにため息をついた。
「痴話喧嘩なら二人だけでやって。なんなら今すぐ退席するけれど」
「待ちなさい賀陽さん。痴話喧嘩じゃないし、今日来たのは貴方にも用があってのことなのよ。だいたいするとしても普通の喧嘩であって断じて痴話喧嘩なんかじゃ」
「星南さん、星南さん落ち着いてください。何を言っても墓穴を掘るだけですから」
「墓穴って何よ!」
話が進まない……。
賀陽さんがますますうんざりした顔をしているし、おれもどうして星南さんが現れたのかわからないので、さすがにそろそろ本題に移ってほしい。
「……星南さんもしかしてあれですか、姫崎さんから何か話を聞いてここに来たんで?」
と、耳を赤くしてぷんすか怒る星南さんにそう尋ねれば、彼女はむっとした顔で答えた。
「……貴方が……楽しそうにしていると聞いたから……」
「……はぁぁぁ~~~~~~~~」
「賀陽さんため息がでかいです」
なんか、本当に申し訳なくなってきた。おれ全然悪くないのに。賀陽さん本当にどっか行っちゃうぞこれ。
と、おれたちの呆れ切った視線に気が付いた星南さんは、さすがに気を引き締めなおそうと思ったのか非常にわざとらしい咳ばらいをした。
「先輩。私が今日ここに来たのは、貴方と、貴方の担当アイドルである賀陽燐羽さんに、宣戦布告をするためよ!」
そして、おれたちに指を向けたかと思うと、ドヤ顔でそんなことを言い出した。
……宣戦布告って、なんだ?
「宣戦布告って何?」
賀陽さんがすぐに聞いてくれた。
星南さんが、真面目な顔になって答える。
「私はこの新学期、ついにプロジェクト『
「…………」
「賀陽さんおれを見ないでください……と、言いたいところですが」
そのプロジェクト、遺憾ながらおれは知っている。
「星南さんが、自らの手で後進をプロデュースし、十王星南を超えるような一番星を育て上げる。そういうプロジェクトです」
「はぁ? アイドルやりながら、他のアイドルを片手間でプロデュースするってわけ?」
「片手間ではないわ。本気で向き合って、本気でプロデュースするつもりよ」
「……一番星様の考えることはよくわからないわね。自分自身を超えるアイドルを、自分で育てようなんて」
「あら、そんなに難しいことではないわよ? これはオフレコにしてほしいのだけれど――私は、初星学園を卒業したら、アイドルを辞めるの」
「……は?」
と、賀陽さんは目を丸くして、確認するようにおれの顔を見てきた。
おれは、曖昧に頷く。
「そういう考えがあったのは、おれも知っています。ただ、本当にそうするかは……」
「いいえ先輩、もう決めたの。この初星学園に集まったアイドルの原石たちに、私は自分の夢を託すことにしたわ。私の才能は、これ以上磨いても輝きを増すことはないと判断したから」
星南さんは、悲しげな様子を一切見せず、これが厳然たる事実だと確信しているかのように言い切った。
……ずるい人だ。
今のおれには、どんなにそれを否定したくても、できない。
そのことがわかっていて、こうして目の前で言ってきたのだろう。
「……そんなに悲しそうな顔をしないでちょうだい。別に、貴方を嫌な気持ちにしたいわけじゃないの。むしろ、そう、プロジェクト『
星南さんは少しだけ首をかしげて、優しく微笑みかけてくる。
……判断の是非はともかく気持ちは嬉しいが、シリアスに受け止めるにはちょっと計画の名前がノイズなんだよな。
ただ、毒気を抜かれてちょうどいい気もするので、今日のところは突っ込まずにおくとしよう。
「星南さんのお気持ちはわかりました。で、それがどうして宣戦布告に繋がるのかがわからないのですが……」
「私は、私が才能を見出したアイドルたちを生徒会に勧誘したわ。全員一年生で、三人ね……もう一人、それはもう本当に素晴らしくて見所しかない子がいて、その子のスカウトはまだ上手くいっていないのだけれど……とにかく彼女たちを、この私を超える一番星に、初星学園のすべてのアイドルたちの目標となるような存在にしてみせる。そしてその第一歩として、来月の定期公演『
「なるほど、妥当な目標設定ですね」
定期公演『初』とは、その名の通り初星学園で定期的におこなわれるイベントで、アイドル科生徒たちの登竜門的なもの。
中間、最終の二度のオーディション試験に挑み、優秀な成績を収めることで初星学園が誇る大講堂メインステージでのライブ公演をおこなえるのだ。
「賀陽さんがアイドルの引退を表明したのはもちろん知っているし、先輩がそれを目標にプロデュースをしているのもわかっているわ。でも、引退ライブの時期を夏頃としていて、賀陽さん自身もレッスンをおこなっているということは、一度アイドルとしての勘を取り戻そうとしている。そうよね?」
「はい、確かにそういう方針でやっています」
「であれば、やがては実戦も必要になるでしょう。先輩……いえ、本人に直接言うべきね。賀陽さん、定期公演『初』に参加なさい。そして、そこで私たちのアイドルと勝負よ!」
……なるほど、そういうことか。
月村さんと同じで、賀陽さんがアイドル復帰を目指しているのだと星南さんが勘違いしているのではないかと途中までは思っていたが、あくまでおれのプロデュースの意図を推測した上での宣戦布告だったようだ。
引退ライブを最高のものにするのであれば、星南さんの言う通りライブそのもののリハビリもあった方がいい。それは間違いない。
しかし……その舞台として、はたして『初』が相応しいかどうか。
星南さんが一人で盛り上がっているだけ、というとすごく彼女がかわいそうなのだが、それにしたってどこからどう見ても賀陽さんが乗り気な顔をしていない。
おれと賀陽さんが微妙な雰囲気で沈黙していると、やがて星南さんは「あ、あれっ?」とあたふたし始める。
「こ、ここは受けて立つって言ってくれるところじゃないかしら……?」
「星南さん、仰ることには一理あると思いますが、この場の勢いではお返事できかねます。賀陽さんがファンの前に露出すること、特にライブともなれば慎重な判断が必要になる。現時点では何の話もしていませんから、イエスともノーとも言えないんです」
プロデューサーとしての意見を星南さんに、そして賀陽さんにも向けて伝える。
星南さんの宣戦布告、普通であれば受ける流れだが、残念なことにおれも賀陽さんもまったくもって普通ではないのだ。
「……ごめんなさい、そうよね。私、舞い上がってしまっていたわ」
「ええ、舞い上がりすぎですね」
「そこは、そんなことないって否定するところじゃないかしら」
「いいえ、舞い上がりすぎです……自意識過剰だったら恥ずかしいですが、どうせおれに会いに来る口実ができて嬉しかったんでしょう?」
「な、なぁ!? そ、そ、そんなわけないわよっ!!!」
うん、図星か。一番図星か。
「まぁ、あれからお互い気まずいばかりでしたし、昨日姫崎さんに気を遣ってもらったのはいいきっかけだったと思いますが、星南さんはもう少し冷静に……」
「う、う、うるさい! バカ! 先輩なんてキライよ! もう、帰るわ!!!」
と、非常にわかりやすい照れ隠しを炸裂させ、顔を真っ赤にした星南さんは部屋を出て行ってしまったのだった。
取り残されたおれと賀陽さん。
おれは、彼女の方を見て、やれやれと肩をすくめてみせた。
「困った一番星ですね、まったく」
「この女たらし……」
返された視線は、非常に厳しいものだった。
まぁ、やりすぎたな。久々に星南さんをからかうことが楽しかったから、つい。
反省反省はっはっはっ、と笑いながら頭を掻くおれに、賀陽さんは今日何度目かもわからないため息をついた。
「それにしても意外ね、あの人。あんなに可愛げがあったなんて」
「ええ、あれでステージの上では超カッコいいんですから、アイドルって不思議なものです」
「……でも、引退する気なのね」
賀陽さんが思わずといったように零した一言は、とても寂しそうな声色だった。
おれはそれに少し驚いてしまったが、ちらりとこちらを見た彼女が気にする様子はなかった。
「あなた、止めようとしなかったわね。顔には出ていたけれど」
「ああ、いえ……すいません、顔にも出すべきではなかったです。おれと彼女の関係を考えても、賀陽さんのことを考えても、どの口が言うんだって話にしかなりませんから」
「……そうね。それと、ライブのこと……『初』のことだけど」
「はい。星南さんの言に一理あると言ったのは本心です。賀陽さんも、そこはご理解いただけますか?」
賀陽さんがこくりと頷いたので、おれは続ける。
「その上で、そうですね、賀陽さんはどうしたいかを考えておいてもらえればと思います。引退ライブの前に調整の場を設けるか、それを定期公演『初』とするかどうか。後者についてはエントリーの期限がありますが、ゆっくり考えていただいて大丈夫です」
もうしばらくレッスンの期間を経て、予定通り賀陽さんが実力を取り戻せるようであれば考えてもらうつもりだったことだ。少々早まっただけで、問題はない。
「……わかったわ。あの子たちのための、最善を。それでいいのね?」
「ふむ、賀陽さんはすぐに自分のことを忘れますね。あなたが後悔しないために、でもありますよ。きちんと悩んで、あなたの中で折り合いをつけてください」
おれがそう言うと、賀陽さんは少しムッとしながら、しかし確かに首肯したのだった。
現時点でPとの親愛度が一番高いかわいくてお労しい星南ちゃん先輩についての感想募集中です