余命一年なのでグレたアイドルの終活プロデュースして死にます 作:はつぼし たろう
いずれ出演していただきたいと思います。
賀陽さんのアイドルとしての能力について考える。
まずもってボーカル、ダンス、ビジュアルのどれもが高水準であることは間違いない。
高等部一年にしては、なんて枕詞はまったく不要で、初星学園の全生徒の中で少なくとも上位一割に食い込むと見ていいだろう。もっとも、それは『SyngUp!』時代の100点を取り戻した状態で、という話だが。
もう一つ考えたいのが、他生徒との比較でなく彼女の能力同士の比較、つまりボーカルダンスビジュアルの三つの能力でどれが優れていてどれに課題があるかという点だ。
それぞれのレッスンを実際に見てきた上でのおれの感覚では、各能力の差はそこまでなく、強いて言うならボーカルが少し抜けているかな、という印象だ。
ただ、人によってはダンスを上と見る向きがあってもおかしくないと思うので、相対的にはビジュアルで売るアイドルではないのかな、というのが結論である。
うん、本当に歌とダンスについては、プロデューサー目線であればプロデュース方針の差で評価が変わる――いや、ほとんど好みの差と言っていいと思う。
つまり、おれは賀陽さんの歌が結構好きだということである。
「――うん、素晴らしい! 音程のブレもほとんどなくなって、発声もどんどんよくなっていますよ、賀陽さん」
「ありがとうございます」
「……プロデューサー? さっきから後ろで腕組みしてしみじみ頷いているだけですけど、貴方からもちゃんとアドバイスをしてあげてくださいね?」
「あ、すいません、普通に聞き惚れてまして……賀陽さん、本当に歌が上手いですねぇ」
「そんな小学生でも言えるような感想……もうちょっと何かないの?」
ボーカルトレーナーさんからちくりと刺され、とりあえず素直すぎる感想を述べたら賀陽さんからも呆れられてしまった。
しかし、トレーナーのいる場で言えるほどのことはないのだ。
プロデューサーにだっていろんなタイプがいて、技能的なことをよく勉強して具体的なアドバイスをするのが得意な人もそりゃいるが、おれは基本を押さえている程度でしかない。特に、歌に関しては自分自身が得意でないのもあって教科書的なことしか言えないのである。
「まぁ、それでも強いて言うなら、賀陽さんがもっと感情を込めて歌う姿が見てみたいですね。個人的な願望です」
「う、うーん、願望と言われてしまうとちょっと困りますが、そうですね、歌に感情を乗せるようにすればもっと素晴らしい出来になるのは間違いないですよ」
ほとんど私欲をひけらかしただけのおれに苦笑いしつつ、しかしボーカルトレーナーさんもおれの願望に賛同する。
が、それを聞いた賀陽さんはと言えば、何やら難しそうな顔をしている。
……いや、
「賀陽さん、できないのではなくやっていないだけ、というのはわかっています。ただおれは、引退の場で最後に届ける歌がそれじゃあもったいないと思うんですよ」
「……そうは言われても、ね」
「もちろん、その時になれば否応なく溢れるものがあるでしょうけどね。だから心配はしていませんが、一応伝えておいた方がよいかなと」
「それも、考えておけって?」
「そうですね、そういうことにしておきましょう」
賀陽さんは、あからさまに面倒くさそうなため息をつく。
おれは、ボーカルトレーナーさんと顔を見合わせて、苦笑いをしたのだった。
☆ ☆ ☆
次の日はビジュアルレッスンだった。
今回もビジュアルトレーナーさん付きのレッスンで、これが二回目になる。
ビジュアルとはつまり
今後もアイドル活動を続けていくのであればいくらでもやることはあるのだが、今の賀陽さんが姿を
そしてそのライブはまったく具体化していない状況であり、むしろそれ以前の他での露出は慎重に……なんて話をつい先日したばかりなわけで、ぶっちゃけやることが少ない。
まぁ逆に言えば実際にライブの計画を立てる段階になれば演出等々を考えて、それを最高の形で実現するために一番重要なレッスンになるのだが……現時点ではヨガやストレッチなど静的な運動で身体を動かしつつ、トレーナーさんと会話しながら中等部でもやってきたであろう基礎を固めなおしている状況だった。
「トレーナー、このアイドルのライブの、この演出なんですが……」
「んー? どれどれ……わーお、すごいアクロバティックね。こういうのがやりたいの?」
「いいえ、ここまでは。ただ、このライティングが良いなと思って、他の形に落とし込めないかなと」
「なるほどね、するとまずは……」
……と、しかし賀陽さんはそれでも真剣に、積極的にこのレッスンの時間を使っていた。
本人が前に言っていたようにレッスンが好きだからか、あるいは根が真面目だからか……たぶん、両方だろうとおれは思っている。
「……いててっ」
「あ、ちょっとプロデューサーちゃん、あんまり無理に伸ばしちゃダメよ。ゆっくりじっくりでいいんだから」
「や、すいません、前はもうちょっと行けた気がして……」
「あなた、身体硬いわね。お風呂上がりとかに柔軟するだけでも違ってくるわよ」
「へい……」
で、それはそれとして、やっぱりボーカルやダンスのレッスンと違って時間を持て余し気味なため、おれも一緒になってヨガをやっていた。
いやはや、健康な頃は適度に筋トレなんかしていたのだが、この半年でかなり体力が衰えたものだ。
日常生活を送ってるだけでも感じていたものの、なんか身体も硬くなってるし。
激しい運動は禁物、しかし逆にまったく身体を動かさないというのもよろしくないらしいので、ヨガは最適だと言えるだろう。まぁ担当アイドルと一緒になってやっているのはわけがわからないが。
やわらかいヨガマットの上でなおもヒ―ヒー言いながら腕や足を伸ばしたり縮めたりしていると、ふと燐羽さんが近づいてきて、意地の悪い笑みを浮かべながらおれを見下ろした。
「……なんです?」
「知ってる? 柔軟って、一人でやるよりも誰かと一緒にやる方が効果的なのよ?」
「はぁ、まぁ、そうでしょうけど。賀陽さん、ちゃんと自分のレッスンに時間を使ってくださいね」
「息抜きよ」
「じゃあちゃんと息を抜いて下さ――あいだだだだだだだ!!! 死ぬ!!! 身体壊れて死ぬ!」
「ちょっとプロデューサーちゃーん、あなたのそのジョーク笑えないからやめてよー」
じゃあ止めてくださいよこの悪い子を! ビジュトレさん!
☆ ☆ ☆
さらに次の日はダンスレッスン。
トレーナーなしの自主レッスンで、メニューは前回時点でダンストレーナーさんから指摘のあった内容を元に賀陽さんとおれとで相談して決めた内容になっている。
賀陽さんはセルフプロデュースに長けている、というのは以前も言及したことだが、それはレッスンのメニュー作りのような細かな点にまで及んでいる。
つまるところ、彼女は自分を客観視する能力が非常に高いのである。
自身がどう振舞えばどう見られるのか、どういう印象を与えられるのか。
そして、目標、目的に対して何がどこまで必要なのか。
そういった自己分析が常に的確なのだ。
賀陽さんはおれの前で、適当に選んだらしいアイドルの曲をかけて踊っていた。振り付けは、ライブの映像を何度か見ただけで完コピしたらしい。
最初のダンスレッスンに比べると、既に見違えるほどにキレが増していた。
ターン、ステップ、指先、視線……既におれの目では粗が見つけられないほどで、初めは一番足を引っ張っていただけに、それをあっという間にここまで戻してしまう賀陽さんのポテンシャルには惚れ惚れしてしまうほどだった。
三分三十七秒、賀陽さんは最後のポーズと共におれへ視線をやって、一曲をフルで踊りきった。
「……ふぅ。どう?」
「完璧ですね。アイドルを辞めてもダンス一本で食べて行けそうです」
「それはどうも。ま、このフリは私向けじゃないけれど」
「と、言うと?」
「もっと背の高い子の方が映えるって話よ。たとえば、あなたの十王さんとかね」
「おれのじゃないですが、まぁ一理ありますね。しかし賀陽さんも手足が長いですから、十分迫力がありましたよ。表現力の賜物でもあるかと思います」
「はいはい、一応誉め言葉として受け取っておくわ」
いや、一応も何も褒めてるんだけどな……もっとわかりやすく褒めた方がいいだろうか? 絶対に嫌がられると思うが。
賀陽さんが一旦休憩に入ったので、おれはおれで所感をレポートにまとめるなどする。
後でダンストレーナーに報告するために見直すので、とりあえず思ったことはどんなに小さいことでも書き留めていく。
「……ねぇ、プロデューサー」
タオルで汗を拭いていた賀陽さんが不意にちらりとおれを見て、話しかけてくる。
「はい、なんでしょう」
「あなたの目から見て、今の私は……
「90点。あなた自身も、そのくらいの見立てでは?」
特にもったいぶらずにスパっと答えると、賀陽さんも少し逡巡してから頷いた。
自己分析に優れた彼女の同意はむしろおれの回答の答え合わせのようにも思えたが、どんなに客観視が得意でも他人目線の評価が全く不要なわけではない。
むしろ、それを切り捨てるような人間は客観視が得意だと思い込んでるだけの危うい人だと言えよう。
ともあれ、ここに至ってもお互いの認識が合っているのは良いことだ。
アイドルとプロデューサーで現在地の認識が食い違っている、なんていうのはよくある不和の元だから。
「思っていたよりも早いわ」
と、賀陽さんは呟く。
おれはそれを肯定しつつも、しかしと反論した。
「あと10点分が同じペースで埋まるわけではないでしょう」
「それでも、目安にしていた丸一か月はかからないわね。……想像以上に、レッスンが充実していたから」
「それは幸いでした。遅れるよりはずっといいですから」
「ええ……あなたのおかげだわ」
賀陽さんが出し抜けにそんなことを言ったので、おれはちょっと驚いてしまった。
「……え、なんでそんな急にデレてくれたんです?」
「ハァ? デレとか……そんなんじゃないんだけど? 私はただ、事実を口にしただけ。あなたがトレーナーたちに忠告していたんでしょう、私にアイドルを辞めるのはもったいないだとか言わないようにって」
「それはまぁ、そうですが」
「どうせ、うるさく言われるんだろうって思っていたのよ。でも、ちょっと気味悪く思うくらいそれがなくって……それが思っていたよりも、ずっと快適だったから」
お、おお……デレ、だな?
まぁ実際、賀陽さんが快適にレッスンができるようにと気をまわしたのは確かである。
トレーナーさんたちは本当に悪気なく、賀陽さんのためを思ってそういうことを言ってしまうだろうと思ったから、お互いのためにとあらかじめお願いしておいたのだった。
「……せっかくのタイミングなので言ってしまいますが、レッスン、下手にセーブしなくてもいいですよ」
「……どういうこと?」
「ですから、100点をゴールにしなくていい、ということです。引退は夏、というのは既に告知していますから、それまで好きなだけレッスンしてください。そうして付いた実力をどこまで披露するかは後で考えましょう。妥協しない、という方針とは少々矛盾しますが、それが足かせになってレッスンをセーブするのでは本末転倒ですから」
賀陽さんを焦らせない、あるいはアイドルを続けさせようとしているかのような誤解を彼女に与えないために設定した
「周囲からの目は、これからもおれが可能な限り調整します。賀陽さんは自立していますから、そういうことでくらいはおれを困らせてください。それでこそプロデュースのしがいがあるってもんです」
むんっ、と力こぶを作るようなポーズをしてみせると、賀陽さんは呆れたように笑った。
「……ええ、わかった。言ったからには、覚悟しておきなさいよ。あなたのところに、なんで賀陽燐羽を引退させるんだって文句がめちゃくちゃ届くようにしてあげるから」
「望むところです」
――賀陽さんとのレッスンの日々は、こんな感じで少しずつ前に進んでいくのだった。
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一桁取れると思ってませんでした!
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