そこは、暗闇だった。意識は揺らめき不明瞭なままにまるで羊水に浮かぶ胎児のように冷たい液体の中に浮かんでいる。
ゴポ。と浮き上がる泡が音を鳴らした。
「━━━━━━━━━━━━━━。」
鯨の声が聞こえる。とても低い音を奏でるチューバに似た頭に響くその声はどこか悲しげで、それでいて神秘的だった。
悲しげな鯨の唄と言えば、世界にはたった1匹だけ鳴き声が52
その唄にどんな理由があるにせよ、確かにその鯨は生存しており、おそらくは成熟していることからしてその52Hzの鯨はおそらく健康なのだ。にもかかわらずその独特で悲しげな唄に類するものは他になく、その源はたったひとりだけ。それゆえに、その鯨は世界でもっとも孤独な鯨と呼ばれている。
そんな悲しげな唄が聴こえどもその姿は眼球の結晶に映ることはなく。ただ、底の見えない暗闇の中で響いている。
そうしてどれ程の時間が経ったのだろう。先程まで暗闇に満たされていた世界に一筋の線が見えた。その線は闇の中で蒼白に光り輝いて見える程にハッキリと視界に焼き付き視線を逸らすことを許さない。
「━━━━━━━━。」
再度、鯨の唄が響く。しかしその唄は先程よりも短く、消え入りそうな唄だった。けれどその唄に込められた鯨の意思は暗闇の中、確かな振動として頭骨に響き意思を伝えた。
「掴め。」
たった一言、鯨が言った。なんの飾りも無いたった一言を消え入りそうな声で言ったのだ。そして何を掴むのか、それはもう分かり切っていた。あの蒼白に光り輝く一本の線を、この暗闇の中でのたった一つの光を掴むのだと。
そう分かった時には既に有るのかもわからない自らの四肢を動かしていた。少しずつ、少しずつ亀の歩みのような鈍重な速度であれど必死になって身体を前進させる。
ふと、気配を感じて背後を振り返った。そしてしているのかも分からない息を吐いた。ぼやけて不明瞭な視界にぼんやりと映りながらそこに居たのは大きな白鯨だった。外見はシロナガスクジラに似てはいるが何処となく違う鯨なのだと分かった。
白鯨はただこちらを見つめている。その眼差しは優しげで、威厳に満ちたような雰囲気があった。白鯨は動かない。ずっとこちらを見つめ続けている。
自分があの線に触れることを催促しているのか、それとも見守っているのか。それは自分には分からず、白鯨自身しか知らない事だ。
再度、線へと向き直り視線を固定する。そしてまた藻掻きながら線へと泳ぐ。
進む。
進む。
何故か、ほんの少しだけ先程泳いだ時よりも自身が線と距離を詰める速度が上がったような気がする。あの白鯨のお陰なのか、それとも単純に気の所為なのか。
そうして、泳ぎ続けるうちにまた先程よりも速くなった気がした。まるで泳ぐ度に身体の輪郭が明確になる様に、存在が定義される様に。
そして、ついに辿り着いた。先程より幾分かマシになったぼやけた視界の中、その線はハッキリと映り込んでいる。手を伸ばす。何故か、少しだけ短くなった腕は光り輝く線に伸ばされ、遂にその手の中に線を掴み取った。
瞬間。手の中に握られた線がその光量を増大させた。視界が光によって真っ白に塗りつぶされる。自身の何かが剥がれ落ちていくような感覚がする。
それと同時に朧げだった意識が水に垂らしたインクの様に更に薄れ始める。薄れていく視界の中、最後の足掻きとばかりに片腕を腕を必死に伸ばす。
そして、意識が完全に消え去るコンマ数秒、何かが、手に触れた気がした━━━━━━━━━━━━━━━。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
誰かが、居なくなった。暗闇の中でその知らせが響き渡る。底の見えない冷たい暗闇で白鯨はゆっくりと泳ぎ出す。彼は、見届けた。誰かが最後になる時を、白に染まった瞬間を。
「━━━━デ、━━━━?━━━ヨ。」
白鯨はそう独りごちた。白鯨には役割があった。遥か昔、恩人からの頼みを受け、此処で白鯨に姿を変えこの場所を守って欲しいと。白鯨はその頼みを受け入れた。かつて矮小だったその体躯は小島程はあろう体躯へと変わり、この暗闇の中で彼らを見守り、見送ってきた。
この選択に後悔は無い。元より彼の恩人の優しさと知恵無ければ惨めに亡んでいた身。彼の頼みの為なら喜んでこの身をすり減らそう。そう言えば、と白鯨は思案する。彼の恩人の六代前は今は黄泉の主だったか。確かにあの男ならアレを見て自身の孫に頼んででも行動するのも可笑しくは無いのだろう。
白鯨はひとり、白鯨以外誰ひとりとして居なくなった暗闇の中静かに泳ぐ。かつては此処に数多の者達が居た。
けれど皆、行ってしまった。仕方のない事だ。創世の神たるアレから生み出された物達を止める為には、仕方が無かったのだ。そして、最後の子も行ってしまった。あの子は優しい子だった。けれど、仕方のない事だった。
もう、此処に白鯨の役割はない。白鯨が泳ぐ度、白鯨の泳ぐ速度は衰えていった。
段々と、白鯨の身体は深い闇の中に降下していく。
(嗚呼。⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎。私めは役割を全うしました。これからあなたのいる所へと向かいます。)
「━━━━━━━━━━。」
暗闇の中、最後の鯨の唄が響いた。
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他の深海棲艦出したいですぅッ…!!
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しょうがないにゃあ…良いよ。
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ダメ♡甘えんな♡