魔術師たちに幸せを   作:siyu

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最高峰の魔女と最底辺の魔術師

 

 アーキルがキャスターを呼び出し、共に殺人小屋を抜け出してからしばし。2人は冬木市の一等地に建った家の中で息をついていた。

 

「コーヒーでも淹れてくる。少し待っていてくれ」

 

 アーキルはそう言うと、さっさとキッチンへ向かってしまう。行動が早い。

 

 キャスターはどうにも手持ち無沙汰で、大広間の長椅子に座る。

 

 自然と、周りを見渡した。アーキルが個人で所有する少し大きい一軒家。常人が見れば、一人暮らしにしては豪華な家だと思うのみだろう。

 

 しかし魔術師が、かつ内部から見れば、その家に抱く印象は大きく変わる。

 

 まず内部から感じる広さは、外部から見たそれとは大きく異なっている。家の内部が魔術によって歪められた異空間である証拠だ。古い振り子時計の音が妙に大きく鳴り、魔力が無駄なく循環している。部屋の隅に置かれた道具は、占星術に関連したものだろうか。

 

 驚くべきは、それら魔術に関連した全てを、キャスターが屋内に入るまで認識できなかったことだ。

 

 魔術師(キャスター)として人類史に刻まれた彼女を欺いたというのは、たとえ本人にその気が無かったとしても、十分称賛に値する。

 

 改めて見てみれば、魔術の痕跡は科学で、科学の痕跡は魔術で隠されているらしい。結果として双方からの探知を不可能にするという稀有なステルス性を、このただの一軒家は獲得していた。使用されている魔術の規模こそ低いが、その安全性は下手な魔術工房を上回っている。

 

 聖杯からの知識によれば、現代の魔術師には科学蔑視の傾向がある様だが、自身を呼び出した男が科学を活用しているのは、手段など選べない非才ゆえか、それとも他の理由か。

 

 科学と魔術の融合。ある意味これも新しい魔術の形と言えるかもしれない。

 

「待たせたね」

 

 大人しく待っていると、ややあって彼が戻ってくる。湯気の立つカップを長机の上に乗せ、自身はキャスターの向かい側に座った。

 

 ブラックコーヒーというには色の薄いそれを口に含む。

 

「……スパイスが……少しきついわ」

 

「故郷の淹れ方だ。ドライフルーツと一緒に食べると丁度良い」

 

 ならばと机に出された棗椰子(ナツメヤシ)を一つだけ口に放り込む。甘ったるいが、コーヒーをそのまま飲むよりは味を楽しめる。

 

 飲み慣れていないため味の良し悪しは分からないが、目の前の彼はなかなか美味しそうに飲んでいる。大の男が浮かべる純粋な笑顔というのは、結構な見応えがあった。

 

 マジマジとしたキャスターの視線に気づいたのか、アーキルはコーヒーから視線を上げた。

 

「フードぐらいは取っても良いんじゃないかね?」

 

「……顔のいい男は信用しないようにしてるの」

 

 キャスターの返答に、アーキルは苦笑いをする。嬉しく思えば良いのかどうか迷う返答だなとでも思ったのだろう。

 

「私のフードを取らせるなら、まずは貴方の素性を明かしてくれないと無理よ」

 

「あぁ……まぁそれが当然だったね」

 

 飲みかけのコーヒーを置いて笑みを浮かべる。

 

「初めまして。私はアーキル•イブン•タウフィック。元は魔術師でも無かったのだが、色々あってここまで流れ着いてしまった。いやはや人生なにがあるか分からないね!」

 

「……魔術師なんてそんな良いものじゃなわよ?」

 

 元が魔術師でもなかったなら、何故魔術師などになったのか。

 

 神代ならまだしも、現代の魔術師とはただ過去から未来へと『血を続けるための歯車』だ。数千年以上の狂気を下積みとした純血の異端種(サラブレッド)

 

 下地の無い人間が半端な覚悟で生きる事のできる世界では無い。

 

「それはもう、惚れた弱みってやつだ。科学より効率悪いし、役に立つ事なんて少ないし、私はほぼ使えない。そういう魔術と魔術師が好きなんだ」

 

 そう言う彼の顔はひたすら楽しげな色に染まっている。思わず、声が漏れた。

 

「……変な人」

 

「知ってる。我ながら難儀な好みだよ………では自己紹介の続きだ。と言っても話すべき事は一つだけだね」

 

 一つだけ。それは2人が出会った訳であり、彼がサーヴァントを喚んだ理由であり、聖杯に何を求めるかであった。

 

 元は一般人である彼が万能器に何を求めるものとはなんだろうか。

 

「私の夢、私が聖杯に望むものは———だ」

 

「———は?」

 

 その答えに魔女の思考が数瞬、固まった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 その変化は、目の前に座るアーキルが最も強く感じ取った。

 

「———は?」

 

 魔女から出た声と、途轍もない魔力に、アーキルの痛覚が絶叫を上げる。アーキルのただでさえ鈍い魔力感知の上限を著しく超えたためだ。仮にも魔術師という只人とは外れた者でさえ、更に外に立つ者は理解できないという当然の理屈。

 

 反撃のため無意識に跳ね上がった左腕を、無理やり右腕で押さえつける。

 

 このキャスターは自分より遙かに高位の魔術師だ。たとえサーヴァントの身であろうと主従契約を改竄することなど容易だろう。

 

「っ……!」

 

 空気が重く、のし掛かる。深海に生身で放り込まれたような圧迫感。

 

 圧力に耐えきれず、筋繊維が破断し骨がひしゃげる。そして、支えを失った肉体が潰れて床の染みになるビジョン。脳は自分の死をまざまざと思い描く。

 

 アーキルの意識が遠く飛びそうになったとき、

 

「は———はは、あははははは!」

 

 体を包んでいた重圧が掻き消えた。

 

「……勘弁、してくれ」

 

 その一言を口にするのに、どれだけの労力を使ったか。

 

 殺意を向けられた訳でもないのに、明確な死を感じた。

 

 アーキルの願いは魔術師然とした者ほど受け入れ難いものだ。だから最悪の場合、呼んだサーヴァントに殺される事も危惧していた。無論、可能な限りは抵抗する心持ちだったが、結局アーキルにできたのは自分のサーヴァント(従者)の気を害さないようにする事だけだった。

 

 未だ思考が定まっていないアーキルに、キャスターはひらひらと手を振る。

 

「あぁ、ごめんなさいね。驚かせるつもりは無かったのだけど」

 

 キャスターのその一言で、白く染まった意識がようやく戻ってきた。息を整え、乱れた心を落ち着かせる。

 

「……君の力の一旦をこの身で感じられた。そう思えばまぁ……悪い事ではないさ」

 

 それは本音ではあったが、虚勢が含まれているのをキャスターも感じ取っただろう。顔は変わらずフードに隠れていたが、それでもなお申し訳なさそうな雰囲気を滲ませる。

 

「貴方が()()()()()()()()()()を持ってるなんて思わなくて」

 

「……否定はしない」

 

「あら、拗ねないでよ。お返しに私も名乗ってあげるわ」

 

 そうして、彼女はフードを取る。

 

「………」

 

 アーキルの息が再び止まった。ただし別の理由で。

 

 ネイビー色の眼には理知的な光が宿っていた。その眼と同色の髪は豊富な魔力を湛えて、月光を跳ね返していた。

 

 女という姿の、概念の理想系に限りなく近かった。洋の東西や歴史の変遷など、そんな些細な審美眼の変化など塵芥でしか無い。何処であろうが、誰であろうが、彼女こそ美であると認めざるを得ない。そんな魔術のような美しさ。

 

「私の真名はメディア。アルゴノーツの1人であり、裏切りの魔女と呼ばれた女の影法師」

 

 笑みをこぼし、確かな敬意とともに、彼女は胸元へ手をやった。

 

「良いわよ、アーキル(マスター)。貴方の杖として、私の力を振るいましょう」

 

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