ペーパーシャッフル。
要は、お互いにテスト問題を作り、相手クラスと解きあって、点数を競う。クラスメイト毎にパートナーを作る必要はあるが、全員の底上げが順調に進んでいる今のクラスなら、問題はないだろう。
どれだけ点数を取れるか、どれだけ点数を取らせないか。
それを競う試験である。
問スターと戦い続けて来たオレたちが、問スターを作る側に周るとはな。
「───私たちの対戦相手は、一年Aクラス。
異論は、無いわね」
この一年の、実質的な総決算。
その相手は、オレたちの一つ上にして、一年生の頂点。
一年Aクラスを置いて、他にない。
「何の問題も無いよ。堀北さん。
僕たちは、この一年近く、たくさん積み重ねてきた。
今こそ、頂点を、取る」
平田の言葉に、クラス中が、闘志を燃やす。
そう。今こそ、頂点を、狙うときだ。
一方、一年Aクラスでは。
「今回の試験、お互いに、指名し合う形になるだろう」
「遂に、ですね」
「うむ。ついに、だな」
Aクラス首脳陣の言葉に、Aクラスの生徒たちは、大きく頷いていた。
そう。遂に、だ。
あの、Dクラスから、凄まじい勢いで、Aクラスの一歩後ろにまで迫ってきた、あのクラスとの、正面直接対決。
「勝つのは──」
「勝つのは──」
「私たちよ」
堀北鈴音の宣言に、一年Bクラスは、力強く、頷いた。
「僕たちだ」
浅野学秀の宣言に、一年Aクラスは、力強く、頷いた。
一年Aクラス対一年Bクラス、勃発である。
「さて、平田くん。軽井沢さん。一先ず、勉強会の監督をお願い。その間、私たちはテスト作成についての会議を始めておくわ」
「オッケー!サボってるような生徒がいたら、引っ叩いておくよ!」
「うん。そっちはお願い」
平田と軽井沢、女子のサブリーダー的ポジションの二人なら、問題ないだろう。
その間に、こちらの成績優秀者。即ち、最低でもAクラスの最下位生徒、戸塚弥彦よりも上の順位の生徒たちで、話し合いだ。
戸塚のやつ、入学したての頃は平均程度だった癖に、夏休み明けからやけに勉強に身が入ったのか、なんか、六十位程度には上がってきたからな。
「ウチのクラスで戸塚より上なの平田までだからな。それ以外の生徒は全員残酷なことに戸塚以下。つまり、他の生徒が作った問題では、ほぼ確実に満点を取られる、ということだ」
「だからこそ、定期テストで一位の俺と清隆と堀北、高円寺を筆頭に、上位陣の王、櫛田、それから、平田でテストを作る、ということだな」
「えぇ。平均百点、なんていう最悪の事態だけは、防がないと」
小テストでやってきた、過去問共有による平均百点作戦。アレと同じことを繰り返させるわけには行かない。
特に、このペーパーシャッフルでそれが起きたら、敗北は殆ど確定だ。
「まぁ、流石に、この上位陣で作ったテストでそれが起きるとは思えないけど」
「桔梗ちゃんのおっしゃる通りです。まぁ、対策は出来る限り取っておくべきですが」
よし、それでは担当教科を決めて、テストを作成して───。
「ごめん。少し良いかな」
おっと、平田か。何か用でもあるのか?
「うん。幸村くんに、少し確認したいことがあってさ」
「俺に?」
「うん。坂柳さんについてなんだけど」
「坂柳か?」
坂柳、か。少し気まずいが、テストに関しては真面目に戦わないと。
本気で挑むのが、礼儀というやつだ。
「それで、坂柳の何が気になるんだ?」
「うん。あの子が前にやってたチェス大会、みたいなものあるよね」
「あぁ、アレか」
アレかぁ。その、失恋の痛みから暴走したのかと思ったが、なんか、少し違ったんだよな。
何というか、思ったよりも、堪えていないというか。
いや、その、凄くオレに執着しているようだったからな。なんか、意外というか。
「それで、その大会で、何があったのか?」
「うん。なんか、その、坂柳さんとチェスしてたら、内心を見抜かれたというか、何というか」
「おや、平田ボーイもかい?私も、何だか内心を見透かされたようなことを言われたね。
彼女曰く、チェス盤は言葉よりも雄弁、らしい」
チェス盤は言葉よりも雄弁。中々かっこいい台詞じゃないか。
それで、それが何か?
「うん。もしかしたら坂柳さんは、
「そ、れは───」
…………もし、それが、出来るなら。
「聞かせてくれ。君は単なる勘で、そんなことを言う男ではないだろう。平田ボーイ」
「うん。南雲先輩の部屋、最近寄るようにしてるんだよね。色々お世話になったから」
「あぁ。そうなのか。その、ありがとう」
「………?何で綾小路くんが礼を言うんだい?」
いやまぁ、そこはあんまり気にしないでくれ。
さて、本題に入って欲しいんだが。
「───それで、卜部先輩について、聞いたんだけど」
平田洋介は、数日前のことを、思い出している。
南雲先輩の部屋は、必要最低限の物しかなかった。
教科書、ノートが収められた本棚。一人分の食器。フライパン。簡素な机に椅子。
本人のイメージとは、正反対の部屋だった。
何だか、意外だ。
もっと、サッカーボールとか、色々あるような予想していたんだけど。
『悪りぃな。麦茶しかねぇわ』
『いえ、そんな。先輩の方こそ、色々と、大丈夫なんですか?』
生徒会役員としての仕事や、クラスリーダーとしての責任、生徒会長選挙。それ以外にも、色んなものが積み重なってしまったから、過労と諸々で限界を迎えそうになって。
それに気付いた金石先輩が、三百万ポイントで、休学の権利を買ったらしい。
部活動の時も良く顔を出していたから、いつ休んでいるんだろうって思っていたけど、そんなことになっていたなんて、知らなかったから。
その、先輩にこんなこと言うのもアレなんだけど、心配だったんだ。
だから、正直、今の、色々と落ち着いて来ている先輩に、安心している。
『ま、金石先輩たちのお陰だよ。色々と落ち着けたから、楽になったわ』
『そう、何ですね。何もできなくて、申し訳ないです』
『気にすんな。その善意だけで、本当に嬉しいからさ』
南雲先輩は、とても穏やかな顔で、そう言っていた。
『───それで、メールでもう聞いてはいるけど、卜部について知りたいんだって?』
『………はい。綾小路くんたちの、生徒会の先輩ですから』
もし、彼らが、まぁあり得ないとは思うけど、僕に相談してくるようなことがあったら、問題なく答えられるように色々と知っておきたいんだ。
他の先輩たちは、色々と知ってはいるんだけど。
一年の空白期間のある卜部先輩は、よく知らないんだ。
『………つってもまぁ、オレも、そこまで深い繋がりがあったわけじゃねぇから、あんまり知らないが』
『いえ、その、一時期は、凄く仲が良かったと聞いているんですが………』
『んっ、とだなぁ。あんま、その、その辺りは深掘りしないで欲しいと言うか何というか』
…………?
あっ、もしかして、恋愛関係か何かで、お互いに良くない終わり方をしちゃったのかな。
卜部先輩が一年間の療養期間を挟んだのって、あの事件と、南雲先輩との破局が被ってしまったからなのかな。
『まぁ、その、オレが知ってることって言ったら、アイツの化物っぷりぐらいだぜ?』
『化物、ですか』
『お前らもあったろ?中間の過去問』
アレ、か。
堀北さんたちが、いつの間にか持って来た、あの過去問。
浅野くんたちは入学数日で入手して、小テストで満点を取って、ポイントを伸ばしたらしい、けど。
『それが、何か?』
『アイツそれ作ったんだよな。いやまぁ、桐山から聞いた時ビビったわ。納得はしたけどな』
『…………はい?』
作った………?どういうこと?
『ま、そういう反応になるよな。今思い返しても意味分からん』
『え、えっと、自作の対策テストを作ったとか、そんなところですか?』
『そんな生半可なもんじゃねぇよ』
南雲先輩は、少しだけ、呆れすらも浮かばせて。
『本人曰く、テストは教師が作るもので、授業の中で教師の趣味趣向を把握して、範囲さえ分かったなら、教師の思考をトレースして、問題をトレースできるらしい』
『……………はい?』
えっ、と。
つまり。
『ようはアイツ、教師と同じ問題作ったってことだよ。一言一句違わずな』
『……………えっと、そんなの、出来、るんですね』
この人が化物呼びするのも納得だ。
そんなの、出来るわけないのに。
『ところがどっこい、驚きの新事実っつーか、オレも、一年の三学期終わりに知ったことなんだが。
今年の三年、どのクラスにも、
『……………は、はい?』
え?えっと、つまり?
『お前も、三年生のクラスポイントは知ってるだろ?不思議に思わないか?何でどのクラスも、あんなにポイントを伸ばしているんだろうって』
『それは、まぁ、不思議では、ありましたけど』
『三年Dクラスは、風間先輩が。Cクラスは、香月先輩が。Bクラスは、金石先輩と真白先輩が。Aクラスは、堀北先輩と、神田先輩と、占藤先輩が。
定期テストの対策問題、つーか、予想問題を作ってクラス中に共有することで、平均点九十後半から百点何だってさ』
………な、成程。それで。
定期テストでそこまでの平均点が取れるなら、従来のAクラス相当のポイントを稼ぐのなんて、難しくないだろう。
さ、三年生、ヤバいな。
『───オレが
『ま、まぁ、はい。その、ありがとうございます』
『………そっか』
何で、そんなに、嬉しそうなんだろう。
何で、そんなに、救われたような、顔なんだろう。
ただ、礼を言った、だけなのに。
『ま、何だ。アイツは、悪い奴じゃないから、安心しな』
そう、卜部先輩を評する南雲先輩は。
何だか、少しだけ、スッキリしたような、顔だった。
「────卜部先輩と、それから、三年生の、堀北学先輩、神田元先輩、占藤メメ先輩、金石博先輩、真白珠莉先輩、香月遊真先輩、風間律先輩。
この人たちは、授業の中で、先生の趣味趣向、それから傾向を読み取って、予想して、定期テストの答案を、トレースしているらしい」
あ、あの人たち、そんなことしてたのか。
よ、予想以上、だな。
いや、それ以上に。
「…………つまりこう言いたいのか、平田ボーイ。
「…………うん。その証拠、という訳でも無いけど、一学期の期末テストの順位、同率一位、多かったよね」
「そう、だな」
「改めて見返してて思ったんだけど、Aクラスの、葛城くんもまた、満点で一位を取っていた、ここまでは、そこまで不思議じゃない。でも───」
そう、Aクラスで、全教科満点で、期末テスト学年一位だったのは、確か六人。
浅野学秀、葛城康平、坂柳有栖、
神室と橋本は、浅野と坂柳の信頼を得るぐらいには、優秀な生徒で。森下は、Aクラスで四番手には位置する実力者だから、納得はしていたが。
「僕も、皆も、納得していたけど。
でも、もし、彼らが、実力で、満点を、一位を取っていたんじゃなかったとしたら。
もし、平田のそれが、事実だったのなら。
全ての前提が、覆る。
「『チェス盤は言葉よりも雄弁』。坂柳ガールは、確かにそう言った」
「僕も高円寺くんも、実際に、内心を見抜かれた」
机を、勢いよく叩いて、啓誠は、心から悔しそうだった。
「────何故、気付かなかった………!」
この、七人の中で。
最も長く、坂柳有栖に接して来て。
神室真澄の実力も、良く知っていたから。
卜部藤乃先輩の実力も、良く知っていたから。
テーブルゲーム部で、長く、接して来たから。
啓誠なら、気付けるだけの情報は、得られていた。
────そう、卜部先輩と、三年生の先輩方が、授業を通じて、教師の思考をトレース出来たように。
鈴音は、机を叩きながら、勢いよく立ち上がった。
「────この中で、先日の大会に参加した人は、挙手して頂戴」
挙がった手は、五本。
啓誠、高円寺、王、平田、桔梗。
坂柳の、『チェス盤は言葉よりも雄弁』という台詞。
平田と高円寺の、対局を通じて、内心を見抜かれたという発言。
そして、卜部先輩たちと同じことが出来るかもしれない、───いや、出来たのだろう、坂柳有栖。
「…………オレも鈴音も、個人的な付き合いの中で、丸一晩対局していた」
そう、か。
先日の、大会は、それもまた、目的の一つで。
鈴音は、目元を抑えて、俯いていた。
桔梗は、やられた、とでも言いたげな顔で。
啓誠は、悔しそうな顔で、眼鏡を抑えて。
高円寺は、感心すらも浮かべて、拍手して。
王は、自分の失敗を悟って、申し訳なさそうで。
平田は、とても、深刻そうな顔で。
オレは、状況の詰みっぷりに、諦めすらも浮かべて、天を仰ぎながら。
「…………………詰み、か」
そう、つまり、坂柳有栖は。
対局を通じて、相手の思考を読み解いて。
───オレたちの作る問題を、トレースすることが、出来るだろう。
───そう、つまり。ほぼ確実に、Aクラスは、平均百点を取ってくる。
「綾小路くんたちは、そろそろ気付いた頃でしょうか」
「恐らくは、そうだろうな。卜部先輩をよく知る幸村なら、同じことが有栖にも出来る可能性に気付く、かもしれないし。高円寺か平田なら、先日のチェス大会の、もう一つの意図に気付いたかもしれない」
綾小路くんに振られたこと、これは、ある意味強力な材料でした。
失恋したから、こんなことをしている、と。
まぁ、それも八割程度は真実でした。なので、櫛田さんも潮田くんも、高円寺くんすらも、問題なく騙せましたからね。
「ほんっと、呆れちゃうわね。失恋すらも、こうして勝利の材料にするなんて」
「ええ。人の心がないのでしょうか」
「────真澄さんも藍さんも、こんな私を、どう思います?」
「────流石、って、思うわよ」
「────私も、同じ気持ちですよ。有栖」
ふふん。でしょう?
「────さて、この盤面、あなたたちに、ひっくり返せますか?」
ほとんど詰み、ですが。
あなたが、いえ、あなたたちが、こんな程度で、諦めるはずがないでしょう。
「さて、見せてもらおうかな。ここから、どうやって、ひっくり返すのか」
「彼等なら、ひっくり返せると?」
「君は、出来ないと思うか。葛城?」
「────いいや、この程度で、負けるほど、彼等は弱くないだろうよ」
私たち三人の、いいえ、藍さんと、真澄さんの意見も、一致しているようです。
「綾小路清隆と、堀北鈴音と、櫛田桔梗。この三人なら、ここから幾らでも、ひっくり返せるでしょうね」
「だとしても、関係ないわ。もう一度、ひっくり返すだけよ」
────さぁ、決戦です。
勝つのは、私たち、ですが。
「状況は理解したわ。私たちは、限りなく詰みに近い」
そう。鈴音の言う通り、オレたちは、殆ど詰みに近い。
だから、と言って、諦められるほど、オレたちは、物分かりが良くはない。
「────それで、諦めた人は、いる?」
桔梗は、平然と、勝気な笑みを。
啓誠は、不屈と、挑戦的な、笑みを。
高円寺は、悠然と、余裕の笑みを。
平田も、また、いつもと同じように、優しげで、強い笑みを。
王も、穏やかで優しくも、決意に満ちた笑みで。
オレと鈴音は、目を合わせた。
鈴音の瞳に映るオレは、欠片も諦めていない、そんな笑みを、浮かべている。
「えぇ。そうよね」
状況は限りなく詰みに近い。
だと、しても。
「────じゃあ、