クリスマスの時間 一時間目
期末テストも終わり、二学期もラスト一週間となった日。
いつものように、飛騨翔子は目を覚ました。
朝五時丁度。完璧な時間だ。
さっさと起きて、スポーツウェアに着替えて、寮の外へ。
ランニングシューズを履いて、いつも通りに、腕時計のタイマーを起動。
二十キロを、四十分で。
走りながら、昨晩の記憶を整理する。
動きながらの方が、頭が冴えるので。
クリスマスイヴということで、美浪主催のクラスパーティーがあったんだ。高級そうなレストランを貸し切って、バイキングパーティー。
二次会のカラオケで歌ったりしながら、楽しく過ごしてて。
あ、そうそう。
いつの間にか、茜と学が、消えていた。
……………成程。勝負を決めたのね。茜。
「……………まぁ、後輩は、もう行くところまで行っちゃったらしいし」
綾小路清隆と堀北鈴音、それから櫛田桔梗の関係で、その、凄いことになったので。
「んー、まぁ、全校生徒を納得させる為とはいえ、些かやりすぎよね。学は」
すると、話題の堀北鈴音を発見した。
良くランニングコース被るのよね。
「おはよう。鈴音」
「お、おおおおはようございます」
どうした?
な、何かあったのか?
「な、悩みがあるなら、聞くわよ?」
「……………………………良い、ですか?」
「え、えぇ」
並んでベンチに座って、鈴音の悩みを聞く。
ふむふむふむ。
ほうほうほう。
うーーん?
「…………ごめんなさい鈴音。私では、大したアドバイスを送れそうにないわ」
こ、後輩たちが、爛れてる………!
い、いやでもマジか。綾小路マジか。
そ、そんなに………?
「え、えっと、えっとその、確認なのだけれど、その、あれよね?さ、流石に、六日間ぶっ続けとか、そういうんじゃ、無いわよね?」
「……………は、はい。き、桔梗さん曰く、眠れはした、らしいです。ちゃ、ちゃんと七時間ぐらいは」
「そ、そう。なら、うん。うん。……………うん?」
「そ、それと、食事以外は、その…………」
………………え。
それ以外、マジで……?
「よ、良く、その、生きてた、わね?」
「て、天国で地獄で、やっぱり天国だったらしいです」
「お、おう………」
引く。普通に、引く。
ヤバすぎない?え、ヤバすぎない?
えぇ?いや、やる方もやる方だけどさ、受け止める方も受け止める方でしょこれ。
「………………その、えっと、冬休み、一週間、貰いたいって、言ってるのよね?」
「は、はい」
「拒否とかは、その………」
「し、したく、無いです」
「よ、よし!よし!」
ぶっちゃけ彼氏いたこともないし経験もないから良くわからないけど!そういうのって体力使うらしいし!
「───ま、先ずは、少しでも体力つけましょう‼︎その、死なないように‼︎」
「は、はい‼︎」
いつもより少しだけ長く、二人で走っていた。
……………ま、後輩とこうやって走れるのも、もう終わりなのね。
……………ホント、悪くない、………いいえ、最高の三年間だったわ。
山にいたんじゃ、とてもじゃないけど、経験出来なかったわね。
「そ、それと、昨晩の兄さんと茜先輩は、どんな感じでしたか?」
「あ、あー、いつの間にか居なくなってたわよ。やっとかって感じ」
「そ、そう、何ですね。良かったです」
……………恋人かぁ。
私にも、そういうの出来るのかな?
日の出とともに、鈴音と別れた。
まぁ、でも、凄く幸せそうなんだよなぁ。鈴音。
そういう人がいるのと居ないのとじゃぁ、やっぱり色々違うのかな。
そんなことを思いながら、シャワーを浴びて、朝ごはんを食べて、登校する。
「おはよ」
「おはようございます。翔子」
「おはよう」
うーん。元は、多分経験ないだろうけど。
美浪は、どうなんだろう?ありそうなんだけどなぁ。
「?どうかしましたか?」
「いーや、何も」
ま、聞くようなことじゃないしね。
…………それ、よりも、ねぇ?
「…………メメは、どうしたのよ?」
暗い影を立ち上らせながら、机に突っ伏したメメはブツブツ呟いていた。なんか、怖い。
「あぁ。茜が、ついに本懐を遂げたでしょう?それを祝いたい気持ちと、学を呪いたい気持ちで、ぶつかり合っているようですよ」
「呪いの方が強くない?気のせい?」
怖いもの見たさで、メメの席に近づいてみると、内容が良く聞こえてきた。
「────茜ちゃんの幸せを願うこと即ち学くんの幸せも願うこと故に学ぶくんも祝福しなければならない出来るわけがない私の女神を汚した学くんを許さないでもこれは女神の本懐祝わなければでもでも学くんは私から茜ちゃんをでもでもそれこそが茜ちゃんの望みででもでも学くんは所々人の心ないし傷付けるかもでもでもそんなこと茜ちゃんは承知の上で受け止めたしでもでも学くんは一人で抱え込んで勝手にパンクしそうになるところもあったしでもでも茜ちゃんならそんな学くんを支えられるしでもでも学くんは後輩の藤乃ちゃんたぶらかしてたしでもでも茜ちゃんは他にも学くんに好意を寄せてる人がいるなんて知らないし私が隠してたしでもでも学くんは茜ちゃんを大切にできるし────」
よし、触らぬ神に祟りなし。
メメは一旦、気にしないでおこう。
とか思ってたら、ヨウ先生来た。
「おーしみんな、おはよう。クリスマスまで登校お疲れさん。あー、でも学が珍しく欠席なんだよな。橘の分も二人分出席買ってるぞ」
「ヨウ先生!仮にも生徒のプライベートを暴露するのはどうかと思います!」
ナイスツッコミよ藤巻。感謝するわ。
「あー、それなんだが、学は明日明後日の分の出席も買ってるからな。二人分。終業式の日まで、二人は登校しないから、そういうことで」
「うわぁぁぁぁぁん⁉︎」
おお、メメよ。死んでしまうとは情けない。
丸三日会えないのキツイわよね。てゆうか、学も相当性欲強いのね。まぁ、納得はするけども。
とか思ってたら、メメはゆらりと立ち上がった。
地獄みたいな気配を漂わせてるわね。
「……………ヨウ先生。体調悪いので早退します………出席は買います……」
「おう。ゆっくり休んでこい」
メメはゆっくりと足を引き摺りながら、部屋から出ていった。
……………何だか、あの日、綾小路が答えを出した日からずっと、違和感あるのよね。メメ。
茜が取られた、それだけじゃあ、なさそうなのよね。
勘だけど。
チラリと、美浪と目があった。大体似たようなことを考えてはいたらしい。
「あーそうそう。例年行われている混合合宿だが、今年は時期がずれることになった」
「…………?ずれるって、どういうことですか?」
「いつもは冬休み中だが、今年は二月中に行うってことだ。丸々一月使って、な」
「……………は、はい?」
丸々一月合宿って、一体何するのよ?
「それと、これまでは全学年合同だが、今年からは、三年生と一・二年生で分かれて行うことになった。
それに伴い、三月に行われる最終特別試験は、
全学年合同………⁉︎
合宿で三年生と一・二年生で別れる……⁉︎
……………良くわからないけど、何かが起こるのね。
何が起こるの?
何も分からない。
「……………成程。道理で、金石達と何やら企んでいたようですが、これですか」
「全く、こんなに面白そうなもの、私にも一切話さなかったの、些かどうかと思うよ。学。曲がりなりにも会長代理だったというのに」
……………はぁ。何でこいつらは何が起こるのかわかっちゃうのよ。
もう、訳がわからないわ。
「ま、つまり高育最後の冬休みは、林間学校も無いとてものんびりしたものになるから、思い思いに過ごしてくれ。
取り敢えず、朝の会は以上だな」
……………まぁそうね。のんびりした冬休み、ありがたいわ。
この学校の長期休暇、あってないようなものだったもの。
「……………メメにも、知らせておいた方がいいわね」
「だね。
あぁ、この試験を計画したのは学達だろうし、そこはあまり気にしなくて良い」
……………ふぅん。
何考えてるのか、何となく分かった気がする。
まぁ確かに、新しい学校のラスボスに相応しいものね。
「世代交代、ってやつかしら?」
何だか、廊下がいつもより暗い気がする。
気のせい?でも、気分が落ち込むと、そんなふうに見えるらしいし。
……………でも、なぁ。
「……………吹っ切れた、つもりだったんだけど、ね」
はぁ、辛い。綾小路くんの、あの選択を見ちゃうと、ねぇ?
……………まぁ、綾小路くんだから、出せた答え、何だろうけど。
モヤモヤしながら、Bクラスの教室を通り過ぎようとしたところ、キキちゃんの泣き声が聞こえてきた。
チラッと教室を見てみると、金石くんと黄乃さんと真白さんがいない。………名実ともに、二股クソやろうになったのね。彼も。
いやまぁ、殆ど家族だったし、あんまり変わらないでしょうけど、ねぇ。
「───珠紀も珠莉もボスも酷いよ〜〜!ひ、人のこと、散々振り回しておいて!三人でくっ付くなんて!
あ、あたしは、あたしは〜〜!」
「大丈夫ですよ。猫実さん。落ち着いて下さい」
「ねぇ曜!アイツら酷くない⁉︎こ、こんなに、こんなに、あたしの情緒をめちゃくちゃにしてぇ‼︎」
「予後が悪い人達に惹かれちゃったのね。可哀想に」
「烏が言うな‼︎烏の方こそ予後悪いでしょうが!思春期の同級生の性癖歪めそうなミステリアスお姉さんの癖に!」
あぁ。まぁ、キキちゃんの言うこともわかるわ。烏
この学校の例に漏れず、顔が良いし。
「はいはい。それで?子猫ちゃんは、金石くんにどれだけ狂わされたのかしら?」
「あたしが狂わされたのボスだけじゃないから‼︎
珠紀なんか『これからもお世話したいわね』とか言ってきたし!
珠莉なんか、『あなたの絵をこれからも描きたいですね』とか言ってきたし!
ボスなんか『君と居るのは退屈しないね』とか言ってきたし!
三人共に死ぬほど口説かれたんだからね⁉︎それでこれよ‼︎あたしだけ置いて三人でくっついたんだよ⁉︎酷くない⁉︎」
「猫実さん。あの三人は、全員そういうところがあります」
「そうね。私も、そんなこと言われたりしたわ」
…………わお。三人共、人たらしの無自覚口説き魔だったのね。
「…………まさか、あたしだけ言われてたって、勘違いしてただけ?」
「博さんは、色々な人にそういうこと言いますよ。無自覚に」
「珠紀ちゃんたちも似たようなものよ。元々いた施設が、その、愛情表現ドストレートな場所らしいわ」
つ、罪深いわね。三人とも。
「…………予、予後悪いね、三人共………。えぇ?あたしこれから大丈夫かなぁ?」
「まぁ、多分大丈夫だとは思いますが」
「えぇ。一時の悪い夢だと思いなさい」
悪い夢、ね。
えぇ。そうね。きっと、悪い夢だったのね。
『ねぇお婆ちゃん。わたし、どうしてお婆ちゃんには一切勝てないの?』
『そうねぇ。私の中に、メメがいるから、かしら』
『…………?お婆ちゃんの中に、わたしが?』
『えぇ。多分、メメも同じことができるでしょうけど、やり過ぎてはダメよ?』
『…………?うん!分かった!』
今更、酷く後悔してる。
もっとちゃんと、お婆ちゃんのアドバイスを、聞いておけば良かったって。
そう、一度私は、取り残された。
一年生の一学期の頃。
私は、堀北くんにそれを教えた。
つまり、メンタルトレースについてを教えて、部屋でやるのも問題だし、私たちは放課後の教室で、練習していた。まぁ、チェスで遊んだりもしていたのだけれど。
私たち、とは言っていたけど、私は入学前には出来てたから、基本的に堀北くんの練習だったんだけど、ね。
まぁ、放課後二人きりな訳で、当時から既に、堀北くんのことが薄ら好きだった橘さんは、頻繁に、気にしていた。
そうそう。確かこの頃から、橘さんは、私からチェスを教わり始めたのよね。
『………あ、あの、占藤さん。ほ、放課後、二人で、その、何、を?』
『あぁ。ちょっとした練習よ』
『練習?な、何の、ですか?』
『………そう、ね。付き合ってもらえるかしら?』
ちょうど良かったから、橘さんも巻き込んだ。
数回試したところで、橘さんだとメンタルトレースは出来なさそうってなったから、ケア要員をやってもらうことにして。
私が指導して、橘さんがケアする形で、堀北くんの練習は続いていった。
『良い。あなたは今から、星穹先生なのよ。深呼吸を三回。
いーち、にー、さーん、そしたら、目を閉じて、力を抜いて。程よい脱力は武道に必須らしいし、あなたなら、出来る。
よし、準備完了ね。まず確認よ。星穹先生は、何が好き?』
『ホームルームでは、天体観測と言っていたな』
『よし、じゃあ、天体観測中の星穹先生をイメージして』
『……………イメージ出来た』
『視点を、星穹先生に入れて』
『……………入ってきた』
『よし、そのままの状態をキープして。今度は、星穹先生が嫌いなものを思い浮かべて』
『……………トマトだな。あのぶにょぶにょした感じも、味も嫌いだ』
『天体観測中の星穹先生が、トマトを丸齧りするとき、どんな気分になるかしら』
『何だその天国と地獄は。せっかく星を見れて良い気分になっているのに、どうしてトマトなんて丸齧りしなくちゃいけないんだ?』
『そろそろ仕事の時間よ、さぁ、テストを作って頂戴』
『あぁ、そう言えばそうだったな』
期末テストを作り始める堀北くんを見ながら、橘さんは、恐れすら抱いていた。
『じ、自分を他人に塗り替えるなんて、危なく、無いんですか?』
『危ないわよ。だから、あなたが居るし、私も居るの』
私の時は、お姉ちゃんが居てくれたから。
そもそも、現実に割とあっさり戻って来れたのだけれどね。
『もし、学くんが戻って来れなくなりそうだったら、拳骨でもビンタでもしてあげなさい』
『そ、それ以外に、その、何か無いんですか?』
『あー、そうね。恋人同士なら、キスとかでも戻るわよ?』
『キ⁉︎⁉︎⁉︎』
お婆ちゃんは、若い頃はそれを出汁に頻繁にキスをねだったりしてたって話よね。
ほんと、強かだわ。
『ふぅ。テストを作るのは、何度やっても疲れるな───、っ!はっ、はっ、はっ、ふぅ。
何、とか、戻って来れた、か』
『あら、私たちが何もしなくても、勝手に戻って来れるなんて』
『あ、あの、学くん、これ、お水、です』
『あぁ。ありがとう』
これなら、一学期の期末試験、問題なく行けるわね。
まぁ、一人で全教科作るのは、相当に疲れるのは、間違いなかったもの。
堀北くんと分担してやれば、一人当たり三から四教科で済む。
『よし、今学期の期末から、予想対策問題を作っていくぞ』
『まぁ、私も構わないわ。万が一も考えて、橘さんには、傍に居てもらうとしましょう』
『は、はい!も、もし潜り過ぎてたら、ちゃんと、その、頑張ってひっ叩きます!』
えぇ。そうだった。
そうして、三人で対策予想テストを作ったり、偶に遊んだり。
そんなことを繰り返すうちに、私は、いつの間にか。
『…………はぁ。橘さんに、少し悪いわね』
学くんのことを、好きになっていた。
好きになったから、もっと知りたいと思った。
『…………まぁ、その、堀北くんは、まだ誰のものでもないし』
そう、だから。
私は、学くんに潜った。橘さんよりも先に、理解したいから。
………恥ずかしいから、
それが、失敗だった。
その日の夜、深く潜り過ぎて、堀北くんのまま寝た。
夢の中で、私は、堀北くんになっていた。
椚ヶ丘に、懐かしの母校に、いつの間にか、いた。
見たことがないはず、いや、三年間も通っていたから、良く覚えている。
そうして、次の日。
いつもどおりに登校して、橘にいつも通りに挨拶して、金織に挨拶して、元といつも通りに会話して、席につこうとして、気付いた。
席に、俺が居る。
おかしいな。そう言えば。
占藤は、どこだ?
『───占藤さん‼︎』
『───っあ』
強く肩を揺さぶられて、漸く、私は戻って来れた。
命からがら、岸にたどり着いたような、そんなイメージ。
飲み込んだ水を吐き出すように。何度も何度も、深く咳き込んで。
────私の命の恩人は、間違いなく、橘さんだった。
『はぁ、はぁ、はぁ、はぁ』
『大丈夫。占藤さん?………て、大丈夫な訳ないか。保健室行こう?』
『え、えぇ』
橘さんに連れられて、保健室で、横になってて。
私は、自分の失敗を、悟った。
『………もう。なんで一人で潜ったの?』
『………秘密よ。迷惑かけて、ごめんなさい』
『いやまぁ、別に迷惑というわけでもないんだけど』
『………えぇ、そうね』
『………?占藤さん、なんで、泣いてるの?』
『なんでもない。なんでもないわ』
堀北くんは、自分でも気付いていなかったけど。
初めて話した時から、もう。
────橘さんのことが、薄らと、好きだった。
好意には鈍感すぎるくらい鈍感なの。自分の好意にも気付かないくらい。
…………えぇ。薄らと、好きなだけだった。
だから、きっと、
…………出来る訳ない。だって、橘さんは、命の恩人になったから。
────なってしまったって、そう考える自分がいるのが、腹がたった。
…………そうして、数ヶ月が過ぎた。
堀北くんとは、敢えて、距離を置いてて。
代わりに、橘さんに色々とアドバイスしながら、チェスを教えていて。
ある日。
『…………あら、ステイルメイト、ね』
『は、初めて、ま、負けなかったぁ〜〜』
予想外、だった。
………凄い、なぁ。
『…………ねぇ。茜ちゃん』
『…………なぁに?メメちゃん』
『堀北くんの、何が好きなの?』
『…………えぇ?それ聞く?』
『えぇ。すごく気になるわ』
『うんっと、ねぇ』
一人でも、沢山、頑張り続けているところ、かなぁ。
学くんの背中を見てると、ね。
私も、頑張りたいな。追い付きたいな。手伝いたいなって、そう、思えるんだ。
『─────それは、とても、ステキね』
『もう、恥ずかしいよ』
私は、違った。
堀北くんは、私の隣に立てるかもしれない人だった。
………………そう。私は、堀北くんに寄り添いたいんじゃない。
堀北くんに、寄り添って欲しかった。
その時点で、きっと、負けていたのよ。
『応援するわ。茜ちゃん。───心から』
『えっへへへへ。うん!ありがとう!』
メンタルトレースの応用で、私は私の心を塗り替えた。
堀北くんへの好意を全て、茜ちゃんへの好意に入れ替えて。
もともと持っていた私の茜ちゃんへの好意に、上乗せしたの。
夏が過ぎて、秋を超えて、冬が終わって、また、春になって。
そうして、二回目の秋を、迎え始めたばかりの頃。
堀北くんに、頼まれた。
『占藤。その、後輩をかわりに見てほしい』
『あなたの後輩?それって、美浪とか、茜ちゃんの言ってた、卜部さんかしら』
『あぁ。………彼女も、メンタルトレースが出来るようだ。本人は、それがメンタルトレースだと、自覚はしていないようだがな』
『………………はい?』
『あなたが卜部さんね。テーブルゲーム部へようこそ。まだ二人だけだけど、これからよろしく………その、大丈夫、かしら?』
『…………は、い』
『よ、よし!ご飯いきましょう!たくさんご飯食べてお腹いっぱいになりましょう!』
『…………わかり、ました』
『こ、こんにちわ。え、えっと、藤乃は、その』
『………九十九。その、えっと………』
『卜部さんのお友達かしら。………そうね、チェスは、得意?』
『たーのもーー‼︎』
『わぁぁぁあああ‼︎』
『うわっ、』
『二年Aクラスの先輩が、新しく部活動を始めたと聞いてっ‼︎』
『え、えぇ。その、私が部長よ?入部希望、かしら?』
『あー、妾というより、この子なのじゃが』
『ふぇぇぇぇぇ』
『…………前後不覚じゃない』
『…………あん、たは』
『おおう!其方はあの時の!怪我などは───』
『ごめん!その話は、辞めて!』
『お、おう。了解じゃ!』
『それで、入部するつもりかしら?』
『うむ!稔も、それで良いか?』
『あ、緋音ちゃんも、その、一緒、なら………』
『…………ふぉぉおおおおお!嬉しいことを言ってくれるのぉ!愛い奴愛い奴!』
『はわぁぁぁぁ』
『…………なんだか、賑やかになりそうね』
『────あっっっれー?卜部ちゃんじゃーん?南雲くんにズタボロに完敗した、卜部ちゃんじゃーん』
『…………あ?』
『九十九。落ち着きなさい』
『…………そうね。私は、ズタボロに負けたわ。───それで、私よりもズタボロに負けた、Dクラスの生徒さんが、何か用かしら。花咲ほむらさん?』
『言っとくけどっ!わたしが負けたんじゃないから!
わたし何度も言ったもん!その過去問怪しいって、そんな上手い話ないって!なのに信じて退学者出して、その癖誰の話も聞かず突っ走ってあの馬鹿立花!
出来もしない癖に期末で退学者出ないように点数調整しようとして失敗して自分が退学になるとかばっかじゃないの⁉︎
こんなクラス誰が纏められんのよあの馬鹿っ‼︎』
『落、落ち着きなよ。その、めちゃくちゃにされてストレス溜まってるのは、その、分かったからさ』
『そう‼︎わたしは今死ぬほどストレス溜まってるの‼︎だから君たちをボコボコにしてストレス発散しようと思います‼︎』
数時間後。
『…………なんでぇ?』
『まぁ、ちゃんと強かったわよ。本当に』
『うん。多分、藤乃とかメメ先輩の次くらいには強かったよ』
『そうね。指してて楽しかったわ』
『納得いかない!もう一回!もう一回!』
『ふふふ。そうね。なら、入部する?』
『する!するからもう一回!』
…………堀北くんに頼まれて始めた、この部活が。
楽しくて、本当に、楽しくて。
塗り替えて押し殺した私の恋心を、すっかり忘れそうになっていたの。
それでよかったのかもしれない。
このまま、みんなの頼れる、それはそれとして、ちょっとめんどくさいところもある部長として、この三年を、終わらせようとして。
あなたが来たのよ、有栖さん。
あなたと指しているうちに、気付いてしまったの。
あなたもまた、私と同じように、好きな人がいて。
好きな人に、寄り添ってもらいたいって、そう思っていたこと。
だからね、私、きっとあなたに、私を重ねていたの。
あなたが、好きな人と一緒になれれば、それで、勝手に救われたような気持ちに、なれる気がしてたの。
もうその頃には、メンタルトレースで上書きしていた私の恋心が、どうしても、上書きしきれなくなってきて。………きっと、有栖さんの影響ね。
そこから無理やり目を逸らすために、体育祭で思い切ってくっつけようとして。
『………ねぇメメ先輩。本当に、これで良いの?』
『何よほむら?』
『告白とかしないの?もう卒業なんだし、後悔は残さないようにしたほうが絶対いいって』
『………………あなた、気付いてたのね』
『ふっふーん!わたしを舐めないでくれますぅ?』
『良いのよ。私よりも、茜ちゃんの方がお似合いだもの』
『つまんないつまんないつまんなーい!良い?わたしにとってメメ先輩は、恩人でもあるんだからね⁉︎
メメ先輩が誘ってくれなかったら、不貞腐れたまま終わってたし!
だから!ちゃんと!メメ先輩には、後悔を残さないで、卒業して欲しいんだよ』
ねぇ。本当は、ね。
一枚だけ仕込んだくじは、悪足掻きだったの。
花占いのようなものよ。私に圧倒的に有利な花占い。もし、アレを、学くんが引けなかったら。
私が先に告白するつもりだった。
まぁ、それでも負けていたとは思うけどね。
でも、運命は、学くんと、茜ちゃんを、選んだ。
『おめでとう。学くん』
『感謝はするが、もう少し何か無かったのか?』
『……………ねぇ。学くん』
『……………何だ?』
『敗戦処理に付き合って頂戴』
『……………?』
『私、一年の頃から、あなたが、好き、だった』
『……………⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎』
『答えは求めないわ。分かりきってるもの』
ただ、話しておきたかった、だけよ。
だから、その。
綾小路くんには、本当に、申し訳ないことをしてしまったわ。
殆ど八つ当たりでもあったのよ。えぇ。分かってはいたわ、あなた達が納得してるなら、何も言うことはないし。
有栖さんの敗北は、その、分かりきっているものでもあったから。
…………理性と、感情は、別、なのよね。
それはそれとして!茜ちゃんが好きなのも本当なのよ‼︎
だから!今!死ぬほど辛いの‼︎
好きな人と好きな人が一緒になって、行くとこまで行っちゃったのよ⁉︎
NTRの衝撃が二重で襲ってくるの‼︎あ、この場合WSSかしら。
とにかく‼︎
「………………………辛い………」
いつの間にか、部室に来てたわ。
…………………一年と少しだけしか、過ごしていないのに、ね。
「あ、メメ先輩」
「…………藤乃?」
あ、あら?まだ、放課後とかじゃ、無いわよね?
あら、真っ白になった有栖さんもいる。
「…………その、出席買って、早退しました」
「わたしはそもそもしゅっせきできるきがしませんでした」
な、何を、見たの?
「いえ、まぁ。諦めては、いたんですけど、ね。
その、堀北先輩の部屋に、橘先輩が、泊まったって、聞いて、その」
「先週の金曜日に登校してきた櫛田さんが、これ以上ないくらいに幸せそうに綾小路くんにくっついてるのを見て、辛かったです。土日挟んでもなお辛いです。
一週間は二人きりだったそうですよ。凄いですねー。すっごく熱々でラブラブですねー」
「……………藤乃。明日明後日、学くん達、一緒にいるみたいよ」
「なんでそれいうんですか」
……………それで、部室に来たのね。
まぁ、ちょうど良いし。
「失恋クリスマスボドゲ大会兼女子会といきましょうか」
「何ですかその地獄みたいな大会兼女子会」
「傷の舐め合いみたいで嫌ですね」
まぁ良いじゃない。
チェスに将棋にリバーシに囲碁。変わりどころではトタンなんかも。
「あ、でも放課後は、坂柳有栖親衛隊のみんなで、イルミネーション見に行こうって話なので」
「その名前自分で言ってて恥ずかしくないのかしら」
「普通に恥ずかしいですが私以外の全員が賛成してたので」
「ていうかイルミネーションって、カップル御用達でしょ?多分綾小路くん達と出会しそうじゃない?」
「…………その、別のイルミネーションに行くつもりです。幸村くん達経由で、どのイルミネーション行くのかは、分かってるので」
入学当初は、私が優勢だったのだけれど、ね。
今となっては、お互いに、大体五分五分なのよね。まぁ私も成長してるし、一応勝ち越してはいるわよ?
「というか、メメ先輩って、堀北元会長のこと、好きだったんですね」
「私は何となく気付いていたけど」
「あら、藤乃も?」
「…………まぁ、全員ライバルが強力過ぎましたね」
有栖さんに関しては、運が悪かったのが一番の要因じゃないかしら。
藤乃は、同年代でさえあったなら、チャンスはあったとは思うわ。
私は、その、自爆としか言えないわね。
「…………はぁ、私はいつになったら振り切れるのでしょうか」
「失恋一ヶ月以内で振り切るのは難しいわよ?二年以上引き摺ってる人がここにいるもの」
「…………私もそうなりそうで怖いですね」
「早く他の人を好きになりたいわね。…………正直、他の人を好きになれるか、分からないけれど」
「浅野くんはどうなの?藤乃は中学からの後輩で、有栖さんなんか幼馴染だし」
「…………まぁ、悪い奴じゃないけれど、弟感が強いのよね」
「あぁ。何となくそれ分かります」
「それに、ねぇ?」
「それに、その」
「「親友と好きな人の取り合いはしたくないですし」」
……………真澄さんは、知ってはいたのだけれど、ねぇ?
「……………まぁ、後輩から取る形になるのが申し訳ないって思っているのでしょうね。
九十九のやつ、ずっと遠慮してたのよ」
「ですが、その、今日のイルミネーションは、九十九先輩が、頑張って先に誘ったみたいですが、ね」
「朝比奈とか鬼龍院に背中を蹴り飛ばされたらしいわ」
「なので、今日のイルミネーションは、私と真澄さんの慰め会みたいなものでもあります。
それを口実に遊びたいだけでしょうが」
「その、私としては、九十九に幸せになって欲しいのよね」
「気持ちは分かりますが、私としては、真澄さんに幸せになって欲しいですね」
なん、というか、その。
「この部活の部員達って、もしかして恋愛関係めんどくさくなるジンクスでもあるのかしら?」
「設立者兼部長がそんな感じですからね」
「酷いこと言うのね藤乃。人の心とかないのかしら?」
暗い雰囲気、というには、楽しすぎるわね。
えぇ。楽しいわね。本当に、楽しい。
卒業まであと少しなのが惜しいくらい、楽しい。
「……………ま、そうね」
もう、後悔は、ない。
───だって、最後の特別試験。
とっっっっても、楽しいものに、なるもの。
「ふふふふふふふ」
「………もしかして、特別試験のこと、考えてます?」
「あぁ。全学年合同で行われるらしいですね。堀北元会長が発案者だと、そう言っていた、と、真澄さんから聞きました」
「───二人はもう、どんな試験なのか、大体察しがついているんじゃないかしら?」
二人は、目を合わせて。
楽しそうに、笑っていた。
「どこでやるのか、どんな形式なのか、それは分かりません、が」
「それ以外は、予想済みです」
「普段は敵対しているクラスですし、一ヶ月の長期合宿は、共闘の為にも必要不可欠でしょうからね」
三年生連合対一二年生連合。
そう、つまり。
「潰してあげますよ。メメ先輩」
「手加減なんて、させませんよ?」
最後のラスボスは、私たち。
「───えぇ。でも、潰されるのは、あなたたちよ?」
放課後のベルが鳴る中の、夕陽の差し込む部室で、三人の先輩後輩は。
お互いに、宣戦布告を叩きつけていた。
体育祭が始まる前くらいはですね、三年生のAクラス以外は、噛ませ犬の予定でした。
えぇ。まだ南雲先輩小物悪役路線で行こうと思ってた頃は。
つまり、原作通り、南雲先輩に唆されて橘先輩を退学させようとして、激おこカムチャッカファイヤーを超えた何かに至ったAクラスに、徹底的に蹂躙される感じで、行こうとしていたんです。
でも、体育祭編で、先輩達を書いてる中で、なんか勿体無いなって思ってきたので。
よし、ラスボスにしようってなりました。
で、そうなると一年生対三年生だけじゃなんかつまらんってなったので、南雲先輩達の過去を盛りました。
南雲先輩は二年生の主人公みたいなつもりで書いてます。
卜部は二年生のラスボスですね。