殺せんせーの教え子たち   作:宇津木 沙坂

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進化の時間

「まず対策として、テストは、必ず複数人で作る」

 

 仮に、坂柳にオレたちのテストのトレースが出来るとして。

 だが、オレたちが一人で作るテストではなく、複数人で話し合って、作り上げたテストなら。

 

「───それでも、恐らくは、八割後半から九割程度は、取ってくるだろう。

 私たちが複数人で作る、だけではどうしようもない」

 

 そう、オレたち複数人で作ったテストなら、坂柳のトレースを潜り抜けられる、が。

 

「作るのが俺たちである以上、どうしても、問題の癖、とでも言うべきものが表面化する。

 そうなって仕舞えば、もうどうしようもない。

 Aクラスの生徒たちは、俺たちがどんな問題を作るのか、なんて良く知っている。

 だからこそ、癖さえ分かれば、簡単に解けるだろう」

 

 そう。オレたちの問スターが、どういうものなのか、良く知っているAクラスの生徒たちなら。

 問題の癖さえ把握出来たら、後は、楽に解ける(殺せる)だろう。

 本人たちの平均的な能力は、相当に高い。

 

「私たちがどれほど坂柳さんのトレースから外れた問題を作ろうとしたところで、そこまでトレースされる可能性も、ある」

「流石に、組み合わせが多すぎて、完全にトレースするのは無理だと思うがな」

 

 七人のうち、二人一組で問題を作るにしても、パターンとしては、凡そ四十二通り。

 三人四人で作るとなれば、パターンは更に増えていく。

 坂柳一人で、完全に把握は出来ない。

 サリーアン問題と言うやつだ。

 それを意図的に引き起こし、予想から可能な限り外す。

 

「それは、最低限必要なことってだけ」

「えぇ。私たちの作る問スターの弱点を、Aクラスはほぼ完全に把握していると見ていいでしょう」

 

 どれだけ予想から外れた問スターを作ろうと、落ち着いてその問スターを観察されれば、その問スターは結局、オレたちの作った物なのだと。

 何度も殺した、知り尽くしている問スターだと。

 そう、理解される。

 

「理解されてもどうしようのないぐらい、メチャクチャな難易度にするのも手、だが」

「それをすると、定められたテスト範囲を、完全に逸脱するでしょう?」

「そうだな」

 

 定められていた範囲を、逸脱してしまえば。

 それ相応のペナルティを負う。

 

「テスト結果に、マイナス五%だっけ?」

「他クラスならともかく、ウチにとっては致命傷に近いな」

 

 オレたちは、手の内のほとんどを曝け出した状態で。

 その状態であると分かりながらも、そこから抜け出して戦うことが、出来ない。

 

「現状、Aクラスが圧倒的に優位。何故なら彼等は、時間の許す限り事前に何度も、私たちの作る問スターを、殺せるのだから」

 

 高円寺の言う通り。

 どう足掻いても、攻撃でオレたちが有利になることは、ない。

 

「つまり、私たちに勝ちの目があるとしたら、防御。ここで、点を取る」

 

 その、為には。

 

「────つまりみんなには、私たち四人と同等以上の成績の生徒から、八割後半から九割程度の点数を、平均的に取ってもらう必要がある」

 

 …………いや、うん。

 改めて言葉にされると、その。

 

「んー。無理じゃない?」

「桔梗もそう思うか?」

「うん。勉強会だけじゃどうしようもないって」

「だよなぁ」

 

 そう。だから、勝利の為に、鈴音が次に何を言ってくるのか、何となく、予想はついていた。

 

「えぇ。勉強会だけではどうしようもない、から────」

 

 鈴音の視線は、オレと、高円寺に走った。

 

「───あなたたち二人なら、坂柳さんと同じことが出来る、と思っているのだけれど」

「私では恐らく無理だな。再現できて六割程度だろう」

「オレも無理だ。再現できて六割程度」

「………何故だ?清隆と高円寺と坂柳の間に、大きな差があるようには思えない」

 

 まぁ、実際に啓誠の言う通り、オレと坂柳と高円寺に差は殆ど無い。

 だが、オレたちには無い、あるいは薄くて、坂柳にはあるものが、このテストトレースに必要な、最大のピースだ。

 

「───傾向だけでは、内容を完璧にトレースするには足りないのだよ。こういうのは本人の好みも理解できないとね」

「そういう人の好みやら何やらを把握する能力、有り体に言えば共感性だが、オレと高円寺にはそれが欠如しているからな。高円寺の場合は、興味ないだけだと思うが」

「………そう、なのか?」

 

 多少はマシになったとはいえ、今のオレの共感性で、Aクラスで問題を作るだろう坂柳、浅野、葛城の再現が出来るとは思えないんだが。

 何故だか全員黙りこくっていた。

 鈴音と桔梗は、不思議そうな顔で、お互いに目を合わせている。

 な、何だ?オレ、何か変なこと言ったか?

 

「……………えっと、その、僕には、綾小路くんに共感性が無いとは全く思えないんだけど」

「……………それは、平田の錯覚じゃないか?」

 

 あんな部屋で人生の殆どを過ごして来て、それに対して負の感情も抱いていないんだぞ?

 人としての感性が死んでいる証拠じゃ無いか。

 

「……………え、えっと、その、本当に共感性が無いなら、堀北さんと桔梗ちゃんを、あんなに大切に出来ないと思います」

「……………そ、うか?」

 

 ……………いや、だがそれは、あの二人が、オレを殺して(救って)くれた存在だからで。

 

「それに、本当に欠片も共感性が無いなら、少なくとも俺は、お前と友達になどなれていない」

「いや、その」

 

 ……………そう、だったな。

 E組だけが、特別だったわけじゃ、無かった。

 

「君は、もっと自覚すべきだ。

 君は君自身を、人として必要なものが欠如した、機械のような存在だと思っているようだが。

 今の君は、欲に塗れたどこにでもいる人間だとも」

 

 ─────オレは、人になりたて、だと思っていた。

 だから、何よりも人としての経験値が必須な、このスキルを、身に付けることなど出来はしない、と。

 ─────でも、そうか。

 

「少しは自覚しなよ。本当に清隆が機械なんだとしたら、何で十ヶ月も答えを出すのに悩んでいたのさ。

 それで、嫌われても良いから三人でいたい、とか、少しでも誠実でいたいから坂柳さんは振る、とか。

 本当に合理的な共感性皆無の機械なら、世間体とか一般常識とか考えてどっちか振ってるって」

 

 ─────そう、だな。

 

「あなたはあなたが思っているよりも、ずっと、人間になっているのよ」

 

 殺せんせーに挑み続けた、あの一年と。

 この学校で、他のクラスと競い続けた、この一年。

 ……………そうか。オレは。

 

 ─────なら。

 今のオレなら、出来るはずだ。

 

「すまない。鈴音。桔梗。少し、やることが出来たから、生徒会の仕事を暫く任せたい」

「構わないわ」

「了解」

「啓誠たちは、テスト作成を進めておいてくれ」

「あぁ。こっちは俺主導で進めておく」

「頼んだ」

 

 教室を出て、急いで部屋に戻る。

 ネクタイを緩め、ジャケットを脱ぎ捨て、勉強机に向かい合う。

 まずは、振り返ろう。

 

 芽生え始めた、あの時から。

 

『なぁ、コンビニ、行ってもいいか?』

 

 浅野と行ったコンビニで、並んで漫画を読んだ時。とても楽しかったことを、覚えている。

 初めて、誰かと一緒に、本を読んだ。

 

『初めまして。私が月を爆(や)った犯人です。来年には地球も爆(や)る予定です。君たちの担任になったのでどうぞよろしく』

(まず五、六箇所突っ込ませてくれ)

 

 クラス全員そう思っただろうな。

 ある程度は知っていたオレでもそう思ったんだ。

 初めて、心から困惑した。

 

『ハンバーガーの分は、私の道具として動きなさい』

 

 あの頃の鈴音は、まだ凄く冷たかったな。

 焦りと諸々で、余裕の無い手を頻繁に使おうとしていた。

 初めて、誰かと一緒に挑んだ。

 

『あなたに何かあったら、私は悲しいです』

 

 手榴弾を投げ返した時、殺せんせーに、そう言われた。

 初めて、誰かに心配された。

 

『それもあるが、堀北と食べるハンバーガーが、美味しかったからな』

 

 今までで一番上手く行ったあの日、鈴音と一緒にハンバーガーを食べた。

 初めて、誰かと一緒に、ご飯を食べた。

 

『そろそろ帰るよ。綾小路。フクロウにはまた会えるって』

 

 カルマと一緒に行った動物園で、いろんな動物と触れ合って、笑い、合って。

 初めて、誰かと一緒に、楽しんだ。

 

『────それって、櫛田が悪いのか?』

 

 桔梗の話を聞いた時、そう、桔梗を慰めた。

 初めて、誰かに寄り添った。

 

『────よく、頑張ったな』

 

 自分の罪に、ちゃんと向き合い切った桔梗を、凄いと、そう思ったから。

 初めて、誰かを褒めた。

 

『────好きに動いて、私が合わせる!』

 

 あの日、ブレイドに殺されかけた、夏休みのあの日。自分も大きな傷を負いながら、助けに来てくれた鈴音に、困惑と、少しの嬉しさを抱いたことを、覚えている。

 初めて、誰かに助けられた。

 

『────頼む。父さん。俺は、まだここにいたい。ここで、学びたいことがあるんだ』

 

 三者面談の日、オレは、もう少しだけでいいから、この教室にいたいと、そう思って。

 初めて、親に甘えた。

 

『────あなたは、どうなりたいのですか。綾小路くん』

 

 オレの全てを打ち明けて、それで良いと受け止めてくれて、そうして、どうなりたいのかを、聞いてきてくれて。

 初めて、変わりたいと、そう思った。

 

『好きよ。清隆くん』

 

 鈴音に殺されて、そう、耳元で、囁くように告白されて。

 初めて、嬉しいと、そう思った。

 

『───清隆。好きだよ。私も、清隆が、好き』

 

 桔梗に告白されて、どちらかを選ばないといけなくなって。

 初めて、悩んだ。

 

『───先生たちの、邪魔を、するな』

 

 オレたちの兄弟子と、決着をつけようとする殺せんせーに、余計な横槍を入れてくる柳沢に。

 初めて、心から、怒った。

 

『───渚!』

『綾小路く───』

 

 兄弟子の触手が、柳沢にトドメのクラップスタナーを決めた渚を、貫こうとしているのに、奇跡的に気付けて。

 初めて、誰かを、庇った。

 

『───オレ、は』

『清隆っ、!生き、てる……!』

『良かった……。良かったぁ………』

『綾小路くん………。あり、がとう』

 

 殺せんせーに、助けられて。

 鈴音と桔梗は、安堵してくれて。

 渚は、礼を言ってくれて。

 他のみんなも、泣いて、喜んでくれて。

 心から、嬉しいって、そう思えた。

 

『────もう、君は、君たちは、大丈夫です』

『さようなら。殺せんせー』

 

 卒業、おめでとう。

 

 最後に、そう聞こえた気がして。

 オレは、初めて、声を上げて、泣いた。

 

『さよならだ。松雄。もう会うことは無いだろう』

 

 オレのために、人生すらも捧げてくれた大人と別れて。

 オレは、初めて、罪悪感を抱いた。

 

『─────相変わらずね。桔梗さんは』

 

 バスで、鈴音と、会えて。

 多分、愛しいと、そう思っていた。

 

『清隆は、偉いよ』

 

 桔梗に膝枕されて、そう、褒められて、癒されて。

 離したくないと、そう、思っていた。

 

『……………少しなら、無駄話にも付き合ってやる』

『──あぁ、やってやる。やってやるさ………!首を洗って待っていろ!綾小路清隆ぁ!』

『お前ですら、俺が愚かだと疑ってねぇ。自信が付いたぜ綾小路……!』

『僕は、強かったか』

『俺はきっと、まだ、弱えぇんだ』

 

 この高育で、たくさんの出逢いがあった。

 

『す、好きです。綾小路くん』

 

 オレを、好きだと言ってくれた人にも、出逢えた。

 

 たくさんの出逢いがあった。

 どれもこれもが、ただの教科書なんて、そんなものには、到底収まらなくて。

 寝てる間も、夢の中で、みんなのことを(最高の教科書)を、思い出して、読み耽って。

 

 いつの間にか、記憶の中の白い部屋に、二年前のオレがいる。

 

『それで、お前は本当に、感情を知れたのか』

「あぁ。間違いなく、知ることが出来た」

『───それもまた、勝利の為だろう』

「嘗てはそうだ。今も、そういう部分があるのは、否定出来ない」

『お前は変わらない。変われない』

「………いいや。もう、どうしようもないくらいに、変わったよ」

『それも、錯覚かも知れないぞ。二人が死んでも、悲しいという感情を学んで終わるかも知れない』

「………悲しいという感情も、もう、知っている」

『それは惜しいという感情と何が違う。殺せんせーという最高の教科書が失われて、惜しいと思っているだけじゃないのか』

「どちらも変わらないさ。悲しむことも、惜しむことも、嘗ての過去に囚われることだ。本質的に、変わりはない」

『………将来どうするつもりだ。何をしたい。何になりたい。ホワイトルームを否定して、お前は、どうしたいんだ』

「まだ分からないから、分かりたいんだ」

 

 オレの、やりたいこと。

 それを、見つけたい。

 

「殺せんせーからの、最後の宿題だから」

 

 進路相談の日。

 何も分からなかったから、素直に、相談した。

 

『ここを卒業した後でも構いません。いつでもどこでも構いません。それが、分かったなら』

 

 是非、報告に来てください。

 

『ホワイトルームが作った地獄を、お前も見せつけられただろう』

「あぁ。オレが最高傑作として蹴落としてきた奴らの中に、同じような末路を辿った人間も、大勢いるだろうさ」

『その犠牲を無駄にしない為にこそ、ホワイトルームで、お前は次の最高傑作を作らなければならない。

 それが、オレたちの責任の取り方だ』

「───いや、オレは、そうやって、責任を取ることはしない」

 

 嘗て、この高度育成高等学校という、弱肉強食の地獄の中で、泥に塗れた青春を過ごして、どうしようもない後悔を抱えて教師になって、Aクラスに上がることに、執着していたのだろう、オレたちの担任は。

 Aクラスに上がることよりも、生徒の未来を拓くことを、選んだ。

 

「───オレも、茶柱先生のように」

 

 地獄の中で、地獄を続けるんじゃなくて。

 地獄を変えていきたい。そうやって、責任を、取りたい。

 

『………ホワイトルームを、変えるつもりか』

「一度完膚なきまでに壊して、新しい、ホワイトルームに作り直す」

 

 もう二度と、無意味に壊される子供なんて、生み出させはしない。

 多くの人に、助けられて。

 多くの人に、導かれて。

 多くの人に、教えられたから。

 白しか知らないオレに、無限の色彩が、入り込んできたんだ。

 

 オレも、誰かに、色彩を与えられる側になりたい。

 その為にも───。

 

「教育機関としてのホワイトルームは、オレたちの手で、終わらせる」

『…………そうして、新しい児童養護施設でも、作るつもりか?』

「…………確かに。それもアリだな」

『…………実につまらない将来だな』

 

 なぁ、でも。

 お前だって、楽しそうに、笑っているじゃないか。

 

「オレは、お前を捨てたりしない。お前がいたことを忘れずに、抱え込んで生きていく」

「無駄なことだ。余計な荷物だぞ。抱え込む必要なんてない」

「余計な荷物なんて、一つもない」

「…………そうか。なら、進むといい」

 

 あぁ。そうするさ。

 

 深く、深く、潜り続ける。

 まずは、事前練習だ。

 日本史の授業を、たまに交わした会話を、思い出す。

 茶柱佐枝は何が好きだ。茶柱佐枝は何が嫌いだ。茶柱佐枝は何を抱えていた。茶柱佐枝はどう変わった。

 茶柱先生が、今回、テストを作るとしたら。

 どんな問題を、作ってくる。

 

 一晩かけて、五十問の、予測テストが完成した。

 すぐさま、職員室に向かう。

 

「何?私が作る場合のテストを、見てみたいだと?」

「えぇ。参考までに」

「…………まぁ、だいたい二十万でどうだ?」

「ありがとうございます」

 

 放課後の、テスト作成会議で。

 オレは、二枚のテストを、机に置いた。

 

「────昨日一晩かけて作った、茶柱先生の作るだろうテストの予想問題と、実際に使う予定のテストだ」

 

 全員が、素早く目を通して、感心する。

 

「流石だね。綾小路くん。一言一句違わないや」

「問題があるとすれば、テストを作るだろう浅野と坂柳と葛城の情報が、果たしてどれだけあるのか、ということだが」

「それに関しては問題無い。浅野とは、よく遊びに行っているし、坂柳とも、それなりに話したことがあるし、───丸一晩、対局したこともある。

 生徒会の活動の中で、葛城ともよく一緒に仕事をしているから、情報は、十分に集まっている」

 

 今のオレなら、出来るはずだ。

 浅野と葛城と坂柳の思考を読み切って、テスト問題を予測することが。

 

「────中間とは違って、覚えさせるつもりで行くわよ。向こうも複数人で作ってくるでしょうし、覚えた問スターが、そのまま出てくるとは思えないけれど」

 

 時間の許す限り何度でも、彼らが作るだろう問スターを殺し、理解してもらう。

 詰みの盤面は、何とかひっくり返せた。

 

 後は、実力勝負だ。

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