俺は、ずっと、考えていた。
俺が果たすべき責任は、何なのかを。
このまま、このクラスで、Aクラス目指して突き進んで良いのか。
……………だから、薄らとは考えていたんだ。
一番の、俺の被害者は、青井雀で。
でも、一番の被害者クラスは、二年Dクラスだったから。
ほんと、渡りに船だった。
『さて、契約内容の確認だよ。俺は、森先輩、ひいては二年Dクラスに、二千万ポイントを渡す。
代わりに、これ以降二年Dクラスは、毎月一人当たり二万ポイントは、俺に支払うこと。
ま、払えない分は、翌月以降に持ち越しってことで。
そんで南雲先輩は、この一年で、もし仮に、他クラスに移動できるだけのポイントを入手しても、決して移動しないこと。
そして、二年Dクラスは、卒業する時に、全生徒の持つポイントを、赤羽業に譲ること。
これが、俺と南雲先輩、森先輩たちとの契約内容だ。
さて、何か質問は?』
南雲雅は、赤羽業の目を見ながら。
『この契約だと、卒業前に、俺らがポイントを使い切ったら、お前が得るものが無くなっちまうぞ?』
『…………………確かに。
じゃあ追加で、最低でも二千万ポイントは返済することって付け加えとくか。
ま、後は先輩達の良心に期待しとくよ』
『そうかよ』
さて、こうなると、もう一つのクラスに、ちゃんと、説明しなければいけない。
つまり、現二年Bクラスに。
『…………本気、何だね。雅』
『…………あぁ。たくさん振り回して、本当にすまない。
それでも────』
『ねぇ。雅』
『…………なんだ?』
『それだけ?』
『……………』
『本当に、責任感だけ?』
俺は。
────────。
『…………そっか。なら、仕方ないや』
なずなは、笑っていた。
とても、嬉しそうに。
涙を、流しながらも。
『…………うっふふふふふふふ。─────おかえり。雅』
『あぁ。たくさん、待たせちまったな。ただいま。なずな』
『ま、応援はしてるよ!負ける気もしないけど!』
『……………おう!』
朝比奈なずなは。
きっと、何よりも誰よりも。
南雲雅を愛しているから。
だから彼女は、その背中を、見送った。
『………………本当に、これで良いのか。南雲』
『俺は、俺たちは、ずっと。ずっと……………』
星穹恒と、影乃蓮。
この二人にも、ちゃんと、話して、向き合わないといけない。
『………………あぁ。悪いな。俺の我儘で、また振り回しちまってさ』
『………………まぁ、先に振り回したのは、俺だからな』
星穹恒は、受け入れた。
『俺は、文句をたくさん言いたい。散々振り回されてきたからな』
影乃蓮は、少しだけ、苛立っていた。
『責任を取る。それだけじゃない。
これが、今俺のやりたいことなんだ』
森悠政の提案は、渡りに船どころではなかった。
何だったらこちらから、赤羽に話を持ちかけるつもりですらあった。
『……………はぁ。
まぁ、俺たちは、ずっと。
お前に、背負われてばかりの、弱者なんかじゃないからな』
影乃蓮は、強い、意志の籠った瞳で。
南雲雅と、目を合わせた。
『─────雅。お前はきっと、誰よりもクラスのために、戦ってきた。
今、お前は、初めて。
お前自身のために、選択して、戦おうとしている。
俺は、その意思を、尊重する』
南雲雅という少年は。
クラスをAクラスにする為に。
自身すらも傷付けて、確かに一度、卜部藤乃率いる、現二年Aクラスに勝利した。
そう。
誰よりも、クラスのために。
動機はどうあれ、その結果は、そういうものだったから。
『………………なぁ、恒。蓮』
南雲雅は、初めて。
クラスメイトを、名前で読んだ。
『───────なずなのこと、頼むわ』
星穹恒は、当然のように。
影乃蓮は、いつものように。
『あぁ。了解した』
『その任務、必ず完遂しよう』
そうして、南雲雅は。
新しいクラスへと、向かっていく。
エンドのEクラスへと。
そして、今日、終業式の日。
朝礼の場で、森は、クラスメイト達に、説明した。
「……………みんなに、何の相談もせずに動いたこと。これだけのポイントを借りたこと。こんな契約を勝手に結んだこと。
本当に、悪かった」
クラスの雰囲気は、完全にどん底だった。
あぁ。そうだ。
今度こそ、南雲に勝つために。
再起を果たすために、文字通り、全てを賭けて、運も味方して、全身全霊で挑んで、なお。
二年生最強のクラスは、完全無欠に、完勝した。
文字通り命懸けの、ほむらの大技も。
真正面から、打ち破られた。
三学期から、特大の何かがある?
それで、勝てるのか?
僅か二十八名で、クラスポイントは0で、一芸に特化しているはずの生徒達は、その一芸で、上回られた。
全員の、心が。
何より、ほむらの心が。
必死に、塗り替えて、隠して、気付かないようにしていた心に気付いて、蓋をしていた心が、表に出てしまったから。
あの日から、ほむらは、笑えなくなった。
なんだかんだで、花咲ほむらという少女は、いつも楽しそうに笑っているから。
そりゃ、なんだこいつって、みんなに思われるだろうけど。
それを、上回るくらい。
楽しいかも?って、思わせてくれるやつだったから。
そいつが沈むと、クラスもまた、沈んでしまって。
「……………………はぁ⁉︎」
そんなほむらが、過去一番の、大声を出した。
「なんっで南雲な訳⁉︎
Bクラスから引き抜くならさ!他にもいくらでもいるじゃん‼︎
朝比奈ちゃんの方が絶対纏まるし!星穹くんの方が絶対戦いやすいし!影乃くんの方が絶対便利じゃん‼︎
なんで、よりにもよって、コイツなの⁉︎」
ほむらにとって、南雲雅とは。
クラスを、めちゃくちゃにして。
友達に、消えない傷をつけて。
友達に、余計な罪悪感を抱かせた。
憎き、悪である。
「利害が一致したんだ。ほむら。
おれたちDクラスは、………いや、敢えてこういう。
この『エンドのEクラス』は、ここから、Aクラスを目指す。
そして南雲も、ここからAクラスを目指したいって、そう思っている」
「───バッッッッカじゃねぇの」
社佐は、乱暴に。
心から、苛立ちを込めて。
そう、言い放った。
「ここからAクラスを目指したいだぁ?はっ、寝言は寝て言えよ。テメェが居づらくなっただけだろうが。
自分抜きでも勝手に成長し始めているクラスに、疎外感でも感じたか?
それとも、変わり始めているこのクラスに、罪深い俺が入って良いのかわからなかったか?
そんなところにちょうどよく、森が声をかけてきてくれたもんな?
そりゃ一も二もなく飛び付くだろうよ。償いにはうってつけだし、表面的なポーズも完璧だ。
卜部も九重も鬼龍院も桐山も、納得するだろうよ。
罪を少しでも償う為に。
めちゃくちゃにした責任を果たす為に。
わざわざクラスポイント0のクラスに、移動したんだからよ」
勢いよく、机を、叩きながら。
社佐は、睨み付けた。
「─────冗談じゃねぇ‼︎
どこまでオレらをコケにすりゃぁ気が済むんだあぁ⁉︎
オレらは‼︎お前の罪悪感を払拭する為の!ちょうどいい道具なんかじゃねぇ‼︎」
分かっていた。こうなることぐらい。
おれだって、正直嫌だったさ。
でも、これが、最適だって。
おれたちが、ここから勝つには、この手を切るしかないって、そう思ったんだ。
堀北が、おれたちに何をしてくれたのか。
どうして、卜部がおれたちを対戦相手に選んだのか。
教員連合の存在。理事長の停職。そして、三学期から訪れる、新しい教師。
ここまで情報が出てきたなら、答えに辿り着くのも容易だ。
確かに、ほむら。
お前の言うように、この人なら、勝てるかもしれない。
おれたちが、戦う覚悟を持って、この人に、ちゃんと、教わったのなら、勝てるかもしれない。
──────でもさ、そんな勝ち方、おれは、納得出来ない。
堀北と坂柳理事長の利害が一致したから。
だから、浅野學峯が、このクラスの担任になって。
だから、おれたちにも、勝てる可能性が生まれた。
──────おれたちの、知らないところで。
おれはっ‼︎
おれはっ‼︎
『────わたしは、楽しみたい。
この学校を!わたしの人生を!楽しんで楽しんで楽しんで───笑って終わりたい』
こんな勝ち方じゃあ!
おれは、笑って、終われない………‼︎
もし!おれたちが、勝つ為に!
出来ることが、あるなら………‼︎
「────社。
聞いてくれ。頼む」
「聞くことなんざねぇ‼︎
おい森!とっとと土下座でもしてその契約破棄してこい‼︎
出来なかったら、お前が退学しろ‼︎」
「ちょっ、おま、いくらなんでも───!」
「大丈夫だ。後藤」
「っ!けどよ!」
「大丈夫だ」
おれは、後藤を制して。
クラスメイト全員を、見渡しながら。
ゆっくりと、正座して。
誠心誠意、土下座した。
「────おま、なに、して………」
「これは、謝罪じゃない。懇願だ。
…………おれは、ほむらが話していた、堀北鈴音が、おれたちにしてくれたことが何か、もう知っている。
…………それなら、確かに、卜部にも、Aクラスにも勝てるかもしれないって、そう、思っていた。
…………あの日までは」
そう。
あの日、見せつけられた。思い知らされた。
卜部藤乃という少女が、神や怪物の領域に踏み込んだことで。
ただ、与えられるものだけを、享受して、言われたままに頑張るだけじゃ、どうしようもないんだ。
だって、おれたちは。
そろそろ、大人になる。
大人になる準備を、しなくちゃいけないから。
「────おれたちが、本当に、変わりたいなら。
本当に、勝ちたいなら。
この学校で!一番強いクラスなんだって!胸を張って!言い切りたいなら‼︎」
誇りを持って!どんな手でも使わなくちゃいけない‼︎
それが、どれだけ認め難い一手でも‼︎
どれだけ!許し難い相手でも‼︎
それでも…………!
それでも…………!
「おれはっ………!笑って!この学校を!卒業したいっ‼︎
後悔なんてしたくないっ‼︎取れる手を全て取って!
おれも──────楽しみたい。
この学校を!おれの人生を!楽しんで楽しんで楽しんで!───笑って、終わりたい」
ほむら。
全部、お前に教えられたことなんだ。
お前は、自分に、絶望して。
どうしようもないやつだった、そう言いたいんだろうけど。
おれは、その全てにノーを突きつける。
お前に。たくさんのことを、教わったから。
言い切ってやる。誰が否定しようと、他ならぬお前が否定しようと。
お前は、強くて、優しくて、凄いやつなんだって。
そう、胸を張って、言い切りたい。
だから、おれは、出来ることを、全て────‼︎
だって、だって。
お前が、みんなが、笑えなくなって終わりなんて。
そんなの、楽しくなんて、ないから。
「……………森、悠政、くん………」
きっと、その日、その瞬間。
何よりも、情けない格好の、はずなのに。
その、少年の、その姿を見て。
花咲ほむらの、移植された心臓が、高鳴った。
「……………頼む。南雲の話も、聞いてくれ」
そっと、南雲は、森の隣に、正座して。
そうして、森と同じように、土下座した。
「……………こんなことしたから、何かが返ってくるわけじゃないってことぐらい、ちゃんと、分かってる。
どれだけ、謝っても。どれだけ、償っても。
俺のしたことは、俺を逃しちゃくれない」
堀北先輩と、卜部は。
俺を支配して、体の良い駒にするつもりで。
翡翠先生は。
俺を利用して、復讐を果たすつもりで。
俺は、俺の罪を。
堀北先輩のせいには、したくない。
卜部のせいにも、したくない。
翡翠先生のせいにも、したくない。
ちゃんと、背負って。
それでも、それでも、俺は。俺は───!
「虫の良い話だってことは、分かってる!
それでも!俺は!今度こそ勝ちたい‼︎」
責任を取るだけじゃない。
俺は、俺を信じたいから。
俺は、証明したいから‼︎
『…………本気、何だね。雅』
『…………あぁ。たくさん振り回して、本当にすまない。
それでも────』
『ねぇ。雅』
『…………なんだ?』
『それだけ?』
『……………』
『本当に、責任感だけ?』
俺は。
俺は‼︎
「俺は!俺が誰よりも強いんだということを、誰にも文句なんて言えない形で!俺自身が!文句なんて言えない形で!
証明したい………!
俺自身が、もう、一度完全に終わったから………!
だから!だから………!
この、『エンドのEクラス』から!
今の俺に、何よりも相応しいこのクラスからっ‼︎
俺は、這い上がって見せる‼︎
俺は!堀北先輩よりも!卜部よりも!桐山よりも!綾小路よりも!
俺の方が強いんだってっ!
そう、言い切りたい………から!」
俺は、『エンドのEクラス』を、道具として見ている。
俺自身が、俺自身を納得させる為の、道具として。
それを、隠したりはしない。
それでも良いって、森は、そう言ってくれたから。
「────この!『エンドのEクラス』から!
一番上まで!駆け上がってやる‼︎」
そう。このお話の、タイトルは。
南雲雅と、『エンドのEクラス』。
──────では、なくて。
「ほ、本気なの………⁉︎
本気で言ってるの二人とも⁉︎」
花咲ほむらは、心から、驚愕した。
だって、それは、つまり。
「森くん‼︎君は、目の前で見せつけられたでしょ⁉︎
藤乃ちゃんの、化物………っ、ううん、あんなのもう、化物なんて言葉じゃ、役不足だよ………!
あの、神の領域に踏み込んだ、あの強さを………!」
命すら賭けた。
そうまでしないと、勝てないと思ったから。
あの日、あの瞬間のほむらは、まず間違いなく、高育最強だった。
それでもなお、真正面から。
卜部藤乃は、上回った。
「────南雲くんっ‼︎
君が恐れた、一年前とはもう、比べ物にならないんだよっ‼︎
今の藤乃ちゃんはもう!今の二年Aクラスはもうっ‼︎
誰も並び立てない、そんな、怪物じみたクラスに。
歴代最高の三年生のどのクラスも、死ぬ気で足掻いて、鍛えて、戦ってなお、追いつけなかった、あの、クラスに。
今、二年Aクラスは、最も近い。
「わたしたちはもう!終わってるんだよ⁉︎」
「なら、ここから始めよう。ほむら」
森は、顔を上げて。
真っ直ぐに、ほむらを見つめた。
「もう、何もかもが終わったこのクラスから………!
この、『エンドのEクラス』から………!
始めよう、ほむら‼︎」
その、真っ直ぐな瞳に、貫かれて。
花咲ほむらは、
赤く染まった頬を隠せずに。
俯いて。
彼らの言葉が、脳裏を回る。
回って、回って、回って。
そうして、彼女の中の、原初の感情を、呼び起こす。
「わたし達の敵は、強大だよ?
Cクラスには、
二年Cクラスもまた、強敵で。
「Bクラスには、
二年Bクラスもまた、強敵で。
「そして、Aクラスには、
そして何より、
二年Aクラスは、強敵なんて言葉で、収められなくて。
「わたしたちは、たった二十九人。
残った時間は、一年程度。
身につけてきた技能は全部、上回られた」
どれだけ、凄い教師が、来たところで。
それでようやく、勝負の土俵に上がる、一歩手前に来れるだけ。
「ねぇ、森くん。こんな、何もかもが終わりきった、『エンドのEクラス』で。
本気で、頂点に登り詰めるの?」
「あぁ。おれは、本気だ」
「南雲くんも、本気なの?」
「勿論だ」
天を仰いだ。
あぁ、あぁ。
自分のものではなかった心臓が、今、色んなものに背中を押されて、高鳴っていく。
恋。動揺。恐怖。それから、それから────。
今、やっと。
わたしの心臓は、わたしのものになった。
「そんなの。そん、なの────」
さいっっっっっっっこうに!おっもしろぉ────い‼︎
笑う。笑う。笑う。笑う。
心の底から、楽しそうに。
釣られて、後藤は、カッコつけて、笑って。
「だな。こんなの、最高に面白いに決まってる」
釣られて、両沢眞子は、爽やかに、笑って。
「ええ。最高に面白い、最後の一年を、始めましょう」
釣られて、水澤蘭は、控えめに、笑って。
「…………そうだね。この学校を、面白く、終わらせよう」
釣られて、社佑は、豪快に、笑った。
「終わりから始める、か。ま、悪くねぇんじゃねぇの?」
ならば、もう、断る理由も、拒む理由も、ない。
土下座して、額を地面に擦り付けたままの南雲の前に、花咲ほむらは、立つ。
「顔あげなよ。南雲くん」
初めて間近で見た、南雲雅の顔は。
きっと、これまでで一番、輝いていた。
嘗てあった輝きを。
南雲雅は、取り戻した。
「───言っとくけど、始める以上、今までの功績とか、ぜーんぶ無しだからね?
───実力を示せなかったら、この教室を、追い出しちゃうから」
それが、この学校だ。
それが、この教室だ。
退学制度が実質的になくなったとしても、実力のない生徒に居場所はない。
それは、決して変わらない。
「───ハッ!上等だ‼︎」
そんな、南雲雅の宣戦布告を、ちゃんと、真っ直ぐ、受け取って。
花咲ほむらは、左足を、一歩前に。
右足をクロスさせて、プリーツスカートの裾を広げて。
ゆっくりと、頭を下げた。
その姿勢の名は、『カーテシー』。
ヨーロッパひいてはアメリカに、十七世紀から伝わる、西洋的な、挨拶法。
本来は、目上に人に使うものだが。
今は、対等な相手に使う、──────
「このクラス一の実力者の、このわたし、花咲ほむらが、君のことを
──────ようこそ」
ここまで、長かった。
たくさん間違えた。
たくさん失敗した。
たくさん敗北した。
「────ようこそ」
既に、何もかもが終わった、南雲雅が。
既に、何もかもが終わった、この、『エンドのEクラス』で。
───ここから、終わりから、ついに始まる。
「────ようこそ」
三度の挨拶を経て。
花咲ほむらが、宣言する。
このお話の、タイトルは。
南雲雅と。
「ようこそ実力至上主義の教室へ‼︎」
もうね。これしかないよね。