書いてて恥ずかしかった。
天国と地獄の一週間
冬休みに入って、三日目。
初詣も終わって、次の日から。
私は、これ以上ないくらいに、緊張しながら。
清隆くんの、部屋の前にいた。
これから一週間は、私は清隆くんの部屋から出られない。
その一週間を過ぎるとどうなるのか、私はよく知っている。
『きよたかぁ。だぁいすき』
『オレも大好きだ。桔梗』
もう、本当に、恥ずかしいぐらい、甘ったるい声で。
全身全霊で、この人を愛しています、と宣言するような、甘く蕩けた顔で。
清隆くんにしなだれかかる桔梗さんが、いた。
その日は金曜日で、ずっとそんな感じで。
生徒会室でも、真面目に仕事をこなしていたんだけど、時々ふにゃり、としか言えないような、力の抜けた幸せそうな笑顔で、清隆くんを見つめていた。
帰り際も、右腕をがっつり両手で抱え込んで。
『あいしてる』
『愛してる』
清隆くんは全部、真正面から受け止めてたけど。
土日を挟んだ月曜日。
正気に戻って、色々恥ずかしすぎたらしい桔梗さんは、登校はしたけど、ずっとうにゃうにゃ言っていた。
…………………そう。
恐らくは、私もそうなる。
この一週間をかけて、清隆くんに骨の髄までじっくりねっとりコトコトと愛されてしまう。
桔梗さん曰く、『天国で地獄でやっぱり天国』な一週間が始まってしまう。
……………………飛騨先輩と共に、出来る限り体力をつけては来たけれど。
その、夜は基本的に、二人がかりで完敗し続けている。
多分、多少体力をつけた程度では、その。
昨日の夜、桔梗さんと通話して。
『良い。鈴音。覚悟だけは、決めておいてね』
「か、覚悟?」
『もう、もうね。色々とぐちゃとろにされちゃうから。理性とか粉々に粉砕されちゃうから』
「……………ごくり」
『体力なんてとっくに限界で、もう辛いって思ってるはずなのに、耳元でたっっっっっっぷり愛を囁かれて、なんかいつのまにか、全部受け止める体勢にされちゃうから』
「……………ご、ごくり」
『なんかおかしくなっちゃうから。愛され過ぎて壊れそうになっちゃうから。多分普通に壊されちゃうから』
「……………ご、ごくり」
『もう、清隆なしじゃ生きていけなくなるから。絶対に離したくないってなっちゃうから』
「……………それはもうそうなってると思うのだけれど」
『……………それはそうだね』
兎にも角にも凄いらしい。
恐る恐る、鍵を開けた。
「お、お邪魔、します」
部屋に入って、靴を脱ぐ。
玄関の扉が閉まって、鍵がかかるのと、ほとんど同時に。
逞しくて暖かくて、愛おしい腕の中に、閉じ込められた。
「──────さて、覚悟は良いか、鈴音」
「え、え、えぇ」
そうして、『天国と地獄の一週間』が、始まった。
一日目の初めの方は、いつもより情熱的だな、というくらいだった。
体力をつけて来たのもあって、余裕を持って受け止められて。
一日目の終わり際には、もう、息も絶え絶えだった。
その日の夜、眠りに落ちる前。
桔梗さんの言っていたことが、何となく分かった気がした。
二日目。
「もっ、ろ、きてぇ」
「───言われなくても」
理性は、もう限界が近いって、言っていたんだけど。
本能が、もっと、もっとって、求めていた。
しょうがないじゃない。ずっと、耳元で囁いてくるのよ。『愛してる』、『大好き』って。
私も、『愛してる』、『大好き』って、返してしまうし、求めてしまうの。
愛情を注がれ過ぎて、おかしくなってしまうの。
この日までは、天国だったわ。
三日目。
「も、むりぃ………やら、ぁ」
「──────本当に、嫌、か?」
なんで、なんで、そんなことを、言ってくるのよ。
嫌なわけないじゃない。否定するしかないじゃない。本気で拒否なんて出来るわけないじゃない。
本能が言ってくるの。もう、本当にこれ以上はダメだって。何かが壊れてしまうって。
理性も言ってくるの。体力も何もかも、いろんなものが限界を超えているって。これ以上は辛いって。
でも、それら全てを塗り潰してくるぐらい、愛情を注がれてしまうの。愛されてしまうの。
本能の悲鳴も、理性の警告も、愛情で掻き消されてしまう。
だって、痛くないのよ。辛いけれど、嬉しいし気持ちいいのよ。
えぇ。桔梗さんの言うように、地獄だったわ。
愛され過ぎて、地獄だったわ。
幸せ過ぎる、地獄だったの。
四日目。
「…………ぅあ、…………もぅ」
「───すまん。まだ、愛したい」
「…………ゎらし、もぉ」
もう、おかしくなってる。おかしくなってた。
何かが壊れた気がした。
多分、私の、愛情を受け止める器、とでも言うべきものが。
注がれ過ぎて、器が壊れて。
なのに、ずっと、注いでくる。
───────だから、必死に、器を直していた。
少しでも、注がれる愛情を、溢したくなくて。
全部を、ちゃんと、受け止めたくて。
少しでも、大きくて、深くて、受け止められるように。
───────なのに、それでも、溢れそうになる。
そう、この日もまだ、地獄だったわ。
注がれる愛情を、一滴たりとも、溢したくないのに。
必死に、必死に器を直して、大きくしているのに。
それでも溢れ落ちそうになる。それが、辛くて、泣きそうになる。
そんな、地獄。
───────受け止めきれなくて、地獄だったの。
幸せそうな顔で意識を失う鈴音を見て、オレは、少しだけ、理性を取り戻す。
…………………何となく、分かる。
メンタルトレースを身に付けてから、愛情が暴走しがちになっている。
恐らくは、一時、自身を殺すその瞬間に、走馬灯じみた形で、二人の顔が脳裏をよぎるから。
戻ってくるその瞬間に、二人に会いたいと言う気持ちが、どんどん強くなっていくから。
流石に、オレも、疲れて来た。
鈴音の隣に、沈み込んで。
強く、強く、鈴音を抱きしめながら。
眠りに落ちた。
五日目。
電話の音と共に、目を覚ました。九時ごろ、ね。
清隆くんの腕を、何とか外して。
枕元にある端末を探り取り、通話を繋げる。
「───ぉはようございます」
『………………………………お、おはよう。堀北』
この声、卜部先輩、かしら。
あぁ、確か一週間の間、会長業務を代行してもらっているのよね。
代わりに、冬休みの残りの期間は、完全に休暇なのだけれど。
『えっ、…………と、そ、その、ね。あ、あ、綾小路に、かけた、つもり、なのだけれど。えっと、その、綾小路の業務について、その、聞いておきたいことがあった、ので』
「…………………ぇ」
あら、この端末、清隆くんのね。
間違いなく愛情で茹だっている脳みその片隅で、そんなことを考えていた。
起きたらしい清隆くんは、私を抱きしめながら、端末を取って、代わりに通話に出ていた。
「────おはようございます。卜部先輩」
『…………そ、その、大丈夫な時間を教えて頂戴。か、掛け直す、から』
「いえ、恐らくは大丈夫な時間がないので、今のうちにすぐに終わらせます。ご用件は」
『────そ、そう?えっと、その、施設についての資料なのだけれど────』
大丈夫な時間がない。
その言葉に、身体が熱を帯びたのが、分かる。
通話をしている清隆くんの、鍛えられた逞しい胸板に抱きついて、吸い付くようにキスをしていた。
※卜部は必死に動揺を押し殺しながらすぐさま仕事を終わらせようとしていた。所々で聞こえてくるリップ音は死ぬ気で無視していた。
「すいません。ちょっとだけ失礼します」
『え、えぇ。は、はい』
清隆くんは、私の頭を、優しく撫でながら。
そっと、耳元で囁いて来た。
「────良い子にしてたら、たくさんご褒美をあげよう」
身体が震えた。
心が悦んだ。
蕩けきった笑みを、溢していた。
「────はぁい」
良い子に、します。
※卜部にはガッツリ聞こえています。
「すいません先輩。手早く仕事を終わらせましょう」
『えぇそうねすぐに終わらせましょう』
卜部は『神の領域』を使って過去最高効率で資料についての情報を精査して活用して仕事を終わらせていった。
本来なら、残り十分は必要な通話時間もおおよそ二分弱で終わった。
『もうじゅうぶんよありがとうじゃましたわね』
卜部はすぐさま通話を切った。
『神の領域』の疲労と羞恥心とその他諸々で、思わず生徒会室のソファで横になった。
「…………大丈夫ですか。卜部先輩」
「だいじょばないわ。ぶらっくこーひーをしょもうするわ」
浅野の声掛けに、卜部は、脳みそが溶け切ったような声でそう応じた。
かなりの甘党の卜部先輩が、ブラックコーヒーを所望するほどとはな。
ブラックコーヒーを持って来ながら、櫛田はとても気遣わしげに声をかけた。
「…………その、ごめんなさい。止めればよかったですね」
「いいえくしだはわるくないわ。こいびとどうしがなかいいのはすばらしいことよ」
「…………本当にごめんなさい」
その、五日目のこの時間は、自分だと完全にノックアウトされていたので、大丈夫だと思っていたのだが。
鈴音は自分よりも体力はあったし、この一週間に備えて、体力をつけて来たから。
その辺りも予想しておくべきだった。起きていたなら、こうなる可能性は、考慮に入れていたのに。
「…………通話でああなるって、どんだけゲロ甘だったんだよ」
榎中は、引き気味に、一周回って引き攣った笑いを浮かべていた。
「…………良いなぁ」
「────へぇ?朝比奈先輩は、誰とそう言う関係になりたいんですか?」
「…………黙秘で」
何とか起き上がって、カップを両手で抱え込むように持ちながら、一口だけ、ブラックコーヒーを飲んで。
「…………あまいわ」
苦いはずのブラックコーヒーが、角砂糖を二十個はぶち込んだと錯覚しそうなぐらいに甘くて。
卜部は、再びソファに寝込んだ。
「…………ねぇ。ご褒美、ちょうだい?」
「あぁ、たっぷり、ご褒美をあげよう」
朝から、たっぷり、愛されて。
四日目までと同じように、ご飯を食べて、一緒にシャワーを浴びて。
「────きて」
四日目までで、私の器は、大きく、広く、深くなった。
清隆くんの愛情を、たっぷり受け止めて、味わって、飲み干して。
溢れんばかりに注がれる愛情を、ちゃんと受け止められるようになったの。
桔梗さんの言う通り。
やっぱり天国だったわ。
求めて来てくれて嬉しい。
愛を伝えてくれて嬉しい。
たくさん注いでくれて嬉しい。
もっと注いで欲しい。
私も、たくさん愛情を伝えたい。
私も、たくさん愛情を注ぎたい。
私たちは、天国で愛情の殴り合いをしていた。
お互いがお互いに、どちらがより愛情を注げるかで、殴り合って、競い合って。
五日目は、ギリギリで、私が勝った。
六日目。
「────昨日のリベンジだ。鈴音」
「っぁ、え、えぇ。受けて、立つわ」
「────覚悟は、いいな?」
天国だった。
これ以上ないくらい天国だった。
ずっとずっと、負けているのに。
頑張って大きく広く深くした器に、また、壊れそうなくらいの愛情が注がれてくる。
反撃しようとしても、受け止めて、上回られて、捻じ伏せられる。
それでも、諦められずに、反撃を続けて。
その度に、受け止めて、上回れて、捻じ伏せられて。
あぁ。もう、ダメ。
好き。大好き。愛してる。
「オレもだ。愛してる」
愛してる。
「愛してる」
愛してる。
愛してる。
愛してる。愛してる。愛してる。
私たちは、完全に、一つになっているような、そんな気がした。
私の、文字通り全てを曝け出していた。
清隆くんは、文字通り全てを注ぎ込んできた。
全てと全てでぶつかって、そうして愛が生まれて来た。
えぇ。やっぱり、天国だったわ。
七日目。
今日は、そういうことはせずに、とても穏やかに過ごしていた。
後片付けも、ある程度終わらせて。
「きよたかくん。だぁいすき」
「あぁ、オレも、大好きだ」
「あいしてる」
「オレも、愛してる」
そこで、チャイムが鳴って、鍵が開いた。
あら、桔梗さん、かしら。
「…………うぉう。あの日の私、客観的に見るとこんな感じだったのか」
は、恥ずかしすぎる………。
清隆くんの膝の上に座って、抱きしめられながら。
私は清隆くんの腕に、そっと指を這わせて。
愛おしそうに、彼の顔を見上げて。
彼もまた、愛おしそうに私を見て。
力の抜け切った笑みで、笑い合っていた。
「その、五日目の通話、二人とも覚えてる?」
五日目。
えぇ。よく覚えているわ。
やっぱり天国だって、そう思えた日よね。
「あー、うん。まぁ、まーだ理性とか戻んないよね。二人とも。うん。戻った時、やばそう」
私は一日中、清隆くんに甘えて。
清隆くんも一日中、私を甘やかして。
清隆くんを甘やかして。
清隆くんも甘えて来て。
ここは、きっと、天国で。
そうして、『天国と地獄の一週間』が終わって。
次の日。
「本当にごめんなさい………」
「本当にすいません…………」
私と清隆くんは、全身全霊で、卜部先輩に謝罪していた。
卜部先輩は、すごく、赤く染まった顔で。
「………………その、避妊とかは、ちゃんとしてるわよね?」
「はい。それは、勿論です…………」
「その、はい。万が一がないように、その、ちゃんとしてます」
「そ、そう。そう、よね。えぇ。それなら、えぇ」
取り敢えず、私も一週間ぐらい、休暇頂戴。
「はい。一週間と言わず二週間でも」
「冬休みの残りの期間は全て休暇です」
本当に、ごめんなさい。
「…………うぅ。私も中学でもっと攻めるべきだったかしら……?」
卜部藤乃は、とても、後悔していた。
幽閉されないはず。
されたら察して。