カルマくんが頭を下げるエピソード好きです。
四月上旬。
奥田愛美は、友達の待つ図書室へと向かっていた。
この学校の図書室の蔵書は、そこらの図書館に匹敵するものなので、Cクラスになってしまった原因である国語をどうにかする為に、読書を始めようとしていた奥田にとっては、渡りに船、であっている筈だ。
そうして、入学3日目にして、図書室へと足を運んだ奥田は、見事に立ち往生した。
何を読めば良いのか分からないのだ。
途方に暮れていた奥田は、しかし、同じクラスの、女子では唯一と言って良いくらい穏やかなクラスメイトが、一切の迷いなく本を選び、黙々と読書を始めるのをみて、これだ、と天啓を得た。
まるで図書室の妖精のような少女に、緊張しながらも奥田は話しかけた。
「あの!読書を教えていただけませんか!」
と。
読書とは教わるものではないし、強いて言うならおすすめの本を教えて下さいで良かっただろう、と数日前の自分にクロロホルムを吸い込ませたくなる。
快く受け入れておすすめの図書を教えてくれた椎名には頭が上がらないぐらいだ。
今日も今日とて、椎名に薦められた本を読み終わったので、返却ついでに新しい本を教えてもらうつもりだ。
図書館に着いた奥田は、椎名に話しかけようとして、先客がいることに気付いた。
あの人は誰でしょう?と思いながら、どこかで見たことがあるはず、と記憶を辿ろうとして、普通に知ってる人だったことに気付く。
(そういえば、綾小路くんも本が好きなんでした)
なるほど。同じ読書家同士、話が合うということだろう。
自分と話す時よりも、椎名は楽しそうだった…………………………………。
こう、良くないのでは。
彼、綾小路清隆は、正直怖かった。だってずっと表情が変わらないんだから。
それでも、ところどころで人の良さを感じるので、悪い人じゃないのかな、なんて思ってた。
彼がそうなってしまった理由を知ったのは、彼の父が乗り込んできたとき。あの時、初めて殺せんせーの
それから、少しづつ、少しづつ明るくなってきて、笑顔も増えてきたが………殺せんせーの寿命と成り立ちを知ったとき。友達の復讐が、成されなかったとき。
彼は再び、いや、前以上に表情を失った。
何かに、きっと、どうしても殺せんせーが死ぬという事実に心から絶望して、心に完全に蓋をした。
だから、あんなことをした。
………終盤も終盤、最終盤で、堀北さんと櫛田さんと対峙した時、彼は
彼が望んでいたのは、本当の、命のやり取り。烏間先生の静止を、三人全員が振り切って。殺せんせーが、本当に本当にまずい時は介入するつもりで見守る中で、三人は
結果は、堀北鈴音のどこまでも純粋な
あれから、二人のまっすぐな恋と愛に貫かれて、
それはきっと、あの人が見たら、心の底から唾棄するであろうもので、それでも、E組のみんなにとっては、自分のことのように嬉しかったことだった。
そう、つまり、何が言いたいのかというと。
彼は、二人の女子からの告白を保留している状態な訳で、そんな状態で、他の女子生徒と仲良さげに談笑するというのは、浮気、なのでは。
そう、浮気であっている筈だ。
浮気は、良くないと聞く。
空気感はまず最悪になり、より悪い方向に行けば刃傷沙汰に発展、最悪心中だったりもありえる、らしい。ビッチ先生がそう言っていたので間違いはないはずだ。浮気は許すな、絶対に。が
これは浮気しようとしている友達を嗜める為であって、別に二人が仲良くなっていくのが羨ましいわけでは無い。決して違う。決してそうでは無い。仲の良い友達が、他の人に取られるかもしれないとか思っていない。決して違う。そう決して。
(私は間違えていない筈です!浮気は良くありませんし!友達が間違ったことをしようとしているのなら止めてあげるべきです!決して、そう決して、
E組男子総合力一位に物申すべく、一歩踏み出したところで、大きな体にバックハグされた。
動揺はしたが、こんなことをするのが誰かなんて分かりきっているので、
「きゅ、急に何するんですかカルマくん!」
こんな時でも図書室ではお静かに、のルールを律儀に守って小声で叫ぶという器用なことをする奥田。
カルマはそんな奥田を愛おしいと思いつつも、目の前のおもちゃを逃すわけにはいかないので、より抱き締める力を強めた。
「だーめ、だよ。奥田さん。あの二人はあんなに
いつもの小悪魔のような笑みを浮かべるカルマに、奥田愛美は割と本気で引いた。
「も、もしそれであの三人の仲に亀裂が入ってしまったらどうするですか⁉︎」
「ダイジョーブダイジョーブ。どうせ
それは割と同意できてしまうので、ぐうの音も出ない。
いやまぁ、そうなのだ。あの二人は
逆を言えば、
つまり、別に椎名がどれだけ仲良くなったとしても、綾小路からは離れないし、負けるつもりもない。
奥田の危惧しているようなことは起こり得ないのだ。
そう、椎名が、奥田よりも綾小路と仲良くなるかもしれないこと以外は。
(………私は、我儘なんでしょうか)
思えば、自分はいつも受け身だった。
茅野も、神崎も、他のE組女子も、無論男子も、友達だと思っている。だがそれらは、相手から関わってくれたから、友達になれた関係だ。少なくとも、奥田はそう思っている。
だから、そう。だから、初めてなんだ。自分から関わった結果、友達になれたのは。
だからこそ、奥田にとって、椎名は──
「別に良いと思うけどね」
今は、離したほうがいいと思ったのか、カルマはパッと奥田を解放した。
「人間関係なんてそんなもんでしょ。相手が嫌がんない限りは、多少の独占欲ぐらいは普通じゃない?」
「そういうもの、ですか?」
「うんうん。そういうものそういうもの。………例えば、もし俺が他の人と仲良くするのが嫌だっていうなら、全然そう言ってくれて構わないよ」
うーーん?、と。
言われた通りにカルマが他の人と仲良くするところを想像してみるが、
「カルマくんが他の子と仲良くしても、あんまり嫌じゃないかもです」
「っっっっっ!?そ、そう、なんだ」
カルマは盛大に自爆した。
「でも、そうですね。私、ちょっと言ってみます!」
「うん……行ってらっしゃーい…………」
意気消沈とはこのことか、と写真に撮って具体例の図としてあげておきたいぐらいには模範的な図だった。
「あの、お話中のところ失礼します!椎名さん!」
「?奥田?」
「奥田さん。あら、綾小路くんと奥田さんはお知り合いなんですか?」
「まぁ、中3の時クラスが一緒で……」
「それよりも椎名さん!お薦めしてくださった本!面白かったです!」
「ふふ。それはとても嬉しいですね。どうでしたか?」
「はい!特に犯人が使った毒物がとても興味深くてですね。一定の時間と条件が揃って初めて効果が出る毒物なんてとても面白そうだったので、頑張って再現してみました!」
「奥田、奥田、多分それずれてる」
「あら、奥田さんは凄いですね。あの作品の毒物は創作のもののはずでしたのに」
「椎名はそれでいいのか?」
「はい!調べてみても合致する毒物は見つからなくて、類似した効能の毒物から選んで、改良して、作中に出てくるような無味無臭、痕跡も殆ど残らず、それでいて確実に殺せる毒物を作れました!」
「作っちゃダメだろそんなもの」
「まぁ、奥田さんは本当に凄いですね。今度見せてくれませんか?」
「まず捨てさせなさい」
「もう、綾小路くん煩いです!割って入ってこないでください!」
「最初に入ってきたのは奥田だけどな」
「まぁまぁ、許してあげなよ。奥田さんの我儘ぐらいはさ。モテ男なんだし」
「モテてないが。ていうかいつからいたんだカルマ」
「割と最初から」
「だったら早く止めろよ。早くツッコミしろよ。俺の負担がデカすぎるわ」
「いや、ごめんね。今ちょっと、ダメージエグくて」
「何だお前。まるで好きな人にまるで意識されてなかったことに気付いたみたいだな」
「……ぐはっ」
「えっ、うそ、マジで?なんかすまん」
「随分と仲が良いんですね、三人とも。やっぱり同じクラスだったんですか?」
「まぁ、同じクラスではあったが、これって仲良く見えるのか?俺にとってカルマは割と敵なんだが」
「………つれないこと言うなよきよぽん〜〜」
「きよぽんやめろ。誰かのイメージとってる気がする」
「そんなことより椎名さん!次はどんな本を薦めてくださるのですか⁉︎」
「奥田さんにとってぼろぼろの俺は、そんなことの範疇なんだね………」
「まぁ、その、ドンマイ」
「………さすが本命が二人いる人は言うことが違うねー」
「二人いうな。…………一応、どちらかを選ぶつもりはある」
「……へぇ〜〜〜〜?どっちを選ぶとか、決めてるのかなぁ〜〜?」
「煩い本命に好かれてないくせに」
「急に刺すなよ死んじゃうだろ?」
「そうですね。この本も読めた奥田さんなら、こんな本がお薦めですよ。科学者兼探偵の主人公のお話なんですが、毒物の専門的な知識も書かれていますので、参考になるかと」
「わぁ!ありがとうございます!」
「俺たちはこの二人から見えてないんだろうか?」
「多分、そうなんじゃない………」
椎名と奥田の読書トーク。片方は毒物に偏っている気がするが。を尻目に、綾小路とカルマは並んで座って待っていた。
と、そこで綾小路から切り出した。
「で、どういつつもりだ?」
「ん?何が?」
「先日の夜、言っていただろう。
「いや文字通りの意味だけど?」
「正気か?」
「酷くね?」
らしくない。あまりにも、赤羽業らしくなさすぎる。
この男なら、Cの頂点ぐらい、簡単に取れそうなのに。
「あっ、今簡単に取れるだろうに何でそうしないって思ったでしょ」
「……まぁな。勝ちを捨ててるのか?」
「いんや。寧ろ勝つ為だよ」
悪戯を思いついた子供のような、だが、そんな可愛らしいものでは断じてない笑みを浮かべて、赤羽業は嗤う。
「君たちの怖さも、浅野くんの怖さも良く知ってる。知ってるからこそ、今こうしてるんだよ」
「………!育てるつもりか、龍園を」
「……そう。生徒間の平均的な実力と、クラス間の首脳陣の能力。この二つで
龍園翔という男を見て、話して、大体わかった。
敗北を恐れず、最終的な勝利のみを目標に、何度死のうが立ち向かえる男。
初日の段階でカルマの強さを察していたのか、E組で合流前に喧嘩を売られた。
一方的にボコボコにしてやったが、それでも死なないギラついた目を面白いと思った。
コイツは、
「ま、そんなわけだから、君たちは気にせず龍園をボコボコにしな。そう簡単に折れるやつじゃないし」
「……もし折れたら、どうするつもりだ」
「そん時はまぁ、やれるだけやってみるよ。勝てる気はしないけどね」
「……まさかお前が、こんな勝率の低いギャンブルをするとはな」
「仕方ないでしょ。持ち札がそっちよりも弱いし」
「…………そうか?生徒の平均的な能力は、
「
そう言った赤羽は、図書室にあった本を数冊持ってきた。
「例えば、この本」
大きな表紙と、薄いページを持つ本。
「そんで、この本」
上下巻セットの、飛び出す中身を持つ本。
「最後に、この本」
持ってきた本の中で、最も大きい本。
「それに比べて、この本」
どことなく暴力的な表紙と、それなり以上に薄いページの本。
「なぁ、綾小路。
「個人の願望で言うなら、そのでかい表紙の本だな。だが、世間一般的には、一番でかい本を読んだ方がいいという人もいるだろう。子供だったりは、上下巻セットの本を読みたいと思う人もいるかもな。だが、少なくとも俺は、過激なだけの本は読まないな」
「その通り。
「だからお前は編集者として、まずは表紙から変えるつもりか」
「そういうこと。まずは表紙を、
「……面倒くさいことを押し付けてくれる」
「ははっ、同じ本で食い合うなんて、無駄すぎるでしょ。まずは、まとめておかないとね」
「まぁ、
「そういうこと。
性格の悪いことを。
いや、だが、なるほど。
それだけじゃないな。
「これは独り言なんだが。龍園という男は危険な男でもあるらしいな。そんな男が、同クラスの生徒の一人を敵対視して、その男が、
「………別に奥田さんの為じゃないけど?」
「独り言だと言っただろう。だがまぁ、納得はした」
「ま、編集者として、
あちらはひと段落ついたのか、椎名がこちらへ手招きしているので、話を一旦終えることにした。
「まぁ、お前も頑張れよ。色々と」
「そっちもね。あと、色々は余計かな」
「あっ、さっきはごめんなさい。綾小路くん。その、少しキツく当たりすぎました」
「いや、別にいい。そこまで気にしてない」
「赤羽くん。奥田さんは、とても可愛らしい人ですね」
「良いでしょ?あげないけど」
「?私カルマくんの物じゃありませんよ?」
「例えだよ、たーとーえ」
「………もう少し素直になっても良いんじゃないか?」
「素直さの暴走特急に振り回されてる君が言う?」
「それもそうか」
「……ただまぁ、そうだね」
夕陽の差し込む図書室で、赤羽業は、ほんのりと頬を染めながら、ちょっとだけ勇気を出すことにした。
「ねぇ奥田さん」
「はいなんでしょう?」
「もし、その、俺が奥田さんともっと仲良くなりたいって言ったら、どうする?」
目の前で突如繰り広げられる青春のワンシーンに、椎名は目を輝かせる。
綾小路の袖を引っ張りながら、子供のようにはしゃぎたいのを、空気を読んで抑えていた。
「?私たちって、もう仲良いですよね?」
「……うん。そうだけど、そうじゃなくて」
綾小路は思わず苦笑した。
まだまだ、読解力は身に付いていないらしい。
「……その、もし、俺が、奥田さんと他の人に、あまり仲良くなってほしくないって言ったら、どう思う?」
おっとかなり踏み込んできたな。
綾小路と椎名は目を合わせて、このやりとりが終わるまでは空気になることを共通認識とした。
「……?あっ、それって、さっき言ってた独占欲の話ですか?」
「…うん。そうだね」
「そうなんですね。何だか嬉しいです」
「……嬉しい?何で?」
「ちょっと待ってください。一旦整理しますね」
「……うん。待つよ」
「はい。…………纏まりました」
「纏まりましたか」
「はい!私はカルマくんが
おっとこの子思ったよりも強いぞ。
綾小路と椎名の内心は完全に一致した。
「そう……なんだ」
カルマは今、髪に負けないくらい顔が真っ赤である。
見てて最高に面白い。
「はい!」
「………でも奥田さんは、俺が他の人と一緒にいても、気にしないんでしょ?」
ここで急にめんどくさくなるなよ。
綾小路と椎名の内心は完全に一致した。
「そうですね?でも、
「………ん?」
ここでカルマ、ミスに気づく。
そう、奥田は最初から、
つまりは、完全にカルマの一人相撲という訳で。
勝手に傷ついていたのが、ことの真相という訳だ。
ミステリマニアの椎名からしたら、初歩も初歩すぎてあまり面白くはないトリックとも言えない何かであった。
「まぁ、良かったな。多分脈なしではないぞ」
「うっせ」
カルマは赤いまま、いつもの舌鋒もなりをひそめた、子供じみた言葉でしか言い返せなかった。
「なるほど、では奥田さん」
「割って入ってこないで、変なこと言わないで椎名さん」
「まぁまぁ、邪魔しちゃダメだぞカルマ」
もがもが言う赤羽の口を完璧に抑えて椎名に続きを促す綾小路。椎名はにっこりと笑いながら、とても楽しそうに質問した。
「もし仮に、
むがーっ、と、慌てて唸り声を挙げながら静止しようとする赤羽を完璧に抑える。こんなに面白そうなのを邪魔するわけにはいかない。
うーん?、と。顎に人差し指を立てながら首を傾げる奥田。
頼む、『
赤羽の魂の叫びを聞いて、綾小路と椎名は笑みを深めた。
「………
「……そうですか」
奥田の回答を聞いて、綾小路と椎名は少し残念だった。
もっとこう、
赤羽も同じことを考えたのか、微妙そうな顔をしていた。
「うーーん。そうですね。もし
「あっ、それは
「………?」
「……んん?」
「ん?なんかおかしくないか、それ?」
「?
その理論は、確かによく分かる。
分かるのだが、その理論だと、その。
「
自分と椎名が仲良くなるのを嫌がるということは、そういうことにならないか……?
「あっ、いえごめんなさい!別に綾小路くんをそんなふうに思ってた訳じゃなくてですね……!なんというか、その、
「……あのな奥田。俺は別に二人を誑かしたりしたわけでは決して無くてだな。いや、嫌ではないんだが、それはそれとして好色家というわけでは決してないんだ。そう決して!」
「はっはー!良いじゃん綾小路、君はモテ男だと思われてるみたいだからさ!」
「うるさい黙れカルマ!今は、今は誤解を解かなければ!」
「二人とも、図書室ではお静かに」
「すいませんすいません、すいません綾小路くん!」
悩んだ結果、綾小路が最初に言ってきたように、他のE組メンバーに共有しておくことにした。
その後、人目に付かないところで綾小路に襲い掛かる赤羽の姿があったとか無かったとか。
ボコボコにされ続けて成長した龍園翔+E組男子最優の赤羽業+最終兵器奥田愛美
加えて従順なヤンキー共。
龍園の反則スレスレの行動に、時にアクセル全開にしたり、ブレーキかけたりするカルマが加わることで安定感アップ。最終兵器奥田愛美という渚と同等の反則もある。
普通に怖い。
※完成までもう暫くかかるものとする。