人の知恵では計り知れぬ事が、世には溢れている。
そんな言葉を否定する様に動いてきた自分ではあるが、と男は椅子に腰掛ける。
椅子に”普通に座る”と云うのも久し振りだ。椅子の上に蹲るのが男の
先ず何が起きたか?
両の
最初に起きたのは交通事故である。これは間違いが無い。
埼玉県議貝谷千里の秘書である名嘉山義勝の運転する車の前輪左タイヤがパンク。スピンし、歩道を歩いていた幹本直人を轢き重傷を負わせた。
それだけならば、政治家が関わっただけの交通事故として、一週間後には忘れ去られただろう。
しかし幹本は数年前に強盗殺人事件の被疑者として捜査線上に浮かんだものの、証拠不十分で立件が不可能だった男。そして名嘉山の指紋はとある強姦事件の現場に残された物と一致した。更には事務所の公金横領が発覚し、貝谷自身も収賄と少女買春容疑で逮捕された。
”以上”がこの事件
その後貝谷の息子が覚醒剤所持で現行犯逮捕、売人が逮捕され、所属する暴力団が家宅捜索され、保険金詐欺と殺人事件と銃刀法違反が発覚し、癒着していた刑事が捕縛され、証拠捏造に因る冤罪が暴かれ――
明らかな異常事態である。有り得ない事だ。しかし実際に起きている。
一つ一つの事象に不審な点は無い。刑事全員が職務に忠実であり、摘発すべき犯罪を全て白日の下に晒しただけだ。内部告発が集中したのもこう云う流れに乗るべきだと云う、日本人らしい判断だと納得出来る。
だが罪の割に短い刑期で出所した者や心神耗弱状態であったとして刑罰を逃れた者、情況証拠は黒だが物的証拠が無く起訴に至れなかった者、国を売り捏造報道を行う身中の虫達が、事故に遭い家を焼き出され、強盗に刺されて入院しているのは偶然か?偶然で片付けて良いのか?
偶然な訳が無い。恐らく彼等は現時点で罪に問う事が出来ない者、物的証拠を残していない者だ。明らかに狙われている。
――誰が?誰が狙っている?
そいつらは人の心を操り衆目の中で階段から人を突き落として見咎められず、ベテラン消防員の目を欺いて家屋を焼き払う事が出来る、完全無欠の犯罪者集団だ。きっとケネディやマイケルを殺したのもそいつらで、スターリンやヒトラーを唆したのもそいつらだ。
――落ち着け。未だ焦る様な状況じゃあない。相手を過大評価するな。常に冷静であれ。
多分、そんな言葉を思い出す時点で冷静ではない。けれど、まともな答えなど有る筈も無い。誰かが何かをしている事は確実だけれど、如何にそれを行っているかを考えれば超自然的な存在を肯定せざるを得ない。
――否。待て。
ここは一旦全てを棚の上に放り投げよう。
超自然的な存在を肯定してみよう。
複数か単数かは不明であるが、その存在は一応基本的には人間の、この国の法律に抵触しない様に動いている。警察組織を手助けし、証拠が隠滅されているか、既に下された判決が不当である人間のみが事故に見せ掛け打ち倒されている。つまりその組織乃至人物は、彼もしくは彼女等なりの倫理観に基づいた活動を行っている様だ。
警察組織やこの国の国民はこの怪異を歓迎しているし、勧善懲悪などと持て囃すメディアも有る。男自身、快哉を叫びたい気持ちが全く無いと言えば嘘になる。しかしそれは、これを行っているのが人間であればの話だ。上から蟻の行列を弄るかの様に自分達の生活を気儘に動かす存在など、認められる訳が無い。我々は神の玩具ではないのだ。
ならばこそ、この事件群を起こした張本人と対峙し、止めさせなければならない。立件は不可能だろう。暗殺も無理だと思われる。説得するしか無い。神ならば神らしく、見守るだけにせよと。
「……何を馬鹿な事を」
思わず独り言が漏れる。
兎も角アヌビスは老害を一掃し、癌細胞を駆逐し、罪人を裁き正道を照らす。景気は上向きになり自殺者も減っている。政治家官僚は役に立たないと吐き捨てるだけの時代は終わった。塵芥は捨てられ正しきを行える時が来たのだ。”正しい事”は人の心を明るくする。行動的にする。最早アヌビスが手を貸しているのか警察組織がその実力を十二分に発揮しているのか分からない状況だ。
つまり、この最初の事件が肝要なのだと言える。
何故あの事件が”最初”であったのか。他の事件の様に同時多発的に起こしていたのならば、”起点”は不明なままであっただろう。
恐らく、連中が『アヌビスにとって特別な事件』の関係者だったのだ。
貝谷千里、名嘉山義勝、幹本直人。この三人が関係する事件の被害者の内、容疑者は誰か。ノートパソコンを引き寄せ操作する。
収賄・少女買春。贈賄した専務も春を鬻いだ者も、自らの判断で行い誰かに強制された訳ではなさそうだ。常習犯であり力を持てば暴走する類の人間である。容疑者から外しても良かろう。
強姦事件の被害者。これは恨みも深いと思われる。一年前に交通事故で死んでいるが、
強盗殺人事件。これは犯人が幼い子供の目の前で両親祖父母を殺害している。幼かったが故に彼の証言は採用されなかったが、容疑者は幹本であった。当然最有力容疑者ではあるが、彼は現在九歳。そんな子供に復讐相手を殺さないなどと云う自制が可能なのか。その判断は実際に会ってみなければ分かるまい。因幡来兎――現夜神来兎は犯人足り得るか。そしてそんな境遇の子供を誰が説得出来ると言うのか。
――まぁ、私にこの事件を”解決”しろ、と云う依頼が来た訳じゃあないんですけどね。
やれやれと首を振って、男は常の姿勢に戻る。矢張りこちらの方が落ち着く。椅子は腰掛けるのではなく蹲るべき物なのだ。
と。
まるでタイミングを見計らうかの様に携帯電話の着信音が響いた。発信者は見るまでもない。自分の携帯番号を知っている者などワタリしか居ないのだから。
『あ~今お時間は宜しいですか、エル?』
「……貴方は誰です?何故この番号を?」
渋みの有る老人の声を想像していたのに、聞こえたのは全く違う、若い男の声であった。ディスプレイを見れば非通知となっている。
『そう!望めば君の番号でさえ手に入る……そう云う
エルと呼ばれた男は目を閉じた。迷宮入りを含む3500もの事件を解決し、各国警察から難事件解決を依頼される事が多々有る探偵
『ICPOから話を通すのは剰りに不自然なのでね……恐らく君も興味は持っているでしょう?日本の、あの馬鹿げた現象を起こしている人間が誰なのかを掴んでもらいたい』
日本の現状を歓迎していない、日本国内外の犯罪者組織か。
「……理由を伺っても?」
『私が日本に放っていた部下との連絡が途絶えました。新たに送り込んだ二十名も即日、ね。調べた処、別組織も、日本国外から派遣されたエージェントは軒並み連絡を絶っている様ですね』
「ほう……記録上、あの現象に因る死者は出ていない筈でしたがね」
『その通り!部下達は、死んではいない。生きていますが操られている。そう云う状態の様です。表の仕事は普段通りに熟していた……』
成る程犯罪者同士で潰し合いをさせる存在である。人を洗脳するくらいは簡単、と云う訳か。そして犯罪者相手には容赦が無い。
「正体を掴んで――貴方はどうするつもりですか?」
『――私の仕事を邪魔したんです。人が相手ならば死んでもらうのが筋ですが……怪物が相手ではね。出来れば引き込みたい処ですが、それも難しいでしょう』
「でしょうね」
目的が本当に殺害ならば断るつもりだが、そうではないだろう。出来ない事は分かり切っている。
『ですからこれは好奇心です。あの国では今何が起こっているのか?それを知りたい』
「成る程。そう云う事でしたら受けましょう」
『GOOD!報酬は、前金として十五万ドルを振り込みましょう。それと成功報酬で三十五万。貴方ならば洗脳される事は無いと思いますが……まぁ念の為、連絡方法はこちらから指示します』
「破格ですね」
報酬は大体五万から二十万ドルである。前金だけで十五万ドルは破格であった。
『死なずとも人格を塗り替えられる危険が有ります。五十万ならば妥当でしょう』
今迄の事件では死の危険が有る物も多かったが、それは敢えて言わずにおいた。くれると言うならもらっておこう。
『では連絡方法ですが――』
それから十分程会話をし、その通話は途切れた。
何故世のチート主人公は原作に関わるのか?答え。神様が鑑賞する為に干渉してるから。それか二次創作だから。
そんな訳で当初は戦闘面だけ他の転生者に任せて3-Aメンバーとイチャイチャするチート主人公モノを考えてたんですが、恋愛モノは無理だと気付いて断念。じゃあ原作に殆ど関わらないチート持ちが何をするのか、とか考えてたら、「日本征服」と云う単語が思い浮かびました。で、こんな話に。
続くかどうかは不明。