他の方々に任せます   作:shake

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page1 邂逅

 

 人は外見で判断出来ない。そんな事は分かり切っている。

 しかしそれでも一目見ただけで理解出来る事も有る。

 夜神来兎は見た目通りの年齢ではない。断じて只の小学生ではない。

『心せよ。お前が深淵を覗き込む時は、深淵もまたお前を見ているのだ』

 深淵?否だ。そんな生易しいモノではない。アレは人の目ではない。そして自分から覗き込んだ訳でもない。

 虚無よりも尚深き闇。全てを破壊し尽くす獣性。それを難無く従える知性。法と混沌が交じり合った鳶色の瞳。それに見詰められた。品定めされたのだ。

 過去、様々な犯罪者と接見してきた。快楽の為に人を殺す者。自分が上に行く為に邪魔だったからと殺した者。()()()()だけのつもりで殺した愚者。追い詰められて牙を向いた小心者。他者の生命など歯牙にも掛けぬ者。心が壊れた者。そんな連中にも恐怖を感じた事は無かった。

 だがアレは。あの目は。

 恐怖だけではない。畏れも感じた。敬いも。慈愛も。

 五体倒地して爪先に接吻するべきかとも悩んだ。

 アレは。否、夜神来兎は人ではない。神だ。現人神だ。荒神(あらがみ)だ。

 獣なら。狩人なら。化物ならば人にも斃せる。だが神は。神は人には斃せない。否応も無く理解出来る。

 夜神来兎はこの世界を変える気だ。この世界に住む人間の意識を変える気だ。

 当たり前の様に正義を行える世界に。悪を憎める世界に。必要悪を必要としない世界に。

 剰りに清い流れには、魚は棲まぬと人は云う。ならば棲める魚を作るだけだと彼の瞳は語った。

 最早誰にも彼を止められぬ。人の身で止める事は能わぬ。

 彼を止められるのは神だけだ。

「――貴女では……彼を止められませんか?」

「これは可笑しな事を云う。私は寧ろアイツを応援する側だ。否、信奉する側と言った方が正しいかな」

 彼女が盤に置いた黒石が淡く光る。一応他に秘するべき事柄である為、エルがイタリア語、相手はドイツ語で話していた。

「成る程」

 現在エルは、竜崎大河と云う偽名で麻帆良第六小学校の教師をしている。この学校も、他所と変わらず阿呆な教師はどんどん免職されているので補充要員として潜り込むのは容易かった。が、人手不足である為逆に辞めるのは難しそうである。部活の顧問も中学校のものを二つ兼務だ。

 その一つである囲碁部。学園都市である麻帆良には部活動が数多在るが、囲碁部将棋部チェス部は小学生から大学院生までが合同となっている。目の前の少女は麻帆良学園女子中等部二年のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと云う。迚も中学生には見えず、精々小学校高学年と云った容姿だが、彼女も見た目通りの年齢ではないだろう。彼は神だが彼女は怪物と云ったクラスか。それでも人には届かぬ位階である。

「もし、彼が暴走した場合……」

「それは無いな」

 石を一つ置いて最悪の仮定を述べるが、冒頭で彼女に否定された。

「それは何故ですか?」

「来兎は私に『もし自分が危険だと感じたら始末を付けて欲しい』と爆弾の起爆スイッチを渡している。自分の心臓に埋め込んだ爆弾のな。その覚悟が有るんだ。憎悪に駆られて世界を滅ぼす様な真似はせんさ」

「止められないのではなく止める気が無い、と云う事ですか」

「そう云う事だ。もし奴が堕ちると云うならば、私も共に堕ちる」

「……まぁ、彼に貴女の様な相手が居るなら確かに心配は無いのかも知れませんね」

 実際の年齢差が幾つなのかは知らないが、お似合いのカップルと言えよう。見た目も美少年と美少女だし。

「しかし、一人の人間によって支配される世界と云うのは……矢張り私は嫌ですよ」

 自由意志を持つ人間であるならば。世界征服などと云った暴挙には全力で抵抗するべきである。

 それはエルの譲れぬ意識であり、夜神来兎への宣戦布告だった。

 が。

「?……ああ。安心しろ。この恩恵を受けられるのは、この国だけだ。世界征服など考えていない」

 と鼻で笑われた。

 そう言われれば、この現象は各国に飛び火している訳ではない。日本国内だけに留まっている。

「――今後他国に広げていく事は無いと?」

「考えてもみろ。悪人をただ鏖殺するだけなら兎も角、罪を正しく裁いて刑務所に入れ、更正させて社会復帰させると云うプログラムを真面目に、十全に機能させようと云うのだ。更には悪法を廃し現法を改良し、冤罪を無くして迅速且つ精確な捜査を徹底させると。滅茶苦茶面倒だろう?」

「まぁ、それは」

 しかし彼程の位置に居る者ならば、

「ああ分かっている。出来ないって事は無いんだ。ただ、面倒だ。分かるだろう?この国の患部は切除し癒やす。自分が住んでいるからな。だが他所の面倒までは見てやる義理は無い。そう云う事だ」

「ああ」

 神は神でも日本限定の神、と云う事か。世界全体を掌握しようとは考えていないと。

「まぁアイツは『この国の改革だって成功するかどうかも分からないのに、他所の国民の命までは背負えない』と言っていたが、本音は、この国を仮想敵国にしている連中なんざ知った事か、だろうな」

「そっちの理由の方が納得出来ますね」

 実に分かり易い。()()()は如何贔屓目に見ても負債だ。殲滅すると云う手段が無いなら無視する他有るまい。

 エヴァンジェリンにパシらされていた神が帰って来たのはそんな折である。

「ただいま戻りました。はい。エヴァさん、先生。お望みの品です」

「おお。ありがとう、来兎。矢張り脳味噌が疲れた時には糖分だな」

「『疲れた脳に刺激的甘味!ロイヤルハニー・ミルクセーキドリンク2000』……『熱量:2000kcl』!?」

 高が200mlの飲料にそんな高カロリーをぶち込めるものなのか。製造販売元を見れば、麻帆良飲料と書かれている。地元企業だろうか。

 エルとしては甘いものと頼んだだけなのだが、想像以上の糖分が得られそうで若干引き気味である。

 と言うか。

「くくく。糖分と来兎分が揃った今、私に勝てる確率はコンマ2%以下だと思うが良い」

「ちょ、エヴァさん!?止めて!先生見てるから止めて!!」

 エヴァンジェリンが夜神来兎を捕獲(ハグ)していた。猛禽類に捕らえられた兎は耳まで真っ赤である。恐らくこの飲み物よりもダダ甘であろう桃色空間の所為で砂糖を吐きそうだ。これを飲んだら相乗効果で歯が溶ける。

「……不純異性交遊は、私の見ていない所でお願いします」

「分かった。来兎、私の家に行こうか」

「ええっ!?……あ、そうだ!僕、エヴァさんの勝つ処が見たいな~っ」

「残念ですが夜神君。貴方が暴れた所為で盤面が崩れました。お流れですね。と言うか私の負けです」

 本来負けず嫌いのエルではあるが、ほぼ初心者の囲碁で、更に目の前であの状態を維持されたまま勝負を続けて勝てるとは思えない。大人しく勝ちを譲る事にした。

「うむ。私の勝ちだな!行くぞ、来兎」

「え、ちょ、ま、せめて下ろして下さいっ」

 少女に俵担ぎにされて運ばれる少年を、ハンカチを振って見送る。

「……二人って、いつもあんな感じですか?」

「ええ、まぁ……」

「大人しくしてるのは二人で打ち合ってる時だけです」

 他の部員に訊けば、肯定の言葉が返ってきた。ならば彼女の言う様に、心配する必要は無いだろう。

 しかし依頼者に如何報告すべきか。それが一番の問題だと思われる。


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