悟空君が大猿に変化する大事件が起きた!
この間の満月の夜のことだ。
不意に家の破壊される音で目を覚ますと、巨大な大猿が家を踏み潰し、悟飯さんへととどめを刺そうとしていた。
反射で討伐しなかったのは本当に幸運だった。
よく見れば、それは満月の光を目に浴びることで変化した悟空君だったからだ。
まさに驚くべき生態と言えよう。
慌てて救助した悟飯さんはかなりの重傷を負っていた。
俺がいなければそのまま命を落としていたことだろう。
俺がちょちょいと月の光を体から追い出せば、悟空君は元の子供の姿にシュルシュルと縮んで眠り出した。
全く気づいた様子もない。
自覚がないのは幸福なことだが、危険なことでもある。
同じ人外として、いつか意図せぬ悲劇を招かぬために教育は必須なはずだ。
俺は悟空君を揺さぶり起こした。
「んあ?」と起きた悟空君は潰れた家を見て仰天した。
俺も家に潰されてプチッと言ってたし、人間なら死んでいた。
家が破壊されたことに何を思ったのか、「じいちゃんが言ってた大猿の化け物が出たのか!」と叫んだ。
俺も頷いて同意する。
「ああ。大猿は出た。詳しい話がしたいから中に入ろう」
「で、でもオラ達の家はぺちゃんこに…」
「俺のちちんぷいぷいを舐めたらあかんで。ほらよっと」
設計をそのままに、家の全てを復元する。
時間回帰ではなく物の元となる形に干渉して生物のように回復させる、一種の見立て魔術である。
悟空君が「おおー!」と歓声を上げた。
褒めるが良いぞ。
治療した悟飯さんをベッドに寝かせると、悟空君は大層心配そうな顔をした。
時間をかけて「実は悟空君の仕業だった」と教えれば、彼はとてつもなくショックを受けた。
もちろんにわかには信じがたいだろうから、魔術で当時の映像も再生した。
悟飯さんに注意されていたのに満月を見てしまった。
その上家を潰して、親代わりの人を殺しかけた。
自分は化け物だった。
俯いて暗い顔をする悟空君に、俺はしっかりと笑いかけた。
「悟空君にはこれから、みんなと安全に暮らせるように特訓を受けてもらいます」
「!!これからもじっちゃんと一緒に暮らせるんか!?」
「もちろん。一人は寂しいだろ?そのために頑張るんだ」
化け物だって大切な人と暮らしたい。その気持ちは俺とて痛いほどわかる。
気付かず発狂させ、魂を溶けさせた親しい隣人が、俺の心に何億年経っても残っている。
だから努力するのだ。
悟空君は強く頷いたようだった。
「オラは何をすればいいんだ?」
「まず、積極的に月を見てもらう。俺の解析のためもあるけど、悟空君自身が感覚を掴むためだな」
つまり「月を見て自我を失う感覚」を理解してもらうのだ。
少しでも事故が起こった時周囲に警告できる時間が稼げれば成功。
あわよくば自我によるコントロールの手がかりを得ることもできるはずだ。
「で、でもまた暴れちまったら…オラ……」
「俺がついてるから大丈夫。俺は強いので猿に踏み潰されたぐらいじゃ死なないのさ」
「黄衣さん、でっかいゲソ出すのか?」
「出します。イカのように大猿を縛り上げます」
「オラはゲソには負けねぇぞ!」
フンスフンスと悟空君がいきりたち始めた。
流石の負けず嫌い、元気が出てきたようで何よりである。
うっかりの事故は起こりうるものだ。そのうっかりをなるべく無くすことも重要だ。
起きてしまった時取り返しのつかない事態を避けることは、起こらないよう防止するのと同じだけ大切だろう。
俺は優しく肩を叩き、悟空君を撫でた。
太く剛毛な髪をわしゃわしゃとかき回す。
「俺も力になるから、頑張ろう。悟空君」
「ああ。オラ頑張るそ!」
そうして毎晩の特訓が始まったわけだが。
俺が神造の月を打ち上げるのも、これで三ヶ月目だ。
どうやらサイヤ人というのは特殊な光の波長に反応する生態のようで、それにより一気に細胞が変化するらしい。
かなりエネルギーを使うから、大猿化が解除されると気絶しがち。
脳構造の関係で自我を保つのは困難。
早くも暗礁に乗り上げた形である。
俺の打ち上げた魔術の月を見て変身、そのまま自我を失ったので月光を抜かれた悟空君は力尽きている。
地面に大の字でへばった悟空君が、夜空を見上げて大きなため息をついた。
「黄衣さん、オラさぁ、本当に大丈夫かな…」
「弱気になるでない。変化するまでの短い間、自我を保ててるんだから。その間に周囲の人に注意ができるようになっただろ?」
「あのさ、オラが強くなったら大猿も強くなる?」
それは、当然そうなるだろう。
大猿は悟空君の本能そのものだから、悟空君が戦闘に長ければ長けるほど、大猿も強くなる。
悟空君がむすっとしてゴロゴロと地面を転がった。
めっ、服が泥だらけになるでしょ!
「この尻尾切っちまおうかな。尻尾切っちまえば大猿にならないんだろ?」
「尻尾が変化の核だから、切れば変化しないけど。でも痛いし、変化しそうになったら切ればいいんじゃないか」
「うーん」
悟空君は泥だらけのまま俺にへばりついた。
なんで俺まで泥だらけにするの。
ちなみに、この黄衣さんという言い回しは悟飯さんの教育の賜物だ。
最初に「年上を呼び捨てなど何事か!」と鉄拳制裁が決まったので、カタコトながら悟空君がさん付けを始めたというか。
別に俺は呼び捨てでも構わなかったんだがな。
将来人間社会で暮らすときの礼儀を考えたら、慣れておくのは悪いことではない。
体に身につくまでしこたまぶっ叩かれた悟空君は可哀想ではあった。
悟飯さん、割と肉体言語で教育する方なんだよな。
サイヤ人はめちゃんこ頑丈だから問題ないんだけど。
俺は悟空君をおぶってから、派手に揺らした。
悟空君がターザンのように俺の体でアスレチックのように動く。
「よーし、じゃあそろそろ帰るか。今日は都でボードゲームを買ってきたんだ。この後やろうか」
「!戦うやつか!?」
「もちろん。対戦形式。厚紙パチンってひっくり返すやつ」
文字学習のために多少のルールが付与されたメンコ、と説明すればいいか。
文字は今後街に行ったり暮らしたりするのに必須になってくるだろうからな。
この世界の地球の言語はほぼ日本語に、気持ちほどに英語が含まれている。
一度に覚えるのは大変だから、今から少しずつしっかりな。
あの宇宙激強猫も大体同じような言語を使っていたが、それが少しばかり不思議である。
この星の日本語っぽい言語は、宇宙と何か関わりがあるのだろうか。
ちなみに、こうした対戦型ゲーム学習は悟空くんも嫌いじゃない。
意外と悟空君は頭を使うのも好むようだ。
体を程よく動かして、戦いのために頭を回すのが好きということらしい。
戦闘IQも高いし、さすが戦闘民族である。
単に机に向かって大人しくするのがあまり好きじゃないなだけで、悟空君は頭はとてもいいからな。
このように体の動きに付属して学びを提供すれば、あっという間に吸収していく。
俺はブーンと悟空くんを振り回した。
「よーし、俺と勝負だ!ふはは、かかってくるがいい!」
「オラ負けねぇぞ!」
その後、大人気なく本気を出した武術界の神孫悟飯がボドゲの勝ちを掻っ攫っていったことを、ここに追記しておく。
・その頃のビルス様
「あの怪物の行方は見つかりそうか、ウイス」
「まだですねぇ。結構隠れるのが上手いご様子で。あの不可思議な技、宇宙を汚染するのでできる限り早く撃破したいのですけど」
「チッ、僕もちっとも傷が治らない。少しの間仮眠する。見つかったら起こせ」
「!!珍しいことをおっしゃいますね。起こしてよろしいのですか」
「仕方ないだろ。あんなの放置してたら僕らが破壊される」
「………ええ。あれは外の理そのもの。世界を侵食する彼方の夢。必ず排除しなくてはなりませんからね」