ウルミア編 ~音の木陰~   作:金髪ヒュムさん

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八つの鼓動、重なる咆哮。
激流が呑む、極光の果て。

熱を帯びて交差する、八つの意志。
眩しく輝く、たったひとつの「栄光という星」


――八条雷光の激流、星を追う声――

 

「おい、まだ着かねぇのか!?」

 

「プリッシュ様、先ほどから三度目です」

 

「人が多すぎんだよ! これじゃ前に進めねぇだろ!」

 

 プリッシュは人波の向こうへ首を伸ばした。

 

 ジュノ競争場へ続く大通りは、朝から祭りそのものだった。深紅、鋼色、星の大樹を描いた色鮮やかな旗。港町の名を染め抜いた布。見たことのない意匠までが頭上で幾重にも翻り、その下を冒険者、騎士、船乗り、商人たちが同じ方向へ流れていく。

 

 その間を、売り子の声が飛び交っていた。

 

『焼き鳥串――じゃなかった、野兎の串焼きだよ!』

 

『間違えるな! 今のは絶対に間違えちゃいけないやつだろ!』

 

「危ねぇ売り子だな……」

 

 プリッシュが屋台から距離を取る。

 

『投票券はこちら! 締め切りまで間もなくです!』

 

『マヤノに全部だ!』

 

『待て待て、今日はブライアンだろ!』

 

『大逃げが決まればセルビナスカイだってあるぞ!』

 

 その声を聞いた護衛二人の歩調が、同時に速くなった。

 

「お前、もう投票は済ませたのか」

 

「当然だ。マヤの単羽だ」

 

「見る目がない。俺はブランだ」

 

「おい。オレの赤いでかいのはどこで買える?」

 

「バストゥークグラスですね。あちらです」

 

「よし!」

 

 今度はプリッシュが人波へ突っ込もうとする。

 

「プリッシュ、先にお席を確かめませんか」

 

 ウルミアが呼び止めると、プリッシュは不満そうに振り返った。

 

「券がなくなるぞ」

 

「競争鳥は逃げませんよ」

 

「投票券は締め切られますが」

 

「どっちだよ!」

 

 護衛たちは顔を見合わせたあと、片方が投票窓口へ走り、もう片方が三人を先導した。

 

 ようやくたどり着いた一般観覧席は、すでに人で埋まっていた。

 

 眼下には、白砂を敷き詰めた長い走路が広がっている。朝から入念に整えられた砂の上を風が渡り、細かな粒が陽光を受けてきらめいた。遥か先には八つのゲート。そのさらに向こうに、白く輝くゴール板が立っている。

 

「広いな……」

 

 プリッシュが素直に声を漏らした。

 

 街で「ただ走るだけだろ」と言っていたときの顔は、もうどこにもない。

 

 四人の席は、走路を正面に見渡せる中段だった。その一段前には、星形に切った紙飾りや紫色の布を抱えたタルタルの子供たちが、忙しなく席を行き来している。

 

「そこ、もっと高く!」「星が逆さまだぞ!」「逆さまでも星は星だよ!」

 

「ちがう! 応援は形からなんだ!」

 

 ひときわ声の大きな少年が振り返り、ウルミアたちを見上げた。

 

「お姉ちゃんたちもメテオを応援するの?」

 

「メテオ?」

 

 ウルミアが聞き返すと、子供たちは一斉に白い羽根の飾りを掲げた。

 

「ウィンダスターオー!」「白くて、紫の翼の!」「一番星なんだぞ!」

 

 白いチョコボと聞いて、昨日の一羽を思い出した。

 けれど、子供たちが話すメテオとは違うようだ。

「私はまだ、そのメテオという方のことをよく知らないのです。よろしければ、教えていただけますか?」

 

 子供たちは顔を見合わせた。

 やがて、ひときわ声の大きな少年が腕を組み、もったいぶるように頷いた。

 

「しょうがないな。じゃあ、特別に仲間に入れてやる!」

「まだ応援するって言ってないぞ!」

「話を聞いたら、ぜったい応援したくなるからいいんだ!」

「スターオニオンズ団の特別席に入れてあげる!」

「そこはオレたちの席だろ!」

 

 たちまち始まった言い争いに、ウルミアは口元を押さえた。

 

「ずいぶん元気な応援団ですね」

 

「レースが始まる前に声がなくなるんじゃねぇか?」

 

「なくならない!」

 

 プリッシュの一言へ、子供たち全員が振り返った。

 

「メテオが走るかぎり、なくならないぞ!」

 

「お、おう」

 

 押し返されたプリッシュが、珍しく一歩引いた。

 

 そのとき、競争場全体へ実況席の声が響いた。

 

【さあ、各国の要人、数多の冒険者、そして一般観客が詰めかけましたジュノ競争場!】

 

【三国はもちろん、セルビナ、マウラ、ノーグ、アトルガン、さらにはアルタユの名を背負う競争鳥まで集結しました。これほどの顔触れが一堂に会するレースは、そうそう見られません】

 

 幾万もの声が重なり、観覧席の床が震えた。

 

 ウルミアは手すりへ触れる。石と木で組まれたはずの席が、巨大な生き物のように脈打っている。

 

【まもなく、ジュノグランプリ出走鳥の入場です!】

 

 歓声が入場門へ殺到した。

 

 重い扉が、ゆっくりと左右へ開く。

 

 最初に現れたのは、光を呑み込むような黒だった。

 

【最初に入ってきたのはサンデーサンドリア。全てを貫く、黒翼の大彗星!】

 

【今日も漆黒に輝く羽毛が王者の貫禄を告げています】

 

【母国の期待を一身に受けて、堂々の入場です】

 

 青みを帯びるほど深い漆黒。額から嘴へ流れる純白の羽模様と、白く包まれた両脚。その姿は鳥というより、鞘へ収められた一振りの長剣を思わせた。

 

 歓声にも旗にも顔を向けない。

 

 ただ、走路の先だけを見る。

 

 細い脚が砂を踏むたび、黒い輪郭の周囲から余分なものが削ぎ落とされていくようだった。

 

『サリア――!』

 

『黒翼の大彗星! 今日こそ三国最強を証明してくれ!』

 

 サンドリアの騎士たちが剣を掲げ、金属音が一斉に鳴る。

 

「気の強そうなやつだな」

 

 プリッシュが笑った。

 

「前に立ったら、斬られそうですね」

 

 ウルミアの言葉に、護衛二人がそろって頷く。

 

 続いて、入場門の奥から重い足音が響いた。

 

 どん。

 

 どん。

 

 一歩ごとに、白砂が深く沈む。

 

【続いて入ってくるのは、大きな大きなチョコボです!】

 

【鍛え上げた筋肉が堂々たる存在感を見せつけます。力強い足音だ】

 

 赤銅色の巨体が、門の影を押し広げるように現れた。

 

 厚い胸板。太い首。翼から背、尾羽へ混じる深い緑。歩くたびに肩から腿へ筋肉の起伏が移り、羽毛の下で幾本もの綱が引き絞られているように見える。

 

【黒鉄の誇り、大地を駆ける赤銅色の輝き! 重戦車バストゥークグラス!】

 

「来た! あいつだ!」

 

 プリッシュが手すりから身を乗り出した。

 

『で、でかい……』

 

『あれ、本当に同じ距離を走る競争鳥か?』

 

『最後にあの巨体が飛んでくるんだぞ。見てろよ』

 

『重ければ遅いなんて理屈は、今日は通用しないぜ!』

 

「ほら聞いたか! 最後に飛んでくるんだぞ!」

 

「プリッシュ様、まだ入場しただけです」

 

「見りゃ分かる。あれは強ぇ!」

 

 グラスは騒ぎを意に介さず、大地の重さを確かめるように歩いていった。

 

 その巨体のあとへ、研ぎ澄まされた白い姿が続く。

 

【先ほどとは打って変わって、しなやかな身のこなしに知性と気品を感じます】

 

 純白の羽毛。翼へ広がる鮮やかな紫。歩くたび、その紫が光を受けて小さな雷のように瞬いた。

 

「来たよ!あれだよあれ!」

 すぐ前の子供たちが、一斉に走路を指さした。

「あれがメテオ!」「白くて、紫の翼の!」

 

「ちゃんと見ててよ、お姉ちゃん!」

 

 ウルミアは促されるまま、白い競争鳥へ目を向けた。

 

【その強みは冷静な判断力と高い集中力! どんな状況でも己の走りを見失うことはありません】

 

 ウィンダスターオーは一度だけ、競争場を見渡した。

 観客へ愛想を振りまく仕草ではない。

 旗のはためき。砂の舞い方。先に歩く二羽の脚運び。入場門から走路へ吹き込む風まで、静かな瞳が順に拾っていく。

 

「ほらな!」

「いっぱい見てるだろ!」

「ぼーっとしてるんじゃないぞ。考えてるんだ!」

 

【星降る一番星、誇りを纏う魔導の翼! ウィンダスターオー!】

 

「メテオーッ!」

 

 眼下の歓声より早く、子供たちが跳び上がった。

 

『メテオー!』

『今日は最初から飛ばすのか!?』

『ウィンダスの計算に狂いはないぞ!』

 

「とても落ち着いた方なのですね」

 

 ウルミアが言うと、子供たちは自分たちが褒められたように胸を張った。

 

「そうだぞ!」

「でも走ったらすごいんだから!」

「ここだってときに、ビューンって飛ぶんだ!」

「メテオはすごいんだから!」

 

 その声を塗り替えるように、入場門から轟音が押し寄せた。

 

 黄金色の羽が見えただけで、競争場が爆発する。

 

【本日の一番人気を迎えます! 記憶に新しい二大飆脚の一騎打ち!】

 

 黄金の羽毛に、赤みを帯びた華やかな翼と尾羽。マヤノアトルガンは旗を見上げ、客席を眺め、実況席へまで顔を向ける。

 

 視線は忙しなく動くのに、足取りは羽根が舞うほど軽い。

 

【天衣無縫の自由の翼、マヤノアトルガン!】

 

『マヤ――!』

 

『今日も飛んでくれ!』

 

『自由の翼を見せろー!』

 

「マヤ!」

 

 護衛の一人が、周囲の誰よりも早く立ち上がった。

 

 マヤが歓声の方角へ小さく翼を広げる。

 

「大歓声ですねぇ」

 

「本人も分かっているのでしょうか。ずいぶん余裕のある表情です」

 

「見ましたか、今の翼を!」

「お前に向けたものではない」

 

 もう一人の護衛が冷たく言った直後、黒い鳥影が門を抜けた。

 

【こちらも大歓声、本日もマヤノアトルガンとの人気を二分しております】

 

 艶のある黒。胸元から腹へ走る白。海の底から獲物を見上げるような、鋭い青の瞳。

 

 マウラブライアンは観客を見なかった。

 

 前を行く黄金の背中だけを見て、首を低く沈める。

 

【今日も見られるか、二大飆脚の一騎打ち! 今日こそ自由の翼を打ち落とす!】

 

 マヤが振り返る。

 

 二羽の視線が交わっただけで、観客席から悲鳴にも似た歓声が上がった。

 

【深海より現れし獰猛なる狩人、マウラブライアン!】

 

「ブラン!」

 

 今度はもう一人の護衛が立ち上がる。

 

『見たか!?』

『もう始まってるぞ!』

『マヤとブランだ!今日もこの二羽なのか!?』

『行け、ブラン!黄金の翼を沈めろ!』

『やらせるな、マヤ!今日も置き去りにしてやれ!』

 

 護衛二人が互いの前へ肩を入れ、早くも視界を奪い合う。

 

「座れ、お前ら。まだ走ってねぇぞ」

 

「プリッシュ様に言われるとは……」

 

 熱気の高まりきった走路へ、淡い灰色と白の鳥が入ってきた。

 

【雰囲気が変わりましたね。軽やかな雰囲気を纏った雲を思わせる逃げの名手】

 

 細身のセルビナスカイは、眠たげな目でゆっくりと歩いてくる。

 

 歓声へ応えるでもなく、怯えるでもない。ときおり首を傾けながら、物珍しそうに観客席を見回していた。

 

 その目を見て、ウルミアは小さく瞬いた。

 

「プリッシュ。昨日、通りで見かけた白い方です」

 

「あいつか?」

 

 プリッシュが身を乗り出す。

 

 ちょうどそのとき、セルビナスカイは走路へ落ちていた紙片を見つけ、足を止めて嘴でつつき始めた。

 

「……本当にあいつか?」

 

「ええ。あの、くりっとした目に見覚えがあります」

 

【またもや大逃げが炸裂するのか? 風を操る逃走劇が魅力です】

 

『出たぞ、ビーナスの寄り道だ!』

 

『今日も走る気あるのか!?』

 

『そう見せておいて、始まったら誰より速いんだよ!』

 

【港の蒼雲を切り裂け! 疾風の逃げ鳥、セルビナスカイ!】

 

「本当に走るのか、あれ」

 

 プリッシュが首を傾げる。

 

「走り始めれば、誰より前へ行くそうです」

 

「ふうん。面白ぇやつだな」

 

 次の一羽が姿を現したとき、歓声が一度だけ小さくなった。

 

【ノーグより初参戦! 厩舎の期待に応えて今年のダークバードとなれるのか?】

 

 深い蒼の羽毛が、光を受けて青から碧へ変わる。

 

 ティルナノーグは白砂を踏んでいるはずなのに、足音がしなかった。確かにそこにいる。けれど、隣の旗へ視線を移し、もう一度戻すと、先ほどより遠くへ進んでいる。

 

【神秘の入り江より舞い降りた幻想の水鳥、ティルナノーグ!】

 

【このチョコボは情報が少ないですからね。今日の走りにとても期待がかかります】

 

「今、歩いてたか?」

 

「歩いていましたよ」

 

「音がしなかったぞ」

 

 プリッシュが身を乗り出した瞬間には、蒼い姿は次の位置へ移っていた。

 

 そして最後。

 

 入場門を満たしたのは、黄金と純白だった。

 

【さあ、トリを飾るのは両脚を彩る優雅な白い羽飾り】

 

 天上の光を羽毛へ移したような一羽が、ゆっくりと現れる。

 

 アルタユオペラオーは歓声を煽らない。首を高く保ち、堂々と一歩ずつ進む。それだけで、先に入った七羽へ散っていた視線が、黄金の一羽を中心に集まり直していく。

 

【今年、他を寄せ付けない圧倒的な走りを見せてきました】

 

 両脚の白い飾り羽は汚れひとつなく、穏やかな瞳には揺らぎがない。

 

【天晶の彼方より黄金の王者が参戦です。アルタユオペラオー!】

 

『ラオー!』

 

【おや、王者ですか? 出走一覧では『黄金の皇帝』とありますが……】

【おっと、そこを拾いますか! 実はここだけの話ですが、この紹介を見た“とあるお方”の周囲が、大騒ぎになったそうなんですよ】

【周囲が、ですか?】

【ご本人は『ほう、皇帝を名乗る者がいるのか』と、それだけだったとか】

【いや、それこそここで言っていいんですか!? みんな聞いていますよ!】

 

『そうだ! 黄金の皇帝だ!』

 

『今年の走りを見れば、最後に立っているのはラオーだ!』

 

「でかい声で皇帝って言ってるぞ」

 

 プリッシュが来賓席の方を見る。

 

「聞かなかったことにしましょう」

 

 ウルミアは穏やかに答えた。

 

 護衛二人は、先ほどまでの言い争いを忘れたようにラオーを見ていた。

 

「……あれは厄介だな」

 

「ああ。前評判だけではない」

 

 初めて意見が一致したらしい。

 

 八羽が走路へ揃う。

 

 三国の誇り。港町の夢。神秘の入り江から来た幻影。異国の自由な翼と深海の狩人。そして、天晶の彼方の黄金の王者。

 

 中央の演奏席へ、白い法衣をまとった一団が進み出た。

 

【ここでファンファーレです】

 

【演奏を務めるのは、タブナジア聖歌隊】

 

「え?」

 

 ウルミアの声が、喧騒の中へ小さく落ちた。

 

 指揮者が両腕を上げる。

 

 競争場を満たしていた幾万もの声が、少しずつ鎮まっていく。

 

 最後のざわめきが消えた。

 

 澄んだ歌声が、空へ放たれる。

 

 勇ましい行進曲ではない。古い祈りを思わせる、深く重い響き。高く伸びる声へ低音が重なり、金管の音が大聖堂の天井ではなく、ジュノの空へ昇っていく。

 

 ウルミアは胸の前で手を組んだ。

 懐かしい響きだった。

 同じ祈りではない。それでも、声を重ねる息遣いと、音が天へ昇る直前の間に、故郷の祈りが宿っている。

 

「ずいぶん本格的だな」

 

 プリッシュが小声で言う。

 

「はい」 ウルミアは空を見上げたまま答えた。

 

「けれど、とてもきれいです」

 

 風に揺れていた旗が止まったように見えた。

 

 サリアの白い尾羽が揺れ、グラスが大地を踏みしめる。メテオは紫の翼を畳み、マヤが初めて周囲を見るのをやめた。ブランの青い目が細まり、ビーナスは眠たげだった瞳を開く。ティルの輪郭は歌声へ溶け、ラオーが静かに頭を上げた。

 

 最後の一音が、空の彼方へ吸い込まれる。

 

 一瞬の静寂。

 

 次の瞬間、競争場を揺るがす大歓声が爆発した。

 

【いよいよゲートインです】

 

【各国、各地の誇りを背負う八羽。ここからは、わずかな仕草一つにも注目です】

 

 最初にゲートへ収まったサリアは、狭い枠の中でも正面だけを見ている。黒い翼は体へぴたりと沿い、長い首筋には余計な力がない。

 

【サンドリア代表、サンデーサンドリア。勝負どころで見せる剣閃のような加速が最大の武器です】

【激しい気性で知られますが、今日は落ち着いています。視線はすでに、ゴールの先へ向いているのでしょうか】

 

 隣へ入ったグラスが足を踏み替える。

 

 どん。

 

 鉄枠がかすかに震えた。

 

【バストゥーク代表、バストゥークグラス。大柄な体格から繰り出す、大きなストライドに注目です】

 

【序盤は脚を溜め、最後に大地ごと押し出す。後方にいても決して目を離せません】

 

「聞いたか? 目を離すなよ」

 

 プリッシュが護衛たちへ念を押す。

 

 メテオはゲートへ入る直前、後ろを振り返った。他の競争鳥の脚、呼吸、羽の動きへ順に視線を走らせ、最後に空を見上げる。紫の翼へ陽光が差し、小さな雷光が走った。

 

【ウィンダス代表、ウィンダスターオー。冷静な判断力と、最後まで崩れない美しい走りが持ち味です】

 

【先手を取れば非常に強い一羽。今日も前へ出るのでしょうか】

 

 子供たちは揃って身を乗り出した。

 

 マヤはゲートの中でも左右を見ている。前へも後ろへも、内へも外へも動けるように、両脚へ均等に力を配っていた。

 

【アトルガン代表、マヤノアトルガン。逃げ、先行、差し。展開に応じて自在に走りを変える万能型です】

 

【本日の一番人気。どの位置から勝負を仕掛けるのか、まったく読ませません】

 

「だからマヤなんだ」

 

「迷っているだけだ」

 

「何だと」

 

「静かにしてください」

 

 ウルミアにたしなめられ、護衛二人が口を閉じる。

 

 ブランはゲートへ入るなり、首を低く沈めた。

 

【マウラ代表、マウラブライアン。狙った獲物は決して逃がさない、執念の追走を見せます】

 

【視線の先には、やはりマヤノアトルガン。すでに標的を定めています】

 

 ビーナスはゲートが開く前から前脚を浮かせる。一歩出て係員に抑えられ、また一歩、風に引かれるように前へ出る。

 

【セルビナ代表、セルビナスカイ。最大の武器は、誰にも捕まらない逃走劇!】

 

【ゲートが開くのを待ち切れない様子です。今日はどこまで後続を引き離すのでしょうか】

 

 ティルは身じろぎひとつしない。蒼い羽毛は確かにゲートの中にあるのに、意識をほかへ向けると、その存在だけが薄くなる。

 

【ノーグ代表、ティルナノーグ。足音を消し、いつの間にか前へ進出する神出鬼没の一羽です】

 

【情報の少ない初参戦鳥。どのような走りを見せるのか、予想することさえ困難です】

 

 最後にラオーが大外のゲートへ入る。

 

 黄金の王者は目を閉じていた。観客の声にも、隣の鳥の息遣いにも動じない。白い飾り羽だけが、微風の中で静かに揺れている。

 

【アルタユ代表、アルタユオペラオー。幾多の激戦を無傷で駆け抜けてきた、無窮の覇鳥です】

 

【本日は大外枠。しかし最後には必ず道を見つける。それがこの王者の走りです】

 

 八羽が収まった。

 

 係員が走路から離れる。

 

 風が止まる。

 

 何万もの観客が、同じ瞬間に息を呑んだ。

 

 セルビナスカイの脚が、さらに半歩前へ出る。

 

 ブランの首が沈む。

 

 サリアの瞳が細くなる。

 

 前の席で、子供たちが互いの手を握った。

 

 ――ゲートが開いた。

 

【スタートしました!】

 

 白砂が爆発する。

 

 最初に飛び出したのは、淡い灰色の翼だった。

 

【セルビナスカイが行きます! 迷いなく先頭へ!】

 

【速い! 大逃げです! 最初から後続との差を広げにかかりました!】

 

 ビーナスは一歩目から軽い。二歩目には風をつかみ、三歩目にはもう単独の先頭へ立っていた。

 

 足が地面へ触れたと思ったときには、次の位置へいる。白い尾羽が流れ、後続との間に白砂の帯が伸びていく。

 

『行った!』

 

『ビーナスだ! 今日も大逃げだぞ!』

 

『追うな! 追ったら最後までもたない!』

 

「はっや!」

 

 プリッシュが目を見開く。

 

 二番手にはメテオ。逃げるビーナスを無理に追わず、一定の間隔で紫の翼を揺らしている。

 

 その後ろにマヤ。周囲の鳥との距離を測るように、内へ寄り、またわずかに外へ戻る。

 

 四番手にティル。蒼い羽毛が砂煙の切れ間を滑る。

 

 サリア、ラオー、低く構えたブランが続き、最後尾にはグラス。

 

【先頭はセルビナスカイ! 二番手にウィンダスターオー、その後ろにマヤノアトルガン!】

【四番手ティルナノーグ、続いてサンデーサンドリア、アルタユオペラオー、マウラブライアン! 最後方にバストゥークグラスです!】

【グラスは慌てません。自分の走りを貫いています】

 

「最後じゃねぇか!」

 

 プリッシュが立ち上がった。

 

「だから脚を溜めているんです!」

 

「今のうちに前へ行けよ!」

 

「大きな鳥が序盤から飛ばせば、最後までもちません」

 

「もたせろ!」

 

「無茶を言わないでください!」

 

 護衛二人が同時に説明する。その間にも、最後尾のグラスは大きな歩幅で走り続けていた。

 離されているように見える。だが一歩で進む距離は長い。前の鳥が踏み荒らした場所を避け、砂煙の外を静かに進んでいる。

 

 一方、先頭のビーナスは風と地面へ合わせて歩幅を変えていた。砂が柔らかければ短く、硬い場所では一気に伸ばす。速さを保ったまま、後続との距離を絶妙に残していく。

 

 八羽はそれぞれの間隔を保ち、向こう正面へ入った。

 

【そろそろ中盤に差し掛かります、さあ誰から仕掛けるのか?】

 

 その声を待っていたように、メテオの紫の翼が大きく開いた。

 

 一歩。

 

 踏み込みが深くなる。

 

 二歩。

 

 純白の体が沈み、全身の力が脚へ集まる。

 

【きたきたきたきた!一番星の星降り!!】

 

 すぐ前で、子供たちが一斉に大きく息を吸った。

 

「「『せぇーのっ!』」」

 

「え?」

 

 ウルミアが子供たちへ顔を向ける。

 

 三歩目。

 

 雷が落ちた。

 

「「『『『いっけぇぇ!メテオスパートだぁぁぁぁぁ!!』』』」」

 

「うおっ!?」

 

 至近距離から炸裂した声に、プリッシュの肩が跳ねた。

 

 護衛二人まで同時に振り返る。ウルミアは目を丸くしたまま、両手を胸元へ寄せた。

 

【これはウィンダスの子供たちでしょうか?ここまで大きな声が届いてきました。】

 

「届いてるぞ!」

 

「もっといけーっ!」

 

 子供たちは周囲の反応など見ていない。

 

 白砂の上では、純白と紫の鳥が、それまでとは別の速さで前へ飛び出していた。一定だった脚の回転が一段上がり、紫の翼から雷光が散るように、逃げるビーナスとの差を削っていく。

 

【しかし、セルビナスカイも一歩も引きません!】

 

 ビーナスも加速する。

 

 灰白の羽毛が風へ溶け、二羽の間が縮まり、また開く。

 

 メテオの首は揺れない。翼の角度も、歩幅も崩れない。速さだけが、整った形の中で高くなっていく。

 

 ついに横へ並び、前へ出る。

 

「メテオが先頭だ!」

 

「やったぁ!」

 

 子供たちが飛び跳ねる。

 

 だが、ビーナスは慌てなかった。メテオの背後へ滑り込み、純白の体が裂いた風の流れへ細身を隠す。向かい風から解放された灰白の翼が、余力を残したまま揺れた。

 

 その後方。

 

 ドンッ――!

 

 大地を抉る音が響いた。

 

 サリアの純白の脚が深く砂へ突き立つ。

 

【サンデーサンドリアが動いた!】

 

 次の瞬間、漆黒の体が一本の刃へ変わった。

 

 長い脚が白砂を切り裂く。

 

 黒い残像が走路の中央を走り、ティルの横を抜ける。抜かれたあとから砂と羽が風に巻かれ、まるで剣閃だけが先に駆け抜けたように見えた。

 

【これは速い! サリアが中央を一直線に貫いていく!】

【これがサンドリアの誇る聖剣の切れ味かッ!!】

 

 マヤの脇を漆黒の刃が通り抜け、先頭のメテオへ迫る。

 

【三国の競争鳥が前へ集まってきました!】

【ウィンダスの一番星を、サンドリアの大彗星が追う!】

 

 メテオが横目を向けた。

 

 紫の瞳に、迫る黒が映る。

 

 それでも走りの形は変わらない。サリアが外へ並びかけ、純白と紫、漆黒と白の翼が同じ風の中で激しく揺れた。

 

『サンドリアだ!』

 

『いや、スターオーはまだ先頭だ!』

 

『三国対決だぞ! バストゥークはどうした!』

 

「ここだ! そろそろ来い!」

 

 プリッシュが最後尾へ向かって叫ぶ。

 

 その声に応じたわけではない。

 

 けれど次の瞬間、グラスの巨体が深く沈んだ。

 

 肩、胸、腿。羽毛の下の筋肉が一斉に収縮する。太い筋が盛り上がり、ただでさえ大きな体が、さらにひと回り膨らんだように見えた。

 

 分厚い脚が大地を叩く。

 

 ズドォッ!

 

 白砂が抉れ、沈んだ大地が巨体を弾き返す。

 

 一歩。

 

 筋肉が縮み、解ける。

 

 さらに一歩。

 

 赤銅色の重戦車が、前へ進むたび巨大になっていく。

 

【最後方、バストゥークグラスも動いた!】

【大外です! 大きく外へ持ち出して重戦車が進軍を開始しました!】

 

「来たぁ!」

 

 プリッシュが拳を突き上げた。

 

 グラスは荒れた砂を避けない。前の鳥が刻んだ凹凸へ真正面から踏み込み、それごと押し潰す。足音が近づくたび、観覧席の手すりまで低く震えた。

 

 赤銅の巨体が巻き上げる砂煙。その内側に、黒い影が潜んでいた。

 

 ブランだ。

 

 首を低く沈め、肩と脚を小さく畳み、グラスの巨体が作る死角を泳ぐ。青い瞳だけが、はるか前の黄金を捉えている。

 

【グラスの後ろからマウラブライアン! こちらも順位を上げていきます!】

【前方ではウィンダスとサンドリア! 外からバストゥーク! 三国の誇りが中盤で激突します!】

 

「見たか! ブランはまだ力を使っていない!」

 

「グラスを風除けにしただけだ!」

 

「使えるものを使って何が悪い!」

 

「グラスがすげぇってことでいいだろ!」

 

 プリッシュの一喝で、護衛二人が一瞬だけ黙る。

 

 先頭集団が緩やかな曲線へ入った。

 

 前にメテオ。内にビーナス。外からサリア。後ろからグラスとブラン。

 

 その包囲が閉じるより先に、マヤが動いた。

 

 黄金の体が空いた場所へ滑り込む。歩幅を短くした次の瞬間には大きく伸ばし、内へ寄ったかと思えば外へ抜ける。進路が変わるたび姿勢も滑らかに変わり、それでも速度は少しも落ちない。

 

「そこだ、マヤ!」

 

 マヤ派の護衛が手すりを叩く。

 

 曲線の出口で、黄金の翼が先頭へ出た。

 

 その瞬間。

 

 グラスの影に圧縮されていた黒が、解き放たれた。

 ブランの体が地面すれすれを飛ぶ。

 

 一羽を抜く。さらに一羽。

 

 サリアとグラスの間に生じたわずかな隙間へ、黒い体が矢のように突き刺さる。

 

「行け、ブラン!」

 

 ブラン派の護衛が叫ぶ。

 

 前へ出たマヤを、黒い狩人が追う。

 

 三歩。

 

 二歩。

 

 一歩。

 

 並んだ。

 

【マヤノアトルガンとマウラブライアン! 二羽が並んで直線へ!】

【しかし後続も離れない! セルビナスカイ、ウィンダスターオー、サンデーサンドリア、そして大外バストゥークグラス!】

【三国の競争鳥が迫ります!】

 

 護衛二人が同時に立ち上がる。

 

「マヤ!」「ブラン!」

 

 互いの肩がぶつかっても、もう気づかない。

 

 先頭の二羽だけではなかった。

 

 ビーナスはメテオの後ろで風を避け、灰白の翼をその背へ食らいつかせている。メテオは中盤で先頭へ立った負担を抱えながらも、紫の翼を同じ間隔で揺らし続ける。サリアの黒い輪郭は再び細く鋭くなり、大外のグラスは一歩ごとに大地を押し退けていた。

 ラオーはその後ろ。黄金の王者の前には、幾重もの背中が壁を作っている。ティルは最後方へ下がったように見えた。

 

 八羽が最後の直線へ入る。

 

【マヤノアトルガン先頭! マヤノ先頭! マヤノ先頭だッ!!】

【ブライアンも迫ってくる! 迫ってくる!】

 ブランの嘴がわずかに前へ出る。

 

【鋭い矢が翼を掠めたッ! ブランがかわしたか?! このまま自由を撃ち落とせるのか?!】

【いや、マヤノアトルガン! 一歩も引かないッ!】

 

 マヤが押し返す。

 

 黄金と黒の翼が触れそうな距離で並び、互いの風をぶつけ合う。

 

「マヤァァ!」「押せ、ブラン!」

 

 護衛たちの声が裏返る。

 

【外から大きな足音、バストゥークグラスだ!! グラスもきたッ! 大外から跳んできたッ!!】

 

 ズシッ。

 ズシッ。

 ズシッ。

 

 筋肉が収縮するたび、グラスの胸板と腿が膨れ上がる。赤銅色の巨体が大地から返される力を受け取り、一歩ごとに前の鳥を呑み込む。

 

「行けぇぇ、でかいの!」 プリッシュが手すりへ片足をかけた。

 

【スターオーまだ伸びる!!】

 

 紫の翼が再び光を返す。メテオは苦しいはずだった。だが首は上がらない。脚の運びも乱れない。

 

「「『『『メテオ! がんばれぇぇ!!』』』」」

 

 スターオニオンズ団の声が重なる。

 

 ウルミアは、走路の白い一羽と、手すりへしがみつく子供たちを交互に見た。

 

【サンデーサンドリア負けじと食い下がる!!】

 

 サリアの白い脚が砂を斬る。

 漆黒の剣閃がメテオの外から走り、もう一度先頭へ届こうと伸びる。

 

【一瞬たりとも気が抜けない好勝負!!】

 

 先頭のマヤとブラン。追うビーナス。

 横一線へ近づくメテオ、サリア、グラス。

 その後ろのラオー。さらに後方のティル。

 

 八羽の差が急速に圧縮されていく。

 

【アルタユオペラオーはまだ後ろ! まだ後ろだ! 進路がない!】

 

 ラオーの前には、三国の競争鳥が作る壁。

 内にはビーナス。外にはグラス。前にはサリアとメテオ。

 黄金の王者は首を振らない。無理に割り込もうともせず、前を走る翼の重なりだけを見ている。

 

【アルタユはこないのか!? アルタユはどうする?】

 

 白い飾り羽が、風の中で一度だけ大きく流れた。

 

【もう残り三百メートルしかありません!!】

 

 観客の絶叫が重なる。

 

『マヤ!』『ブラン!』『グラス、押し切れ!』『メテオ、落ちるな!』『サリア、貫け!』『ビーナス、もう一度逃げろ!』

 

【ティルナノーグもまだうし……いないッ、消えたッ! どこいったぁ!?】

 

「え?」

 

 ウルミアも後方へ目を向けた。

 最後方にいたはずの蒼い鳥がいない。

 砂煙だけが残っている。

 

『消えた!?』『どこだ!』『走路から出たのか!?』

 

 観客の視線が外へ、後ろへと散る。

 だが、足音も羽ばたきもない。

 

 次の瞬間。

 

 マヤのさらに内側。走路の最も狭い場所へ、青い光が集まった。

 水面へ空が映るような淡い青が、一枚の羽となり、翼となり、競争鳥の姿を結ぶ。

 

 ―――ティルナノーグ。

 

 激走する七羽の中で、その一羽の周囲だけが不自然なほど静かだった。

 

【内だ! 内側からティルナノーグ! マヤノアトルガンのさらに内側から伸びてくる!】

【いったいどこから抜けてきた!?】

 

 蒼い幻影が水面を滑るように伸び、マヤの内側へ並びかける。

 マヤがわずかに外へ動く。 それに合わせてブランも寄った。

 二羽が動いたことで、密集した鳥群の中央に、一瞬だけ隙間が生まれる。

 ティルの蒼い残像が走る。 その跡だけが、一本の静かな道になった。

 

 ラオーの瞳が開く。

 

 残り百メートル。

 

 黄金の王者の首が落ちた。体が深く沈み込む。

 跳ぶ前の竜が大地へ力を溜めるように、肩から腿までの筋肉が一度だけ大きく収縮する。純白の飾り羽が後方へ流れた。

 ラオーの脚が大地へ触れる。

 

 グォン――!

 

 白砂が円形に弾け飛ぶ。黄金の体が、光となって前へ出た。

 

【ここでセルビナスカイ!……スカイがきたッ、ここにきて再加速だッ!スリップストリームから抜け出した!まだ諦めていないぞぉ!】

 

 ビーナスもメテオの背後から飛び出す。灰白の翼が再び風をつかむ。

 内からティル。中央にマヤとブラン。その後ろからビーナス。三国のメテオ、サリア、グラス。

 さらに、そのすべてを縫うように黄金の光が迫る。

 開いた道へ正確に足を運び、前にいる鳥との距離だけを消していく。

 

【アルタユきたッ!】【届くのかッ?!】

 

 一羽を抜く。 ラオーの脚は大きく、力強い。それでいて一歩も乱れない。

 

【アルタユきたッ!】【ここからッ?!】

 

 さらに一羽。 黄金が灰白を呑み込み、漆黒へ迫る。

 

【アルタユきたッ!】【本当にッッ?!】

 

 実況席の二人が同時に立ち上がった。

 

【【あの位置から届くのかぁぁぁぁ!!】】

 

 観客席のすべてが、黄金の王者へ引き寄せられた。

 

 

 マヤ派の護衛が息を呑む。

 ブラン派の護衛も、推していた黒い狩人から目を離していた。

 

「まさか……」「あれが全部差すのか」

 

 プリッシュでさえ、拳を握ったままラオーの進撃を見つめている。

 

 黄金の体がサリアへ迫り、グラスの巨体と並び、メテオの純白の翼へまで届く。

 ラオーが選んだ一本の道。

 黄金の翼が、今にも純白の一番星を呑み込もうと並びかける。

 鳥群の重なりを抜け、ゴールへまっすぐ続くその先へ、メテオの軌跡が重なった。

 

 それでも、先頭ではマヤとブランが譲らない。

 

【譲らない! 譲らない! マヤノとブライアンがまったく譲らない!!】

【誰が抜ける! 誰が抜ける! 誰が抜けるんだッ!!】

 

 ゴール板が迫る。

 

 十メートル。

 

【マヤが逃げ切るか?! ブランが差し切るか?!】

 

 五メートル。

 

【アルタユきたッ!グラスも伸びてくるッ!一塊で突っ込んできたぁぁぁぁぁ!!】

 

 ウルミアのすぐ前で、子供たちが手すりへしがみついた。

 

「メテオ……!」

 

 一人の声に、別の声が重なる。

 

「まだいける!」「負けるな!」「メテオーッ!」

 

 小さな体から絞り出された声が、何万もの歓声の中へ飛び込んでいく。

 あの声が走路まで届いたのか。

 ウルミアには分からなかった。

 子供たちが息を呑む。

 

 ただ、メテオの乱れかけた羽が、もう一度風を捉えた。

 

 まるで、自分たちの声へ応えるように。

 

「もう一回だ! もう一回飛べぇぇぇ!」

 

 その間にも黄金の王者は猛然と迫り、その翼が純白の一番星へ並びかける。

 

 白い一番星が、再び羽根を開く。

 

 

 ―――"まだだ、まだ一番星は落ちていない! 振り絞れッ!!"―――

 

 

 その瞬間、純白の羽根が紫電を宿したように、ひときわ鮮やかに煌めいた。

 

【大接戦だぁぁぁぁぁ――】

 ―――ドゴォォォォーン!!

 

 ゴール板の真上で、巨大な爆発音が鳴り響いた。

 

 色とりどりの花火が、八羽の上へ一斉に咲く。

 

【……気の早い祝砲が鳴り響いたぁぁぁ!】

 

『もう上げたのか!?』

『誰が勝ったんだ!』

『見えなかったぞ!』

『今の花火で余計に分からない!』

 

 八羽がゴール板を駆け抜けた。

 

 嘴が並ぶ。 翼が重なる。 脚が白砂を蹴り上げる。

 

 マヤが残したようにも見えた。

 ブランが差したようにも見えた。

 内からティルが届いたようにも、黄金のラオーがすべてを呑み込んだようにも見えた。

 赤銅のグラス、漆黒のサリア、灰白のビーナス。

 

 そして、最後に紫電を宿した白い一番星。

 

 誰が前にいたのか、ウルミアには分からなかった。

 

「メテオだ!」「メテオが光った!」「最後にもう一回飛んだぞ!」

 

 子供たちは確信したように叫ぶ。

 

「マヤだ!」「ブランだ!」

 

 護衛二人の声が重なる。

 

「グラスもいたぞ! 外を見ろ!」

 

 プリッシュが花火の煙を手で追い払おうとする。

 

 観客席では、勝ったと叫ぶ者、負けていないと叫ぶ者、投票券を空へ投げる者、慌てて拾い直す者が入り乱れた。

 

『前のやつ、立つな! 見えねぇだろ!』

『金色だ! マヤが残した!』

『違う、黒だ! ブランの嘴が前だった!』

『外を見ろ! グラスとラオーも並んでたぞ!』

『内の青はどうした!? ティルはどこだ!』

『花火で何も見えねぇ! 早く判定を出せぇ!』

 

【写真判定です! まだ勝者は分かりません! 皆さん、落ち着いて投票券はまだ捨てないでください!】

 

『俺の券が飛んだ! どこだ!?』『足元を見ろ! 踏むなよ!』『それは俺のじゃない、番号が違う!』『誰だ下の段へ蹴ったのは!』

 

 走路の先で、八羽が少しずつ速度を落としていく。

 祝砲の煙が風に流れ、白砂の上へ色の薄い影を落とした。

 

 巨大な表示板へ、白い文字が浮かぶ。

 

 ――写真判定中。

 

 スターオニオンズ団の子供たちは、手すりを握ったまま動かなかった。

 ウルミアもまた、遠ざかる白い羽根を見つめていた。

 あの声が届いたのかは、まだ分からない。

 誰が勝ったのかも、まだ分からない。

 

 けれど、子供たちの目には。

 

 最後の瞬間、一番星が確かに応えてくれたように見えていた。

 





(=゚ω゚)勝負の世界は厳しい、この世界でも栄冠を戴くのは一羽だけ


チョコボ主観のレースを楽しみたい方は、別の短編になっております。
是非こちらもご覧ください。活動報告にオマケもありますよ!

 
  開幕!春の祭典、ジュノグランプリ

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