遠くを見る人。
名前を呼ばなくても、
どこかで覚えている人。
そんな、刀の響きに潜む静かな記憶。
海の近くでは、風の音が少し違う。
タブナジアの風は静かだった。
崩れた石壁を抜ける風。
遠くの波音。
誰かの祈りの声。
夕暮れになると、それらは全部混ざって、
ゆっくり町へ沈んでいく。
その日。
ウルミアは、港の見える場所でテンゼンと話をしていた。
「……つまり、また危険な場所へ向かわれるのですね」
テンゼンは苦笑する。
「拙者も、そうしたくてしている訳ではござらん」
「だが、放っておけぬ事もある」
少しだけ遠くを見る。
「あの嵐のような旅の後も」
「世界は、まだ静かになりきっておらぬ故」
ウルミアは小さく頷いた。
あの長い旅のあとも。
世界は完全に静かには戻っていなかった。
大きな嵐が過ぎた海みたいに。
波は穏やかになったはずなのに、
時折まだ、小さく軋む。
人々は笑っている。
港には船も来る。
けれど時折。
世界のどこかで、
見えない波が揺れている気がした。
プリッシュは難しい話に飽きたのか、
急に立ち上がる。
「あーっ!」
「やべぇ、忘れてた!」
テンゼンが目を瞬かせる。
「今度は何を忘れたのでござるか……」
「ペンダント!」
「修理頼んでたんだった!」
プリッシュは勢いよく駆け出す。
「すぐ戻るから、勝手に帰んなよー!」
遠ざかる足音。
騒がしい声。
それが少しずつ小さくなって。
不意に。
辺りが静かになった。
波の音が聞こえる。
風の音も。
さっきまで聞こえていなかったくらい、小さな音まで。
テンゼンは、ふと笑った。
「……不思議でござるな」
ウルミアが首を傾げる。
「何がですか?」
「プリッシュ殿がおらぬだけで、まるで別の場所のようでござる」
ウルミアは少し笑った。
「そうかもしれません」
少し沈黙が落ちる。
けれど、不思議と気まずくはなかった。
静かな波音。
遠くの鐘。
崩れた石壁を抜ける風。
テンゼンは、その静けさの中で小さく目を細めた。
「……今は、別の場所を見てもらっているのでござるが」
ゆっくり言う。
「気配を消すのが上手い忍がおってな」
少し苦笑する。
「時折、本当におらぬように感じる」
ウルミアは波音へ耳を向ける。
「気配を消しても、残るんですね」
「うむ」
テンゼンは静かに頷いた。
「忍というものは、本来そうあるべきなのでござろう」
少しだけ遠くを見る。
「だが、完全には消えぬのでござる」
「気配にも、人それぞれの音がある」
ウルミアは、その言葉を静かに聞いていた。
テンゼンは腰の刀へ視線を落とした。
「刀も同じでござるよ」
静かな声だった。
「良い刀ほど、抜く前に音がする」
ウルミアは少し驚いた顔をした。
「抜く前に……ですか?」
テンゼンは頷く。
「鞘鳴り、と申す」
そう言って、そっと刀へ触れる。
かすかな音がした。
本当に小さい音だった。
風の音に混ざれば消えてしまいそうなくらい。
でも確かに、聞こえた。
ウルミアは、その音を静かに聞いていた。
「……きれいな音ですね」
テンゼンは少し意外そうな顔をした。
「そのように申されたのは、初めてでござる」
「皆、刀は怖いものだと思っていますから」
テンゼンは苦笑する。
「まあ、間違ってはおらぬ」
それでも少しだけ、
懐かしそうに続けた。
「だが、あの忍も」
「刀の音を、よく聞いていたでござる」
ウルミアは、名前を聞かなかった。
でも、その人が静かな人だったことは分かった。
波の音を聞くみたいに。
風の音を聞くみたいに。
小さな音を、ちゃんと聞く人だったのだろう。
しばらく、誰も喋らなかった。
遠くで波が鳴る。
風が吹く。
テンゼンの刀が、かすかに揺れる。
その時だった。
「おーい!!」
静けさが、一気に崩れた。
プリッシュだった。
両手をぶんぶん振りながら走ってくる。
「見つかったぞー!」
「しかも安くしてもらった!」
テンゼンが思わず苦笑する。
「それは何よりでござる……」
プリッシュは二人の顔を見比べる。
「ん?」
「なんか静かじゃね?」
ウルミアが小さく笑う。
「少し、刀のお話を聞いていたんです」
「へぇー?」
プリッシュはテンゼンを見る。
「また難しい話してたんだろ」
「そんな事はござらんよ」
「絶対してた!」
プリッシュは笑いながら、
テンゼンの刀を軽く指差した。
「でもさー」
「テンゼンの刀って、変な音しそうだよな!」
テンゼンが眉をひそめる。
「変な音、とは」
プリッシュは少し考える。
「んー……」
それから、ぱっと笑った。
「鐘の音!」
風が吹く。
一瞬だけ。
テンゼンが少し驚いた顔をした。
それから、小さく笑った。
小さな、また小さな鞘の音がした。
(=゚ω゚) プレイヤーの見えないところであったかもしれない一幕。
読んでくれてありがとうございます。