ウルミア編 ~音の木陰~   作:金髪ヒュムさん

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白き像の前での語らい。
遠い国の物語。

ひとつの夢と、小さな騒動。

海鳥が運ぶ笑い声は、
いつもより少し長く耳に残った。


――白き像の前、夢の続き――

人は、名前より先に声を覚えている。

 

そして時には、その声が遠い景色を運んでくることもある。

 

タブナジア聖堂の礼拝堂には、昼の光が静かに差し込んでいた。

高い窓から落ちる光は白い石床を照らし、その先に立つ女神像を柔らかく包んでいる。

ウルミアは胸の前で手を組み、そっと目を閉じた。

 

遠くから波の音が聞こえる。

 

かつて賑わっていた港の音ではない。

それでも、故郷の呼吸のように感じられる音だった。

 

短い祈りを終え、静かに目を開く。

その時だった。

 

「おーい、ウルミア!」

 

礼拝堂に明るい声が響く。

振り返ると、プリッシュが大きく手を振っていた。

その後ろにはテンゼンの姿も見える。

 

「お待たせしました。」

 

「だから待ってねぇって。」

 

プリッシュは笑った。

 

「テンゼンがここ見たいって言うからさ。」

 

テンゼンは女神像の前で足を止めた。

しばらく見上げたあと、ゆっくりと口を開く。

 

「見事な像でござるな。」

 

「こちらでは、女神アルタナをお祀りしているのでござるか。」

 

「はい。」

 

ウルミアは頷いた。

 

「タブナジア聖堂では、祈りや歌を女神へ捧げています。」

 

「私も幼い頃から、ここで聖歌を学びました。」

 

テンゼンは静かに耳を傾けていた。

 

そして再び女神像を見る。

白い石で作られたその姿は、穏やかな微笑みを浮かべているようにも見えた。

 

「白き像を見ておると……。」

 

テンゼンは少し懐かしそうに目を細めた。

 

「故郷の話を思い出しますな。」

 

「故郷?」

 

プリッシュが首を傾げる。

 

「東の国では、白き蛇を神の使いとして語る土地があるのでござる。」

 

「白い蛇?」

 

「えぇ。」

 

「森の奥の社に現れるとも、山の清水の傍に現れるとも聞き申す。」

「見かければ吉兆とも語られておりますな。」

 

プリッシュは腕を組んだ。難しい顔をしている。

 

「蛇かぁ……。」

 

しばらく考え込んだあと、

 

「白いドラゴンじゃダメか?」

 

と言った。

 

テンゼンが思わず苦笑する。

 

「似ているようで、少し違いますな。」

 

「なんだよそれ。余計分かんねぇ。」

 

ウルミアは小さく笑った。

 

白い蛇。

 

木漏れ日の差す社。

 

誰もいない石段。

 

風が吹くたび、葉の影が揺れる。

 

その傍らを流れる清らかな水。

 

見たことのない景色のはずなのに、

なぜだか懐かしい気がした。

まるで遠い歌を聞いている時のように。

 

その白い姿は、目の前の女神像とどこか重なって見える。

 

「私は、少し見てみたい気がします。」

 

そう言うと、

 

テンゼンは静かに頷いた。

 

「そうでござるか。」

 

「きっと綺麗な景色なのでしょうね。」

 

ウルミアがそう言うと、

 

テンゼンは少しだけ笑った。

 

「そうかもしれませぬな。」

 

 

 

--翌朝。

 

石畳には柔らかな朝日が落ちていた。

港からは船乗りたちの声が聞こえる。

潮風が吹き抜けるたび、どこかで鳥が鳴いた。

 

その道を歩きながら、

プリッシュが突然振り返る。

 

「そうだ!」

 

「変な夢見たんだよ!」

 

「夢?」

 

ウルミアが尋ねる。

 

「昨日の夜!」

 

プリッシュは得意そうに胸を張った。

 

「白いドラゴンが出てきた!」

 

テンゼンの眉がわずかに上がる。

 

「ほう。」

 

「でっけぇんだ!」

「しかも目の前まで寄ってくるんだぜ!」

「こいつはやべぇと思ったからな、全力で逃げた!」

 

ウルミアは思わず笑いそうになる。

テンゼンも口元へ手を当てた。

 

「それはもったいないことをしましたな。」

 

「なんでだよ。」

 

「夢で出会ったのであれば、良い知らせだったのかもしれませぬな。」

「白蛇は良き兆しとも伝えられており申す故。」

 

プリッシュは足を止めた。

 

「え? マジか?」

 

「少なくとも、逃げる必要はなかったかと。」

 

「うわぁ……。餌と思われてたんじゃなかったのかぁ……。」

 

プリッシュは大げさに肩を落とす。

 

「くっそー、逃げるんじゃなかったー!ペットにしとけばよかったぜ」

 

「ふふっ。」

 

現金なプリッシュにウルミアはつい声に出してしまった。

白いドラゴンにまたがるプリッシュの姿を想像してしまったのだ。

 

その時だった。

 

潮風に乗って、

一羽の海鳥が頭上を横切る。

 

白い翼が朝日に光った。

 

誰も気に留めなかった。

 

 

 

……ぽと。

 

 

 

なにか小さな音がした。

 

プリッシュは立ち止まる。

 

「……ん?」

 

不思議そうに頭へ手をやった。

 

指先に柔らかな感触。

 

何気なく目の前へ持ってくる。

 

白い。

 

沈黙。

 

 

 

そして。

 

 

 

「ぎゃああああああああ!!」

 

突然の悲鳴に、港の鳥たちが一斉に飛び立った。

 

「うわぁぁぁーーー!!」

「なんでオレなんだよーーー!!」

 

白いドラゴンからの静かな抗議かもしれない。

ウルミアは堪えきれず吹き出した。

 

テンゼンも顔を背ける。

 

その時。

 

ふと。

どこからともなく。

テンゼンの耳に静かな声が聞こえた。

 

「……主殿。」

 

テンゼンだけが目を瞬く。

 

「プリッシュ殿には。」

「運がついて回るようでございますな。」

 

一拍。

 

テンゼンの肩が震えた。

 

「…………」

 

必死に堪える。

 

「テンゼン様?」

 

ウルミアが不思議そうに見上げる。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「い、いや。」

 

テンゼンは咳払いをした。

 

「なんでもござらぬ。」

 

「絶対なんかあっただろ!」

 

プリッシュが叫ぶ。

 

「今笑った!」

 

「笑っておりませぬ。」

 

テンゼンは振り払うように頭を振った。

 

「笑ったって!」

 

「笑っておりませぬ。」

 

潮風が吹く。

 

海鳥がひとつ鳴いた。

 

遠くでは波が静かに砕けている。

 

先ほどまでの騒ぎなど知らないように、

海はいつもと変わらぬ音を返していた。

 

白い蛇の夢が、本当に吉兆だったのかは分からない。

 

けれど。

 

プリッシュの悲鳴と、テンゼン様の咳払いは。

 

その日の潮騒よりもすこしだけ永く耳に残っていた。

 




(=゚ω゚) 夢で大きな白蛇様に出会ったのでプリッシュ達におすそ分けしてみました。
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